作品タイトル不明
263話:届きますよ
2日後の夕方。
砦はそれまでののんびりとした雰囲気から一転して、物々しい雰囲気に包まれていた。
バルベールの軍団が軍団要塞を出て、陣地に布陣を始めたのだ。
宿舎の一良の部屋では、一良がエイラとマリー、そしてジルコニアに鎧の着付けを手伝ってもらっていた。
ジルコニアは知らせを受けてすぐに着替えたらしく、すでに鎧姿になっている。
「はい、これでばっちりです。格好いいですよ」
かっちりとした鎧に身を包んだ一良の背を、ジルコニアがぽんと叩く。
それぞれ身支度を整えて北門に集合とナルソンに言いつけられて一良は自室でエイラたちと支度をしていたところ、ジルコニアがやって来て手伝うと言い出したのだ。
「ありがとうございます。やっぱり着慣れていないせいか、なんだか変な感じですね」
一良が鏡に映った鎧姿の自分を見て苦笑する。
「そんなことないですよ。惚れ惚れするくらい格好いいです。ねえ、エイラ?」
「はい。凛々しくて、とても格好いいです」
「そうかなぁ……やっぱり、アイザックさんとかハベルさんと比べると、鎧に着られてる感が否めないんだよな……」
一良がそう言って、テーブルの上に目を向ける。
真新しい鉄製の兜が置かれていた。
大きな頬当てが付いており、顔の正面も目と口以外のほとんどすべてを覆う作りの重厚な鉄兜だ。
重装歩兵たちが被るものよりも、さらに顔を覆う面積が多い。
「そういえば、ジルコニアさんってそんな兜持ってましたっけ?」
「砦に来てから、特注で作らせたんです。何かあったら怖いので、がっちりとしたものを付けていないとと思って。指揮をしている最中に矢が飛んでくることもありますからね」
「ふうん……あ、どこかで見たことがあると思ったら、古代スパルタ軍の兜にそっくりだ」
「スパルタ軍? 日本の軍隊ですか?」
聞いたことのない軍の名前に、ジルコニアが小首を傾げる。
「いえ、別の国ですね。大昔に、とんでもなく精強な兵士を育成していた国の軍隊です。確か、映画のDVDがあったかな」
一良が壁際のダンボール箱を漁り、DVDを取り出す。
「あったあった。この裏表紙の人たちの兜とそっくりですよ」
「あら本当……って、なんでこの人たち、全員裸なんですか?」
パッケージの裏表紙には、ムキムキのマッチョマンたちがパンツ一丁で兜とマントだけを身に着け、剣と円盾を手に何やら叫んでいる写真が載っていた。
一緒にパッケージを覗き込んでいたエイラとマリーは、顔を赤くして写真を凝視している。
「まあ、これは映画なんで。戦闘での肉体美の演出とか、インパクトを狙って作られたんじゃないですかね。実際はけっこう重厚な鎧を着ていたみたいです」
「なるほど。カズラさんの世界では裸で戦うのが普通なのかと思いました」
「さすがにそれだと死者続出になりますよ……あ、そうだ」
一良が再び部屋の端へと向かう。
スーツケースを開け、中から防刃ベストを取り出し、ジルコニアに手渡した。
「ジルコニアさん、これ着ていってください」
「何です? これ?」
「防刃ベストっていって、刃物に高い耐久性を持っている服です。矢が飛んで来て鎧を貫通したとしても、これがあれば安心ですよ」
「それはすごいですね。こんなに軽いのに……それに、けっこう丈がありますね」
「ですね。まあ、これは俺が選んだものじゃないんですけど。もしよければどうぞ」
「ありがとうございます。着させていただきますね。エイラ、鎧を脱がせて」
「かしこまりました」
ジルコニアがエイラに手伝ってもらい、鎧を脱ぐ。
「え、ええと……カズラ様、これはどうやって着るものなのでしょうか?」
「あ、俺がやりましょうか。これ、肩のところがマジックテープになっててですね……」
一良がジルコニアに防刃ベストを着せる。
ジルコニアは鏡を見て、ふむ、と唸った。
「なるほど。でも、この上から鎧を着ると、ちょっと息苦しくなりそうですね」
「あー。その鎧下、けっこう厚手ですもんね。体の守りは鎧とベストで充分でしょうし、今着てるやつは脱いで俺のTシャツ着ていきます? あと、腕に付ける手甲もあるんで、着けていってください」
「まあ、ありがとうございます。そうしますね」
ジルコニアが防刃ベストを外して、鎧下を脱ごうとボタンを外す。
その真っ白な素肌が覗き、一良が慌てて後ろを向いた。
「エイラさん、タンスから長袖のシャツを出してください。黒がいいですかね」
「かしこまりました」
エイラがタンスから黒の長袖シャツを取り出していると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「バレッタです」
「どうぞ」
一良の代わりに、ジルコニアが返事をする。
バレッタとリーゼが入ってきた。
「あ、ジルコニア様」
「……お母様。なんで脱いでるんですか?」
探るような目を向けてくるリーゼに、ジルコニアが笑顔を向ける。
ジルコニアは今、上半身裸だ。
エイラとマリーがこの場にいるのが、唯一の救いである。
「カズラさんに『脱げ』って言われちゃって」
「言ってな……言ったけどなんか違う!」
一良が即座に突っ込みを入れる。
「防刃ベストを鎧の下に着ることになったから、着替えてもらってるんだよ」
「それ、スーツケースに入ってたやつですよね」
マリーが抱えている防刃ベストに、バレッタが目を向ける。
バレッタはジルコニア救出作戦の折に防刃ベストを着ているので、合点がいったようだ。
「ええ。ジルコニアさんは俺と背丈が近いんで、着れるかなって」
「なるほど。あ、ぴったりみたいですね」
バレッタの言葉に、一良が振り向く。
ぴっちりと防刃ベストを身に纏ったジルコニアが、鏡で自身の姿を見ていた。
なかなかに、様になっている。
「すごく体に密着する感じですね。守られてる感がすごいです」
「鎧は着れそうですか?」
「これなら大丈夫ですね。首回りも自由ですし、動きやすそうです。エイラ、マリー、鎧を」
「はい」
「かしこまりました」
エイラとマリーに手伝われ、ジルコニアが鎧を着始める。
その様子を見ながら、バレッタが口を開いた。
「えっと、ナルソン様から全員北門に集合するようにって指示が出ています。カイレン将軍が丘の下まで来ているようで、また話し合いみたいです」
バレッタが言うと、ジルコニアはそれまでの朗らかな表情から一転して、真剣な顔になった。
「分かった。すぐに行きましょう」
ジルコニアが鎧を着終わるのを待ち、皆で北門へと向かった。
一良たちが南門に到着すると、すでにナルソンたち首脳陣が集合していた。
門は開け放たれており、砦の外に築かれた防御陣地には兵士たちが配置に就き始めている。
ナルソンは双眼鏡を目に当てており、はるか先にあるバルベールの陣地を見ている様子だ。
少し前までちょこちょこ降っていた雨は嘘のように、ここ数日は猛暑が続いている。
今日もすこぶる快晴で、空気はからっと乾いて乾燥していた。
空は若干薄暗くなってきており、爽やかな風がそよそよと吹いている。
「ナルソン、来たわよ。何を見てるの?」
ジルコニアがラタから飛び降り、ナルソンに歩み寄る。
「敵の陣営の確認をしているんだ。どうやら、送られてきた書状どおりの配置のようだな」
ナルソンに双眼鏡を手渡され、ジルコニアが目に当てる。
書状に書かれていた元老院議員の軍団を示す軍団旗が、中央後方に翻っていた。
まだ兵士たちの配置は完了しておらず、順々に後方の軍団要塞方面から移動してきている状況だ。
陣地の大きさからいって、かなりの兵数になるだろう。
「そのようね。議員っぽい連中も、何人もいるわ」
「うむ。バレッタ、ここからあそこまで、カノン砲の弾は届くか?」
「届きます」
ナルソンの問いに、バレッタが即座に答える。
「2.5キロくらい離れているので精度は多少落ちますが、全砲を同時斉射すれば何人かには当たるかもしれません。議員が200人近くいるというのが本当なら、集合したところを狙うのがいいと思います」
「そうだな。折を見て、滅茶苦茶に撃ち込んでやろう」
「ナルソン、時間的に、敵は夜戦を仕掛けてくるつもりかもしれないわ。しっかり警戒しておかないと」
「おそらくそうだろうな。前回食らった射撃兵器が、よっぽど堪えたらしい」
「バレッタさん、はい。どうぞ」
一良が肩にかけていたバッグから双眼鏡を取り出し、バレッタに手渡す。
「あ、すみません。ありがとうございます」
バレッタがそれを受け取り、敵陣を見渡す。
全体を舐めるようにじっくりと眺め、何かに気づいて動きを止めた。
「カズラさん、敵陣にバリスタがあります」
「えっ、バリスタ? ねじりバネの?」
「はい。構造と大きさからいって、射程は350から400メートルといったところでしょうか。各軍団陣地に4から5基ありますね」
一良がバレッタから双眼鏡を受け取り、覗き込む。
かなり大型のバリスタが、あちこちに配備されているのが見て取れた。
車輪が付いており、移動も可能なようだ。
「マジか……あんなものを開発してるとは思わなかったな」
「はい。ただ、あれはかなり大きいので射撃速度は遅そうですね。威力はすさまじそうですが」
「バレッタ、バリスタって何?」
リーゼが2人に口を挟む。
「スコーピオンの大型版です。ねじりバネを動力として、巨大な矢を射出します。歩兵の盾で防ぐのは不可能です」
「そうなんだ……こっちのスコーピオンを模倣したのかな?」
「もしそうだとしたら、かなり器用な人があちらにはいるはずです。この短期間であれを作るのは、すごく大変だったでしょうから」
「この間の女の人かな? 白くて長い髪の」
「かもしれませんね……あと、その前方付近にカノン砲対策と思われる移動防壁があります」
一良が双眼鏡を動かす。
最初は櫓か何かかと思って見過ごしていたのだが、よく見るとそれは大量の丸太を縛って組み上げた防壁のようだった。
下部には車輪が付いており、これもまた移動が可能のようだ。
あちらもまた、前回の戦いの教訓からいろいろと準備をしてきたらしい。
「ナルソン様。戦闘開始と同時に、カノン砲でバリスタを全基破壊するべきです。こちらの陣地に近寄らせてはダメです」
「うむ、分かった。砲撃部隊の指揮はバレッタに任せるぞ」
「かしこまりました。射撃前に、標的を何にするのか逐次報告しますね」
「そうしてくれ。しっかり頼む」
「はい。あと、夜間の襲撃に備えて各砲座には夜目の利く村の人たちにも就いてもらうようにお願いしておきました。観測手法は指導済みです」
「やるじゃないか。さすがだな」
「……やっぱり、バレッタは頼りになるよね」
リーゼがこそっと一良に言う。
バレッタの耳にも、微かに届いていた。
「戦争が終わったら、バレッタを軍務官に推薦してみようかな。それでそのまま、イステール領の副軍団長になってもらっちゃったりして」
「う、うーん……まあ、そういうのは追々考えていけばいいんじゃないかな」
「えー? 一良は反対なわけ?」
「いや、反対っていうか……バレッタさんってずっと働きすぎな感じだしさ。もっとのんびりできたほうが――」
「ナルソン、そろそろ行きましょう。彼ら、待ちくたびれてるみたいよ」
ジルコニアの声に、皆が丘の先に視線を移す。
カイレンをはじめとした前回会談をした時と同じ面子の者たちが、こちらを眺めていた。
前回同様、場違いなワンピース姿のフィレクシアも一緒だ。
皆が目を向けたことにフィレクシアは気付いたようで、ぶんぶんと大きく手を振っている。
隣にいたティティスがすぐに、その腕を引っ掴んで止めさせた。
「よし、行くか。皆、くれぐれも油断しないようにな」
ナルソンが鐙に足をかけ、ラタに跨る。
皆、ラタに跨り、彼らの下へと駆け出した。