作品タイトル不明
284話:日本へ行く方法
その日の夜。
バレッタの家の居間には、中華オードブル、寿司、焼き鳥盛り合わせ、ピザなど、一良がデパ地下で目に付いたものを片っ端から大量購入してきた数々の料理が並んでいた。
行儀よく座っているオルマシオールが、目をキラキラさせて涎を垂らしている。
彼の両隣に座るアイザックとハベルが、かいがいしく彼の涎をタオルで拭いていた。
その傍では、黒ウリボウ姿のティタニアがにこにこしている。
「す、すごい量ですね……」
「この前の3倍以上あるよね、これ……」
敷き詰められた料理の数々に、バレッタとリーゼが苦笑する。
部屋の隅には発泡スチロールの箱が置かれてあり、中にはケーキやプリンといったデザートがたくさん入っている。
オルマシオールたちは体がとても大きいので、たくさんあるに越したことはないと一良がこれでもかというくらい買ってきたのだ。
今夜はロズルー一家もおり、ミュラがオルマシオールたちの通訳となっていた。
他の家々にも料理は運ばれており、今まで見たことのない料理の数々に皆が驚いていた。
「本当、すごいわね。アイザック、ハベル、明日からも相手をしてもらうから、しっかり食べて元気を付けておきなさいね」
「はい……いてて」
「あと何日、体が持つやら……はあ」
アイザックとハベルがげんなりした顔になる。
今日も2人はジルコニアの訓練の相手をしており、体中が痣だらけだ。
鎧を着たうえで木剣を使って訓練をしているのだが、2人は体中のあちこちをしばかれて傷だらけだった。
「2人とも、訓練をサボってたんじゃないの? ちょっと動きが鈍すぎるわよ」
「毎日きちんと訓練してますよ。ジルコニア様がおかしいんですよ」
「まさか、2人がかりでも歯が立たないとは……」
アイザックとハベルがため息をつく。
「えっ、2人を同時に相手したんですか?」
一良が聞くと、ジルコニアは「はい」と苦笑した。
「1対1じゃ話にならなかったので。でも、これならシルベストリアも連れてくるべきでしたね」
「ジルコニア様の動きが速すぎるんですよ。何をどうやったら、あんな動きができるんですか」
「同じ人間とは思えません……」
「だから、雰囲気を感じて相手の動きを先読みして動きなさいって言ったじゃないの。私が速いんじゃなくて、ただ単にあなたたちの行動を読んで先に動いてるだけなんだから」
「そう言われましても……」
「いや、明らかに動き自体が速すぎですって」
アイザックとハベルが困り顔で言う。
ハベルはともかく、身体能力的には筋骨隆々としたアイザックのほうが上に見えるのだが、それでも歯が立たないようだ。
「あの、カズラ様。オルマシオール様が『辛抱堪らん』って言ってます」
ミュラに言われて一良がオルマシオールを見ると、彼は目をギラギラさせながら体をもじもじと動かしていた。
「おっと、おあずけ状態になっちゃってましたね。食べましょうか」
皆で「いただきます」と料理に手を付ける。
「んー! やっぱり日本の食べ物って美味しいね!」
リーゼが照り焼きチキンのピザを頬張って、頬を緩める。
数ある料理のなかでもピザが一番のお気に入りのようだ。
「エイラ、この味ちゃんと覚えててね?」
「はい。ただ、この味のソースを作るのが難しくて……」
前回日本の料理を食べた後、ナルソン邸に戻ってからエイラはマリーとともに何度かピザを焼いたことがあった。
しかし、調味料は一良が持ち込んだものが複数あったので問題なく作れると思ったのだが、完全に同じ味を作ることは出来ずにいたのだ。
「お料理の本に照り焼きソースの作りかたも載っていたのですが、まったく同じ味をどうしても再現できなくて……」
「何か隠し味みたいなのが入ってるんじゃない?」
「かもしれませんね。もっと研究しないと」
「ピザもそうだけど、ここに並んでる料理と同じ物がイステリアでも作れればいいのに。お野菜とか果物なら、こっちでも作れたりしないのかな?」
リーゼが一良に言う。
「完全隔離した小屋とかなら、作れると思うぞ。問題なのは、雑草に土の中の栄養を全部持っていかれちゃうことだからさ」
「そっか。なら、今度イステリアでも作ってみない? 屋上に菜園を作るのはどうかな?」
「ああ、それはいいかもな。明日、種も調達してくるか」
「カズラ様、それでしたら、ハーブの種もお願いできないでしょうか?」
エイラの申し出に、それなら、とバレッタが口を挟む。
「ハーブでしたら村の空き家で栽培していますから、いくらか株分けして持っていきましょう」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。精油を作るために、村の人たちにお願いして育ててもらっていたんです」
バレッタの話に、皆が「なるほど」と頷く。
本当は、一良が村での生活に戻った時に、一良が食べられるものを村でも生産できればと思っての試験的な取り組みだ。
いずれ、米や麦などの穀物やジャガイモなどの野菜もたくさん作って、一良が安心して村に定住できるようになれば、とバレッタは考えていた。
もしも何かの要因で日本へ通じる扉が使えなくなってしまったら、とバレッタはずっと危惧していた。
そんなことになれば、一良は栄養失調で餓死してしまう。
それに、頻繁に食料を日本へ取りに戻って、ある日ぱたっと一良が帰ってこなくなってしまったら、とバレッタは不安に思っていたのだ。
「せ、精油までご自分で作れるのですか……」
「ふふ、さすがバレッタね。カズラさん、そっちにあるエビチリを取ってもらえます?」
はいはい、と一良がジルコニアにエビチリを小皿に取り分けて渡す。
そうしていると、一心不乱に料理を貪っていたオルマシオールが「ゲフゲフ!」とむせ返った。
「うわ!? オルマシオールさん、大丈夫ですか!?」
「あっ、お水ですね! 取ってきます!」
ミュラがオルマシオールの声を聞き取り、外へと出て行く。
ティタニアが上品にゆっくりと料理を食べながら、くすくすと笑っていた。
「あと、皆に俺からプレゼントがあるんです」
一良が立ち上がり、隅に置かれていた大きな段ボール箱へと向かう。
「プレゼント? その箱、食べ物じゃなかったの?」
もぐもぐとピザを食べながら、リーゼが聞く。
「うん。皆に喜んでもらえればって思ってさ」
一良がそう言いながら、ダンボール箱を開けて紙袋をいくつか取り出す。
「はい。これはリーゼの」
「ん、ありがと。中身は……えっ!? これ、お洋服!?」
中身を見たリーゼが、驚きと喜びの混じった声を上げた。
「うん。俺が選んだものを、とりあえず1セット買ってきたんだ。もしかしたら気に入らないかもだけど」
「気に入らないなんて、そんなことないよ! ありがとう!」
リーゼが弾けるような笑顔で微笑む。
「中にカタログも入ってるから、好きなのを選んでくれ。何着でも買ってきてやるから。はい、これはバレッタさんの」
「あ、ありがとうございます!」
「はい、ロズルーさんとターナさんも」
「そんな、我々の分まで……ありがとうございます」
「いつも頂いてばかりで……すみません」
ロズルーとターナが恐縮した様子で言う。
「いやいや、俺こそいつも世話になってますから。はい、これはジルコニアさんの。エイラさんのはこれです」
「ありがとうございます。ふふ、どんな服を選んでくれたのか楽しみだわ」
「カズラ様……ありがとうございます!」
そうして、アイザックとハベルにも一良が紙袋を渡していると、水桶を手にしたミュラが戻ってきた。
「オルマシオール様、お水です!」
「ミュラちゃん、プレゼントがあるんだ。こっちにおいで」
「えっ?」
「ミュラ、カズラ様が服をくださったんだ。お礼を言いなさい」
「あ、ありがとうございます!」
そんなこんなで、わいわいと楽しい時間が過ぎて行ったのだった。
小一時間後。
食事を終えた一良は、のんびりと風呂に浸かっていた。
今日は一良からどうぞ、と女性陣に言われたので、こうして一番風呂を貰っているのだ。
「カズラさん、湯加減はどうですか?」
外で薪係をしているバレッタが、窓越しに一良に声をかける。
「んー、少しだけ温いかな」
「分かりました。薪をくべますね」
「それにしても、あんだけ持ってきた料理が全部なくなるとは思いませんでしたね」
「ふふ、そうですね。オルマシオール様、今食べなきゃ死んじゃうみたいな感じでした」
その時の様子を思い出し、バレッタがくすくすと笑う。
オルマシオールは料理がよほど気に入ったのか、まさに一心不乱といった様子で料理を貪っていた。
もともと体がとてつもなく大きいというのもあってか、料理のほとんどは彼の胃に収まったと言っても過言ではないほどの食べっぷりだった。
それに比べて、ティタニアは2人前程度の量しか食べていなかったのだが。
今は、オルマシオールは居間で丸くなってぐうぐうといびきをかいて寝入っている。
「――それにしても、やっぱりこの村に帰って来るとすごく安心しますね」
雑談の一区切りついたところで、一良が言った。
「村で野菜とか果物がたくさん作れたら、日本に戻らなくても済むようになるかな……」
「カズラさんは、日本にはあまり戻りたくないんですか?」
「そういうわけじゃないんですけど、こっちってすごく時間がのんびり流れてる感じがして居心地がいいんですよ。憧れの田舎暮らしって感じで」
「そうですか……それを聞いたら、きっと村の皆は喜ぶと思いますよ。カズラさんがずっといてくれるなんて、この村の人にとっては夢のような話ですから」
バレッタの言葉に、一良が笑う。
「はは。俺、守り神みたいな扱いになっちゃってますもんね」
「はい。でも、それだけじゃないですよ」
「というと?」
「カズラさんは、もう立派な村の一員ですから。誰にとっても、かけがえのない人です」
「嬉しいこと言ってくれますねぇ」
「ふふ、本当のことですから」
一良は湯に浸かりながら、この村で一生生活できるのかな、とふと考えた。
今は自分は健康体だし、食べ物さえあれば十分生活していけるだろう。
しかし、年老いれば病気にもなるだろうし、それが大病となれば日本の医療が必要だ。
バレッタたち村人にとってもそれは同じで、この先ずっと彼女たちが健康でいてくれるとは限らない。
自分は日本の医療を享受できるが、彼女たちはそれができないのだ。
何とかして、自分以外も日本へ行くことができないものか。
「……バレッタさんは、日本で暮らしてみたいって思います?」
「はい。私にとっての憧れの地ですから。本屋さんもたくさんありますし、インターネットで世界中の情報が得られるなんて、夢みたいです」
「相変わらず、知的欲求がすごいですね……」
「あっ、でも、それだけじゃないですよ? 旅行雑誌に載っていた観光地とか、都会にある何百メートルもの高さのビルだとか、いろいろ見てみたいです」
「いいですねぇ。海外はパスポートの関係でちょっと難しいですけど、国内だったら飛行機とか電車に乗って旅行に行けますし。楽しいだろうなぁ」
「ですね。いつか、行ってみたいです。でも……」
「ん?」
バレッタが少し口ごもる。
「私は、カズラさんさえいてくれれば――」
「バレッタ」
「ひゃあっ!?」
突然声をかけられ、バレッタが肩を跳ね上げる。
声のした方向を見てみると、リーゼが歩いて来ていた。
一良から貰った、ベージュ色のシャツ、黒色のスラックス、黒色のサンダルという服装だ。
一良が買ってきたものはマネキン買いしたものなので、バランスはとてもいい。
「あ、リーゼ様。着替えたんですね」
「えへへ、明日まで我慢できなくって。似合ってるかな?」
「はい、すごく可愛いと思いますよ」
「ありがと! 2人は何の話をしてたの?」
「え、えっと……日本の話を少し。いろんな観光地があるなって」
「あー、雑誌に載ってたやつ? 綺麗な景色のとこもあるし、遊園地とか水族館も楽しそうだし、行ってみたいよね。温泉旅館とか、リゾートホテルとかにも泊まってみたい」
「何とかして、リーゼたちも日本に行ければいいんだけどな」
風呂小屋の中から響く一良の声に、リーゼが「ねー」と同意する。
「カズラのお父様とお母様、日本に行ける方法知らないかな? 今度聞いてみてよ」
「ああ、そういえば聞いたことなかったな」
「うん。何とかして聞き出してきてよ!」
「でも、もしあったとしても教えてくれるかなぁ。あんまり期待すんなよ」
「そこはほら、カズラの話術で何とかさ。可愛い一人息子の頼みなら、方法があれば教えてくれるんじゃない? 超美人の彼女を紹介したい、とか言ってさ」
「どんな頼みかた……あ」
「ん? どうかした?」
リーゼが風呂の窓を見上げて、小首を傾げる。
「い、いや……」
一良は湯に浸かりながら、昨日母と電話で話した内容を思い返していた。
蛇足だと思ってバレッタたちには話さなかったが、あの時、母は言ったのだ。
「結婚することになったら、ちゃんと紹介してよね」と。
「何? どうしたの?」
「……カズラさん、そろそろ上がりませんか? けっこう長湯になっちゃってますし」
バレッタの声に、一良がはっとする。
「そ、そうですね! 何だか、ぼうっとしてきちゃって。はは」
「あ、のぼせちゃったんだ。体拭いてあげるね! バレッタ、行こ!」
「えっ!? あっ、カズラさん、今そっちに行きますから!」
ばたばたと2人が走る音に続き、小屋の戸が開く音が響く。
一良は自分の心臓がバクバクと鳴る音を聞きながら、慌てて湯を出て腰にタオルを巻くのだった。