作品タイトル不明
275話:コルツの後悔
「……ジル、どういうつもりだ」
近衛兵たちがラタを連れてくるのを眺めながら、ナルソンがジルコニアに言う。
ジルコニアはリーゼに目を向け、その頭を優しく撫でた。
「やるしかないの。もう、復讐するのもされるのもたくさんよ」
「お母様……」
リーゼが心配げな顔でジルコニアを見る。
「あの男を上手くあしらえば、ここで復讐の連鎖を止めることができるかもしれない。リーゼやナルソンを、私の巻き添えにしたくないの」
「何? どうするというんだ?」
困惑顔のナルソンに、ジルコニアが目を向ける。
「あいつは、殺さない」
「どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「あいつを叩きのめして、他の連中が私に手を出さないように約束させる。それしか方法がないわ」
「……殺さずに負けを認めさせて、またかかってこいとでも言うつもりか? そうすれば、ラースは他の者には手を出させないと?」
「ええ」
頷くジルコニアに、ナルソンが唸る。
「そう上手くいくとは思えんが……」
「あの男の性格なら、きっと大丈夫。あの男も、私と同じ目をしていたから」
「だが、軍同士の戦いの最中にあいつが死んでしまったら、何の意味もないではないか」
「それでも、やる価値はあると思うわ」
毅然とした表情で言うジルコニア。
目がこれでもかというほどに真剣だ。
「それに、いい時間稼ぎになったでしょ? あのまま決闘を受けずに、なし崩し的に乱闘にでもなって、そのまま敵軍がまた攻めてきたらこっちの被害もかなり大きくなってたと思うけど」
ナルソンが、むう、と唸る。
確かにジルコニアの言うとおり、あの場で「10日後に決闘」という確約を取り付けられたことはかなり大きい。
昨夜の戦いで最も敵に被害を与えることができたのは火炎弾であり、残弾は枯渇しかかっている状況だ。
負傷者もかなり出ており、バリスタの砲撃によって防御陣地にも少なからず被害が出ている。
10日もあれば負傷者の治療もひと段落するだろうし、陣地の補修と戦死者の身元の特定や埋葬も済ませることができる。
それに、一良がグリセア村まで戻って物資の補充をするのには、十分な時間だろう。
もし、ジルコニアを危険な目に遭わせたくないからと、無理矢理ラースの申し出を突っぱねていたらどうなっていたか。
少なくとも、今回得られたような時間の猶予はなくなっていたはずだ。
「……妻の命よりも、国の命運か。まったく、ろくでもない」
「え?」
「ジル」
ナルソンがジルコニアに真剣な目を向ける。
「本当に、これで終わりにするんだな?」
「ええ。その後は、何でもあなたの望み通りにするから」
「絶対だな。先ほどのラースではないが、殺されてしまったお前の家族に、今ここで誓ってくれ」
「誓うわ」
「分かった」
「えっ、ナルソンさん……」
一良が驚いてナルソンを見る。
ナルソンはやれやれといったふうに、一良に苦笑を向けた。
「ジルは一度言いだしたら聞きませんからな。それに、本当にこれで終わりにすると言っているのです。兵たちの士気を下げるわけにもいきませんし、やらせるしかないでしょう」
「そ、その……本当に大丈夫ですかね?」
一良が不安そうな顔でジルコニアを見る。
ジルコニアは、一良ににっこりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。何なら、アイザックと立ち会って見せましょうか?」
「えっ!?」
ジルコニアが言うと、アイザックがぎょっとした顔になった。
「少なくとも、ラースが剛力を備えたアイザックよりも強いとは思えません。アイザックを叩きのめせれば、十分証明になると思いますけど」
「勘弁してください! 私なんかがジルコニア様の相手になるわけがないですって!」
恐ろしい提案に、アイザックが焦り顔で言う。
「そう? 前に手合わせした時からしばらく経ってるし、剛力も備わってるし。今ならいい線いけるんじゃない?」
「絶対無理ですって! たとえジルコニア様が剛力を持っていない状態だったとしても、いまだに勝てる気がしないです!」
アイザックはバルベール軍が砦を攻めてきた際の、ジルコニア(未強化)が敵兵と斬り合っている姿を間近で見ている。
それはまさに人間離れした強さであり、何をどうやったらあそこまで強くなれるのかと驚愕した。
自分とて一良の持ってきた食べ物のおかげで剛力を得てはいるのだが、それを差し引いても歯が立つようにはとても思えなかった。
身体能力云々よりも、実戦経験の差による技術力の差が、あまりにも大きすぎるのだ。
「んー……じゃあ、後で訓練の相手になって。万全の状態で、10日後に臨みたいから」
「う……かしこまりました……」
アイザックが表情を引きつらせながらも頷く。
見つからないようにと一良の背後に隠れていたハベルにも、ジルコニアは目を向けた。
「ハベル、あなたもよろしくね」
「……はい」
「さ、戻りましょ。戦死者の弔いをしないとね」
げっそりした顔でうなだれるハベルとアイザックを横目に、ジルコニアはさっさとラタに跨るのだった。
砦に戻ると、門のすぐ外で待っていたマリーがほっとした様子で出迎えた。
エイラもおり、2人とも戦々恐々とした思いでラースたちと話す皆を見ていたようだ。
「よかった……決闘は無しになったのですね?」
ラタから降りる一良に、エイラが話しかける。
「あ、いえ……また日を改めてやることになっちゃって」
「えっ……ということは、ジルコニア様が、あの大男と?」
エイラが心配げな目をジルコニアに向ける。
ジルコニアはラタから降りながら、エイラに苦笑を向けた。
「大丈夫よ。私にはグレイシオール様が付いているんだから。ね、リーゼ」
ジルコニアに話を振られたリーゼが不安げな目を向ける。
「お母様……本当に、大丈夫ですか?」
「何よ。あなたまで、私が負けるかもしれないって思ってるの?」
「いえ、その心配ではなく……まさか、わざと殺されるつもりでは……」
リーゼの言葉に、周囲の者たちがぎょっとした顔になる。
もしジルコニアがラースに殺されれば、当然ながらラースの復讐はそこで終わりだ。
こちらの兵士たちは落胆するだろうが、弔い合戦とナルソンが号令をかければ士気は上がるだろう。
昨夜のアーシャの件もあり、もしやジルコニアは死ぬつもりなのでは、とリーゼは考えたのだ。
「大丈夫よ。そんなこと、これっぽっちも考えてないから」
ジルコニアがリーゼに優しく微笑む。
リーゼはなおも不安そうな目をジルコニアに向けている。
「そんな、すべてを投げ出して逃げるような真似はしない。安心して」
「……はい」
リーゼはジルコニアの目をじっと見つめ、その言葉が嘘ではないと判断して頷いた。
「エイラ、殿下はどこ?」
「南にある死体置き場へ向かわれました。身元の確認と、火葬のお手伝いをするとのことで」
「そう。ナルソン、私たちも行きましょう」
「うむ……ジル、リーゼの言ったことだが、まさかまた、私たちを欺いて――」
「そんなことしないって。もう二度と、あなたに嘘はつかないわ」
ジルコニアが即答する。
ナルソンは不安なのか、険しい顔つきだ。
「……むう」
「『むう』じゃないわよ。これだけ言ってるんだから、信用してくれてもいいじゃない」
「今まで散々勝手をやっておいて、どの口が言うんだ。このバカ者が」
やれやれ、とナルソンがため息をつくと、ラタに跨った。
ジルコニアも彼に続き、ラタに跨る。
「では、我々は殿下のところへ向かいます。カズラ殿はどうされますか?」
ナルソンが一良に目を向ける。
「俺はコルツ君のところに戻ります。リーゼとバレッタさんは?」
「私はお母様たちと一緒に行くよ」
「私は治療院でお手伝いをすることにします。あと、ジルコニア様」
バレッタがジルコニアに声をかける。
「お願いしたラタの件ですが、治療院の前に用意していただけると。今日中に、薬の製造を始めたいので」
「ああ、そうだったわね。すぐに用意させるから」
「はい。お願いします」
そうして一良とバレッタはジルコニアたちと別れ、治療院へと小走りで向かった。
アイザックやエイラたちは、それぞれ別の仕事があるとのことでそれぞれの持ち場へと戻って行った。
「ジルコニアさん、本当に大丈夫ですかね? あんな大男相手に、殺さずに叩きのめすとか言ってましたけど……」
治療院へと向かって走りながら、一良がバレッタに話しかける。
「一対一なら大丈夫な気がしますよ。よっぽど油断しない限りは、圧倒できるはずです」
「えっ、バレッタさん、ジルコニアさんの戦うところ見たことがあるんですか?」
にべもなく言うバレッタに、一良が意外そうな目を向ける。
「見たことはないですけど、ジルコニア様ってシルベストリア様よりはるかに強いって話ですから」
バレッタがシルベストリアと訓練をしていた時のことを一良に話す。
訓練開始当初、バレッタはシルベストリアにまったく歯が立たなかった。
腕力ではバレッタが圧倒していたのだが、剣を使った立ち回りとなると、シルベストリアの剣戟に反応しきれなかったのだ。
ただ単に動きの速さだけではなく、フェイントや受け流しといった技術面での部分で圧倒されたのである。
訓練が進むにつれて、驚異的な速さで技術を身に付けたバレッタはシルベストリアに対抗できるようになり、訓練の終わり頃にはバレッタのほうが強くなっていた。
しかし、今はシルベストリアも身体能力強化済みだ。
まともに立ち会ったとして、バレッタはまったく勝てる気がしなかった。
「ああ、リーゼも前にそんなこと言ってましたね。一方的にボコボコにしてたって」
「はい。なので、大丈夫だと思います。今はカズラさんの食べ物のおかげで、力持ちになってますし」
そう言いながら走るバレッタの手足を、一良がじろじろと見る。
怪力が備わるならばもっと筋骨隆々としていてもよさそうなものなのだが、バレッタのそれはか細いままだ。
「あ、あの、どうしました?」
あからさまにじろじろ見られ、バレッタが少し恥ずかしそうに言う。
「あ、いや、何でもないです」
そうしてしばらく走り、2人は治療院へと戻ってきた。
中ではまだ治療が行われているが、どの患者にも精油が使われているようで治療の痛みに悲鳴を上げている者はいない。
「あっ、コルツ君!」
奥のベッドに腰かけているコルツを一良は見つけ、バレッタと駆け寄った。
傍にはニィナたちがおり、心配そうにコルツに何やら話しかけている様子だ。
コルツは涙目で俯いており、じっと口を閉ざしている。
「コルツ君」
「っ!」
コルツが一良に気付き、顔を上げる。
そして、ぼろぼろと涙を零し始めた。
「コルツ君、本当にごめん。腕は――」
「カズラ様、ごめんなさいっ」
おずおずと話しかけた一良に、コルツは叫ぶように言うとしゃくりあげて泣き出してしまった。
勝手に砦についてきたことを謝っているのかと、一良がコルツの頭を撫でる。
「ううん。俺のほうこそ、コルツ君にこんな目に遭わせちゃって――」
言いかけた一良に、コルツがぶんぶんと首を振った。
「俺がっ、全部悪いんだっ! 俺が、ばらしちゃったからっ!」
「え? 何のことを言ってるんだい?」
困惑する一良を、コルツが涙に濡れた瞳で見上げる。
なくなってしまった左腕のことで泣いているのかと思ったのだが。
「カズラ様のこと、俺がアイザックさんにばらしちゃったんだっ。誰にも言うなって言われてたのに、俺っ……うぅっ」
「アイザックさんに……?」
「……もしかして、1年前に村でカズラさんがアイザックさんに捕まった時のこと?」
すぐには思い至らない一良に代わり、バレッタがコルツに聞く。
コルツは右手で涙を拭い、しゃくりあげながら頷いた。
一良と、傍で聞いていたニィナたちが、驚いた顔になる。
「えっ……じゃ、じゃあ、コルツ君はその時のことを……それで、俺のために?」
一良が愕然とした顔になる。
まさか、コルツがその時のことを今までずっと悔やんでおり、そのために尽くそうとしていたとは。
ずっと苦しんでいた彼の想いも知らず、黒い女性に言われたことを守ろうとしているだけだと、単純に考えていた。
その結果、片腕を無くすという取り返しのつかない大怪我を負わせてしまった。
腕を無くしたことよりも、一良のことをアイザックに話してしまったことを謝るコルツは、いったい今までどれほど悩み苦しんでいたのだろう。
一良は途方もない無力感に襲われ、頭が真っ白になった。
「ごめんなさい……カズラ様、ごめんなさい……っ!」
泣きじゃくるコルツの頭を、一良は震える手でそっと撫でた。
「コルツ君は何も悪くないよ」
コルツが顔を上げて一良を見る。
深い悲しみと恐れを含んだその表情に、一良は胸が締め付けられた。
「よく、頑張ったね。そんなになるまで……よくっ……」
一良は続けて言葉を出そうとするが、喉が詰まって何も言えなくなってしまう。
コルツに泣き顔を見せるわけにはいかないのに、溢れる涙を止めることができなかった。
「俺が全部悪いんだ! ウッドさんだって――」
「コルツ!」
その時、入口から声が響き、皆がそちらに振り返った。
息を切らせたコルツの両親のユマとコーネルが、コルツに駆け寄る。
「コルツ! ああ、よかっ……え?」
げっそりとやつれた顔のユマが、コルツの左腕がないことに気付き、その泣き顔が愕然としたものになった。
「お、おい、その腕……」
「父ちゃん……母ちゃん……っ!」
コルツが泣きじゃくりながら、ユマの胸に飛び込む。
呆然とした様子でコルツを抱きとめるユマと、それを見つめるコーネル。
バレッタは彼らにそっと近づき、ユマの肩に手をかけた。
「皆さん、いったん別の部屋へ。カズラさん……」
「っ……は……い」
一良は涙を腕で拭い、ユマたちをうながして宿舎へと足を向けるのだった。