作品タイトル不明
289話:強襲作戦
会議室を出たバレッタは、ティタニアと共にルグロ一家の部屋へと向かっていた。
小走りで廊下を進むバレッタの横を、てってっと軽快な足取りでティタニアが並走する。
「すみません、ティタニア様にまで付いてきてもらってしまって」
『いえいえ。私も外の空気が吸いたかったので』
ティタニアがバレッタを見上げて、念話で話す。
廊下には警備兵がぽつぽつといるだけなので、会話が可能なようだ。
『どうにも、人が多いところは疲れてしまいますね。皆さん、私のことをチラチラ見てきますし』
「あはは……ミクレム様とかはティタニア様を神様だと思っていますし、仕方がないですよ。心象を良くしておかないと、死んだ後の処遇に影響するって考えてると思いますし」
『死んだ後の処遇? どういうことです?』
「えっと、この国を一枚岩にするためにカズラさんが考えた方法で――」
バレッタがそう言いかけた時、廊下の向こうから巨大な白いウリボウ――オルマシオール――が歩いてきた。
「あ、オルマシオール様」
『少しいいか』
オルマシオールがバレッタたちの前で立ち止まる。
『今日の深夜、慰霊碑まで来てくれ』
「慰霊碑に? それは構いませんが……どうしてですか?」
『お前の母親が、お前に別れを告げたがっている。最後に会ってやれ』
「……え?」
オルマシオールがティタニアに目を向ける。
『というわけだ。バレッタが来るまで、あそこの魂を天に送るんじゃないぞ』
『まあ。あそこに彼女の母親がいるのですか。よく気付きましたね?』
『砦の内外含めて、同じ匂いのする魂をあちこち探し回ったんだ。もしかしたらまだ、この地に残っているかもしれないと思ってな』
オルマシオールがバレッタを見る。
『しばらく前に、「母親の記憶がなくなってしまった」と言っていただろう?』
「え……どうしてそれを」
以前、バレッタは砦の防御塔で一良にその話をしたことがあった。
あの時は、周囲に誰もいなかったはずなのだが。
『ぽつんと1人でいるお前が気になってな。遠くから見ていたんだ』
『ふふ。彼、いつもバレッタさんを見守っていたんですよ』
ティタニアがくすくすと笑いながら言う。
『約束を守って森を守ろうとしてくれていることに、すごく感謝しているんです。だから、あなたのことは自分が守らないとって』
『こら、余計なことを言うんじゃない』
『いいじゃないですか、隠すようなことでもないでしょう?』
『気を遣わせてしまうだろうが。まったく、考えなしにも程があるぞ』
オルマシオールが顔をしかめて言う。
そして、再びバレッタに目を向けた。
『失ってしまった記憶を、取り戻せるかもしれん。忘れてしまったままでは、あまりにも悲しいからな』
オルマシオールはそう言うと、踵を返して歩き出した。
『どこに行くのですか?』
『外で子供らを待たせているんだ。まったく、村から出てやっと解放されたと思ったら、こちらでも遊び相手になってやらねばならんとは。しんどくてかなわん』
『楽しんでるくせに』
『うるさい』
くすくすと笑うティタニアに憮然とした様子で答え、オルマシオールは去って行った。
動揺した様子のバレッタに、ティタニアが顔を向ける。
『バレッタさん、大丈夫ですか?』
「は、はい……」
『さあ、子供たちを迎えに行きましょう。ルルーナさんたち、部屋にいるといいのですが』
ティタニアが歩き出す。
バレッタは慌ててその後を追った。
数十分後。
ルルーナとロローナの通訳で、首脳陣はティタニアからバルベール軍の動きの詳細を説明されていた。
「北方のバルベール軍は各所で劣勢、か」
ナルソンが唸る。
バルベール軍は北方すべての戦域で劣勢を強いられており、蛮族の攻撃は苛烈を極めているとのことだ。
突然の大規模な攻撃に、バルベール軍は各所で大混乱に陥っているらしい。
「ナルソン、バルベールを崩壊させるチャンスよ。こちらも全面攻勢に出て、蛮族と挟み撃ちにするべきだわ」
ジルコニアの進言に、ミクレムとサッコルトが大きく頷く。
「奥方の言うとおりだ! 蛮族が勢いに乗っているうちに、こちらからも攻撃を加えてバルベールの連中を釘付けにするべきだ!」
「うむ! 蛮族は欲望のままに連中の街や村を襲って回るだろうからな。滅茶苦茶に暴れさせてやれば、いくらバルベールとはいえ手の打ちようがあるまい。奴らが弱ったところを、こちらも一気に畳みかけてやればいい!」
「……なあ、本当にそれでいいのか?」
ルルーナとロローナを膝に乗せたルグロが、ミクレムとサッコルトに言う。
ルルーナとロローナは、部屋から持ってきたプリンとゼリーをそれぞれ食べていた。
「蛮族連中に暴れさせてバルベールを挟み撃ちにしたとして、その後はどうすんだ? もし蛮族がバルベールの首都を占領したら、今度は俺らが蛮族と戦うことになるんじゃねえか?」
「そうなるかもしれませんが、今はバルベールを倒すことが先決です。奴らは我らの仇敵ですぞ」
「敵の敵は味方と言うではないですか。ここは蛮族の動きに呼応するのが上策です」
ミクレムとサッコルトの意見に、ルグロが「うーん」と唸る。
「殿下は、今バルベールを攻撃するべきではないとお考えですか?」
ナルソンがルグロに聞く。
「いや、そういうわけじゃないんだけどよ。その先が心配なんだよ。俺たち、いつまで戦い続ければいいんだ?」
ルグロがルルーナとロローナの頭を撫でる。
「この状況を上手いこと利用すれば、戦争を終わらせられるんじゃねえか? ある程度戦ってから、バルベールと和睦するとかさ」
「「なっ!?」」
ミクレムとサッコルトがぎょっとした声を上げる。
カーネリアンや他の軍団長たちも、驚いた顔でルグロを見た。
「何をおっしゃるのですか! 奴らと和睦など、できるわけがありません!」
「我らが今までどれだけ苦汁を飲まされてきたか……! そのようなことを口にするべきではありませんぞ!」
憤慨する2人に、ルグロの膝の上のルルーナとロローナがびくっと肩をすくめる。
「大声出すんじゃねえよ。2人が驚くだろうが」
「あ、いや、そんなつもりは……」
「も、申し訳ございません。ですが、この戦いはどちらかが滅ぶまで終われない戦いで――」
「あの、バレッタさん」
一良はサッコルトが話すのを横目に、バレッタに小声で話しかけた。
先ほどからバレッタは心ここにあらずと言った様子で、物憂げな表情で口を閉ざしている。
「あ、はい。何ですか?」
「戻ってきてから様子がおかしいような気がして……何かあったんですか?」
「……オルマシオール様が、今夜、母に会わせてくれるって」
「母って……バレッタさんの?」
怪訝な顔をする一良に、バレッタが小さく頷く。
「はい。母が私に別れを告げたがっているからって……」
バレッタが背後で座っているティタニアをちらりと見る。
一良もその視線を追うと、ティタニアはにこりと微笑んで頷いた。
「深夜に、慰霊碑にまで来るようにって。そこで母に会わせてくれるらしいんです」
「慰霊碑に、バレッタさんのお母さんがいるんですか?」
「だと思います。あそこには、11年前の戦いで亡くなった戦死者の遺骨が埋められているので」
「そっか……」
「あの……」
バレッタがうつむきながら一良を見る。
「今夜、カズラさんも一緒に来てくれませんか?」
「もちろんいいですよ。俺も、バレッタさんのお母さんにご挨拶したいですし」
「――私の考えを言ってもよろしいですかな?」
一良とバレッタが小声で話していると、ナルソンが声を上げた。
くどくどとルグロに説教をしているサッコルトが口を閉ざす。
「バルベールを叩くなら今、という意見には私も賛成です。ですが、全面攻勢をかけるとなるとこちらもかなりの被害が出るでしょう」
「それは仕方のないことだろう。戦いとは、そういうものだ」
サッコルトの言葉に、ナルソンが頷く。
「はい。となると、それに見合った戦果が必要になります。敵の補給を遮断して干上がらせる、というのはいかがでしょう?」
「干上がらせる? いったいどうやるというのだ?」
怪訝な顔になるサッコルト。
他の面々も、「どうやって?」といった表情になっている。
「奴らの背後にあるムディアの街を襲うのです」
ムディアは、バルベールの南方にある大規模な穀倉地帯を有した巨大な街だ。
アルカディアやクレイラッツへ向かう軍への最大補給拠点でもある。
「クレイラッツ国内にいる軍団をすべて投入し、国境を越えさせてムディアを強襲し奪い取るのです。補給さえ絶ってしまえば、あの大軍を維持することは不可能です」
「……我が国の兵に、死ねと申されるのですか」
カーネリアンが険しい表情で、ナルソンを見つめる。
「今やらねば、このような機会は今後二度と訪れません。クレイラッツ国境の先にあるムディアを押さえれば、ここにいる敵軍の補給は完全に止まります。今なら、貴国の国境にいるバルベール軍はたったの2個軍団です」
ティタニアたちからの報告で、バルベール軍の位置と数は概ね把握できている。
各地の国境付近で睨みを利かせているバルベール軍は、強固な軍団要塞を建造して攻撃に備えているとのことだ。
防御を固めた軍団要塞を攻撃するとなると、カタパルトのような大型攻城兵器を持たないクレイラッツ軍は苦戦を強いられることになるだろう。
ナルソンが少し身を乗り出し、カーネリアンを見つめる。
「クレイラッツが総力を挙げて攻撃すれば、撃破は可能では? 蛮族が動いたことで、バルベールはクレイラッツ方面へ援軍を出す余力はありません。ムディアを陥落させ、ここにいる敵軍が撤退を始めたら、執拗に追撃して戦力を削り取るのです」
「我が国から攻撃を仕掛けても、ここにいるバルベール軍はムディアに取って返すでしょう。とても上手くいくとは思えません」
「敵の伝令をすべて仕留めて、情報を遮断すれば可能です」
ナルソンが言い、ティタニアを見る。
「何? まさか、ウリボウたちにそれをやらせるのか?」
サッコルトが戸惑った様子で言う。
「彼らなら、それが可能かと。ティタニア様、お願いできませんでしょうか?」
「ナルソン様、ティタニア様が『分かりました』とおっしゃっています」
「食べ物を用意してほしい、ともおっしゃっていますよ」
ルルーナとロローナがティタニアの言葉を伝える。
サッコルトたちが「おお」と声を漏らした。
「承知いたしました。カズラ殿、食べ物についてはお任せしても?」
砦にいるウリボウたちには地球産の食べ物を与えており、すでに10日が経過している。
今までの経験上、身体能力の強化には2週間ほどかかるということが分かっているので、間もなく強化が完了する頃合いだ。
この世界最大最強の猛獣の身体能力が強化されたとなれば、まともに戦って敵う人間はいないだろう。
食べ物の効能についてはティタニアたちには話していないので、後で説明してやらねばならない。
「構いませんが……カーネリアンさん、今の話で大丈夫ですか?」
皆の視線がカーネリアンに集まる。
「……やるしか、ありませんか」
カーネリアンが呻くように答える。
クレイラッツの他の指揮官たちも、沈痛な面持ちで頷いた。