作品タイトル不明
264話:かかってこい! 相手になってやる!
「よう。久しぶりだな」
ラタを降りたナルソンたちに、カイレンが笑顔を向ける。
「書状は受け取ってもらえたかな?」
「うむ。約束は果たされたということだな」
ナルソンが頷く。
「元老院の軍団が戦場に来ているとは知らなかった。事件の首謀者も、そこにいるのだな」
「ああ。他の連中も探せるだけ探したが、書いておいたものだけで他の連中はもう行方知れずだ。満足してもらえたかい?」
カイレンがジルコニアに目を向ける。
ジルコニアは彼の目を見据えたまま、小さく頷いた。
「ええ、十分よ。後は、貴方たちが降伏した後で裁きにかけさせてもらうわ」
「そっかそっか。まあ、好きにしてくれ」
挑発的なことを言うジルコニアにもカイレンは動じず、爽やかな笑顔のままだ。
「これで、毒の兵器はお互い不使用ってことでいいな?」
「約束だからね。あなたたちと違ってちゃんと約束は守るから、安心なさい」
「こりゃ手厳しい。まあ、俺たちも使うような真似は絶対にしないさ。フィレクシア、これでいいか?」
カイレンが隣にいるフィレクシアに目を向ける。
フィレクシアはほっとした表情で頷いた。
「はい、安心しました。ジルコニア様、ありがとうございます」
フィレクシアがジルコニアに笑顔を向ける。
「あと、その……やっぱり、そちらには降伏するという選択肢はないのでしょうか?」
「あるわけないでしょう? 今さら何を言ってるわけ?」
ジルコニアが呆れ顔で言う。
「それとも、今になって怖気づいたのかしら?」
「いえ、そうではなくて、こんなのもったいないのですよ。あれほどいろいろな兵器を作れる、高い技術力を持っている技術者がそちらにはいるのに、この戦いのどさくさで死んでしまったら残念では済まないのです」
「ずいぶん強気じゃない。絶対に自分たちが勝つって思ってるのね」
「ジルコニア様、国力差を考えるのですよ。戦いにおいて強力な兵器は確かに重要ですが、圧倒的な物量と人的資源の差は覆せません」
フィレクシアが真剣な表情で言う。
「敗色濃厚になってから不利な講和を結ぶよりも、戦力を保っているうちに降参したほうが利口なのです。この戦いが終わった後で、もう一度講和について考えてみてください」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。降参するなら今のうちよ?」
ジルコニアが言うと、フィレクシアは残念そうにため息をついた。
そんな2人に、カイレンが可笑しそうに笑った。
「な? だから言っただろ?」
「うう、残念なのです……」
「ほら、フィレクシア」
「はい……」
フィレクシアが手にしていた小さな布袋をジルコニアに差し出す。
「これ、お返しするのです」
「返す? 何を?」
「以前、砦に投げ入れられてきたものです」
ジルコニアが布袋を受け取り、紐を解いて中を見る。
「……これはご親切に」
「んじゃ、これからちょいと血生臭いことにはなるが、次もお互い生きて会えることを祈ってるぞ」
カイレンが自身の仲間たちに目を向ける。
「おし、戻る――」
「なあ、ジルコニアさんよ」
カイレンの言葉を遮って、大柄な男がジルコニアに声をかけた。
「何?」
「俺は、第14軍団長のラース・アボーグってもんだ。あんた、そっちの軍じゃ一番腕が立つんだろ?」
「さあ? 試したことなんてないから分からないけど。それがどうしたの?」
「今度一度、手合わせ願いたいね。俺が呼びかけたら、出てきてもらえるかい?」
「おい! ラース!」
カイレンがラースを睨みつける。
ラースはそれを無視し、ジルコニアを見据えている。
「いつでもどうぞ。相手になってあげるわ」
「おい、ジル! 何を言うんだ!」
今度はナルソンがジルコニアを怒鳴りつける。
ラースは上機嫌な様子で、ヒュウ、と口笛を吹いた。
「何よ。文句でもあるの?」
「当たり前だ! 勝手な約束をするんじゃない!」
「あら、ごめんなさいね。でも、もう約束しちゃったから」
ジルコニアが真顔で、ラースに目を向ける。
「私を呼ぶからには、生きて帰れるとは思わないことね。呼び出しの対価は、あなたの命よ」
「はっはっは! 女だてらに威勢がいいじゃねえか! それでいいぜ! どっちみち、決闘ってのはそういうもんだしな!」
ラースが大声で笑い、ニィ、とジルコニアに笑みを向ける。
「必ず呼び出させてもらう。土壇場になって、逃げ出すんじゃねえぞ」
「呼び出す前に、一番好きなものを食べてくることね。それがあなたにとっての最後の食事になるのだから」
挑発し合う2人に、ナルソンとカイレンがやれやれとため息をつく。
「あー。じゃあ、ナルソン殿。俺たちはこれで失礼する」
「……うむ。次は戦場で相まみえよう」
カイレンたちはラタに乗り、去って行った。
「帰りましょう。戦いの準備をしないと」
ジルコニアがラタへと向かう。
他の皆は顔を見合わせ、それぞれラタに向かうのだった。
「おい、ジル。勝手な真似をするんじゃない」
砦内に戻って早々に、ナルソンがラタから飛び降りてジルコニアに言う。
「まさか、あいつが呼び出して来たら本当に出ていくつもりじゃないだろうな?」
「呼び出して来たって、別に放っておけばいいんじゃない? 約束を守ったって、私たちに何の得もないし」
気のない返事をするジルコニア。
ナルソンは少しほっとしながらも、表情を険しくする。
「まったく、心臓に悪いことをするんじゃない。お前にもしものことがあったら――」
「ねえ、カズラ。お母様ちょっと変じゃない?」
ラタを降りたリーゼが、一良に歩み寄る。
ジルコニアはナルソンにあれこれと文句を言われながらも、適当にあしらっている様子だ。
「やっぱりここ最近、雰囲気がおかしいもの。危ない真似しないといいけど……」
「だなぁ。適当にあしらってただけみたいだからよかったけど、敵の軍団長と一騎打ちなんて、いくらなんでも危なすぎるよ。しかも、相手はあんな大男だしさ」
「あ、それは別に大丈夫だと思うけど。お母様に勝てる人なんていないと思うし」
「え?」
思わぬことを言うリーゼに、一良が怪訝な目を向ける。
「大丈夫って、お前、心配じゃないのか?」
「心配だけど、お母様の剣の腕、カズラは知らないでしょ? あんなの、一対一じゃ誰も勝てないよ」
リーゼに言われ、一良は今までジルコニアが実戦で斬り合っている姿を一度も見たことがないことに気が付いた。
過去に前線で自ら敵兵と戦っていたという話を聞いたことがあるというのと、ロズルーから砦脱出の際の立ち回りを聞いたくらいだ。
「リーゼがそこまで言うって……ジルコニアさんってそんなに強いのか?」
「うん。お母様からは2年前くらいに剣の指導を受けたのが最後だけど、はっきり言って異常なくらい強いと思う。私が全然歯が立たなかったアイザックが子供扱いだったし、アイザックよりずっと強いシルベストリア様も一方的にボコボコにされてたし」
2年前、ということは、リーゼは13歳だ。
アイザックは19歳、シルベストリアは23歳かそこらだったはずだ。
アイザックたちの強さを一良は知らないので何とも言えないが、スラン家の人間は子供の頃から徹底的に軍事教育を施されて育つと聞いている。
そんな2人を一方的にボコボコということは、ジルコニアはかなりの手練れということで間違いない。
「とにかく動きが速すぎて、全然こっちが追えなくて防戦一方になっちゃうのよ。しかも今は、カズラのおかげで体も強くなってるしさ。よっぽど油断でもしなきゃ、負ける道理なんてないよ」
「そ、そうか……ちなみにだけど、リーゼって今、腕力はどれくらい強いんだ?」
「え? 腕力?」
「うん。リーゼも日本の食べ物で身体能力が強化されてるだろ? どれくらい強くなってるのかなって」
「特に試したことはないけど……」
「バレッタさん、お金持ってません?」
「あ、はい。ありますよ」
バレッタが懐から布袋を取り出す。
砦内には商店もあり、街から行商人も行き来しているので買い物ができる。
むしろ、今の砦には大量の軍人や使用人が集まっていて商売をするにはもってこいな環境のため、行商人の出入りはかなり盛んだ。
砦に入るには関税を払わないといけないことにもなっており、結構な額の税収になっていた。
「1アル銅貨、貸して貰ってもいいですかね?」
「いいですけど、何に使うんです?」
「まあまあ、いいから貸してください。ほら、リーゼ」
リーゼが1アル銅貨を手渡され、小首を傾げる。
1アル銅貨は日本の100円玉程度の大きさだ。
「それ、指で曲げられるか?」
「さ、さすがにそんなの無理だよ」
「やってみなきゃ分からないだろ? 試してみろって」
「うう、本当にやるの?」
「やるの。ほらほら」
「うん……」
リーゼが両手で1アル銅貨を摘み、ぐっと力を込める。
「無理無理。曲がらないって」
「本気でやってないだろ。全力出せって」
「うー……分かった」
リーゼが銅貨に目を戻し、思いきり力を込める。
まるで当たり前のように、1アル銅貨はぐにゃりと真ん中からくの字に折れ曲がった。
「うへぁ……」
「ちょ、ちょっと! そんな声出さないでよ! カズラがやれって言ったんじゃない!」
変な声を漏らす一良に、リーゼが顔を赤くして文句を言う。
日本の十円玉を曲げられる握力には諸説あるが、100キロ以上は必要という話を一良はインターネットで見たことがあった。
1アル銅貨の厚みは十円玉と似たようなものなので、リーゼの握力はそれに近いものがあるのかもしれない。
「だって、コイン曲げってかなりの握力がないとできないはずだし……今度握力を測る機械を持って来るから、測ってみてくれよ」
「絶対やだ。バレッタにでもお願いすれば?」
リーゼがふくれっ面でそっぽを向く。
「何でだよ? バレッタさ――」
「嫌です」
一良が言い終わる前に、バレッタが真顔で即答する。
さすがの一良も「あ、これは頼んじゃダメなやつなのか」と察し、その後握力の話題を出すことはなかった。