作品タイトル不明
288話:挟み撃ち
「大きな戦いって……ティタニアさん、それって、蛮族側がバルベールに攻め込んだってことですか?」
一良がティタニアに聞くと、彼女はこくりと頷いた。
彼女は背に乗っているコルツに振り向き、彼に何やら伝えている様子だ。
「あ、そうか。言葉が……ナルソンさん、どこか人のいないところに――」
「少々お待ちを。今は敵を1人でも多く倒さねば」
言いかける一良をナルソンは制し、無線機の送信ボタンを押した。
「カノン砲部隊に通達。ラース将軍が戻った場所は避けて、後退する敵兵の固まっているところを狙って撃ちまくれ。予定通り、敵が投石機を設置していた場所を越えたら砲撃を中断しろ」
ナルソンが指示を出し、防壁を見上げる。
防壁上に設置されたカノン砲の傍にいるニィナたちが、片手を上げて了解の返事をした。
すでに照準を合わせていたようで、どかん、とカノン砲が轟音を響かせて砲撃を開始する。
ひゅんっ、と音を響かせて砲弾は直進し、後退する敵兵の真っただ中に着弾した。
そこかしこで数名の敵兵が手足を吹き飛ばされ、その場に昏倒する。
砲撃範囲を限定したのは、射程を敵に誤認させるためだ。
そこまでなら安全、と敵に思い込ませておいて、次の戦いで敵の司令部が前進してきたら、司令官を狙い撃ちする予定である。
「騎兵隊へ通達。両翼より敵を挟み込め。白兵戦は避け、投げ槍のみで攻撃せよ。逃げる敵を中央に密集させるように仕向けるんだ」
ナルソンの指示とともに、丘の上で待機していた騎兵隊が一斉に駆け出して行く。
ナルソンはそれを見届け、一良に目を向けた。
「カズラ殿、申し訳ありません。私は指揮を執りますので、そちらはお任せしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。ええと……」
「カズラ様、お姉ちゃんが、『背中に乗ってください』って言ってるよ」
コルツがミュラと一緒に、ティタニアの背から飛び降りて言う。
「ん、そっか。それじゃ、失礼して」
「あ、あの! 私も一緒に行かせてもらえませんか?」
バレッタが言うと、ティタニアはこくりと頷いた。
「リーゼも来るか?」
「ううん。私はお父様の指揮を見てるよ」
リーゼは一良に答え、バレッタを見た。
「バレッタ、カズラのことお願いね」
「はい!」
にこりと微笑むリーゼに、バレッタがしっかりと頷く。
伏せたティタニアの背に、2人は跨った。
「ティタニアさん、納骨堂へ行きましょう。あそこなら誰もいないと思います」
ティタニアはこくりと頷き、砦の中へと駆け出した。
兵士や使用人たちの視線を浴びながら、カズラとバレッタを乗せた漆黒のウリボウが通りを走る。
砦内にウリボウがいることは皆が慣れてしまっているようで、特に驚く者はいないようだ。
あちこちから、「真っ黒だ」とか「オルマシオール様だって話だぞ」といった声が聞こえてくる。
しばらく走り、納骨堂の前に到着した。
一良とバレッタはティタニアの背から降り、扉を開いて中へと入る。
ティタニアも、その後に続いた。
「まあ。ここの魂は残ったままなのですね」
一良とバレッタが振り返ると、すでに人の姿になったティタニアが立っていた。
彼女は後ろ手に扉を閉めており、壁際に備えられた遺骨入りの棚を眺めている。
「えっ? そうなんですか?」
「ええ。強い憎しみと悲しみに満ちています。すぐに送ってあげますね」
ティタニアが目を細める。
すると、棚から無数の光の球が浮き上がり、ふっと消えた。
「ありがとうございます。そういえば、砦の中央にある慰霊碑の下にも遺骨が埋まってるらしいんです。後でお願いできますか?」
「分かりました。後ほど、やっておきますね」
「ティタニア様、バルベールの北方での件ですが……」
バレッタが口を挟む。
「はい。あちこちで大規模な戦いが起こっているようですよ」
「北方の蛮族が全面攻勢をかけたのですか?」
「そのようですね。11年前とまったく同じ光景だと、見てきた子が言っていたので」
「ふむ。でも、どうしていきなり……バルベールは彼らと和平を結んでるって話だったのに」
一良が怪訝そうに首を捻る。
バルベールは蛮族と和平を結び、それが確固たるものと判断したからこそアルカディアに攻め込んできたはずだ。
それにもかかわらず蛮族が攻め込んだとなると、考えられる理由は――。
「バルベールがこっちに全力で攻めていることを、彼らは把握してるってことですかね。それで、今がチャンスだと判断して攻撃を仕掛けたとか」
「私もそう思います。北方の部族はバルベールに間者を潜り込ませてるんじゃないでしょうか」
バレッタが一良の意見に同意する。
「おそらく、彼らはバルベールの中枢にまで間者を送り込むことに成功しているのでは? でなければ、こんなタイミングで攻撃を仕掛けることなんてできないと思います」
「ですよね……相当しっかりと情報を得てなくちゃ、そんな真似……って、重要なことを聞き忘れてた」
一良がティタニアに目を向ける。
「その戦闘の状況って、どんな感じかは分かります?」
「いくつかの場所では、バルベール軍は1日で敗北して後退しているようですね」
「えっ!?」
「たった1日で負けたんですか? あのバルベール軍が?」
驚く一良とバレッタに、ティタニアが頷く。
「ええ。国境を守備していた部隊のいくつかがこちらに向かっているようなのですが、彼らは戦力が減った部分を集中的に狙って攻め込んだようです」
そう言われ、一良は数日前にオルマシオールと話した内容を思い出した。
あの時、彼は「北の国境付近に点在している部隊のいくつかが砦に向かって来ている」と言っていた。
蛮族は、それらの情報を把握しているということだろう。
でなければ、そのような的確な攻撃はできないはずだ。
「なるほど……ということは、今バルベールは大ピンチってわけですね。攻め込むなら今か」
「……カズラさん、それをするなら、タイミングがかなり重要になってくると思いますよ」
「タイミングというと?」
「バルベールとしては、北方の部族から全面攻勢を受けているという情報が私たちに伝わることは、絶対に避けたいはずです。なので、彼らの取れる行動は隠密裏に北に軍を割くか、一挙にこの砦を落とすかの2択になります」
なるほど、と一良が頷く。
「ふむ。しかも、彼らには時間がないんですもんね」
「はい。そのうえ、北方の守備軍がいくつか敗北しているとあっては、かなりの戦力をそちらに回す必要が出てきます。軍団を新設するには時間がかかりすぎるはずですから、ここに張り付いている軍を送らないとバルベール国内は大変なことになります」
「バレッタさんとしては、彼らはどう動くと思います?」
「私が彼らの司令官なら、こちらに気取られないように軍を間引きして北に向けますね。そのうえで、砦への大掛かりな攻撃準備をしているふうを装って、警戒させて時間を稼ぎます」
「それって、何カ月っていう長期間ってことですよね?」
「はい。なので、小競り合い程度の牽制攻撃はしてくると思います。その間に部族の攻撃に対応しつつ、新たな軍団を大量に新設するしか手はないんじゃないでしょうか」
バレッタがそう言った時、2人の腰の無線機からノイズが響いた。
『ナルソンです。こちらはひと段落着きました。敵軍は今のところ、攻撃を仕掛けてくる様子はありません。どうぞ』
「カズラです。それなら、一度皆で宿舎に集まりましょう。ティタニアさんからの報告をお話するので。どうぞ」
『かしこまりました。すぐに向かいます。通信終わり』
一良が無線機を腰に戻す。
「それじゃ、俺たちも宿舎に行きましょうか。ティタニアさんも来てくれますか?」
「分かりました」
ティタニアは答えると、一良とバレッタが瞬きしたと同時に、一瞬にしてその姿が黒いウリボウの姿に戻った。
「むう……変身する瞬間を見ようと思ったのに、さっぱり分からねぇ……」
「どういう仕組みなんですかね……」
「意識にも作用しているので、見ていても分からないと思いますよ」
2人から数センチの場所で一瞬で人の姿に戻ったティタニアに、2人が「わあ!?」と驚いてのけぞる。
ティタニアはくすくすと笑うと、再びウリボウの姿に一瞬で戻った。
「び、びっくりした……」
「く、くそ、俺は何回驚かされればいいんだ……」
『さあ、行きましょうか』
ティタニアにうながされ、2人はまた驚かされるんじゃないかと警戒しながらも扉へ向かうのだった。
宿舎の会議室に集まったアルカディア首脳陣は、一良からティタニアが語った内容を伝え聞かされていた。
北方の蛮族が全面攻勢をかけ、バルベール軍守備隊のいくつかが敗北したという話をすると、その場にいた者たちからどよめきが起こった。
「これは好機だぞ! すぐにでも攻撃を仕掛け、この場に奴らを釘付けにするべきだ!」
「うむ! 蛮族の連中には、バルベール国内で好き勝手に暴れてもらおう! 懐深く攻め込ませれば、あの広い国土だ、連中は手が回らなくなるだろうからな!」
意気込むミクレムとサッコルトに、ナルソンが「ふむ」と腕組みして唸る。
「カズラ殿、こちらに向かっているバルベール軍の数と現在位置は分かりますでしょうか?」
「数と位置、ですか」
すぐ隣にちょこんと座っているティタニアに、一良が目を向ける。
ティタニアは少し考えた後、前足で床を、ちょん、ちょん、ちょん、と3回叩いた。
「ええと……こっちに向かって来ている軍団は3つってことですか?」
一良の問いかけに、ティタニアが頷きかけて動きを止めた。
ちょん、ちょん、と再び床を2度、前足で叩く。
「ん? こっちに向かって来てる軍団は2つ?」
ティタニアが頷く。
そして、今しがた叩いた場所から少し離れた床を前足で1度叩いた。
「もう1個軍団は別の動きってことですか? どこへ向かってるんです?」
ティタニアが腰を上げ、トコトコと歩いて一良の斜め向かいに座っているクレイラッツ軍司令官、カーネリアンの後ろに回った。
後ろ足で立ち上がり、ぽん、と片方の前足をカーネリアンの肩に置いた。
カーネリアンはぷるぷると震えて冷や汗を流しながら、表情を引き攣らせている。
「クレイラッツに向かってるってことですね?」
ティタニアがこくりと頷き、一良の下に戻って来る。
ルグロが「ぷっ」と小さく噴き出し、皆の視線を浴びてわざとらしく咳払いをした。
「ティタニア様の通訳が必要だな。俺、ちょっくら子供らを呼んでくるわ」
「あ、それでしたら私が呼んできますので」
バレッタが席を立ち、部屋を出て行く。
すると、ティタニアも彼女の後を追って一緒に部屋を出て行った。
カーネリアンが閉まった扉を見つめ、むう、と唸る。
「カズラ殿は、あの獣と言葉を交わすことができるのですか?」
「こ、こら! ティタニア様を獣と呼ぶなど、失礼ではないか!」
「今すぐ訂正なされよ! 地獄行きになりたいのか!?」
ミクレムとサッコルトがカーネリアンを怒鳴る。
「し、失礼しました……カズラ殿は、ティタニア様と言葉を交わすことができるので?」
「人が多いところでは無理ですけどね。少人数でなら、彼女は人とも話すことができるみたいなんです」
「そうなのですか……ううむ、いまだに信じられません……」
「信じる信じないではなく、ティタニア様は真の神なのだ。悪いことは言わないから、崇拝しておけ」
真面目な顔で言うミクレムに、サッコルトが深く頷く。
「そうだぞ。それと、今後は汚職などは絶対にしないようにな。悪事を働けば、必ず地獄行きになるぞ」
「いえ、私は今までそういったことは何一つ……サッコルト殿は違うのですか?」
カーネリアンの問いかけに、サッコルトが「うっ」と呻く。
皆の視線が、彼に集まった。
地獄の動画を彼らに見せた際、一良は彼らから今まで行った悪事を洗いざらい白状されている。
2人ともなかなかにえげつないことをいくつもやっており、ルグロとはえらい違いだ、と一良は内心驚いた記憶がある。
今では私財を投げ売って、徳を上げるべく慈善事業に必死になっていると一良は聞いている。
「そ、それよりも今は、バルベールに対する戦略を決めましょう。私の考えを述べさせていただいてもよろしいですかな?」
ナルソンが助け舟を出し、皆の視線を集める。
一度止まってしまった会議が、再び進みだした。