軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

272話:隠される事実

「これを着けてください。この紐を、耳にかけるんです」

マスクを受け取った医者と助手の女性が、一良に教えられながらマスクを着ける。

「なるほど、これは便利ですな。結び目がないのか」

「これなら、血や膿が飛んでも口に入りませんね。絶対にずれませんよ」

「うむ。洗うのも楽そうだ」

「同じ物を、後で私たちも作りましょう」

医者と助手の女性が感心した様子で自分のマスクを撫でる。

「それと、今彼女が手にかけた水は何ですか? 妙な匂いがしますが」

「あれは消毒用の液体で、手に着いた雑菌を殺すものですね」

「雑菌? 何ですかそれは?」

医者がきょとんとした顔で小首を傾げる。

「あー、えっと……大雑把に言うと、目に見えないくらい小さな生き物です。傷口を不潔にしてると悪化するじゃないですか、それの原因ですよ」

「ふむ。しかし、目に見えないのになぜそれが『ある』ということが分かるのですか?」

「え、ええと……普通には見えないんですけど、道具を使えば見る方法があって。なんて説明したらいいのか……」

「あの、カズラ様……」

一良が説明に困っていると、ニィナが小声で一良に話しかけた。

これ幸いと、一良はニィナに振り向く。

「あ、はい。何ですか?」

「その、お話したいことがあって。ジルコニア様も、こちらへ」

ニィナにうながされ、一良とジルコニアが皆から離れる。

壁際まで移動し、ニィナが口を開いた。

「コルツ君の怪我についてなんですけど……味方の兵士と争った際のもののようで。その兵士を殺したのも、たぶんコルツ君だと思います」

「えっ!?」

一良が驚いて目を見開く。

「相手の兵士は?」

ジルコニアが真剣な表情でニィナに聞く。

「ウッドベルっていう名前の兵士で、納骨堂で死体で見つかりました。コルツ君の腕に刺さっていた短剣が、その兵士のものみたいで」

ニィナが白い布に包まれたものをジルコニアに差し出す。

ジルコニアはそれを受け取り、布を開いた。

コルツの血がべっとりと刃に付着した短剣が姿を現し、ジルコニアがそれを手に取る。

「……その兵士がコルツ君を刺したっていう確証はあるの?」

「さっきコルツ君が意識を取り戻した時に、『ウッドさん、ごめんなさい』ってうわ言のように言ってたんです。あと、納骨堂の中で争った形跡があって、剣が2本落ちていました」

「そう。コルツ君を最初に見つけたのは誰?」

「マヤです。たまたま納骨堂の前を通りかかったら、扉の下から血が外に流れ出ているのを見つけたって言ってました。それで、開けたら中に気を失っているコルツ君とウッドベルさんの死体があって、私たちもマヤに呼ばれて」

「死体はどこ?」

「まだ納骨堂にあるはずです。集まってきた兵士さんたちが運び出そうとしたんですが、動かさないほうがいいと思って。私がそのままにするようにってお願いして、宿舎にいた近衛兵さんに向かってもらいました」

ニィナの説明にジルコニアは頷くと、彼女の肩にぽんと手を置いた。

ニィナがびくっと肩をすくめる。

「上出来よ。よくやったわね」

「は、はい! ありがとうございます!」

しゃちほこばって礼を言うニィナ。

ジルコニアは一良に目を向けた。

「カズラさん、私は今から現場を見てきますね」

「俺も行きます。どういうことなのか気になります」

「いえ、カズラさんはバレッタに付いていてください。手術中に必要な物が出たら、カズラさんしか用意できませんから」

「あ……そうですね。分かりました」

頷く一良に、ジルコニアは「それでは」と言うと出口へと向かった。

建屋を出て納骨堂へと向かおうとしたところで、正面から走ってきたリーゼに出くわした。

「お母様!」

リーゼがジルコニアに駆け寄る。

「お母様も来ていたのですか」

「ええ。たまたまカズラさんと会ってね」

「そうでしたか。では、コルツ君の怪我のことはご存知なのですね」

「うん。今、中でバレッタが手術をしているわ。左腕を切り落とすことになったの」

「えっ」

ジルコニアの話に、リーゼの顔が青ざめる。

「バレッタが手術を……それに、切り落とすって……どうにか、切らずにおくことはできないのですか?」

「無理ね。ああなっちゃうと、放っておくと確実に死ぬから。カズラさんも何も言わなかったし、薬じゃどうにもならないみたい」

「そうですか……」

リーゼが暗い顔で目を伏せる。

「中にバレッタとカズラさんがいるわ。手伝ってあげて」

「はい。お母様はどちらへ?」

「納骨堂よ。事件性があるみたいだから、見ておかないといけなくて」

「分かりました。お母様は、無線機は持ってないですよね?」

「うん。セレットに渡しちゃったから……そういえば、セレットは?」

姿の見えないセレットに気付き、ジルコニアが聞く。

「イステリアに無線で連絡しています。コルツ君が見つかったことを、ご両親に知らせないとって」

リーゼが自分の無線機を外し、ジルコニアに手渡す。

「これを持って行ってください。何かあったら、連絡をお願いします」

「うん。現場を確認したら、すぐ戻って来るから」

「あ、それについてなのですが、ルグロ殿下からお母様に伝言が」

「殿下から?」

すっかり意識の外にあった名前に、ジルコニアがきょとんとした顔になる。

砦に戻って来てからというもの、一度も彼の姿を目にしていなかったことに今さらながらに気付いた。

「はい。『手が空いたらでいいから、戦死した兵士たちを一緒に弔って欲しい』、と。お父様も、殿下と一緒におります」

「そう。分かったわ。こっちが片付いたら、すぐ向かうから」

「はい……殿下は戦闘が終わってすぐ、ずっと戦場を回っていたようなんです」

「怪我人の救助を手伝ってたの?」

「いえ……」

リーゼが悲しげな表情でうつむく。

「重傷を負ってもう助からない兵士たちに、最期のお言葉をかけていたようです。これくらいしか、自分にはできないからって……私も、そうするべきでした」

「……そっか」

「はい……私、殿下のことを誤解していました。殿下は、立派なおかたです」

リーゼが顔を上げる。

「引き留めてしまってごめんなさい。では」

リーゼが治療院の中へと入って行くのを見送り、ジルコニアは納骨堂へと向かった。

しばらく走ると、納骨堂の前に人だかりができているのが見えてきた。

集まってきている兵士や使用人たちを、数人の近衛兵が押しとどめているようだ。

「なあ、ウッドが死んだって本当なのか!?」

「どうなんですかっ!? 本当にウッドさんなんですか!? 答えてくださいっ!」

不安げな顔をした兵士と使用人が問いかけるが、近衛兵は険しい表情のまま口をつぐんでいる。

すると、近衛兵の1人がジルコニアに気付いて手を振った。

「ジルコニア様!」

集まっていた者たちが一斉に振り向き、道を空ける。

ジルコニアは彼に駆け寄った。

「状況は?」

「こちらへ」

近衛兵と一緒に、ジルコニアが納骨堂の中へと入る。

中では、数名の近衛兵たちが壁際に集まっていた。

近衛兵長もおり、仲間たちと何やら話している様子だ。

床にはウッドベルの死体が横たわっており、おびただしい量の血が広がっていた。

「彼がウッドベル?」

歩み寄るジルコニアに、近衛兵たちが敬礼する。

代表して、近衛兵長が口を開いた。

「はい。妙な痕跡と証言ばかりで、どうしたものかと……」

「妙って?」

聞き返すジルコニアに、近衛兵長が小さな布袋を差し出した。

「この男のポケットに、火薬袋が入っていました。聞き取り調査では、彼はカノン砲部隊への火薬の運搬を行っていたとのことなのですが、ラタで砦内を走っているのを見かけた者がおりまして」

近衛兵長が床に落ちている2本の長剣に目を向ける。

「また、この場で激しく戦った痕跡がありました。怪我を負ったという少年も、その相手にやられたのかと思うのですが」

「……その相手が分からない、ということね?」

「はい。しかし、少年が殺されていなかったのが、なおのこと不自然でして」

ジルコニアが火薬袋を受け取り、剣の前にしゃがみ込む。

かなりの力でぶつかり合ったのか、2本とも刃の数カ所が大きく欠けていた。

ウッドベルの死体の周囲に血だまりとは別の血痕を見つけ、立ち上がって歩み寄る。

血は点々と部屋の中央にまで続いていた。

――あの子、鼻の頭も深く切ってたわね。

ジルコニアがコルツの姿を思い起こす。

床に零れた血と、ウッドベルのポケットに入っていた火薬袋。

そして、剣の刃こぼれと、コルツの怪我。

状況証拠は十分だ。

手術が無事に終わってコルツが話せるようになればすべて分かることだが、ウッドベルを殺したのはコルツだとジルコニアは確信していた。

近衛兵たちは、まさか7歳の子供がこのような戦闘の痕跡を残せるとは思っていない様子だ。

これは上手く利用するべきだろう。

「……あなたたちは、ウッドベルの経歴とこれまでの行動を洗い出しなさい」

「かしこまりました。あの、ウッドベルが敵の間者だったという可能性があるのですが」

「かもね。分かってると思うけど、他言無用よ?」

「もちろんです。ただ、彼と戦った相手がまだ砦内にいる可能性があります。そちらも調査しなくては」

「それは大丈夫。相手は分かってるから」

ジルコニアが答えると彼は驚いた顔になった。

「なんと。誰なのですか?」

ジルコニアが彼をうながし、近衛兵たちから離れる。

「コルツ君よ。彼、カズラさんの……グレイシオール様の祝福を受けているの。大人顔負けの膂力を持っているわ」

「な、なんと……グリセア村の村人たちが、すさまじい怪力を持っているのと同じようなもので?」

「ええ。子供だって、それは同じなの。私も、同じ力を授けてもらったわ」

ジルコニアが布に包まれたウッドベルの短剣を取り出し、刃を指でつまむ。

そのまま、握った柄をぐいと押し下げた。

焼きが入っていてかなりの硬度があるはずの刃が、その根元の部分からぐにゃりと曲がる。

近衛兵長は思わず、「ぬあ」と驚いた声を漏らした。

「す、すさまじいですな。まさか、ジルコニア様までこれほどの力をお持ちとは……」

「いい? このことは他言無用よ。それを踏まえて、ウッドベルを殺した相手は誰か適当にでっち上げなさい。あの男、兵士や使用人たちにかなり慕われていたんでしょう?」

先ほど見た納骨堂前での騒ぎを思い起こしながら、ジルコニアが言う。

「そのようです。確かに……間者に好き勝手にやられていたということもそうですが、少年が殺したという話が広まったらまずいことになりそうですな」

「うん。ウッドベルが間者だったと判明しても、そのことは伏せるのも選択肢に入れておいて。侵入した敵の間者と戦って名誉の戦死っていうのでもいいから」

ジルコニアが、西の倉庫へと繋がっている地下通路の入口に目を向ける。

自身がバルベール軍の捕虜になっていた際に、脱出に使った通路だ。

「ウッドベルと戦って重傷を負った敵の間者は、そこの地下通路から逃げようとして途中で力尽きていた、とか、そんな感じでどうかしら?」

「なるほど、いい案ですな」

近衛兵長が感心した様子で頷く。

「では、調査ののち詳細が決まりましたら、ご報告いたします。外に集まってきている連中はどうしますか?」

「ウッドベルの死体を運び出して綺麗にしてから、見せてあげなさい。何か聞かれても調査中って答えればいいでしょう。後は任せるわね」

「はっ!」

敬礼する近衛兵長をその場に残し、ジルコニアは出口へと向かった。

ジルコニアが外に出ると、先ほどよりもさらに多くの人々が集まって来ていた。

その中に1人、涙を流しながら近衛兵に詰め寄る使用人の女性の姿があった。

ウッドベルの彼女のメルフィだ。

「通してよっ! ウッドに会わせてっ!」

必死の形相で近衛兵に詰め寄るメルフィ。

その鬼気迫る勢いに、周囲の兵士や使用人たちは騒ぐのをやめて彼女たちのやり取りを凝視していた。

「立ち入り禁止だと言ったろうが! さっさと立ち去れ!」

「ふざけないでよ! ウッドは私の……ジルコニア様!」

メルフィがジルコニアが出てきたことに気付き、近衛兵を押しのけて駆け寄ろうとする。

近衛兵が慌てて、メルフィを押さえつけた。

「こ、こら! よさないか!」

「ジルコニア様! ウッドは無事なんですかっ!?」

「やめろ! このバカ者が!」

近衛兵に突き飛ばされて、悲鳴を上げて地面に倒れ込むメルフィ。

その光景を見ていた者たちが、声には出さないが明らかに非難めいた目をその近衛兵に向けた。

ジルコニアは無言で、メルフィに歩み寄る。

膝をついてしゃがみ込み、彼女と目線を合わせた。

「あなた、名前は?」

「メ、メルフィ・シュテットです」

話しかけられると思っていなかったのか、メルフィが怯えと驚きが混じったような表情で答える。

「メルフィね。ウッドベルの友人かしら?」

「……恋人です」

メルフィが今にも泣き出しそうな表情で答える。

その様子に、ジルコニアはわずかに顔をしかめた。

「そう……そこのあなた」

ジルコニアが、今しがたメルフィを突き飛ばした近衛兵に顔を向ける。

「はっ!」

「ウッドベルの遺体を運び出したら、この娘を会わせてあげなさい。個室を用意してあげてね」

「かしこまりました」

「……え?」

ジルコニアたちのやり取りに、メルフィが愕然とした表情になる。

「い、遺体って……そんな……そん、な……」

うわ言のように繰り返すメルフィ。

ジルコニアはそんな彼女をちらりと見て立ち上がると、北門へと向けて歩き出した。