軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

286話:お嫁さん

「カズラ様!」

一良たちが宿舎へと歩いていると、ウリボウの背に乗ったコルツが駆け寄って来た。

彼の後ろからは、同じくウリボウに乗ったルグロの子供たちが駆け寄って来る。

それを追いかけて、数十頭のウリボウたち、コルツの両親のコーネルとユマ、ルグロとルティーナも駆けて来る。

「コルツ!」

一良の後ろを歩いていたミュラが、コルツへと駆け出した。

コルツを乗せたウリボウが、ミュラの前で足を止める。

「あれ? ミュラじゃんか!」

コルツがウリボウの背から飛び降り、ミュラににかっと笑みを向けた。

「ひさしぶりだなぁ! 家族皆で来たんだ?」

「うん! コルツ、オルマシオール様との約束って……」

ミュラはそこまで言って、コルツの左腕がないことに気が付いて言葉を止めた。

「え……コルツ、う、腕が……」

「ああ、これ?」

コルツがなくなった左腕に目を向け、気恥ずかしそうに鼻の頭を掻く。

鼻の怪我は完全に治っており、痕すら残らず綺麗になっていた。

一良が置いて行った漢方薬を、毎日塗っていたおかげだ。

「ちょっと、なくなっちゃってさ。まあ、大丈夫だよ」

「な、なくなっちゃったって……」

ミュラが愕然とした顔で言う。

そして、明るかった表情がみるみるうちに崩れ、ぼろぼろと涙を流し始めた。

「私のせいだ……私のっ……!」

「えっ!? お、おい、何で泣くんだよ!?」

わんわんと泣くミュラに、コルツがおろおろして慌てる。

険しい表情でそれを見ていたロズルーとターナが、コーネルとユマに歩み寄った。

「コーネルさん、コルツ君の腕は……」

ロズルーがコーネルに話しかける。

「ああ。バルベールの間者と斬り合ったようでな……その時に、腕をやられてしまったらしい」

「な、なんと……」

「そんなことが……」

ロズルーとターナが絶句する。

コーネルは、大泣きしているミュラの前であわあわしているコルツに目を向けた。

「しかし、我が息子ながら、あいつは大したものだよ。国の未来を救ったんだからな」

「国を? どういうことだ?」

「ん? カズラ様から聞いていないのか?」

「あ、ああ。コルツ君があんなことになっているのも、今知ったところだよ」

「そうか。じゃあ、茶でも飲みながら詳しく話すよ。ユマ、行こう」

「ええ」

コーネルがユマをうながし、ロズルー夫妻を伴って宿舎へと歩いて行く。

それに気付いたコルツが、慌てた顔になった。

「ちょ、ちょっと! ロズルーさん! ターナさん!」

「コルツ。お前も男なら、泣かせた女の責任は取りなさい」

「ええ……」

コーネルに言われ、コルツが心底困った顔になる。

苦笑してそれを見ていた一良に、息を切らせたルグロが歩み寄って来た。

ズボンにシャツ1枚という姿で、とても次期国王には見えない。

「はあ、はあ……ああ、疲れた。カズラ、おかえり」

「ただいま。ルグロたちも、あれから変わりない?」

「ああ。ここ3日、毎日朝から晩までルティと一緒に子供らと遊びまくってた。下手な武術訓練よりしんどかったぞ」

ルグロがぽたぽたと顎から滴る汗を手で拭う。

その後ろでは、ルティーナが地面に座り込んでへばっていた。

気を利かせたバレッタが差し出した水筒を受け取り、疲れた顔で礼を言っている。

「そういや、あれから負傷兵たちがほとんど回復してさ。かなりの数が部隊に復帰したみたいなんだ。カズラの用意した薬、本当にすげえな」

「あ、そうだったんだ。傷が悪化しちゃったような人はいない?」

「1人もいないぞ。まあ、腕とか足をなくしちまったり、筋を切っちまったような連中は、さすがに治らないみたいだけどな。カズラの力で、何とかしてやれねえかな?」

「うーん……俺、そういうのは担当外だから、ちょっと難しいんだよね」

一良が申し訳なさそうに言う。

「あ、気ぃ悪くしないでくれよな? こんだけしてもらってる時点で、感謝してもしきれないくらいなんだからさ」

「ありがと。そう言ってもらえると、救われるよ」

「いや、救われてるのは俺らのほう――」

「私、コルツのお嫁さんになる!」

ルグロが言いかけた時、ミュラの大声が響いてきた。

あちこちで雑談をしていた者たちが、一斉にコルツとミュラへと目を向ける。

「え!? ミュラ、何を言ってんだよ!?」

皆の視線を浴びて、コルツが焦り顔でミュラに言う。

ミュラは目が真っ赤で、頬には涙が流れていた。

「コルツの腕がなくなっちゃったの、私のせいだもん! 私が一生、コルツのお世話する!」

「ミュラのせいじゃないって! それに、片手がなくたって自分のことはできるし! ウリボウたちも手伝ってくれるからさ!」

「……やっぱり、私のこと嫌いなんだ」

ミュラが震える声で言い、うつむいてしまう。

コルツはますます焦り顔になった。

なんだなんだと、付近を歩いていた兵士や使用人たちが、足を止める。

「何でそうなるんだよ!? 嫌いなわけないだろ!」

「じゃあ、お嫁さんにしてよ」

ミュラがコルツを上目遣いで見る。

「だから、腕のことは気にしなくていいって。ミュラのせいじゃないんだから」

「……なら、コルツがお嫁さんを貰うまで、私が傍にいる」

「え、ええ……」

「ダメなの?」

「いや、ダメじゃないけど……」

「誰もお嫁さんにならなかったら、私をお嫁さんにしてね?」

「お、おう」

コルツが頷くと、見ていた兵士や使用人たちがパチパチと拍手をし始めた。

「幸せにしてやれよ!」とか、「もう泣かすんじゃないぞ!」という声が次々に投げかけられる。

ミュラがそれでようやく自分たちが注目されていたことに気付き、顔を赤くしてうつむいた。

「……何か、昔のルティ思い出したわ。あいつの場合、もっと激しかったけど」

「そ、そう。もしよかったら、馴れ初め聞かせてくれない?」

「ん? 別にいいけど、そこまで面白い話じゃねえぞ?」

「でも、ルティーナさんってパン屋の娘さんだったんでしょ?」

「ああ。俺が小遣い稼ぎで下働きしてた、パン屋のな」

ルグロが当時のことを思い起こし、懐かしそうな目をする。

「俺が一目惚れしてさ、必死に口説いて何とかいい感じになったんだけど、その後戦争が始まってさ。パン屋を辞めなきゃいけなくなって、それで身分を明かしたら、烈火の如く怒りだして――」

「あ、あの、殿下。そういうお話は、別の場所でしたほうが……」

近くで聞き耳を立てている兵士たちに気付いたリーゼが、ルグロに声をかける。

「ああ、そうだな。ルティにバレたら、また平手打ちくらいそうだ。夕食食いながら、話すとするか」

そうして、一良たちはコルツたちにも声をかけ、皆で宿舎へと戻って行った。

夕食時にルグロはルティーナとの馴れ初めを話したのだが、

「野営地で夜中にいきなりルティに襲われて、それでできたのがルルーナとロローナだ」

と話した瞬間に、隣に座っていたルティーナに思いきり頬を殴られて吹っ飛んでいた。

翌日の朝。

開け放たれた北の城門の外に、一良たちはいた。

丘を下った先に、銀色の鎧を纏ったラースが仁王立ちしている姿が見える。

彼の背後200メートルほどには、バルベール軍の兵士たちがずらりと並んでいた。

「むう。移動防壁がかなり増えてるなぁ……」

「たった10日しか経ってないのに……よくあんなに作れましたね」

丘の上から双眼鏡を使って敵陣を見ていた一良とバレッタが言う。

集まっている兵士たちの後方に敷かれた敵の防御陣地には、百を超える数の移動防壁が点在していた。

進軍する兵士たちを守るための幅広のものや、砲撃兵器を守るための縦長なものなど、様々だ。

そのほか、移動式の 大型投石機(トレビュシェット) も20近く確認できる。

敵軍も、この10日間の間にさらなる攻撃準備を整えたようだ。

「さてと。行ってきますね」

一良の隣に立つジルコニアが言い、背後に立つナルソンに振り返る。

左手に小型の鉄の円盾、右手に鉄の短槍、腰には長剣、体は鉄鎧という完全武装だ。

兜は邪魔だということで、着けてはいない。

「ナルソン。分かってると思うけど、絶対に手出しはさせないでね」

「ああ。お前も無茶はするなよ。必ず生きて帰ってこい」

ナルソンが心配げな顔で言う。

かなり不安な様子だ。

「大丈夫だって。あんなやつに、私が負けるわけがないじゃない」

「そうかもしれないが……くれぐれも油断するなよ。相手とて、腕に自信があるからこそ決闘を挑んできているのだろうからな」

「分かってる。でも、心配無用よ」

「ジルコニア殿、家族を置いて死ぬんじゃねえぞ。死んでも生きて帰ってこい!」

ナルソンの隣に立つルグロが、真剣な顔でおかしなことを言う。

昨夜ルティーナに殴られた左頬が、赤く腫れ上がっていた。

彼の隣にはルティーナと子供たちもおり、皆が不安そうな顔でジルコニアを見つめていた。

「はい。でも、ご子息にこんなものを見せてもいいのですか?」

「ああ。子供らは、将来この国を背負って立つんだからな。自分たちがどんな人たちの助力のうえで生きているのか、分かっておいてもらいたいんだ」

「……素晴らしいお言葉です。綺麗なお顔の時に、聞きたかったですわ」

「い、いやぁ……はは」

「うう……ごめんなさい」

頭を掻くルグロと、よよよ、としょげかえるルティーナ。

ジルコニアが楽しそうに笑う。

「ジルコニアさん」

一良がジルコニアに声をかける。

「行ってらっしゃい。油断しちゃダメですよ」

「はい。行ってきます」

ジルコニアが微笑み、前を向いて歩き出す。

しんと静まり返った防御陣地の間を、ジルコニアはゆっくりと進んで行く。

防壁の上や陣地に詰めている兵士たちは一言も発さず、皆が緊張した様子で彼女を見つめていた。