軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

273話:迷惑な呼び出し

ひっきりなしに負傷者が運び込まれ続けている治療院では、バレッタがコルツの手術を続けていた。

額に脂汗を浮かべて施術を行うバレッタを大勢の人々が取り囲んでいる。

そのほとんどが、治療を終えた負傷兵たちだ。

「お医者様、腕を持っていてください」

「う、うむ」

バレッタの指示で、医者がコルツの腕を両手で持つ。

バレッタがすぐさま腕の筋肉をたくしあげ、鋸でゴリゴリと骨を切断し始めた。

一良が彼女の額の汗を、ハンカチで拭う。

「……すごいですね。腕を切られてるのに、呻き声1つ上げないなんて」

ぼうっとした顔でされるがままになっているコルツを見て、医者の隣に立つ助手の女性が言う。

コルツには時折ラベンダーの精油をかがせており、十分な麻酔効果を得られているようだ。

「あの……精油の備蓄は、どれくらいあるのでしょうか?」

助手の女性が一良に聞く。

「精油も傷薬もたっぷりありますよ。心配無用です」

「そうなのですね。では、精油を他の患者にも使ったほうがいいのではないでしょうか? あちこちで叫び声が響いていますが……」

助手の女性が周囲を見やる。

そこら中で行われている怪我の処置はかなり荒っぽい様子で、治療の痛みに泣き叫ぶ声が常に響いていた。

事前に精油の使い方は医者たちに説明されており、使用の際は申請して管理部から受け取れるようになっている。

使い終わったら使用量を報告のうえで、精油瓶は返却する方式だ。

「ですね……使わなくても大丈夫って判断なんでしょうか?」

「いえ、前回の戦争では薬が枯渇して大変なことになったと聞きましたし、今回もいつまで戦いが続くか分からないので、可能な限り節約をしようとしているのかと。よほどの重傷でなければ使わないようにしているのだと思います」

「な、なるほど。負傷者はたまったもんじゃないですね……リーゼ、薬も精油も備蓄に余裕があるから、どんどん使うようにお医者さんたちに言ってきてくれるか?」

「りょーかい。行ってくるね!」

リーゼが負傷者たちを治療している医者たちの下へと向かう。

そうしているうちに腕の切断が終わり、ヤスリで骨を削り始めた。

数十分かけて筋肉の縫い合わせと皮膚の縫合も完了し、バレッタが道具をトレーに置く。

安堵した様子で、傍にあった椅子に腰を下ろした。

「終わりました……はあ、疲れた……」

「バレッタさん、お疲れ様です。はい、お水です」

「ありがとうございます……」

バレッタは疲れ切った様子で一良から水の革袋を受け取り、喉を鳴らして水を飲む。

かなり神経を使った様子だ。

「コルツ君、左腕、なくなっちゃったね……」

棚の上に置かれた布に包まれたコルツの左腕に目を向け、マヤが言う。

手術を見守っていた村娘たちも、ぼうっとした様子で横たわっているコルツを涙目で見つめていた。

「でも、命が助かったんだからさ。喜ばないと。バレッタ、頑張ったね」

「……うん」

ニィナに頭を撫でられながら、バレッタが暗い顔で答える。

コルツの意識がはっきりした時、どう言葉をかけたらいいかと考えると気が重かった。

「見事な腕前だ。その若さで、よくそこまでできるようになったな」

感心した様子で言う医者に、バレッタが疲れた笑顔を向ける。

「上手くいってよかったです。他の人の処置も手伝わないとですね」

「ああ、頼む。それと、使っていた道具や薬なのだが、ぜひ私にも譲ってもらえないだろうか?」

「道具は、鍛冶職人さんにお願いしておきますね。それと、今使った薬はお医者様たちに配布されているものと同じですよ。精油は、事前に通達されているように重傷者の施術の際に申請していただければ使えますから」

傷に塗る漢方薬と金魚用の抗生剤は、バレッタの提案であらかじめ軍医たちに配布されている。

使用量は毎日チェックされることになっていて、万が一にも横流しされないようにと気を使っていた。

「それについてなのだが、街に戻ってからも使わせてもらいたいんだ。呪術師組合から卸している薬よりも、これらはよく効くのだろう?」

「それはそうなのですが……」

「後で、俺からナルソンさんに相談しておきますよ」

どうしよう、と返答に困るバレッタに代わり、一良が答える。

「おお、ぜひお願いいたします。少々値が張っても、いい薬を常備しておきたいもので」

『カズラ様、マリーです。どうぞ』

医者がそう言った時、一良のイヤホンにマリーの声が響いた。

バレッタやニィナたちは反応していないので、個別チャンネルでの通信のようだ。

マリーはハベルと一緒に撮影係を任されており、戦闘後の様子も撮影することになっていた。

「あ、ちょっと席を外します。すぐ戻りますから」

一良が皆から離れ、部屋の隅へと移動する。

「カズラです。マリーさん、どうしました? どうぞ」

『あの、北の防壁にいるのですが、今バルベール軍の将軍っぽい人が丘の下に来ていて、ずっと大声で叫んでいるんです。お知らせしたほうがいいかと思いまして。どうぞ』

「将軍っぽい人? カイレン将軍ですか? どうぞ」

『いいえ。以前、カイレン将軍と一緒に、皆様と丘の先で話していた人だと思います。焦げ茶色の短髪で、すごく大柄な人です。どうぞ』

「大柄? ……ああ、あの人か」

特徴を言われ、一良は以前カイレンたちに会った際に、彼の後ろにいた男たちを思い出した。

1人は長髪細身のイケメンで、もう1人はやたらと威圧感のある大男と記憶している。

バルベール軍第14軍団長のラースと名乗っていたはずだ。

「何を叫んでるんです? どうぞ」

『それが、ジルコニア様の名前を連呼しているようでして。かなり怒っている様子です。どうぞ』

「む、何の用事……げっ! ま、まさか!?」

その大男が以前、ジルコニアに「呼び出したら出て来て決闘しろ」と言っていたことを一良は思い出した。

まさか、昨日あれだけの戦闘があった直後に決闘を申し込んできたというのだろうか。

「ジルコニアさんは、そこにいますか? どうぞ」

『はい。門の傍でナルソン様と何かお話している様子です。どうぞ』

「すぐに行きます! ジルコニアさんが出て行かないように、引き留めておいてください!」

一良は通信を終えると、バレッタたちの下へと駆け戻った。

「ジルコニアアアッ! 出て来い! この臆病者があああァッ!」

彼我の兵士たちの死体だらけの丘に、耳をつんざくような怒声が響き渡る。

丘を下って少し進んだ場所で、無骨な鉄鎧を纏った大男――ラース――が叫んでいた。

先ほどから、数秒置きにこの繰り返しだ。

ラースは数人の兵士を従えているのみなのだが、遠方から慌てた様子で迫って来る敵兵たちの姿が見えた。

見たところ数千はいるようだが、ろくに隊列も組んでおらずばらばらに駆け寄ってきている様子だ。

先ほど防壁上からその様子が確認されたため、カンカン、と敵軍襲来を知らせる鐘の音が砦の中に響いていた。

丘で死体の片づけをしていた兵士たちは作業を中断し、陣地に戻って戦闘配置についている。

攻撃命令も下されないため、皆が困惑している様子だ。

「だから、ぱぱっと行ってちゃっちゃと片付けてくるわよ。あの男、どうしても死にたいらしいから」

「あんな奴は放っておけばいいだろうが! 勝手な真似は許さんぞ!」

「そうだ! 決闘なんて絶対に許さねえぞ! 間抜けな挑発に乗ってるんじゃねえよ!」

円盾と鉄の短槍を手に言うジルコニアを、ナルソンとルグロが怒鳴りつける。

ジルコニアが兵士の死体を運び出しているルグロたちを手伝っていた折、突如やってきたラースの下へ1人で行こうとした彼女を、ルグロが慌てて砦内に連れ戻したのだ。

言い合いをしている3人の傍で、マリーがおろおろしている。

「約束しちゃったんだから仕方がないじゃない。呼ばれたら出て――」

「放っておけって言ったのは自分だろうが! いいから、黙って言うことを聞け!」

「いくらあんたが強いっていったって、あんな大男に勝てるわけねえだろ!? 自分が女だってことを自覚しろや!」

言葉を遮って怒鳴りつけてくる2人に、ジルコニアが顔をしかめる。

戦場で斃れた仲間たちを弔おうとしていたところを邪魔されて、ジルコニアはかなり頭にきていた。

彼のお望み通り死体の仲間入りをさせてやろうと思ったのだが、この2人はそれを許す気はないようだ。

そのうえ「女だってことを自覚しろ」などと言われ、かなりイラっとした。

性別の違いが何だというのか、と心の中で文句を言うが、ルグロが相手ということもあって声には出さない。

「でも、あのまま放っておいたら士気に関わるでしょ? ほら、私って英雄扱いなんだし。皆、期待してるんじゃない?」

「そんなことは関係ない! 危険な真似はもう二度とさせんぞ!」

「これは命令だ! 出て行くなんて許さねえからな!」

やいのやいの言う2人に、ジルコニアは「じゃあどうするっていうのよ」とげんなりした顔になる。

「ああもう……そんなに言うなら、カノン砲で吹き飛ばしちゃいなさいよ」

「そんなことできるか! 敵軍だけでなく味方からも卑怯者とそしられるだろうが!」

「なら、やっぱり私が出て行くしかないじゃない」

「それはダメだと言っているだろう!」

「これ以上バカ言うとぶん殴るぞ、てめえ!」

「あっ、カズラ様!」

駄目だこいつら話にならない、とジルコニアが呆れていると、走って来る一良に気付いたマリーが声を上げた。

ジルコニアたちが、そちらに振り向く。

「はあ、はあ……よ、よかった。まだいた……」

一良がぜえぜえと荒い息を吐きながら、両膝に手をつく。

「お母様、ラース将軍が決闘を申し込んできているのですか?」

心配げに聞くリーゼに、ジルコニアが困った顔で頷く。

「うん。仕方がないから相手をしてあげようと思ったんだけど――」

「ダメだ!」

「ダメだっつってんだろ!」

「……この有り様なの」

すぐさま怒鳴りつけてくるナルソンとルグロに、ジルコニアがやれやれとため息をつく。

「えっと……この間、『呼んだら出て来てくれるか』って言ってた人が、今叫んでるんですよね?」

一良が外へと続く城門に目を向ける。

ジルコニアを呼ぶ声は響き続けており、よく声が枯れないな、と気の抜けた感想を一良は持ってしまった。

「ええ。連中、昨日の戦いでボロ負けしたから、決闘で私を殺して士気を上げようとしてるのかもしれないですね」

「なるほど……でも、やっぱり危ないですし、出て行かないほうがいいですよ」

「そうは言いますけど、あのまま放っておくのもまずくないですか? こっちの兵士たちの士気が下がっちゃいますよ」

「う、うーん。でも、決闘ってのは……何とか説得して帰ってもらえませんかね?」

「そうするしかないでしょうな……」

ナルソンが困り顔で一良に同意する。

ルグロも、うんうん、と頷いていた。

一良としてもジルコニアが恐ろしく強いのは理解しているのだが、これ以上危険な目に遭わせたくないという想いがある。

「ジルコニアアアッ! 出て来いっつってんだろうがあああッ!」

再び響く怒声に、皆が「はあ……」とげんなりしたため息をつく。

放っておいても、帰ってくれそうにない。

「マリー。ハベルはどこだ? さっきまで防壁にいたと思ったが」

ナルソンが防壁を見上げながら、マリーに聞く。

「カメラのバッテリーの替えを取りに宿舎に戻っております。すぐに戻って来ると思います」

「そうか。では、アイザックを呼んで来い。鍛冶場で武具の入れ替えをしているはずだ。シルベストリアも探せ」

「かしこまりました」

ナルソンは走り去っていくマリーを見送り、深くため息をつく。

「もし連中が襲って来ても、私が全員始末してあげるわよ。そんなに神経質にならなくてもいいんじゃない?」

「いや、お前が戦ってどうするんだ。相手が手を出してきても、護衛に任せておけ」

「私がやったほうが早いのに」

つまらなそうに言うジルコニア。

何となく白けた雰囲気の中、ラースの怒声を聞きながら皆でアイザックたちの到着を待つのだった。