軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

261話:さっちー

その日の夜。

砦の南門では、ちょっとした騒動が巻き起こっていた。

バイクで帰還したルグロに、ルティーナがいきなり平手打ちをかましたのだ。

「ばかあああ! どうして行く前に、一言言っていってくれなかったの!? どれだけ心配したと思ってるのよ!」

涙目のルティーナが、砦中に響き渡るかというほどの声量でルグロを怒鳴りつける。

ルグロは左頬に紅葉マークを付けながらも、ペコペコと頭を下げてルティーナを宥めている。

この場には一良をはじめとして、砦にいる重鎮が勢ぞろいしているのだが、皆唖然とした顔になっていた。

「ごめん! ほんとごめん! あの時は急いでて、それどころじゃなくて――」

「それどころって何よ!? 私、ルグロに何かあったらって……うえええん!」

その場にへたり込んで大泣きを始めたルティーナに、子供たちが心配そうに集まる。

「お母様、お父様はちゃんと帰ってきましたよ」

「お父様はお勤めを果たしてきたんです。許してあげてください」

ルルーナとロローナが、それぞれルティーナの背と頭を撫でて宥める。

下の子2人はルティーナに感化されてしまったのか、えぐえぐと泣き出してしまっていた。

ルティーナを慰めているルルーナとロローナも涙目で、必死に泣くのを堪えている様子だ。

「ごめんな。もう二度とこんなことはしないからさ」

ルグロが膝をつき、ルティーナと子供たちを抱き締める。

それまで堪えていたルルーナとロローナも、声を殺しながらすすり泣きを初めてしまった。

「カズラ、護衛の連中を休ませてやってくれ」

「うん」

一良の指示で、護衛の近衛兵や村人たちが倉庫にバイクを運んで行く。

皆、何日もバイクであちこち走り回っていた割には元気そうだ。

「殿下、ニーベルは一緒ではないのですか?」

そんな彼らを一良が見送っていると、ジルコニアがルグロに声をかけた。

「ああ。あいつは後から馬車で来るぞ。主だった部隊長たちも一緒だ」

「そうでしたか。反乱軍の兵士たちは?」

「俺の護衛を何人かと村の守備隊の兵士をいくらかつけて、グレゴリアに送り返したよ。あちこち散らばってる市民たちにも伝令は送ったから、そのうち街に戻るはずだ」

「分かりました。彼の尋問は私がやらせていただきますね」

「別に俺は構わねえぞ。他にもグルになってる奴がいるはずだから、きっちり聞き出してくれな」

「ええ、分かってます。すべて洗いざらい吐かせますから。ふふ」

ジルコニアがにこりとルグロに微笑む。

ルグロはなぜかその笑顔に寒気を覚えた。

その時、街のほうから1人の兵士がナルソンに駆け寄って来た。

ナルソンは彼から書簡を渡され、それを広げて目を走らせる。

ナルソンはすっと目を細め、一良たちに顔を向けた。

「皆、会議室に集まってくれ。カイレンからの使者が来た」

皆が一斉にナルソンを見る。

ルグロたちの騒ぎで騒然としていた場が、一瞬にして緊張感に包まれた。

会議室に移動した一同は、皆が険しい顔で壁に目を向けていた。

壁にはプロジェクターで投影された書簡が映し出されており、今しがたナルソンがそれを読み上げたところだ。

カーネリアンたちクレイラッツの重鎮はここにはおらず、後ほど会議の内容を報告することになっている。

「すごいですね。犯人の名前と所在が、こんなに……」

一良が驚きの混じった声で言う。

書簡には、事件を指示した者と実行部隊に加わっていた者の名前と所在が書かれていた。

事件の首謀者の名は『ネイマン』と記されており、元老院議員の1人のようだ。

実行部隊に参加していた者たちは十数人の行方が分からないとのことだが、判明した者の名は所在とともに記されている。

すでに戦死や病死してしまった者も、何人かいるようだ。

「この、首謀者の『ネイマン』っていう人は、元老院議員の軍団に参加してるんですか。矢印と名前が書いてありますね」

書簡には手書きで乱雑な地図が描かれており、そのなかに『元老院軍団』と丸が付けられていた。

「そのように書かれていますな。それよりも、元老院議員の約3分の2が軍団に加わっているとは……元老院軍団の陣の配置場所まで記されておりますし」

ナルソンが言うと、壁に映し出された書簡を腕組みして見ていたイクシオスが、むう、と唸った。

「軍団の配置場所は敵陣営の中部後方ですか。私には、我らを欺くためのカイレンの罠というよりは、『こいつらを殺してくれ』と言っているように思えるのですが」

書簡には、元老院議員の陣の配置場所だけでなく、彼らを示す軍団旗の絵柄と色までもが記されていた。

カイレンと約束したのは、事件に関わった者が誰なのかを調べ上げるということだ。

陣営の配置や軍団旗の種類まで知らせるようにとは、約束していない。

イクシオスは合点がいかない様子だ。

「元老院議員が犯人だったのね。名前まで分かっているのなら、戦いの後で生き残っていたら捕まえて裁判にかけましょう。他の連中も、それでいいわ」

ジルコニアが静かに言う。

皆が、驚いた顔を彼女に向けた。

「何? そんなにびっくりした顔をして」

皆の反応に、ジルコニアが苦笑する。

皆、「そいつを殺すために自分の軍団を正面に配置しろ」と彼女が言うと思っていたので、まさかこんな冷静なことを言うとはと驚いていた。

「ジルコニア様、成長されましたな。それこそが、指揮官としてあるべき姿ですぞ」

イクシオスが珍しく表情を緩めて言う。

マクレガーも、ほっとした様子で頷いていた。

「ありがと。ナルソン、戦いの指揮は全部あなたに任せるから。戦闘でそいつらが死んでしまったとしても、文句は言わないわ」

「……うむ」

「どうかした?」

「いや……」

険しい顔をしているナルソンに、ジルコニアが小首を傾げる。

ナルソンは気を取り直し、皆を見渡した。

「カイレンは約束を果たしたということだな。名目上、此度の戦いでは双方が毒ガス兵器は使用しないことになる」

ナルソンの言葉に、皆が頷く。

とりあえずはこれで、毒ガス兵器の乱打戦という事態は回避されたことになる。

どちらかが追い詰められれば、どうなるかは分からないが。

「砦の防衛陣地はほぼ完成した。敵方も軍団要塞と陣地の構築はかなり進んでいて、後は軍団の集結を待つばかりとなっている。いつ戦闘が始まってもおかしくない状況だ」

「どちらが仕掛けるかだけの話ね」

「そうだな。だが、戦いの始まりが伸びれば伸びるだけ、こちらとしてはありがたい。戦いが長引けば、プロティアとエルタイルがこちらに付く公算は高くなるのだからな」

「ナルソン殿。決戦の折には、我が軍団に中央最前列を任せてはいただけないだろうか」

王都軍の第1軍団長(王族)が、ナルソンに申し出る。

「我が軍団は正規兵も多く古参兵揃いゆえ、失礼ながら貴殿の領地の兵たちよりも戦闘能力ははるかに上だ。敵陣の中央を食い破ってみせよう」

「いや、それなら私の軍団に正面は任せてもらおう。この日のために、職人どもに私財を投げ売ってまで、クロスボウを大量に用意させたのだ。訓練も行き届いているし、守備戦に関しては第1軍団とは比較にならないほどの戦力なのでな」

王都軍第2軍団長(こちらも王族)の言葉に、第1軍団長が不快そうな顔付きになる。

「何だと!? 貴様、我が軍団が実力不足だとでも言うつもりか!?」

「いやいや、そうではない。だが、此度の戦は守備戦なのだぞ? 攻めかかる敵を切り崩せば、それで事足りる。攻めに転じるのは、敵が疲弊した後なのだからな」

「何を言うか! ただ受け身に徹していては、敵は動き放題なのだぞ! こちらが守り一辺倒と考えている敵の意表を突き、緒戦で猛攻を仕掛けて中央を突き崩して両翼を分断すれば――」

やいのやいの言い争いを始める王都軍の軍団長たち。

一良の手前というのもあって、すこぶるやる気はあるようだ。

先日、「意見はどんどん出せ」と一良が言っておいたことが効いているのだろう。

「ふむ。では、お二人の案を順番にお伺いしたい。まずは第1軍団から――」

ナルソンはどちらの意見も尊重しつつ、それぞれの案を聞いたうえで自身の見解を述べ、皆に話を振る。

作戦を検討するというよりも、両者の顔を潰さないようにしつつ、元からナルソンが考えていた案に誘導している感じだ。

フライス領軍の軍団長たちは自身の部隊が弱兵だと弁えているのか、ちょこちょこ意見を挟むに留まっている。

そうして会議が盛り上がっていると、部屋の扉が開いてルグロが入ってきた。

ルティーナに引っ叩かれた左頬は赤く腫れており、今度は右に新たな紅葉マークが付いている。

「遅くなって悪い。俺の席は……」

「殿下、こちらに」

ナルソンが席をルグロに譲る。

自身は空いている別の椅子に腰かけた。

「んで、どんな話をしてたんだ?」

「は、はい。敵の陣地の建設具合から、彼らの配置がほぼ確定しましたので、今はそれに対応した軍団配置と戦術を話し合っているところです」

「そっか。まあ、いい感じにやってくれや。俺らの軍はナルソンさんの指示に従うからさ。お前らも、それでいいだろ?」

ルグロが自身の軍団長たちに話を振る。

2人とも、「あ、はい」とすぐに頷いた。

ルグロの顔の紅葉マークに、2人も釘付けだ。

ルグロがそれに気付き、気恥ずかしそうに笑う。

「あ、これか? 部屋でルティにまた怒られちゃってさ。『無事だったんだから別にいいだろ』って言った瞬間にこれだよ。奥歯が折れるかと思ったぞ」

「そ、そうですか。まあ、ルティーナ様も心配だったのでしょう。仕方がありませんよ」

「下手なことは言わないで、謝り倒したほうがいいですぞ。怒り狂っている女に余計なことを言うと、ろくなことになりません」

第1軍団長と第2軍団長がルグロに言う。

「いや、ほんとそうだよな。って、サッチー、それって実体験か?」

ルグロが笑いながら、第2軍団長に言う。

彼の名はサッコルトという名前なので、どうやら愛称のようだ。

「はい。私も若いころに……って、殿下、こういう場でその呼び方は止めていただけると」

「別にいいじゃんか。親しみやすくてさ。なあ、カズラ?」

「そ、そうだね」

その後、ルグロを交えて会議は進行し、緒戦の戦い方とそれぞれの軍団配置が暫定的ながら確定した。

一良が同意したせいか、直後にフライス領の軍団長たちがサッコルトを「サッチー殿」と呼んでしまったせいで、彼の呼び方はサッチーで固定されてしまったのだった。