作品タイトル不明
274話:おあいこ
数十分後、城門の前には大急ぎで駆け付けたアイザック、ハベル、そして数十人の近衛兵たちが集まっていた。
一良、バレッタ、リーゼは城門の上に上り、ラースを眺めている。
「ジル、分かっているとは思うが……」
「余計なことは言わなければいいんでしょ? 何度も言わないでよ」
やれやれといった様子で答えるジルコニア。
アイザックたちを待っている間、ナルソンとルグロはしつこいほどに「絶対にラースを挑発するような真似はするな」とジルコニアに言っていた。
あまりにもしつこいので、ジルコニアはげんなり顔だ。
「ジルコニアアアッ! 出て来いっつってんだろうがあああッ!」
再び、外からラースの怒声が響く。
彼がやって来てから、もう30分以上もこんな調子だ。
さすがに疲れてきたのか、声が擦れ気味で頻度も少し落ちてきた。
「それにしても、ずいぶんとしつこいね。敵軍、そんなに士気が下がっちゃってるのかな?」
リーゼが柵に両手で頬杖をつき、叫んでいるラースを眺めながら言う。
一良もそれに同意して頷いた。
「だなぁ。まあ、あれだけカノン砲とかカタパルトで撃ちまくってやったんだから、あっちの兵士は怯え切っちゃってるんじゃないか?」
「昨夜の戦い、すごかったもんね。バレッタ、火薬とかの備蓄は大丈夫そうなの?」
リーゼが一良の隣にいるバレッタに話を振る。
バレッタは先ほどから、迫って来る敵軍を双眼鏡で観察していた。
「火炎弾は少ないですが、火薬はまだ多少余裕があります。ただ、爆弾を大量に消費してしまったので、新しく作る必要がありますね」
昨夜の戦いでは、迫って来る敵軍に対してガス弾以外のすべての兵器を使用した。
騎兵隊は戦場を駆け回り、敵部隊に肉薄しては手投げ爆弾を投擲して撤退するということを繰り返した。
勇敢で腕力のある者たちだけを集めて編成された、爆弾の投擲を任務とする擲弾兵部隊も投入された。
敵の前線部隊は降り注ぐ火矢と投げ込まれる爆弾、そしてスコーピオンとカタパルトといった大型兵器の攻撃をすべて浴びることになり、すさまじい被害を出したはずだ。
「そっか。爆弾、あとで一緒に作ろうね」
「はい。あっ、ナルソン様、カイレン将軍がこっちに来ます」
向かってくる敵軍の中から赤髪の男がラタに乗ってやって来るのを見て、バレッタが言う。
カイレンの他に、長髪細身の男と金髪三つ編みの女――ティティス――もいるようだ。
それを聞いたナルソンが、疲れたため息をついた。
「やれやれ。カイレン将軍もいるのなら、なんとか説得できるかもしれんな……城門を開けろ」
ナルソンの命令で、城門が音を立ててゆっくりと開く。
「おし、行くか!」
ルグロが威勢のいい声を上げ、鐙に足をかけてラタに跨る。
「殿下……やはり、行くのですか?」
「行くに決まってんだろ。連中がバカなこと言ったら、どやしつけてやる」
「しかし……奥方様の許可は取ったので?」
「う……」
ルグロが顔を強張らせる。
ルティーナは今頃、宿舎で子供たちと一緒にいるはずだ。
戦場が綺麗に片付くまでは、子供たちは外には連れ出さないことになっている。
ルティーナは昨夜の戦いが上手くいったこととルグロが戦場で負傷者たちの回収を手伝っていることは知っているのだが、これから敵の将軍たちと会うという話は知らせていない。
「……や、やっぱ俺は待っとくわ。ナルソンさん、上手いことやってくれ」
「承知しました。カズラ殿、行きましょうか」
「はい!」
一良たちが城門から降り、ラタに跨る。
一良たちも同行するのは、万が一の際にジルコニアを止めるためだ。
一良はジルコニアの説得係、バレッタとリーゼは、それでもダメな場合に、2人がかりで力ずくでジルコニアを止める係である。
「ジル、いいか、絶対に――」
「ああもう! 分かってるったら!」
ジルコニアは辟易して怒鳴りながら、ラタに飛び乗るのだった。
陣地に布陣する兵士たちの間を縫って、一良たちは丘を下る。
皆、何が始まるのかと緊張した様子でそれを見送っている様子だ。
「む、何か言い争ってますね」
丘を下った先では、ラース、カイレン、長髪細身の男が何やら言い争っていた。
ラースはかなり興奮しているのか、カイレンたちに怒り顔で怒鳴っている。
「ふざけんな!」という怒声が、こちらまで響いてきた。
ラースたちの背後200メートルほどの位置には、彼らの兵士たちがずらりと並んでこちらを窺っていた。
「すごく怒ってるみたいですね……カズラさん、向こうについたら、私の後ろにいてくださいね」
バレッタがラースを睨みながら、隣を走る一良に言う。
「分かりました。でも、何かあったらとっとと逃げましょう」
「ですね。ナルソン様、それでいいですよね?」
「ああ。アイザック、ハベル、万が一の時はお前たちと近衛兵で対処しろ。その間に私たちは逃げるからな」
「「はっ!」」
「はあ。何でこんな面倒なこと……あら?」
ジルコニアがぼやいた時、左手に広がる森の中から、巨大な白いウリボウと真っ黒なウリボウがラースたちの下へとかなりの速度で駆け寄っていくのが見えた。
彼らの背後にいたラタたちが恐慌状態になって大暴れし、手綱を掴む兵士たちを振り払って方々へと逃げ去って行く。
他の兵士たちが剣を抜き、ラースたちを守るようにして隊列を組んだ。
2匹のウリボウはその10メートルほど手前で止まり、ラースたちを睨みつけている。
「おお。オルマシオール様も来てくださるとは……カズラ殿が呼んだのですか?」
ナルソンが喜びの色が混じった声で一良に聞く。
「い、いえ。俺は呼んでないです。心配になって出て来てくれたんじゃないですかね」
「そうですか。よし、オルマシオール様の後ろから話すこととしましょう。皆、付いて来い」
ナルソンがラタの腹を蹴り、ウリボウの下へと走る。
ウリボウまであと100メートルといったところでラタが明らかに怯え出したので、皆はいったん停止してラタから降りた。
数名の近衛兵にラタを預け、皆でウリボウの下へと徒歩で向かう。
「ジルコニアアアッ! さっさとこっちに来やがれ! ぶっ殺してやる!」
ウリボウの背後10メートルほどに一良たちが近づいた時、ラースが額に青筋を浮かべてジルコニアに吠えた。
腰の剣を抜こうとするラースを、両脇にいたカイレンと長髪の男が慌てて押さえつけた。
「このバカ! やめろって!」
「兄上! 落ち着いてください!」
「カイレン、お前は黙ってろ! ラッカ、てめえまで何言ってやがるんだ!」
両脇から腕を押さえてくるカイレンと長髪の男――ラッカ――を、ラースが憤怒の表情で怒鳴りつけた。
「黙ってられるか! 勝手な真似すんじゃねえよ!」
「兄上、冷静になってください! 危険です!」
「うるせえ! ウリボウが何だってんだ! ジルコニアと一緒にたたっ切ってやる! 放しやがれ!」
騒ぐラースたちを見やりながら、皆はウリボウたちのすぐ後ろまで歩み寄った。
白いウリボウはその体躯が成牛ほどもあり、巨大な狼のような見た目も相まってすさまじい威圧感だ。
ナルソンが恐る恐るといった様子で、斜め後ろから巨躯のウリボウの顔を窺う。
「……オルマシオール様。この度はご助力、ありがとうございます」
ナルソンが小声で巨躯のウリボウに声をかけると、ウリボウはちらりと彼を見た。
ナルソンが、びくっと身をすくめる。
ウリボウは、ふん、と鼻を鳴らし、再びラースたちに目を戻した。
「お、お聞きしたいのですが、砦に向かってくるバルベール軍の行軍を倒木などを使って妨害してくださったのは、オルマシオール様なのでしょうか?」
「……」
「あ、あの?」
何の反応も返さない巨躯のウリボウに、ナルソンが戸惑った声を漏らす。
「え、えっと、ナルソンさん。彼らはあんまり話すのが好きじゃないみたいなんで。ラースさんたちとの話を進めちゃいましょう」
「む、そうでしたか。分かりました」
ナルソンが「失礼いたします」と巨躯のウリボウに声をかけ、隣に並ぶ。
すると、それまで巨躯のウリボウの隣にいた黒いウリボウが、身を翻して一良の隣にやって来た。
ちょこんと腰を下ろし、一良の顔を数秒見てラースたちに視線を戻す。
「もしかして、俺を守るために出て来てくれたんですか?」
小声で聞く一良に、黒いウリボウが再び一良に顔を向け、目元を緩めてわずかに口角を上げた。
「……ありがとうございます。後で、コルツ君のことで話したいことがあります。今夜にでも、俺の部屋に来てもらえますか?」
黒いウリボウはわずかに目を細めて頷き、ラースに視線を戻した。
「ラース将軍」
カイレンたちを引き剥がそうとしているラースに、ナルソンが声をかける。
「すまないが、決闘の話は無しにしてくれ。文句があるなら、戦で決着をつければいいだろう?」
「ふざけんなッ!」
ラースがすぐさま、バカでかい声量でナルソンを怒鳴りつけた。
あまりの大声に、一良たちは思わずびくっと肩を跳ねさせてしまう。
黒いウリボウは迷惑そうに顔をしかめ、ぺたんと耳を後ろに伏せた。
耳を塞いでいるらしい。
「よくもアーシャを殺しやがったな!? お前だけは、絶対に許さねえ!」
「アーシャ?」
初めて聞く名に、ナルソンが怪訝な顔になる。
リーゼは表情を強張らせ、隣に立つジルコニアに目を向けた。
先ほどまで面倒くさそうな表情をしていたジルコニアの顔が、真顔になっていた。
「おい! ラース!」
「うるせえっ!」
肩を掴んで止めようとするカイレンをラースは力任せに振り払うと、彼の頬を思いきり殴り飛ばした。
ゴッ、と鈍い音が響き、カイレンが口から血を飛ばしながら吹っ飛んで倒れる。
「兄上!」
「てめえも邪魔だ!」
「がっ!?」
ラースが反対側の腕を押さえていたラッカをも殴り飛ばす。
カイレンと同様、ラッカも派手に吹き飛んで地面を転がった。
驚いたティティスが慌ててカイレンに駆け寄り、ラースを睨みつけた。
「カイレン様! ラースさん、何をするのですかっ!」
「黙れ」
ラースが彼女を睨みつけ、ドスの利いた声で言う。
「次に余計な口を利いてみろ。腕をへし折ってやる。脅しじゃねえぞ」
「っ!」
表情を引きつらせるティティスに構わず、ラースはジルコニアに目を向けた。
「答えろ、ジルコニア。どうしてアーシャを殺した?」
「……あの娘の仇を討ちに来たの?」
ジルコニアが問いかけると、ラースは額に青筋を浮かべた。
「ああ、そうだ。お前が殺したんだな?」
「ええ。私が殺したわ」
「なぜだ!? お前が殺したがってたのはマルケスだけだろうが! 関係のないあいつを、なぜ殺した!?」
カイレンの口の血をハンカチで拭っていたティティスが、「え?」と小さく声を漏らした。
「っ! ラース!」
カイレンが慌てた顔でラースに叫ぶ。
ラースは気にも留めぬ様子で、ジルコニアを見据えている。
「なぜって? あの男の家族だからよ」
ジルコニアがまっすぐにラースを見つめて答える。
「そんな理由で、年端もいかないガキを――」
「あいつに殺された私の妹は、10歳だったけど?」
ジルコニアがつまらなそうに吐き捨てる。
「自分たちのやったことは棚に上げて、ずいぶんと勝手な言い草ね。おあいこでしょ?」
「お、おあいこ……だと……?」
「ジル、黙れ!」
挑発とも取れる言葉を吐くジルコニアを、ナルソンが慌てて諫める。
そんな彼に、ジルコニアは冷めた目を向けた。
「ナルソン、彼は私に復讐をしに来たのよ。このままじゃ、収まりがつかないわ」
「そういう問題じゃない! 決闘なんてバカな真似をさせられるか! 挑発してどうする!」
「……ジルコニアの言うとおりだ」
ラースが怒りに身を震わせながら、凄みの利いた笑みを浮かべる。
「おあいこか。確かにそうだ。だがな、それならこっちの申し出も受けてもらわねえとな」
ラースが腰の剣に手をかけ、一気に抜き放った。
分厚い大剣ともいえるほどのそれが、ぶんっ、と空気を切り裂く音が響く。
「昨日の晩はお前の仇討ちに手を貸してやったんだ。おあいこって言うんなら、今度はそっちが協力する番だろう?」
「……え?」
ティティスが、唖然とした声を漏らした。
「手を貸してって……カ、カイレン様?」
「……っ」
カイレンがギリッと歯を噛み締め、無言でラースを睨む。
そんな彼の様子に、ティティスは顔面蒼白になった。
「そ、そんな……じゃあ、昨夜の襲撃は……」
「ジルコニアさん、話を受けちゃダメですよ。堪えてください」
そんななか、一良が背後に立つジルコニアに振り返り、小声で話しかけた。
「ここで彼の申し出を受けたら、元も子もありません。もう、臆病者と言われても何でもいいですから、きっぱり断らないと」
「カズラさん……」
ジルコニアが困った顔で一良を見る。
「もう、ジルコニアさんに危ない目に遭ってほしくないんです。決闘なんて、受けちゃダメです」
「……このままじゃ、同じことの繰り返しですよ」
「え?」
怪訝な顔になる一良に、ジルコニアが少し寂しそうに微笑む。
「やっぱり、ここで終わらせないと。大丈夫、私を信じてください」
「信じるって、何を――」
「おい! 何をコソコソ話してやがる!?」
ラースが一良とジルコニアに向かって怒鳴る。
今にもこちらに一歩踏み出さんばかりの勢いだ。
一良の隣にいた黒いウリボウが腰を上げ、ラースを睨みつけて低い唸り声を上げる。
巨躯のウリボウもわずかに身をかがめ、唸り声を上げた。
「分かった。その申し出、受けてあげる」
「ジル!」
ナルソンがジルコニアに振り返り怒鳴る。
リーゼとバレッタが、いつでもジルコニアを押さえつけられるようにと身構えた。
「ジルコニアさん!」
慌てて声をかける一良にジルコニアがちらりと目を向け、目で制する。
「いい加減にしろ! お前はいつもいつも――」
「ナルソン、これで終わりにするから」
ジルコニアがナルソンを見つめ、静かに言う。
「私が始めたことだから、私が終わらせないといけないのよ」
「ジル……」
「これが終わったら、何でもあなたの言うとおりにするわ。二度と勝手な真似はしない。約束する」
2人の会話に、ラースが険しい表情のまま、「ちっ」と舌打ちをする。
「何が『受けてあげる』だ。元々そういう約束だっただろうが」
「ごめんなさいね。こっちもいろいろと事情があって」
ジルコニアがラースに苦笑を向ける。
「でも、将軍同士の決闘って、両軍がそろってる前でやるものなんじゃない? こんなふうにばたばたした状況でやるものじゃないわよね?」
「あ? 何が言いたい?」
「戦場に放置されてる死者たちを弔ってから、でどうかしら? そっちの兵士たちもちゃんと集めて、皆の前で決闘するの。どう?」
「……その時なら、正々堂々と決闘するってんだな?」
「ええ」
ラースは顔をしかめ、少し考えている様子だ。
数秒の沈黙が流れ、彼は口を開いた。
「よし、分かった。日時はどうする? 引き延ばそうなんて考えるんじゃねえぞ?」
「ナルソン、いつがいい?」
ジルコニアに話を振られ、ナルソンが唸る。
彼女に決闘をさせるつもりはさらさらなかったが、このまま話に乗ればこの場は乗り切れそうだ、と内心頷いた。
それに、決闘が行われるまでの間は敵は攻めてくることはないだろう。
安心して、陣地の補修や物資の補充に専念できるはずだ。
「……10日後でどうだ。それだけあれば、双方がすべての死体の回収と埋葬を済ますことができるだろう。死体を焼く手間もあるからな」
「ああ? そりゃいくらなんでも――」
「げほっ……ラース、そうしろ。やるのは10日後だ」
カイレンがよろよろと立ち上がって血の混じった唾を吐き捨て、ラースに言う。
真っ白な顔色になっているティティスが、震えながらも彼を支えた。
ラースが、ちっ、と舌打ちをする。
「分かった、それでいい。いいか、逃げるんじゃねえぞ。死んだお前の家族に、今ここで誓え」
「……誓うわ」
ジルコニアの返答を聞き、ラースが剣を鞘にしまう。
「忘れんなよ。それと、次は必ずお前1人で出て来い。正真正銘、邪魔だてなしの一対一の決闘だ」
「ええ」
ラースは頷くと、踵を返して自軍のほうへと歩き出した。
カイレンやラッカたちも、その後に無言で続く。
一良たちは去って行く彼らの背を、しばらくその場で見送っていた。