軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

283話:平和な世界

翌朝。

皆より早く朝食を済ませた一良が、「さて」と立ち上がった。

「それじゃあ、俺はまた物資の調達に行ってきますね」

「カズラさん、これ、お弁当です」

小奇麗な布に包まれたお弁当箱を、バレッタが差し出す。

「おっ、ありがとうございます。いつもすみません」

「いえいえ。今日はいつ頃帰ってこられそうですか?」

「夕方には帰ってきます。屋敷にたくさん荷物が届くんで、村に運んで来たら砦に送り出さないと」

それと、と一良がオルマシオールに目を向ける。

彼は昨夜はティタニア(獣の姿)とともに外で眠り、今は2人して居間に上がって食事を取っていた。

大皿に乗せられた大量の料理を、零さないように少しずつ食べている状態だ。

アイザックとハベルは、2人とも野営地に鎧を取りに戻っている。

ジルコニアのご指名で、今日も戦闘訓練を行うとのことだ。

「じゃあ、部隊の人たちに伝えておきますね。今夜出立すれば、決闘の日までにはギリギリ間に合いそうです」

「カズラ、昨日ぶつけた頭、大丈夫? たんこぶできてたけど」

リーゼに言われ、一良が苦笑しながら頭を撫でる。

「ああ、大丈夫だよ。もう小さくなってるし」

「バレッタ、ごめんね。調子に乗りすぎちゃった。あんなに怒ると思わなくってさ……」

しゅんとした様子で謝るリーゼに、バレッタが「あはは」と苦笑する。

「いえ、私こそあんな怒りかたしちゃって……でも、もうあんなことはやっちゃダメですよ?」

「はい……」

「ふふ、3人とも仲がいいですね……あ、カズラさん。今夜の食事は、期待しちゃっても大丈夫ですか?」

クスクスと笑っていたジルコニアが、思い出したかのように言う。

黙々と料理を食べていたオルマシオールの耳が、ピンと立った。

隣で料理を食べていた獣の姿のティタニアが笑ったように一良には見えた。

「ええ、期待しててください。美味しい料理をたくさん持ってきますから。村の人たちにも、おすそ分けしないと」

「では、お腹ペコペコにして待ってますね。今日も目一杯訓練しないと」

「そうしてください。それじゃ、また後で」

一良が靴を履き、屋敷を出ていく。

皆はそれを見送ると、のんびりと朝食を続けたのだった。

数時間後。

バレッタ、リーゼ、エイラの3人は、倉庫の前で空き缶に火薬を詰めていた。

目の前には大量の空き缶が入った布袋が置かれ、それぞれ1つずつ取り出しては、樽からコップで掬い上げた火薬と釘を入れていく。

「それにしても、すごい量の空き缶だね。カズラ、こんなにたくさん持ってきてたんだ」

桃缶を手にしたリーゼが、ペりぺりとラベルを剥がしながらバレッタに言う。

倉庫の中にはさらに大量の空き缶が収容されており、材料が足りなくなることはなさそうだ。

「はい。長期間戻って来られなくなった時のためにって、すごい量を持ってきてくれたんです」

「それを爆弾に再利用か……これに使えるって、バレッタは前から考えてたの?」

「はい。カズラさんのくれた日露戦争の書籍に、空き缶を再利用して即席爆弾を作ったっていう記述があったので。いつか使う時がくるかもって思って」

「日露戦争? それって、日本であった戦争?」

「ええ。ロシア帝国っていう国と日本が戦った戦争みたいです。今から100年以上前にあった戦争らしくて」

戦争のあらましを、バレッタがリーゼに話して聞かせる。

戦争で発生したすさまじい数の犠牲者や戦闘の詳細を話すと、リーゼとエイラは驚いた顔になった。

「死者だけで双方が10万人以上って、すごい規模だね……」

「我々の国の戦争よりも、かなり大規模な戦いだったんですね……」

リーゼとエイラが言う。

こちらの世界の戦争においては、場合によっては数千人規模の死者は出るものの、それが万単位になることはかなり稀だ。

国の規模や戦闘に動員される人数がそこまで多くないというのもあるが、使われる武器の性能がそこまで殺傷率が高くないというのが大きい。

また、降伏させた敵兵は奴隷や敵軍との取引に使う捕虜に変わるため、殺すよりも捕縛が望れることが多い。

「日露戦争の後に起きた第一次世界大戦と第二次世界大戦のほうが規模はすごいですよ。戦死者だけでも、前者は約1000万人、後者は6000万人以上出ています。関連死や行方不明者も併せたら、さらに数千万人単位で増えるみたいですし」

「世界大戦ってことは、全世界で戦争をしたの?」

「そうみたいです。世界中の国がいくつかの陣営に分かれて、様々な兵器を使って殺し合いをしたみたいですね」

「そんな戦いをしたら、国がいくつもなくなっちゃいそうですね……」

エイラの言葉に、バレッタとリーゼが頷く。

「日本は、今は戦争をしていないのですか?」

「そう聞いています。戦争をしている国はあるみたいですけど、日本からは遠い場所みたいですね」

「よかった……カズラ様の国は、今は平和なのですね」

エイラがほっとした顔になる。

「でもさ、私たちの世界も、いつかはそんな大きな戦争が起きるかもしれないよね」

火薬の詰まった空き缶を見つめて、リーゼが言う。

「そういう話を聞くとさ、大昔みたいにちっちゃな部族ごとに洞穴とかに住んで、槍を持って獣相手にわーわーやってた時のほうが平和だったんじゃないかなって思えるよ」

「ですね。きっと、毎日を生きるので精一杯で、戦争だとか言っていられないでしょうし」

うんうん、とエイラが頷く。

「なら、リーゼ様は大昔の世界に戻ったらいいなって思います? ふかふかのベッドも、綺麗なお洋服も、もちろんお風呂だってありません。食べ物だって、毎日手に入るか分かりません。薬なんてありませんから、病気になったら高確率で死んじゃいます」

バレッタが言うと、リーゼは「う」と唸った。

「む、無理。今みたいな快適な生活、手放せないよ。病気の時に薬がないのは、すごくつらいし」

「ですよね。結局、そういうことなんだと思います。生活の質の向上と争いはセットなんじゃないかなって。仕方のないことなんですよ」

「むむ、確かに……何だかバレッタ、講師みたいだね」

「えっ?」

リーゼに言われ、バレッタがきょとんとした顔になる。

エイラも、ですね、と頷いた。

「さっきの日本の戦争の話もすごく分かりやすかったよ。するっと頭に入ってきたもん。私が普段教わってる講師より、何倍もそういう説明するのが上手だよ」

「ですね。それに、戦争理由や両国の国内事情まで、あんなにすらすら話せるなんてすごいです。全部覚えていらっしゃるんですか?」

「一応、本に載っていた内容は覚えてますけど……」

「何ページに何が載ってたかまで分かるんでしょ?」

「は、はい」

「むう。同じ人間なのに、何でここまで頭の出来が違うんだろ……」

「そう言われても……」

納得いかない顔で言うリーゼに、バレッタが困った顔になる。

「ねえ、バレッタ。私の代わりにイステール家の跡継がない? お父様に頼んで、養子にしてもらってさ」

「な、何を言ってるんですか! リーゼ様の代わりなんて、誰にもできませんよ!」

「冗談だって。でも、いいなぁ。私もバレッタみたいになりたかったな……」

リーゼがそう言った時、オルマシオールがトコトコと歩いてきた。

背にはミュラと子供が3人乗っており、その後ろからはティタニアが同じく子供たちを背に乗せて付いてきている。

朝からずっと、彼らは子供たちと遊びどおしだ。

「リーゼ様、オルマシオール様が『そろそろ雨が降るぞ』って言ってます」

オルマシオールの背の一番前に乗っているミュラが言う。

「えっ、そうなの?」

3人が空を見上げる。

頭上はすっきりと晴れた空なのだが、少し遠くに黒雲があるのに気が付いた。

「はい。あと1刻くらいで、小雨が降るようです」

「そうなんだ。オルマシオール様、ありがとうございます」

リーゼがにこりと微笑んで礼を言うと、オルマシオールはこくりと頷いた。

そして、再びとことこと歩いて3人の前を通り過ぎる。

「あれ? どこに行くの?」

「森にお父さんを迎えに行くんです。今日も朝から狩りに行っているので、カフクを運ぶのを手伝うんです」

「そうなんだ。でも、カフクってそんなに毎日獲れるものなのかな?」

「昨日群れを見つけたって言っていたので、大丈夫だと思います。お父さん、狩りが上手なので」

にこりと微笑んでミュラが言う。

他の子供たちに比べ、とても丁寧な言葉遣いにリーゼは感心した。

「では、行ってきます」

「行ってらっしゃい。雨に降られる前に帰って来てね」

「はい!」

オルマシオールたちが森へと歩いていく。

リーゼはそれを見送り、再び「いいなぁ」とぽつりとつぶやくのだった。

その頃、一良は以前地獄の動画制作を依頼した女性(宮崎さん)と、焼き肉屋で食事をとっていた。

一良はバレッタの作ってくれた弁当をすでに食べていたが、彼女はまだ昼食を取っていないとのことだったので付き合うことにしたのだ。

一良が気を利かせてあれこれと注文した高級肉を、宮崎が嬉しそうに焼いている。

「うう、昼間っから焼き肉なんて……しかも、こんないいお肉ばっかりなんて、幸せすぎますよぉ」

ニッコニコになっている宮崎に、一良が笑う。

「喜んでもらえてよかったです。好きなだけ注文していいんで、モリモリ食べてくださいね」

「ありがとうございます! 最近、金欠で食パンとそうめんしか食べてなかったんで、たくさん食べさせていただきます!」

「そ、そんなにですか。前に会った時も金欠って言ってましたよね?」

「う……そ、そうでしたっけ。あはは」

宮崎が恥ずかしそうに笑う。

「ええ。何か大きな買い物でもしたんですか?」

「その……私、ゲームの実況動画をネットに上げてるって言ったじゃないですか」

「言ってましたね」

「チャンネル登録者数はそこまで多くないんですけど、一応大手の会社に所属してるんです。で、そこのマネージャに『いい投資話がある』って話を持ちかけられて。それじゃあってことで貯金を全部渡したら、そのまま連絡がつかなくなっちゃって」

「ええ……それ、詐欺じゃないですか」

ドン引きする一良に、宮崎が「あはは」と笑う。

「そうなんですよ! それで金欠なのに、彼氏……じゃない、元彼が働きもしないで『もっといい飯作れ』とか言ってくるうえに勝手に財布からお金盗ってパチンコに行きやがったんで、さすがにキレて半月前に部屋から叩き出してやったんです。もう、踏んだり蹴ったりで」

「お、おおう……」

一良が異世界であれこれ激動の日々を送っている間に、彼女もなかなかに壮絶な日常を送っていたようだ。

紐の彼氏を養っていたところに詐欺にまで遭ってしまうとは、運がないとしか言いようがない。

ろくでもない彼氏と縁を切れたということだけが、不幸中の幸いとでも言うべきか。

「そういうことなら、ってわけでもないですが、今回の仕事は30万円出しますね。納期は6日後でも大丈夫ですか?」

「はわわ!? か、神様ですかあなたは!?」

宮崎が感激した様子で瞳を輝かせる。

今回、彼女には地獄と天国の動画の別バージョンの制作をお願いしていた。

理由は、前回作ってもらった動画はあまりにも地獄の描写が壮絶すぎたため、視聴中に気絶する者が何人か出たからだ。

砦に帰った折にはメルフィにも動画を見せることになっているため、直接的な残酷描写をカットしたりソフトにしたりすることになっている。

ついでに、いつも同じ動画を見せていて説得力が薄くなっても困るので、「こんな地獄もありますよ」とラインナップを豊富にするのだ。

前回の動画制作もあって勝手の分かっている宮崎に丸投げできるので、一良に手間はほぼかからない。

「あはは。まあ、今回は本数が多いですし、この間の動画もすごく良くできていましたから。お願いしても大丈夫ですかね?」

「もちろん! 期日厳守で、気合い入れて作りますから! そ、それと、もしよかったら、今度どこか遊びに行きません?」

宮崎が少し緊張した様子で言う。

「え? 遊びにですか?」

「はい! 志野さんとお話してると楽しくて! プライベートでも、お友達になっていただけたらなって。あはは」

「あー、いや、ちょっとしばらく忙しくて、遊びに行くのは無理かな……ごめんなさい」

「い、いえいえ! こっちこそ変なことを言ってごめんなさい! あはは!」

宮崎が慌てて胸の前で手を振る。

笑って誤魔化してはいるが、あからさまに凹んでいた。

「ま、まあ、友達にっていうのはもちろんOKなんで。そのうち時間が出来たら誘いますから、またお昼でも食べに行きましょうね」

「は、はい!」

その後、あれこれと動画のイメージを詰めたり、彼女の動画投稿者生活の話やらを聞きながら食事は進んだ。

小一時間ほどで食事を終え、一良は宮崎を助手席に乗せて、彼女の会社の前までやってきた。

車を止めて彼女を降ろし、じゃあ、と手を振り別れる。

ぶんぶんと手を振っている彼女をバックミラーでチラ見し、視線を前へと戻した。

行き交うたくさんの自動車。

通りを歩く人々。

飲食店のテラス席で楽し気に食事をする男女。

相変わらず、日本は平和そのものだ。

「……こっちはこんなにも平和なのに、あっちは今は戦争中、か」

自分があちらの世界に行っていなかったら、今頃バレッタやリーゼたちはどうなっていたんだろう、と考えながら、一良は車を走らせるのだった。

その後、一良はガソリンスタンドで灯油とガソリンを少々購入し、ショッピングモールへとやって来た。

目的は、衣料品店だ。

――バレッタさんたち、喜んでくれるかな。

彼女たちの喜ぶ姿を妄想しながら、一軒の衣料品店へと入る。

国内海外ともに幅広く出店している大規模ブランドで、老若男女問わず人気のあるブランドだ。

以前、皆で雑誌を見ていた折に、彼女たちは観光地や宿泊施設のほかに、日本の衣服にも興味を示していた。

そこで、サプライズとして彼女たちに似合いそうな衣服を買って行ってあげようと思いついたわけだ。

――ここ最近、ずっと血生臭い出来事ばっかりだったからな……少しでも気晴らしになればいいんだけど。

そんなことを考えながら駐車場に車を停め、店へと向かった。

今日は平日ということで、客の数はかなり少ないようだ。

店内を適当に歩き回り、どんな服が彼女たちには似合うだろうかと考える。

男ならともかく、女性服を選ぶというのはかなり難しく感じた。

「……とりあえず何着か買って行って、後はカタログを見てもらいながら選んでもらったほうがいいか。俺、センスないし」

そう頷き、一良は近場にいた店員に声をかけるのだった。