軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

282話:リーゼの望む未来

屋敷を出たリーゼとティタニアは、敷地内にある風呂小屋へとやって来た。

小屋の扉を開け、リーゼが振り返る。

「ティタニア様、こちらが……え」

「ふふ。この姿では、初めましてですね」

いつの間にか目の前に立っている黒い服を着た女性の姿に、リーゼが目を丸くする。

「えっ。あ、あの、ティタニア様、ですか?」

「はい。ティタニアです」

「いつの間に人の姿に……」

驚いているリーゼにティタニアはにこりと微笑むと、小屋の中を覗き込んだ。

そして、おお、と嬉しそうな声を上げる。

綺麗な板張りの脱衣所と、その先にある開いたままの扉の向こうには五右衛門風呂が見えた。

「あれがお風呂なのですね。楽しみです」

「あ、はい。そこの脱衣所で服を脱いでいただいて……あと、そこにあるのが洗髪剤で――」

2人で風呂場へと入り、リーゼがシャンプーやボディソープの使いかたを説明する。

「なるほど。ずいぶんと強い香りのする薬液で洗うのですね」

ティタニアがシャンプーのボトルを手に取って言う。

「そんなに強い匂いがしますか?」

「私たちは鼻がいいもので。でも、いい香りですね」

「あ、お背中流しましょうか?」

「んー……そうですね。お願いします」

ティタニアが脱衣所に戻り、するっと衣服を脱ぐ。

リーゼは五右衛門風呂へと小走りで向かい、湯に手を付けて温度を確かめた。

火が消えてしまっているため、だいぶ温めだ。

「お風呂に薪をくべてきますね。一度お湯で髪を流してから、シャンプーで洗っていてください」

「分かりました」

リーゼが外に出て、小窓の付いている窓の下へと行く。

置いてあった火かき棒で炉の灰を掘ると、中にはほのかに赤い炭が残っていた。

薪をくべ、立てかけてあった筒で息を吹きかけて火を熾す。

そうしながら、こうして自分で火を熾すのは、思えば初めてのことだと気づいた。

いくつか薪を炉に放り込み、風呂小屋へと戻る。

「お待たせしま……わわっ!? すごいもこもこ!」

裸で頭を泡だらけにしているティタニアに、リーゼが驚く。

普段から清潔にしているのか、かなりの泡立ちだ。

「んー。これ、どれくらい洗えばいいんですか?」

「それくらいで大丈夫ですよ。お湯、かけますね」

リーゼが袖を捲り、手桶で湯を掬ってティタニアの頭にかける。

ざばっと泡が流れ落ち、ふう、とティタニアが息をついた。

「さっぱりしますね。とても気持ちがいいです」

「ふふ、よかったです。次はコンディショナーを使いますね」

リーゼがコンディショナーのボトルから、ちゅっちゅっと数回液を出して手でこすり合わせる。

ティタニアの長い黒髪になじませるように、丁寧にすきながら髪全体に行き渡らせた。

「流しますね」

再び手桶で湯を掬い、ざばっと何度かかけて洗い流す。

「これは、先ほどのあわあわしたものとは違うのですか?」

「はい。髪の毛をさらさらにする洗髪剤です。触ってみてください」

ティタニアが自身の髪を触り、「おー」と嬉しそうな声を上げた。

「なるほど、これはいいですね。こんなに髪がなめらかになったのは初めてです」

「カズラの持ってきてくれるものは、どれも本当にすごいんですよ。このボディソープも、体がつるつるになって、毎日使っているとどんどん肌が綺麗になっていくんです」

「まあ、それはすごいですね。体も洗ってみますね」

「はい。では、お背中、失礼します」

ティタニアがボディソープをタオルに出し、ゴシゴシと体を洗い始める。

リーゼも同じようにタオルにボディソープを付けると、その真っ白な背中を洗い出した。

――あんなに真っ黒な毛並みだったのに、肌は真っ白なんだ……。

先ほど脱いでいた服は毛と本物の服のどちらなのだろう、と思いながらリーゼが背中を洗っていると、ティタニアが少し振り返った。

「あっ! す、すみません! 痛かったですか!?」

「いえ、大丈夫ですよ。気持ちいいです」

ティタニアがにこりと微笑む。

「リーゼさん、先ほどのオルマシオールの言葉は、気にしないでくださいね」

「えっ?」

「オルマシオールがバレッタさんに言ったことは、あくまで意志の強さを褒めただけです。カズラ様にふさわしいとか、そういう意味ではありませんから」

ティタニアの背を洗っていたリーゼの手が、ぴたりと止まる。

「……ティタニア様から見て、バレッタはどんな人ですか?」

「どんな、ですか。そうですね……」

ティタニアが手を止め、んー、と考える。

「とても純粋な……綺麗な魂を持った人だと思います。自分に嘘をつかないという強い意志と、真っ直ぐな心を持った人ですね」

「私とは、違いますか?」

「リーゼさんも素敵な魂をお持ちだと思いますよ。力強く、優しい心をお持ちですね」

「……私とバレッタと、どちらがカズラにふさわしく見えますか?」

「それはご自身で決めることでは?」

即答され、リーゼが「う」と呻く。

「どうか、後悔して1人で涙を流すようなことはしないでくださいね。後悔を残して一生を終えるのは、とてもつらいことです。ご自分を大切にしてください」

「……私、ずっと今みたいな生活が続いたらなって。カズラがいて、バレッタがいて、お母様がいて。こんな日々が、ずっと続いて欲しいって思うんです」

ティタニアが手桶を取り、湯舟から湯を掬う。

揺らめく水面に映る自分の顔を、じっと見つめた。

「それが、あなたの望む未来なのですね」

「……はい」

「それは、彼らには伝えたのですか?」

「カズラには、まだ……バレッタには話したのですが」

以前、砦奪還作戦の折、野営地の天幕でバレッタと話したことをリーゼは思い起こす。

あの時のバレッタの表情を、リーゼはずっと忘れられないでいた。

「彼女は、何と答えたのですか?」

「……何も、答えてくれませんでした」

「それは……つらいですね」

「……はい」

ティタニアが体に湯を流す。

リーゼは立ち上がり、脱衣所への引き戸を開けた。

「外に出ていますね。ぬるいようでしたら、声をかけてください」

「ありがとうございます。それと、リーゼさん」

出て行こうとするリーゼに、ティタニアが声をかける。

振り返るリーゼに、ティタニアは優しく微笑んだ。

「私でよければ、いつでも話し相手になりますからね」

そう言う彼女に、リーゼは微笑み頷くのだった。

数時間後。

女性陣の後で、一良は風呂に入っていた。

アイザックとハベルは、あれからずっと眠ったままだ。

揺すろうが名前を呼ぼうがまるで起きないので、皆で別室に運んで並んで布団に収まっている。

ジルコニア曰く、「ヘロヘロになるまで手合わせに付き合わせてしまったから仕方がない」とのことだ。

2人の腕に無数の青痣があったのは、それが理由らしかった。

「お兄さん、いい身体してますねぇ。うへへ」

一良の背中をタオルでごしごしと洗いながら、リーゼが言う。

バレッタは一良の頭をシャンプーで洗っているところだ。

2人とも、一良から借りたシャツを羽織っているのだが、大きすぎてだぼだぼだ。

「セクハラオヤジか、お前は。ていうか、体も頭も自分で洗えるからさ……」

「いいじゃん、やらせてくれたって。ねえ、バレッタ?」

「ふふ、そうですね」

もこもこと一良の頭を泡立てながら、バレッタが笑う。

「あー、暑い。私ももう一度、お湯に浸かろっかなぁ。3人で入れないかな?」

「な、何言ってんだお前は。それに、3人でなんて入れるわけないだろ」

「そう? けっこう大きいし、詰めれば何とか入れるんじゃない?」

リーゼがそう言って、泡だらけの手で自身の上着をたくし上げる。

「ちょ、ちょっと、リーゼ様! 脱いじゃダメです!」

「えっ!?」

「カズラさん何で振り向いてるんですか!? 見ちゃダメですって!」

バレッタが慌てて、一良の目を泡だらけの手で押さえる。

「ぎゃっ!? 目が、目があああ!?」

「あっ!? ご、ごめんなさい!」

「ほらほら、バレッタも脱いじゃいなさいよ。せっかくいい身体してるんだからさ」

「ひゃあ!? やめて! やめてください! 何で脱がそうとするんですかっ!?」

「目があああ!」

悲鳴を上げる一良を残し、バレッタがリーゼの手を掴んで脱衣所に無理やり引っ張り込む。

「ふふ。カズラ様、大丈夫ですか?」

外からティタニアの笑い声が響く。

薪係をやる、と申し出てくれたのだ。

「だ、大丈夫です。いてて……」

一良が何とか手桶を探り当て、湯を掬って顔を流す。

「皆さん、仲がいいですね。いつもこんな感じなのですか?」

「ええ。毎回こんな感じで。はは」

「そうでしたか。カズラ様は今、幸せですか?」

「え?」

突然そんなことを言われ、一良がきょとんとした顔で窓を見上げる。

脱衣所からは、相変わらずリーゼとバレッタがぎゃーぎゃーと騒ぐ声が響いていた。

「そりゃまあ、毎日楽しいし、幸せですよ」

「そうですか。いつまでも、こんな日々が続くといいですね。戦争が終わった後も、こうした日々が」

「ですね。またのんびりした日々を過ごせるように、頑張らないと。今は殺伐としすぎていますし」

「はい……カズラ様は、ずっとこちらで暮らすおつもりなのですか?」

「こっちの世界でってことなら、そのつもりですよ。この村で暮らしていけたらなって」

「そうでしたか」

一良の答えに、ティタニアの少しほっとした声が響く。

「それを聞いて安心しました。これからも、よろしくお願いいたしますね」

「ええ、こちらこぶべっ!?」

一良が答えた時、ばたん、と脱衣所の扉が外れて一良に倒れ掛かってきた。

ごん、と頭に扉が直撃し、一良が扉の下敷きにされて洗い場に倒れ込む。

「きゃあっ!? カズラさん、大丈夫ですか!? リーゼ様、どいてくださいってば! 本気で怒りますよ!?」

「カズラ! 今、バレッタ上半身裸だよ!」

「な、なんだって!? ぐ、ぐええ!」

「わああっ!? カズラさん、出てきちゃダメです!!」

バレッタが慌てて扉を押さえつけ、一良は床に押し付けられた。

小柄な女性が2人とはいえ、扉の重さと合わさってかなりの重量だ。

「いだだっ! つぶれちゃう! どいて!」

「あっ!? ご、ごめんなさい! きゃああ!?」

ぱっと扉の上からどいたバレッタを、リーゼが羽交い絞めにした。

「カズラ、今だよ!」

「や、やっと出られ――」

「いい加減にしなさいッ!!」

「「は、はい!」」

今まで聞いたことのない迫力でバレッタが怒鳴り、リーゼが肩を跳ね上げて手を離す。

一良も巻き添えを食う感じで、扉の下敷きになったまま動きを止めた。

あらあら、という楽しそうな笑い声が、窓の外から響いていた。