軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

293話:オムツ装備済み

その日の昼過ぎ。

砦の東門の前では、数十頭のウリボウが使用人たちに囲まれていた。

使用人たちがおっかなびっくりといった様子で、たくさんの食料と水を詰め込んだ荷袋をウリボウの背に縛り付けている。

コルツもそれに混じっており、片手で作業を手伝っている様子だ。

コルツはウリボウたちととても仲が良く、ウリボウたちは彼を囲んできゅんきゅんと声を上げながら頭を擦り付けている。

その傍らで、一良はバレッタとリーゼとともに、無線機を手にしていた。

「ティタニアさん、聞こえますか? どうぞ」

『はい、聞こえますよ。これは便利な道具ですね』

無線機からティタニアの声が響く。

彼女は砦から東に3キロほど離れた森の中におり、無線機の練習をしているのだ。

『出発準備はどうですか? どうぞ』

「もうすぐ終わりますよ。終わり次第そちらに向かわせますから、ティタニアさんはそこで待っていてください。どうぞ」

『分かりました。お菓子をつまみながら待っていますね。通信終わり』

通話が切れ、一良が腰に無線機を戻す。

「この作戦が上手くいったら、バルベールは四面楚歌ってわけか」

「そうだね。もしかしたら、一気に首都まで追い詰められるかも。プロティアとエルタイルが参戦してくれれば、何とかなるかもしれないね」

リーゼがウリボウたちに目を向ける。

使用人たちに荷袋を付けられている彼らの傍では、ナルソンを始めとした首脳陣が何やら話し込んでいた。

ジルコニアとルグロが、真面目な顔で言葉を交わしている様子が見える。

「……もし、北方の部族が第三国から攻め立てられているのだとしたら、彼らと講和を結ぶ方法を考えたほうがいいかもしれないですね」

バレッタが言うと、リーゼは彼女を見た。

「それ、殿下が言おうとしてた話だよね? バレッタは蛮族が別の国に追い立てられてるって思うの?」

「はい。カズラさんから貰った本に、古代ローマ帝国という国の歴史のものがあったんですけど、それに書かれていた内容と今の状況に似通ったところがあって」

「どんなふうに似てるのか、教えてもらってもいい?」

「はい。その本の内容では、ローマ帝国に北方から蛮族が大挙して押し寄せて――」

バレッタが本に書かれていた内容をリーゼに説明する。

古代ローマ帝国は、東からやって来たフン族の攻撃から逃れるために大挙して侵入してきた西ゴート族に大敗した。

西ゴート族はそのままローマ帝国領内で国家を築き、両国は一旦は和平を結んだが、その後ローマ帝国が西ゴート族との約束を破ったために再び戦争状態になった。

結果としてローマ帝国の首都は陥落し、住民の大虐殺が起こったというのが大まかなあらましだ。

バレッタの説明に、リーゼが「へえ」と感心した顔で頷く。

「確かに今のバルベールと似てるね。ローマ帝国は、私たちみたいな国と戦争中じゃなかったみたいだけど」

「はい。その当時のローマ帝国と比べると、今のバルベールの状況はかなり悪いですね」

「実質、挟み撃ち状態だもんね。もしかしたら、本当にバルベールを滅ぼせるんじゃない?」

「でも、それをしてしまうと、私たちに対するバルベールの国民感情が今以上に悪化してしまいます。それに、蛮族があちこちのバルベールの都市を破壊し尽してしまったら、その後どうなるのか予想がつきません」

「バレッタは講和派なの?」

「それが一番現実的かなって。蛮族の動きは予想がつきませんし、彼らを追い立てている何かについても考えないといけないと思います」

「そっか……でも、ミクレム様たち、やる気満々だからなぁ。市民たちも、バルベール憎しで勢いづいてるし」

リーゼが困り顔になる。

リーゼは現状の打破が最優先と考えており、そのためには貴族と市民の一致団結が最も大切だと思っている。

講和を結ぶこと前提で下手に手緩い真似をすると、その団結にヒビが入ってしまうのではと心配しているのだ。

優先すべきは自国の勝利と民の感情。

先のことを考えるのは、それらが達成された後でいいと考えていた。

「ほんと、どうなるか分からないよな……蛮族が話の通じる相手ならいいけど、ケダモノみたいな連中だったらバルベールは地獄を見ることになりそうだ」

「どこかのタイミングで、彼らと対話する機会が欲しいですよね」

「カズラ様」

3人が話していると、ギリースーツを着込んだロズルーと、彼の弟子たちがやって来た。

背にはリュックを背負っており、それにも大量の草が縫い付けられている。

その後ろから、彼の妻のターナと娘のミュラが付いてきていた。

「あ、ロズルーさん。準備万端ですね」

「はい。出発前に、ご挨拶をと思いまして」

「うう……カズラ様、この『オムツ』って、本当に大丈夫なんですか?」

「これから何日も、小便も大便も尻にくっつけたままで地面に這いつくばってるのか……」

弟子たちが心底嫌そうな顔でのたまう。

一良が念のためにと彼らにオムツを持たせたのだが、早速穿いているようだ。

ちなみに、オムツは戦いで出た重傷者のために、日本で大量に買ってきたものだ。

ベッドの上で身動きができないほどの傷を負った者に使われており、現場では好評のようである。

「あ、いや、別に絶対にオムツに出さなきゃダメってわけじゃないんで。周囲が安全なら、そこらに穴でも掘って排泄すればいいですよ」

「だって、ロズルーさんが『せっかく頂戴した物を使わなくてどうする』って……」

弟子の1人がロズルーを見る。

「カズラ様がそんなことまで心配してくださったんだ。感謝して用を足すのが当たり前だろうが」

「それ感謝の方向が違う……」

「カズラ様、何とか言ってやってくださいよ……」

「ロ、ロズルーさん、お尻がかぶれちゃっても大変なんで、できるだけ普通に排泄してください」

「むう。カズラ様がそうおっしゃるなら……」

渋々頷くロズルー。

弟子たちはほっとした顔になり、ターナとミュラは「だから言ったでしょ」と口を揃えていた。

「あ、あの、お尻拭き取ってきますね」

「お願いします。アルコールタイプじゃないやつで」

「分かりました。アルコールだと刺激が強いですもんね」

バレッタが宿舎へと走って行く。

しばらくその場で雑談しながら過ごし、戻ってきたバレッタがお尻拭きをそれぞれに手渡したところで出発することになった。

「それでは行ってまいります。何もなくても6時間ごとに無線機で連絡をしますので」

「よろしくお願いします。ナルソンさんからも言われたと思いますけど、敵に見つかっても戦闘は厳禁ですからね。全力で逃げてください」

「承知しました。危険な真似は絶対にしませんので」

「あなた、気を付けてね。いってらっしゃい」

「お父さん、頑張ってね! 怪我しないでね!」

ターナとミュラが、笑顔でロズルーにエールを送る。

「狩りに比べれば、楽なもんさ。相手は人間だからな」

ロズルーが2人の頭をぽんぽんと撫でる。

ターナもミュラも不安な様子は一切なく、心からロズルーを信頼しているようだ。

「いいなぁ。俺も結婚したい……」

「村の女は軍人さん狙ってるっぽいし、侍女さんも使用人の子も俺らのこと相手にしてくれないもんな……」

「こんなに頑張ってるのに、いったい何がいけないんだ……」

ぶつぶつと言っている弟子たち。

ターナからしてみれば、彼らは彼女作りたさにがっつきすぎに見えるのだが、当人たちにそれを言うと相談祭りが開催されそうなので黙っていた。

面倒そうなことには口を挟まないに限る。

「では、カズラ様。行ってまいります」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

ロズルーはぺこりとお辞儀をすると、弟子たちを連れて東門へと駆けて行った。

半日後。

ロズルーは弟子の1人とバルベールの軍団要塞の後方にたどり着いていた。

生い茂る草の中に身を隠し、遥か遠方にある軍団要塞をじっと見つめている。

弟子たちもあちこちに散って潜伏しており、先ほど無線で目標地点に到着したと連絡が入ったところだ。

すでに太陽は完全に沈んでおり、半分に欠けた月のぼんやりとした明かりだけが大地を照らしている。

偵察任務は2人1組で、交代で睡眠を取ることになっていた。

「さてと。ロズルーさん、夕食にしましょっか」

いそいそとリュックを漁る彼に、ロズルーが呆れ顔になった。

「着いていきなり夕食ってお前……」

「いやぁ、カズラ様が持たせてくれる食べ物って、どれも滅茶苦茶美味いじゃないっすか。全部味が違うやつを入れたってバレッタちゃんが言ってましたし、楽しみで」

「ああ、確かにどれも美味いよなぁ。俺はバレッタさんにお願いして、 羊羹(ようかん) をたっぷり入れてもらったよ」

「羊羹ですか! 甘くて美味いですよね!」

「最高だよな。エイラさんが淹れてくれる緑茶が、これまたよく合うんだ……考えてたら俺も腹が減ってきたな」

ロズルーもリュックを漁り、ミニ羊羹(60グラム)を1つ取り出した。

弟子の若者は真空パックのサラダチキン(常温保存タイプ)を取り出し、封を切って口に運んでいる。

「うっわ、何だこれめっちゃ美味え!」

サラダチキンを一口齧り、彼が目を丸くする。

「何だそれ? 肉か?」

「鳥肉みたいです。味もついてるし、瑞々しいし……何でこんなものが腐らずに何カ月も保存できるんですかね?」

「不思議だよなぁ。それ、一口貰ってもいいか?」

「いいですよ。羊羹も一口くださいね」

あれこれ話しながら食事を続けていると、周囲をちらちらと確認していたロズルーが動きを止めた。

「おい、あれ見ろ」

ロズルーが軍団要塞を顎で指す。

開け放たれている門から、ぞろぞろと兵士と荷馬車が出て来ていた。

彼らは松明を持っておらず、真っ暗闇の中をこちらへと向かって進んできている。

「うわ、すごい数ですね……って、あれって北に向かう軍団ですかね?」

「かもな……しかし、こんなに早く動くとは思わなかったな」

「ロズルーさん、ここにいたらヤバイですよ。モロに連中の進路上じゃないですか」

「そうだな。少し移動するか。お前は他の奴らに無線機で連絡しろ。俺は砦に連絡するから」

ロズルーがゆっくりと腰を上げ、中腰になって無線機を手に取る。

彼に倣い、弟子も無線機を手に取った。