軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

287話:卑怯な手

「いつまで待たせるんだよ。てっきり、怖くなって逃げたのかと思っちまったぞ」

10メートルほど手前で立ち止まったジルコニアに、ラースが言う。

ラースは中央が鉄製の長方形の大盾を地面に立てており、それに頬杖を付いていた。

そんな彼に、ジルコニアはにこりと微笑んだ。

「ごめんなさいね。こんなに朝早くからだとは思ってなくて。これでも急いで食事を済ませてきたのよ?」

「へえ。一番好きなものを食べてきたかい?」

以前、ジルコニアが言った「最後の食事に一番好きなものを食べてこい」といった意趣返しをするラース。

「ええ、もちろん。お腹いっぱい食べてきたわ。あなたは?」

「俺はまだ食べかけだ。お前をぶった切ってから、食事の続きをするんでな」

「そう。じゃあ、早いところ終わらせちゃいましょうか」

ジルコニアが槍の石突きを、ドスッと地面に突き立てる。

両手をズボンで拭い、再び槍を掴んだ。

「……なあ、もう一度聞かせてくれ」

ラースがジルコニアに真剣な表情を向ける。

「どうして、アーシャを殺したんだ?」

「言ったでしょう? あいつの家族だったからよ」

「あいつの剣の折れた切っ先は、天幕の中に転がっていた。それなのに、あいつの死体は天幕の外にあったんだ」

「……」

「お前、あいつを一度は見逃そうとしたんじゃないのか? いったい、何があった?」

ラースの問いかけに、ジルコニアが「ふう」とため息をつく。

「……ええ、そうよ。見逃そうとした。でも、やめたの」

「どうしてだ?」

「あの娘、私に言ったのよ。『いつか必ずお前を殺してやる』って。それで、生かしておくわけにはいかなくなった」

ジルコニアが空を見上げる。

小さな白い雲が所々に浮かぶ青い空が、そこにはあった。

「あのまま見逃したら、今度は私や家族が同じ目に遭わされるかもしれなかったから。まるで、過去の自分を見ているみたいだった」

ジルコニアが再び、ラースに目を向ける。

「でも、結局今度は、あなたが私に復讐しに来ちゃった。何も変わらなかったわね」

「……どうして、この間それを言わなかったんだ?」

「言い訳なんて、無意味だもの」

「……そうか。そうだな」

ラースが顔をしかめて、ため息をつく。

盾を手に取り、大剣を抜いた。

「難儀なもんだな。だが、俺はお前を許すことはできねえ」

「分かってる。大切な人を殺されたのだから。自分の手で始末を付けないと、気が済まないわよね」

「ああ。話は終わりだ。武器を取れ」

ラースにうながされ、ジルコニアは槍を地面から引き抜いた。

軽く上に投げ、逆手に持ち替える。

「なんだそりゃ。投げるつもりか?」

「ええ。私は臆病者なの。あなたこそ、そんなに大きな盾を持ってるじゃない」

ジルコニアが言うと、ラースはにやりとした笑みを浮かべた。

「俺も臆病者なんだ。お互い様だな」

「それ、重くないの? そんな物を持って、機敏に動けるのかしら?」

「俺にとっちゃ、紙っぺらみたいなもんだ」

「まあ、すごい怪力」

「うだうだ言ってねえで、さっさとこい」

「そ。防いでみなさい」

言い終わると同時に、ジルコニアは大きく振りかぶって槍を思いきり投てきした。

軽く盾で受け流すつもりで身構えていたラースに、とんでもない速度で槍が直進する。

ガツッ! と鈍い音を立てて穂先が盾の中央を貫通し、持ち手を握っているラースの手の甲に僅かな傷を付けた。

「っ!?」

「どこを見ている!」

その声にラースが慌てて顔を上げる。

あっという間に距離を詰めたジルコニアが、右手で盾の端を掴んでいた。

力任せに盾を押し下げられ、ラースが前につんのめる。

その横っ面を、掴んでいた盾を放したジルコニアが殴り飛ばした。

ラースが口から血を吹き出しながら、地面に無様に倒れ込む。

唖然とした空気が、見ている者たちの間に広がる。

一拍置き、アルカディア側の陣営から割れんばかりの歓声が湧きあがった。

「げほっ! て、てめえ……!」

よろよろとラースが立ち上がり、盾に突き刺さった槍を引き抜く。

ぺっと血を吐き捨て、ジルコニアを睨み付けた。

「大した事ないわね。その程度?」

「ふざけんな!!」

ラースがジルコニアに突進し、大剣を振り下ろす。

ジルコニアがすさまじい怪力で盾を振るい、ガァン、と音を響かせて斬撃を打ち払う。

大きくよろけたラースの腹に、ジルコニアが強烈な蹴りを放った。

ラースはそれをモロに食らい、数メートルも後方に吹き飛ぶ。

まるで戦いにもなっていないようなその光景に、バルベールの兵士たちの顔が青ざめた。

ジルコニアは、いまだに剣を抜いてすらいない。

「立ちなさい。仇を討つんでしょう?」

「ぐっ……く、くそっ」

ラースが剣を杖にして立ち上がり、息苦しさを感じて自身の腹を見て、目を見開いた。

鉄製の鎧が、べこんと大きく凹んでいたからだ。

ジルコニアが腰に右手を当て、やれやれとため息をつく。

「鍛えて出直して来たら? まるで相手にならないわ」

「ぐっ……があああ!」

ラースが盾を手放し、剣を両手で握って突進した。

力任せに、続けざまに剣を振るう。

ジルコニアはそのすべてを、ギリギリのところで躱し続けた。

怒り狂ったラースの攻撃はどれも大振りに見えるが、けして雑なわけではない。

それどころか、常人が扱う片手剣よりも速いくらいだ。

ジルコニアがあまりにも速すぎて、まるで命中しないのである。

ラースは息が上がり、だんだんと動きが鈍くなる。

「クソが! ちょこまかするんじゃねえ!」

「分かった」

ラースが叫んで剣を振り下ろした瞬間、ジルコニアは盾を捨てて彼に肉薄し、剣を握っているラースの右手を上から掴んだ。

渾身の力で振り下ろしていたラースの両腕が、ビタッと止まる。

「なっ!?」

「折るわよ」

ジルコニアがそのまま、思いきり力を込める。

ボキボキッ、と骨の折れる嫌な音が響き、ラースが苦痛に叫び膝をついた。

ジルコニアに握られていた右手は握りつぶされ、すべての指があり得ない方向を向いていた。

ジルコニアが手を離す。

ラースの大剣が地面に落ち、ガラン、と音を立てた。

「ーーッ!!」

「私のこと、殺したい?」

跪いているラースを見下ろし、ジルコニアが言う。

ラースが顔を上げ、ジルコニアを睨みつけた。

その瞬間、ジルコニアが、ばっと右手を顔の横に上げた。

ビィン、としなる矢を掴み、ちらりと右を見る。

いつの間に隠れていたのか、数十メートル先の地面のなかから、わずかに顔を覗かせて弓を手にしている男と目が合った。

ジルコニアの頬から、つうっと血が流れる。

一瞬の静寂の後、アルカディア陣地から、無数の怒声とラースを罵倒する声が湧き起った。

「て、てめえ!!」

ラースが額に青筋を浮かべ、男に吠える。

「……こんなことだろうと思ってたわ」

「ち、違う! 俺はこんな真似させてねえ!」

「でしょうね」

「ジル! 戻ってこい!! 全軍、戦闘用意!!」

丘の上から、拡声器で増幅されたナルソンの怒声が響く。

アルカディア陣営から怒りの声が無数に湧きあがり、部隊長たちが戦闘用意の号令をかけた。

ジルコニアは矢を捨て、短剣を抜いて矢を放ってきた男に投擲した。

ドスッ、と音が響き、盛り上がっていた地面が崩れる。

ジルコニアは再び、ラースに目を向けた。

「また、いつでも挑んできなさい。相手になってあげる。でも、今度からは卑怯な手は無しよ?」

「な、なんだと……?」

「また会いましょう。待ってるわ」

ジルコニアが踵を返し、駆け戻って行く。

呆然とした様子で、それを見送るラース。

双方の陣地から慌ただしい騒音が響くなか、ラースは味方の兵士に連れ戻されるまでそうしていた。

「むう……あれで本当に、上手くいったのか?」

大慌てで陣地へと後退していくバルベール軍を見つめながら、ナルソンが言う。

「どうでしょう? でも、ナルソンさん。さっきの叫びは迫真の演技でしたね!」

「迫真もなにも、一声叫んだだけですよ」

隣に立つ一良に、ナルソンが苦笑する。

先ほどの矢のくだりは、こちら側の自作自演だ。

数日前の夜のうちに弓兵を地中に隠れさせ、ラースを圧倒して一息ついたタイミングで、ジルコニアの顔の前に矢を撃たせるというものだ。

計画の発案者はナルソンである。

敵にしてみれば、決闘を挑んだラースが卑怯な手段を取ったと士気が下がるし、味方は怒りに燃えて士気が上がる。

自軍に戻ったラースは、二度と卑怯な真似をさせるなと怒り狂うだろう。

ジルコニアは飛来する矢を躱したふりをする予定だったのだが、何と彼女は矢を掴むという離れ業をやってのけた。

あれには一同、目玉が飛び出るほどに驚いた。

ちなみに、ジルコニアが投げた短剣は、刃が革の模擬短剣である。

地中で死んだふりをしている弓兵は、騎兵が回収しに向かっているところだ。

後で特別手当を弾んでやらねばならない。

「お母様、おかえりなさい!」

「ただいま。ね、大丈夫だったでしょ?」

「はい!」

駆け戻ったジルコニアに、リーゼが抱き着く。

そうして母の顔を見上げ、ぎょっとした顔になった。

「ほ、頬から血が! お怪我をなさったのですか!?」

「ああ、これ? さっき矢を掴んだ時に、自分で付けたのよ。迫力が出るかなって思って」

「そ、そうでしたか。バレッタ、薬ちょうだい!」

「その前に、傷口を洗わないとですよ。ジルコニア様、これを使ってください」

「ありがと」

ジルコニアはバレッタが差し出した水入りの革袋を受け取り、頬の傷を洗う。

バレッタは漢方薬のチューブから指先に赤い薬を少し出し、傷に塗った。

「ジルコニアさん、頬っぺた向けてください」

「ん」

ジルコニアが一良に頬を向ける。

一良は機関車のアニメキャラクターの絆創膏を取り出し、ぺたりと張った。

「いやぁ、ジルコニア殿、とんでもなく強ええんだな。11年前とはえらい違いで、ぶったまげたぞ!」

ルグロがジルコニアの背をばんばんと叩いて笑う。

「あはは。どうも」

「美人なうえにあんなに強ええなんて、まるで絵巻物だな! 今度、劇を作らせようぜ!」

「え、ええ……それはちょっと勘弁してください……」

困り顔で言うジルコニアに、皆が笑う。

そうしてひとしきり笑い、ナルソンが「さて」、と後退していく敵軍を見据えた。

「ぶちかますとするか。カノン砲部隊、目標は――」

「カズラ様!」

ナルソンが言いかけた時、開け放たれた城門から、ティタニアに乗ったコルツとミュラが駆けて来た。

皆が彼らに振り向く。

「ん? コルツ君、どうしたの?」

「なんか、ウリボウたちがバルベールの北のほうですごく大きな戦いが始まったのを何日か前に見たって言ってるって、お姉ちゃんが……」

その言葉に、皆が「え!?」と声を上げた。