軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

262話:言うに言えない

数日後の夜。

砦の会議室では、反乱軍を率いていたモルスをはじめとする二十人近くの部隊指揮官たちが集められていた。

彼らはシルベストリアに連れられて、ラタをひたすら走らせ続けて砦までやって来たのだ。

連日十時間以上もぶっ続けでラタに乗り続けるというのは未強化の人間にはさすがに無理なので、彼らには途中途中で神の秘薬と称してリポDを飲ませた。

皆、バイクを見た時点でグレイシオール降臨の話は信じていたようだが、リポDを飲んだことによって「言い伝えのとおりだ」と完全に信じ切っていた。

「どうも、私がグレイシオールです」

プロジェクターでの動画を準備し、一良がモルスたちに自己紹介する。

傍らのパソコンを操作しているのはバレッタだ。

ナルソン以下、アルカディアの首脳陣が勢ぞろいしており、王都軍の軍団長や重鎮たちは緊張した表情をしている。

モルスたちは皆、いったい何が始まるのかと困惑している様子だ。

「これから皆さんには、死後の世界がどんなものなのかを見てもらいます。で、その前に」

一良がモルスに顔を向ける。

「モルスさん」

「は、はい」

モルスが一良を見て返事をする。

「こんな若造が本当にグレイシオールなのか?」とでも思っているような顔つきだ。

他の部隊指揮官たちも、それは同じである。

「ニーベルさんの指示で、あなたが反乱軍全軍の指揮を執っていたということに間違いないですね?」

「はい。間違いありません」

「分かりました。あと、あなたはニーベルさんに『イステール領が裏切った』とそそのかされて、今回の反乱に加わったということで間違いないですか?」

皆の視線がモルスに向けられる。

モルスは額に薄っすらと汗を浮かべながらも、すぐに頷いた。

「はい。奴に、ダイアス様とバルベールとの血判状などの様々な証拠を見せつけられ、まんまと騙されてしまいました。他の者たちも、それは同じです」

「ふむ」

一良が真顔でモルスを見つめる。

「この場で嘘を吐くと、ご自身の罪の上塗りになるということを、先に話しておきます。そのうえで――」

「いえ、私は嘘など1つも――」

「まあ、話を最後まで聞いてください」

反論しようとするモルスに、一良がぴしゃりと言いつける。

モルスは何か言いたそうだったが、口を閉ざした。

「これから皆さんにお見せするのは、死んだ後の世界です。それを見た後でもう一度、先ほどと同じ質問をさせていただきますね。バレッタさん、お願いします」

「はい」

バレッタがノートパソコンを操作し、動画が始まる。

黒塗りの画面に文字が浮き上がると、モルスたちからどよめきが起こった。

すでに動画を見たことのある王都軍の軍団長や重鎮たちの何人かは、動画が始まる前からすでに頭を抱えている。

文字の説明が終わり、地獄の様相が映し出される。

モルスたちは唖然とした顔で、口を半開きにして動画に見入っていた。

「ああ、あの男がまた……」

「確かデュクスといったか……哀れな……」

怪物に頭と体を引っ張られているデュクス(※そっくりさん)の姿に、誰かが声を漏らす。

「バレッタさん、一時停止で」

「はい」

あと少しで彼の首が胴体と泣き別れをするというところで、一良がバレッタに動画を一時停止させた。

一良がレーザーポインターで、デュクス氏を丸く囲う。

「はい、こちらはグレゴルン領の元徴税官のデュクスさんです」

一良が言うと、モルスたちがばっと一良に顔を向けた。

どうやら、デュクスのことを彼らも知っている様子だ。

「彼はまあ、徴税官時代にいろいろと悪いことをやっていたようでして。今はこんな感じになっちゃってますね。バレッタさん、再生で」

「はい」

動画が再び動き出し、デュクス氏の頭が首を支点にしてぶちぶちと引きちぎられた。

モルスの部下の何人かが「ひい!」と悲鳴を上げ、すでに動画を見たことのある何人かは「見ておれん……」と顔を背ける。

「バレッタさん、10秒巻き戻して再生で」

「う……はい」

動画がきっちり10秒巻き戻され、再びデュクス氏が大変なことになる。

モルスは目を見開いて脂汗を流しており、部下の1人が悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。

しばらく前にグレゴルン領の重鎮たち(故)に動画を見せた時に見た光景と、まったく同じ状況だ。

「こんな感じで、彼は今も地獄で何度も何度も怪物に引き裂かれています。続きを見てみましょうか」

動画が進んで阿鼻叫喚の地獄絵図が終わり、続いて天国の映像が流れだした。

モルスたちは皆が呆然とした様子で、食い入るように動画を見ている。

しばらくして動画が終わり、プロジェクタの傍にいたリーゼが電源を切った。

「生前に悪いことをしたまま死んでしまうと、地獄であのような悲惨な目に遭ってしまいます。ですが、きっちりと罪を認め、贖罪をすることによって、それらを軽減したり天国行きに鞍替えすることも可能です」

一良がモルスたちに真剣な表情を向ける。

「あなたたちに、もう一度問います。あなたたちは全員ニーベルさんに『騙されて』、反乱軍に加わっていたのですか?」

小一時間後、上映会を終えた一良たちは会議室を出て、廊下を歩いていた。

歩いているのは、一良、ルグロ、リーゼ、バレッタの4人だ。

「はー、呆れたもんだな。半分どころか、連れてきた連中の8割近いって何なんだよ」

薄暗い廊下をてくてくと歩きながら、ルグロがぞんざいに言う。

あれから一良に事の真偽を問いだたされたモルスたちは、部下の1人が白状したのを皮切りに、全員が『真実』を白状した。

本当に騙されていた部隊長たちの何人かは激怒してモルスたちに殴り掛かり、そうでない者は今まで信じていた仲間に裏切られていたという事実に愕然として魂が抜けたようになっていた。

裏切りを白状した者たちは砦内の倉庫に監禁されることになり、今は処分待ちの状態だ。

グレゴルン領に残っている文官の中にも裏切り者が何人もいるとのことで、全員の名前を聞き出すことに成功した。

彼らの処遇をどうするか、ナルソンが軍団長たちと別室で話し合っている。

ルグロは「後は適当にやってくれ」と言って話し合いには不参加を表明し、一良に付いて来てこの場にいるというわけだ。

「いや、俺も驚いたよ……多くても半分くらいかなって思ってたら、8割って」

「ダイアスのやつ、日頃からどんな領地運営をしてたんだよ。よっぽど嫌われてなきゃ、連中だって失敗したら酷い目に遭って死ぬってリスクを冒してまで、あんなことしでかさないだろ」

「他人の奥さんを寝取ったり、逆らった人間を処刑していたのです。自業自得とも言えますね」

辛辣な言葉を吐くリーゼに、ルグロが意外そうな顔を向ける。

リーゼははっとした顔で、自分の口に手を当てた。

「リーゼ殿も結構言うんだなぁ。まあ、そのとおりっちゃあそのとおりだよな」

「あ、いえ……カズラ、彼らってこれからどうなると思う?」

反応に困ったのか、リーゼが一良に話を振る。

「どうなるだろうなぁ。贖罪させるにしても、やらかしたことが大きすぎてさ。どうすればいいんだろ」

「とりあえず、他にも何かやってたかもしれないし、それも吐かせないとだよ。それまでは希望を与えておかないと」

「うわ。リーゼ殿、怖いこと言うなぁ。『それまでは』、ねぇ……」

「う……こ、これを機に、悪いものは全部暴いておかないといけないと思いまして」

「だな。まあ、処分はどうすんのかは、ナルソンさんが上手いことやってくれるだろ」

そうして廊下を進み、階段に差し掛かる。

今歩いているのは2階の廊下で、ルグロの部屋は3階だ。

「カズラは、今日はもう休むのか?」

「うん。風呂入って寝るよ。マリーさんにお風呂の準備してもらってるし」

「そっか。じゃあ、また明日な。お休み」

ルグロと別れ、3人は廊下を進む。

途中、リーゼの部屋の前で彼女とも別れ、一良とバレッタはそのまま廊下を進んだ。

一良の部屋の両隣が、リーゼとバレッタの部屋だ。

「それじゃ、バレッタさん、今日はお疲れ様でした。また明日」

「はい、お疲れ様でした。おやすみなさい」

バレッタと挨拶をし、一良は自室に入った。

燭台の蝋燭が照らす薄暗い部屋の中を、上着のボタンをはずしながら洋服掛けに向かう。

「こんばんは」

「ひいっ!?」

突然真後ろから声をかけられ、一良が跳び上がる。

振り返ると、黒髪の女性が一良を見て、口に左手を当ててくすくすと笑っていた。

いつの間に背後に回り込んでいたのだろうか。

手首には、以前一良がプレゼントした腕時計が付けられていた。

「ちょ、勘弁してくださいよ……何度脅かせば気が済むんですか」

ばっくんばっくんと鳴り響く心臓を胸の上から押さえつけ、一良がげんなりした顔で言う。

「ごめんなさい、そんなつもりはなかったのですが」

「嘘だッ! 絶対に……あ! ちょ、ちょっと待っててください!」

一良はそう言うと、入口の扉へと走った。

女性はきょとんとした顔で小首を傾げている。

一良は扉を開けて顔を出し、バレッタの部屋の方を見る。

今ちょうど、扉が閉まる寸前のところのようだ。

「バレッタさん!」

一良の呼びかけで、バレッタが顔を覗かせた。

「あ、はい。どうしました?」

「こっち来て! 早く!」

バレッタは「なんだろう?」という顔をしながらも、小走りで一良の下へとやって来た。

一良はその腕を掴み、部屋の中に引っ張り込む。

「あっ!」

部屋の中にいる黒い女性とバレッタは目が合い、声を上げた。

女性が顔をしかめる。

「カズラ様、それは……」

「あなたたちと話す時は、これからは彼女も一緒です。そうさせてください」

一良がバレッタの背に手を回して軽く抱き寄せるようにして言う。

バレッタは突然のことで動揺しながらも、こくこくと頷いた。

女性が、はあ、とため息をつく。

「カズラ様のお願いでは仕方がないですね。もとより、もう先のことは何も視えなくなってしまいましたし。どうなるかはもう、私にも分かりませんので」

「先って、未来のことですか?」

「はい。カズラ様とお会いするまでは、辛うじて見えていたのですけどね」

「あの、先日あなたの相方と話したんですが、その時は半分眠ってるような状態にさせられたんです。今は、そんなことはないんですよね?」

「今は私だけですから。それで、ご用件についてなのですが」

女性が話を切り出す。

あれこれ質問攻めにされるのは嫌なのかもと、一良もこれ以上聞くのは止めにすることにした。

「あ、はい。ウリボウさんから聞いてると思いますけど、コルツ君が行方不明になっちゃってて。探してもらえないかなって――」

「彼のことは、放っておいていただけないでしょうか」

一良の言葉を遮って、女性が言う。

予想外の言葉に、一良は驚いた顔になった。

「え、放っておいてって……あの、コルツ君は生きてるんですよね? 砦にいるんですか?」

「生きているはずです。ただ、あまりこうして彼女とも関わっていると、その未来も変わってしまうかもしれません」

女性がバレッタに目を向ける。

「私たちが人と深く関わると、未来が少しずつ悪い方向に変わることが多々ありました。少なくとも、カズラ様がこの土地に来るまではそうでした」

「俺が来てからは、そうではないと?」

「はい。ただ、ほどなくして霞がかかったように先がぼやけてしまって。この先どうなるのかが分からなくて、私も怖いんです」

女性が困ったような顔で言う。

「彼がカズラ様の近くにいるように私が仕向けたのは、そうしないと恐ろしい未来に繋がるということが、おぼろげながら分かっていたからです。彼の存在が、それを防ぐことに繋がるはずです」

「……え? 恐ろしい未来っていうのは?」

驚いて一良が聞くと、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。

「それを言うことによって、防げるはずの事態が防げなくなってしまうかもしれません。今私が話したことは聞かなかったことにして、カズラ様たちは普段通りに過ごしてください」

そう言われてはこれ以上聞くわけにもいかず、一良は押し黙った。

だが、少なくともコルツは生きて砦内に潜んでいるらしい。

生存が分かっただけでも、今は満足すべきだろう。

「あ、あの!」

バレッタが女性に声をかける。

「1つだけ、質問させてください!」

「はい。答えられる範囲であれば」

「私は……私とカズラさんは……」

バレッタは言葉を続けようとして、たった今女性が言った「私たちが人と深く関わると、未来が少しずつ悪い方向に変わることが多々ありました」という言葉を思い出して、続きを言えなくなった。

森で数百年も互いを探して彷徨っていた2人のように、自分と一良はならないかをバレッタは聞こうとした。

だが、もし彼女が「ならない」と答えてくれたとしても、それによってその未来が悪い方向に変わってしまうかもしれない。

聞いて安心したいのに、聞くと安心できなくなるかもしれないというジレンマだ。

言葉に詰まるバレッタに、女性がにこりと微笑む。

そして、再び一良に目を向けた。

「では、私はそろそろお 暇(いとま) しますね」

「あ、待ってください。せっかく来たんですから、お土産を持って行ってください」

一良が壁際に置いてあった大きな布袋を抱え上げ、女性に歩み寄る。

「お菓子の詰め合わせです。ウリボウの姿になってからでも背負えるように紐を付けておきました。今変身してくれれば、俺が背中に結び付けますよ」

「まあ、ありがとうございます。でも、このままで大丈夫です。背負わせていただけますか?」

「あ、はい。バレッタさん、紐を結んでもらえます?」

「はい」

一良が女性の背に布袋を押し当て、バレッタが紐を結ぶ。

肩から脇の下に紐を結び、首に紐が当たらないようにと胸の前で「工」の字に結んだため、その豊かな胸がやたらと強調されるような格好になってしまった。

無線機も渡すつもりだったのだが、先ほどの話もあったので止めておいた。

どうしても会う必要がある時は、また森に行けばいいだろう。

「ありがとうございます。では、またいつか」

女性がぺこりと頭を下げ、窓へと向かう。

そして、流れるような動きで飛び降りた。

一良はその姿を追うような真似はせず、バレッタに目を向ける。

「コルツ君、生きてるみたいですね。よかった……」

「ですね……でも、どこにいるんでしょうか」

「さっぱり分かりませんよね……そういえば、バレッタさんは彼女に何を聞こうとしてたんです?」

一良が聞くと、バレッタは少しうつむいた。

「……カズラさんと、この先もずっと一緒にいられるかって」

「……」

一良がバレッタを引き寄せ、ぎゅっと抱き締める。

「大丈夫です。俺、ずっとバレッタさんの傍にいますから。それでいつか、一緒に日本に遊びに行きましょう。約束です」

「……はい。約束です」

バレッタが一良の胸に顔を摺り寄せる。

すると、コンコン、と部屋の扉がノックされた。

「カズラ様、お風呂のご用意ができました」

扉の外から、マリーの声が響く。

「あ、はい。今行きます」

一良がマリーに返事をする。

バレッタが一良の背に回した手に、ぎゅっと力を込める。

「……もう少しだけ、このままでいさせてください」

「うん」

数十秒の間2人は抱擁を交わし、そっと離れた。

「……ありがとうございます。お風呂、行ってらっしゃい」

「バレッタさん、1人で大丈夫ですか?」

「大丈夫です。元気、貰いましたから」

バレッタがにこりと微笑む。

「マリーさんが待ってます。そろそろ行ってあげないと」

「ですね。じゃあ、また」

一良が部屋を出て行く。

バレッタは閉まった扉をしばらく眺め、一良のベッドに腰かけた。

ぽふん、とそのまま倒れ込み、はあ、と息を吐く。

以前、リーゼが野営地で一良と2人きりになった時に「あ、これ、もしかしたらいけるかも」と押し倒しかけたと言っていたことを思い出した。

「リーゼ様の気持ち、分かるなぁ……はあ」

その後数分の間、バレッタはそうやって寝転んでいた。