軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

290話:奇跡の行使

大まかな方針が決まり、一良、バレッタ、リーゼ、ティタニアは廊下に出た。

他の者たちは今後の詳細を詰めるとのことで、会議室に残っている。

『それでは、私は2人を部屋に送ってきますので』

ティタニアはそう言うと、ルルーナとロローナを背に乗せて去って行った。

「うーん。相変わらず、すごい眠気」

一瞬だけ襲った眠気に、リーゼが顔をしかめる。

「そんなにか。俺たちみたいに、慣れたりしないのか?」

「前よりはマシな気がするよ。今のは、1人で立っていられたし」

リーゼが一良を見る。

「それよりさ。さっき、2人で何の話をしてたの?」

「えっと……」

一良がバレッタに目を向ける。

「……今夜、ティタニア様が、慰霊碑で母に会わせてくれるんです」

「母って……バレッタのお母さん?」

「はい。あそこに、母がいるらしくて――」

会議室で一良に話した内容を、バレッタがリーゼに説明する。

「えっ、お母さんの記憶がないの?」

「はい……」

驚くリーゼに、バレッタが暗い顔で頷く。

「……何も、思い出せないんです。忘れてしまうほど、私は幼くなかったのに」

「そう……」

「……私、父に話してきます」

バレッタは2人を見ずにそう言うと、とぼとぼと歩いて行ってしまった。

「……バレッタがお母さんに最後に会ったのって、何年前なの?」

去って行くバレッタの背を見つめながら、リーゼが言う。

「うーん……女性まで動員されてた頃だから、戦争終盤じゃないか? 年数でいうと、今から6、7年前とか」

以前見た資料を思い起こしながら、一良が言う。

休戦前の戦いでは、アルカディアは終盤になって戦力が枯渇してしまい、女性や老人まで動員したと記されていた。

国内すべてというわけではなく、前線に近いイステール領とグレゴルン領でのことだ。

バレッタが最後に母親の顔を見たのは、9歳か10歳といったところだろう。

「そっか……」

リーゼがつらそうにつぶやく。

「どうした?」

「……バレッタ、どうして私たちのことを責めないのかなって思って」

「え?」

一良がきょとんとした顔になる。

「責めるって、どうしてだ?」

「だって、あの娘のお母さんが死んじゃったの、イステール家のせいだもん。私たちのことを憎んでたって、おかしくないのに」

「いや、それは違うんじゃないか? 戦争だったんだし、バルベールが攻めてこなかったらそんなことにはならなかっただろ?」

リーゼが一良を見る。

「皆、国を守るために必死だったんだ。こう言っていいのかは分からないけど、仕方のないことだったんだと思う。バレッタさんだって、そう思ってるはずだよ」

「……ありがと。カズラは優しいね」

「いや、優しいとか、そういうことじゃなくて……」

寂しそうに微笑むリーゼに、一良は困り顔になった。

リーゼを気遣って言った言葉ではなく、本心からそう言ったのだが。

「私たち統治者は、すべての民の命に対する責任があるの。仕方がないとか、そんなふうには思えないよ」

「リーゼ……」

「死んじゃった人にとっては、私たちの理屈なんて関係ないもん。国を守るためって言われて無理やり徴兵されて、戦いたくなんてないのに戦わされて、名前も知らない相手に殺されて。そんなの、あんまりだよ」

「……」

暗い顔で言うリーゼにかける言葉が見つからず、一良が押し黙る。

彼女の言っていることは確かにそのとおりだが、統治する者がそこまで考えを巡らせる必要があるのだろうか。

屋敷にいる者たちは皆、リーゼは将来優れた領主になると期待しているが、ひょっとすると、彼女は統治者にはまるで向いていない性格なのかもしれない。

「割り切らなきゃいけないってことは分かってるんだけどね……どうしても考えちゃうの」

「……そんなふうに考えてくれるから、皆がリーゼのことを慕うんだよ」

一良がリーゼの頭をぽんぽんと撫でる。

「でも、考えすぎはよくないぞ。どうしても考えちゃって凹むっていうなら、俺にいくらでも愚痴れ。酒でも飲みながら、何時間だって聞くからさ」

「……前に、私がカズラに言ったことと同じだね」

以前、アロンドが姿を消した後に、落ち込んでいた一良をリーゼは明るく慰めてくれたことがあった。

そのおかげで、一良は後ろ向きな考えを振り払うことができたのだ。

「うん。あの時はリーゼのおかげで、本当に救われたからさ。そのお返しだよ」

一良が言うと、リーゼは少しうつむいた。

「……もし、どうしても、嫌になっちゃったらさ」

「……」

一良が黙って続きを待つ。

数秒してリーゼは顔を上げ、にこりと微笑んだ。

「ううん。やっぱり今のなし」

「……うん」

「何だか疲れちゃった。外に出てお茶しない? エイラとマリーも呼んでさ」

「そうだな。着替えてから、行くとするか」

2人で部屋へと向かい、廊下を歩く。

全部投げ出してしまえばいい、と以前リーゼに言われたことを、一良は思い出していた。

同じ言葉をかけてあげられれば、とも思ったが、彼女の背負っているものを思うと、どうしてもそれは言えなかった。

――でも、もしリーゼがそう言ったら――。

「カズラ」

前を見て歩きながら、リーゼが一良の名を呼ぶ。

「ありがと。何も言わないでいてくれて」

「……うん」

それから、2人は黙って廊下を歩いた。

リーゼはどこか寂しげだが、それでいて嬉しそうにも一良には見えた。

その日の深夜。

一良はバレッタの部屋の前にやって来ていた。

――バレッタさん、大丈夫かな……。

あれから、バレッタはずっと暗い表情のままだった。

兵器の整備や食事作りは普段通りに行っていたのだが、あまりにも暗い様子の彼女を心配した侍女や兵士が、一良に直接報告に来たほどだった。

コンコン、とノックをすると、すぐに扉が開いてバレッタが出てきた。

「そろそろ、行きますか?」

「……はい」

今朝と同様に、暗い顔でバレッタが頷く。

「どうしよう……私、本当に何も思い出せないんです……」

「そっか……バリンさんも来るんですよね?」

「はい……慰霊碑の前で、落ち合うことになっています」

バレッタが扉を閉め、とぼとぼと歩き出す。

一良も彼女に寄り添い、廊下を進んだ。

そのまま宿舎の玄関まで来ると、人の姿のティタニアが待っていた。

例の如く、見張りの警備兵が2人、槍を杖にしてこっくりこっくりと船を漕いでいる。

彼女は一良たちの姿を見ると、にこりと微笑んだ。

「お待ちしていました。行きましょうか」

「……あの、ティタニア様」

歩き出そうとするティタニアに、バレッタが声をかける。

「私、本当に何も思い出せなくて……どうすればいいのでしょうか」

「大丈夫。きっと思い出せます。安心してください」

不安な顔をしているバレッタにティタニアは微笑み、歩き出した。

彼女に続くかたちで、一良とバレッタは宿舎を出て慰霊碑へと向かう。

真夜中の砦はしんと静まり返っており、時折見かける見張りの兵士は皆が立ったまま眠りこけていた。

しばらく歩き、大きな石盤の慰霊碑が見えてきた。

慰霊碑の前で座っているオルマシオールと、その隣で石盤を見つめているバリンの姿があった。

「お父さん」

「ああ、来たか」

バリンが振り向き、バレッタに微笑む。

「カズラさんも来てくださったのですか」

「はい。あの、お邪魔なようでしたら引っ込んでいますが……」

「いやいや、カズラさんは家族も同然です。ぜひ妻に会ってやってください」

「お父さん、眠気はないの?」

バレッタが不思議そうにバリンの顔を見る。

「ん? 眠気なんてないぞ。どうしてだ?」

「他の人は皆、ティタニア様が人の姿だと眠くなっちゃうんだけど……」

バレッタがティタニアを見る。

「おお、人の姿になるとは聞いていましたが、あなた様が……」

恐縮して頭を下げるバリンに、ティタニアが微笑む。

「バリンさんはバレッタさんと魂がそっくりですからね。2人でいれば、互いの結びつきで意識の綻びも起きにくいのでしょう」

「はあ、そういうものなのですか」

よく理解できていないながらも、バリンが頷く。

『さて、始めるとしよう』

オルマシオールが1つ、遠吠えをする。

すると、地面から無数の光の球が浮かび上がった。

周囲を明るく照らすほどの数百、数千とも思えるほどの光の球に、バリンが小さく「うわ!」と驚いた声を上げる。

『ティタニア、他の者は先に送ってやれ』

「はい」

ティタニアが目を細める。

ふわふわと浮いていた光の球が、1つを残してふっと消えた。

1つだけ残った光の球を、オルマシオールがじっと見つめる。

『うむ。傍に行くがいい。思い残すことのないようにな』

オルマシオールが言うと、その光の球はバレッタとバリンの下へとゆっくりと近づいた。

ふよふよと浮かぶそれを、バレッタとバリンは困惑した様子で見つめる。

「シ、シータなのか?」

バリンが光の球に話しかける。

それに答えるように、光の球はバリンの周囲をくるくると舞った。

途端に、バリンの瞳から涙が溢れた。

「すまないっ! あの時、私が傍にいてやれれば……っ!」

バリンが涙ながらに、かつてのことを詫びる。

「すまなかったっ! 必ず守ると約束したのに、私は――」

「お父さん……」

肩を震わせる父に、バレッタが寄り添う。

バリンはひたすら、謝罪の言葉を述べ続ける。

光の球はしばらくバリンの顔の前に浮いていたが、やがてバレッタの前に移動した。

バリンは彼女の肩を抱き、光の球を見つめた。

「――ほら、バレッタもこんなに大きくなったんだ。バレッタ、お母さんに何か言ってあげなさい」

バリンが涙声で、バレッタをうながす。

「……」

「バレッタ?」

「……思い出せないよ。お母さんのこと、何も思い出せない」

悲し気に光の球を見つめるバレッタを見て、オルマシオールが『ふむ』と鼻を鳴らした。

『ティタニア、いいか』

「はい、もちろん」

ティタニアが答えると、オルマシオールはすっと目を細めた。

その瞬間、彼らの体から光の霧が湧きあがり、バリンとバレッタの前にいる光の球へと集まった。

小さな光の球だったそれが、ゆっくりと人の形に姿を変える。

「えっ」

「お、おお……」

驚愕に目を見開く2人の前で、それは女性の姿に形を変えた。

どこかバレッタに似た顔立ちの、優し気な雰囲気の長い金髪の美しい女性だ。

「あ、ああ……っ!」

バレッタの瞳から涙が溢れ、震えながら両手を差し伸べる。

「バレッタ、大きくなったね」

「お母さんっ!」

バレッタが母の胸に飛び込み、泣きじゃくる。

彼女はバレッタを抱き締め、その背を優しく撫でた。

「そ、そんな……まさか、こんなことが……」

「あなたも、ほら」

すっと片手を差し伸べるシータに、バリンが震えながらも歩み寄る。

そして、バレッタと同じように声を上げて泣き出した。

シータは2人の背を、よしよし、と撫でている。

『あまり長くは持たんぞ。話したいことがあるのなら、話しておけ』

オルマシオールの呼びかけに、バレッタがはっとして顔を上げ、母を見る。

「お母さんっ、私、すごく頑張ったの! お父さんが帰ってきてから、ずっと――」

バレッタが今までの出来事を、声を詰まらせながらも早口で語る。

「お父さん、ずっと泣いてて、私――」

バリンが戦地から帰ってきてから、ずっと塞ぎ込んでしまっていたこと。

そんな父を元気づけるために、自分がしっかりしなければと、いつも以上に明るく振る舞っていたこと。

そうしているうちに、父が少しずつ元気を取り戻してくれたことを、涙ながらに話す。

「でも、私っ、いつの間にか、お母さんがいたことすら忘れちゃってて……! ごめんなさいっ、私っ、たった今まで、ずっと――」

「バレッタ」

シータがバレッタに優しく呼びかける。

「頑張ったね」

「っ」

バレッタはもう言葉にならず、顔をくしゃくしゃにして母の胸にすがって泣きじゃくった。

幼い頃のバレッタにとって、いつも傍にいた母が死んでしまったことは到底耐えられないほどの悲しみだった。

しかし、打ちひしがれている父を元気づけるためには、自分の感情を押し殺してでも明るく振る舞うしかなかった。

父を支えるため、常に明るく振る舞うために、バレッタは無意識のうちに母の記憶を心の底に封印してしまった。

それが、今こうして母と再会することで、その悲しい呪縛から解き放たれることができたのだった。

「もっとお話、聞かせてくれる?」

「ぐすっ、う、うんっ!」

バレッタは涙を流しながら、今までの出来事をかいつまんで話す。

一良がやって来た時の話をしながら、「あの人がカズラさん」とバレッタが一良を見る。

反射的にぺこりと頭を下げた一良に、シータはにこりと微笑んで会釈をした。

「……あの、いったいどうなってるんです? シータさんは……バレッタさんのお母さんは、生き返ったんですか?」

楽し気に話をするバレッタとバリンを見ながら、一良はティタニアに小声で話しかけた。

「いいえ。私たちの魂を削り取って、無理矢理生前の姿を形作っているんです」

「た、魂を?」

「はい」

ぎょっとする一良に、ティタニアはバレッタたちを見つめながら頷く。

「え、えっと……そんなことをして、ティタニアさんたちは大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。コルツ君の寿命が尽きるくらいまでの分は、残してありますので」

それって大丈夫とは言わないのでは、と一良が思っていると、ティタニアは一良を横目で見た。

「このことは、彼女には内緒にしておいてくださいね。きっと気に病んでしまいますので」

「は、はい」

『時間切れだ』

オルマシオールの声に、一良はバレッタたちに目を戻した。

シータの体が透け始め、光の粒子のようになって少しずつ散り始めている。

「えっ!? お、お母さん!」

「シータ!」

バレッタとバリンの声が重なる。

「一緒にいてあげられなくて、ごめんね」

夫と我が子の体を、シータがぎゅっと抱き締める。

バレッタは泣き出してしまいそうになるのをぐっと堪え、母に笑顔を向けた。

「私、もう大丈夫だからっ、だから、安心して」

「……うん」

シータが微笑み、バリンとバレッタの顔に自らの顔を摺り寄せた。

「ずっと、見守ってるわ。幸せになってね」

「っ」

バレッタが嗚咽を噛み殺しながら、こくこくと頷く。

だんだんとその姿が薄くなっていくシータが、一良に目を向けた。

「娘を、よろしくお願いします」

「っ、はい!」

しっかりと頷く一良にシータはにこりと微笑み、その姿がふっと消えた。