作品タイトル不明
291話:壁]ω・`) ←こんな顔
「バレッタ……」
バリンがバレッタの肩を抱き、頭を撫でる。
バレッタはしばらくすすり泣いていたが、やがて顔を上げた。
「ごめん。もう大丈夫だから」
バレッタが頬を涙で濡らしながら、バリンに晴れやかな笑顔を向ける。
「記憶は戻ったのか?」
「うん。全部思い出せたよ。お母さんの顔を見た瞬間に、全部思い出せたの」
バレッタがオルマシオールを見る。
「オルマシオール様、ありがとうございました。お母さんと、きちんとお別れができました」
『うむ。役に立てて何よりだ。魂に力強さが増したように見えるぞ』
「えっ。私の、ですか?」
『そうだ。少しだけあった不安定さがなくなったな。記憶が戻って、カズラに母親の影を追い求める必要がなくなったからだろう』
その言葉に、バレッタがぎょっとした顔になる。
そうだったのか、といった表情で見ている一良と目が合い、慌てた顔になった。
「ちっ、違います! 私、そんなつもりでカズラさんを見ていたわけじゃないです!」
「あ、いや、いいんですよ。少しでもバレッタさんの支えになれていたなら、俺も嬉しいですから」
「だ、だから違うんですって! そんなふうに考えたことなんて、一度もないですから!」
「無意識のうちにそういう部分もあった、という話ですよ」
ティタニアがバレッタに、にこりと微笑む。
「彼を慕っている気持ちとは別に、知らず知らずのうちにそう思ってしまっていた部分があったのだと思います。自覚がなくても仕方がないですよ」
「う……そ、そんなことは……」
反論しようと口を開きかけたバレッタだったが、彼女の言い分を否定しきれずに口ごもった。
そういった部分も自分の中にあったようにも思え、ちらりと一良を見る。
そんな彼女に、一良はにこりと微笑んだ。
「いいんですって。これからも、いくらでも俺に甘えてください」
「うう……」
バレッタが顔を赤くしてうつむく。
それを見て、ティタニアはくすくすと笑った。
「さあ、そろそろ戻りましょう。あまり長く術を行使すると、眠らせている人たちが明日大変なことになってしまいますから」
『そうだな。とはいっても、この後起きてからしばらくの間は、使い物にならないだろう。交代を立ててやったほうがいい』
オルマシオールが立ち上がる。
『では、また明日な』
のしのしと歩き、闇へと消えていくオルマシオール。
彼は村では建物の屋根の上で眠っていたので、今夜もそうするのだろう。
一度一良がティタニアにそのことを尋ねたことがあったのだが、彼女曰く「朝、子供たちが自分を見つけやすいように目立つところで眠っているのだろう」、とのことだった。
日頃の口ぶりとは裏腹に、オルマシオールは子供好きなようだ。
「私はコルツ君の部屋に戻りますね。カズラ様も戻られますか?」
「そうします。バレッタさんたちは?」
一良がバレッタたちを見る。
「えっと……私、今夜は父と一緒に寝ることにします」
バレッタの言葉に、バリンが少し驚いた顔になる。
「私に気を使ってるなら大丈夫だぞ。シータとも会えたし、今夜はよく眠れそうだからな」
「私がお父さんと一緒の布団で寝たいの。いいでしょ?」
にこりと微笑むバレッタ。
バリンは少し嬉しそうに、彼女の頭を撫でた。
「そうか。なら、久しぶりに一緒に寝るか」
「うん! カズラさん、ティタニア様、おやすみなさい」
ぺこりと一良たちに頭を下げ、2人は去って行った。
一良とティタニアも、宿舎へと向かって歩き出す。
「いやはや、本当にびっくりしました。ティタニアさんたちって、あんなこともできるんですね」
『長生きの恩恵とでもいうのでしょうか。いつの間にか、いろいろとできるようになってしまって』
頭の中に響いた声に、一良がティタニアを見る。
ティタニアは人の姿ではなく、黒いウリボウの姿になっていた。
少し離れたところにいた警備兵は目を覚ましたようで、槍にしがみついて頭を振っている。
足元がふらついており、かなりつらそうだ。
『でも、いいことばかりではないですよ。皆、私たちよりも先に逝ってしまいますから。私にも仲間や兄妹がたくさんいましたが、今はオルマシオールと2人きりになってしまいました』
「オルマシオールさんは、ティタニアさんの兄弟なんですか?」
『いいえ、赤の他人です。妙に長生きしてるのがいるなと思って声をかけてから一緒にいるのですが、いつの間にかかなりの時が経ってしまいましたね』
「そうだったんですか。何でそんなに長生きできるようになったんでしょうね?」
『思い当たることは、あるにはあるのですが……それのせいかは、よく分からないんですよね』
「えっ、どんなことがあったんです?」
興味深げに聞く一良に、ティタニアが思い出すように少し考える。
『……私も幼かったので覚えていないのですが、崖から落ちて死にかけていたところを、人間に助けてもらったらしいんです』
「へえ。手当でもしてもらったんですか?」
『おそらくは……それから、やたらと健康になってしまって。どんな怪我でも、数日休んでいれば治るようになってしまいました。体も、普通よりかなり大きくなりましたし。ただそのせいか、子を宿せないんですよね』
「う、うーん……何か、すごい話ですね」
何とも不思議な話に、一良が唸る。
『仲間たちのように生を終われないことを呪ったこともありましたが、オルマシオールと会ってからは毎日が楽しくて。しばらくしてから、彼が「死んだ先にある世界が視える」、と言ってきた時には、かなり驚きましたね。ほどなくして、私にも視えるようになりましたが』
当時のことを思い出してか、ティタニアが楽しそうに話す。
「えっ、死後の世界って、どんな場所なんですか?」
『知らないほうがいいと思いますよ。正直に生きられなくなってしまいますから』
「何だそれ……ものすごく気になるんですが」
『まあ、聞かないでおいたほうがいいのは確実です。1つだけ忠告するのなら、あまり恥ずかしい真似はしないほうがいいですね。絶対に後悔しますから』
「恥ずかしい真似……?」
『私たちと同じような存在になれば、分かるようになるかもしれませんよ。やり方は分かりませんが』
「あ、いや、それはいいです。普通の人間の寿命で十分です」
即座に拒否する一良に、ティタニアがくすくすと笑う。
そんな話をしているうちに、2人は宿舎へと戻ってきた。
『では、私はこれで。また明日お会いしましょう。おやすみなさい』
「はい。今日はありがとうございました。おやすみなさい」
ティタニアが小走りで近場の小屋へと向かい、大きくジャンプして屋根に飛び乗る。
そのまま、コルツたちがいる部屋の窓へと跳び、中へと入って行った。
「恥ずかしい真似ねぇ……あ、見張りの交替を頼まなきゃいけないんだっけ。そこらの人に伝えておくか」
先ほどの警備兵のことを思い出し、一良は小走りで宿舎へと入って行った。
次の日の朝。
いつものようにマリーに起こされた一良は、食堂へとやって来た。
料理の載ったカートをガラガラと押すバレッタとエイラと、入口で出くわす。
「バレッタさん、エイラさん、おはようございます」
「カズラさん、おはようございます!」
「カズラ様、おはようございます」
バレッタとエイラの声が重なる。
「バレッタさん、よく眠れました?」
「はい。ひさしぶりに、夢も見ないでぐっすり眠れました」
バレッタがにこりと明るく微笑む。
「バレッタ様が朝からすごく張り切っていたので、いつもより少し手の込んだメニューにしたんです」
エイラがカートに目を向ける。
フレンチトースト、オニオングラタンスープ、オムレツ、カリカリのベーコン、フルーツヨーグルト、という料理が並んでいる。
普段は丸パン、スクランブルエッグ、サラダ、スープ、お粥などがよく出るのだが、今日はかなり気合が入っているようだ。
「おお、これは豪華ですね! オニオングラタンスープなんて、日本で食べて以来だ」
「えへへ。初めて作ったんですけど、すごく美味しく作れたんですよ!」
食堂へと入ると、すでにナルソン、ジルコニア、リーゼ、ルグロ一家が席に着いていた。
バレッタたちが、皆の前に料理を運ぶ。
「よっ、おはようさん!」
「おはよう、ルグロ。よく眠れた?」
「おう! 俺はいつでも快眠だからな。ベッドに入って1秒で爆睡だ」
がはは、とルグロが元気に笑う。
「おっ、今日のは一段と美味そうだな! ほんと、ここのは何食っても美味いし、ナルソンさんたちが羨ましいよ」
「わあ、美味しそうですね!」
「すごく甘い香りがします……!」
ルルーナとロローナが、並ぶ料理に瞳を輝かせる。
下の子2人とルティーナも、「おー!」と嬉しそうだ。
「お褒めに与り光栄です。ですが、これらの料理はカズラ殿のご援助あってのものですので」
ナルソンが言うと、ルグロは「だよなぁ」と頷いた。
「前に貰ったソースもそうだし、料理人に味見させても同じ物がどうしても作れなくてさ。うーん、困った」
「ふむ。バレッタ、エイラたちと協力して、我らでも手に入る食材で同じ味の物が作れないか試してみてくれ」
ナルソンに話を振られたバレッタが、すぐに頷く。
「はい。以前から少しずつ試しているのですが、中濃ソースとマヨネーズはかなり近い味が再現できました。後でレシピを殿下にお渡ししますね」
「そうだったのか。いつの間に……」
「エイラさんとマリーちゃんと一緒に、時々試していたんです。お醤油も、マリーちゃんが贔屓にしている酒蔵に協力してもらって作ることになっています」
バレッタの話に、皆が「へー」と感心した声を上げる。
「ねえ、バレッタ! 照り焼きソースは!? こっちでも照り焼きピザ作って、街の人たちに広めようよ!」
リーゼが期待に顔を輝かせる。
「そ、それが、照り焼きソースだけはまったく再現できなくて。醤油を作ってからなら、似た味のものが作れると思います」
「えー、そうなんだ。まだ時間かかりそうなの?」
「そうですね。酒蔵に約束を取り付けただけで、作業は始めていないので」
「そっか。帰ったら、すぐにやろうね! 私も手伝うから!」
「ねえ、話はそれくらいにして、そろそろ食べない? お腹空いちゃったわ」
ジルコニアがフレンチトーストを見つめながら言う。
ふんわりとした甘い香りに、目が釘付けだ。
バレッタが席に着き、エイラとマリーはいつものように壁際に控える。
「では、いただくとす……」
「どうしたの?」
言いかけて止まったナルソンに、ジルコニアが小首を傾げる。
一点を見つめているナルソンの視線を追うと、開いたままの扉の向こうから、オルマシオールとティタニアが切なそうな顔を半分だけ覗かせていた。