軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

241話:毒ガス兵器

会議室を出た一良たちは、イクシオスとマクレガーに連れられて宿舎の一室へとやってきた。

窓は開け放たれており、そよそよと夜風が入り込んでいる。

「これですか。何が入ってるんだろ」

テーブルに置かれた陶器の小さな壺に、一良が歩み寄る。

壺はかなり小さく、小ぶりなお茶碗程度の大きさだ。

「あ! カズラさん、待ってください!」

壺に手を伸ばす一良に、バレッタが駆け寄って待ったをかけた。

「イクシオス様、中身は確認したのですか?」

「ああ。何やら焦げ茶色の砂が入っていた。油が染み込ませてあるようだったな」

「中身はすべて出しましたか? 何か仕掛けがあったら大変です」

「大丈夫だ。一度すべて中身を出して、また戻してある」

バレッタは頷くと、壺のかけ布の紐をほどいた。

ポケットから、手術などで使う薄手のゴム手袋を取り出して装着する。

続いて、鼻まで覆うタイプのマスクも着けた。

「うわ、バレッタさん、用意がいいですね」

「えへへ、いつ何があるか分からないので、手袋とマスクは持ち歩いているんです。カズラさん、少し離れていてくださいね」

一良が一歩離れると、バレッタはテーブルにハンカチを広げ、壺の中身を少しだけその上に出した。

指でつまみ、少し擦ってみる。

「……どうです?」

一良が問いかけると、バレッタは小さくため息をついた。

「硫黄と何かの化合物のようです」

「ということは、それに火をつければ少なくとも亜硫酸ガスは出るわけですか」

「はい。混ぜ物は何か分かりませんが、そのうちの1つは何かの金属粉末だと思います」

「……それは、我らが使った兵器と同じ効果があるということか?」

マクレガーがバレッタに問いかける。

「同じ効果かは分かりませんが、有毒であることには違いありません。私たちのものは窒息性の毒ガスですが、それよりも危険な物である可能性もあります」

「ふむ。では、奴らの言う協議というのは……」

「はい。『同等の兵器を持っているから、互いに次の戦いで使用するのは止めにしよう』と持ち掛けてくるのではと」

イクシオスが顔をしかめる。

「毒の兵器なしで、奴らとの決戦に臨まねばならないということか」

「投射兵器の射程との兼ね合いもありますから、一概にそうとは言い切れません。ですが、混戦になった際にこれを部隊のただなかに投げ込まれたら、少なくない被害が出ると思います」

「ふむ。それは厄介だな。どうするべきか」

「もし不使用を持ちかけられたら、その場では合意しておいて、こちらが危機的状況になったら無視して使ってしまえばいいのではないですか?」

考え込んでいるイクシオスに、リーゼが意見する。

「きっと、相手も同じつもりだと思います。おめおめ負けるくらいなら、何だってやってくるでしょうから」

「しかし、戦いの初めからこれが使えないとなると……」

「バレッタ、カノン砲の射程はどれくらいあるの?」

「500メートルの距離なら、相手が大盾を構えていても後列まで貫通できます」

「命中精度はどう?」

「かなりいいですよ。砲弾の重量を統一したのと、軍事コンパスという道具を作ったので、目標に対しての投射角度と必要な火薬の分量をすぐに判別できるようになってますから」

軍事コンパスとは、三角比を用いた測距道具だ。

大砲の内径と砲弾の重量をあらかじめ決めておき、軍事コンパスによる測距によって投射角度と大砲に込める火薬の分量を割り出すことができる。

地球では、1597年にガリレオ・ガリレイが同様の物を発明した。

バレッタが作ったのはそれと同じ物だが、作り方までは本や百科事典ソフトには記述されていなかったので、自力であれこれ計算してコンパスに目盛りをつけた。

「実戦では、複数のカノン砲で1つの目標に集中砲火を浴びせて、敵の指揮官を1部隊ずつ狙い撃ちにする予定です。指揮官を失えば、被害の出た部隊は下がらざるを得ないと思いますから」

「そ、そう。それはいい戦術だね。カノン砲で狙い撃ち、か」

「はい。敵が接近してきたら『ぶどう弾』という散弾に切り替えます。手投げ式の爆弾や小型の火炎壺もあるので、近接戦でも十分戦えると思います」

リーゼがイクシオスに目を向ける。

「イクシオス様、そういった兵器もあるのですし、毒ガス兵器は使用しなくても大丈夫なのでは?それに、煙を吸い込んだ者には重い後遺症が出るという話ですし、後々のことを考えても積極的には使わないほうがいいように思えます」

「ふむ……確かに、それも一理ありますな」

「はい。敵を打ち破るにしても、これ以上禍根を生み出したくないんです。できれば、毒ガス兵器は最後の手段として用いれればと」

「うむ。恨みはなるべく買わないに越したことはありませんからな」

納得がいったのか、イクシオスが頷いた。

「しかし、相手方の毒の煙にどんな効果があるのかは知っておきたいですな」

「私もそう思います。バレッタ、明日以降でいいから、ミャギか何かを使って、人間の代わりに煙の効果を試すことってできるかな?」

「はい。後で試しておきますね」

「お願いね。あと、試す時は砦の外で……マクレガー、なに? さっきからニヤニヤして」

ニヤつきながら見てくるマクレガーに、リーゼが怪訝な顔になる。

「いえ、リーゼ様も統治者らしくなってきたなと思いまして。教育係として、肩の荷が下りた思いです」

「そんな、まだ全然だよ。教えてもらわないといけないことはたくさんあるんだから、長生きしてよね?」

「承知しました。まあ、カズラ様から頂いた食べ物を食べてからは、十代の頃よりも体が軽いくらいです。あと50年かそこいらは、職務に励めそうですな」

「うむ、私も100歳を超えても現役でいられそうだ。カズラ様のおかげです。ありがとうございます」

イクシオスが一良に頭を下げる。

礼を言いながらもにこりともしないのが、なんとも彼らしい。

「あ、いえいえ。これくらいなら、いくらでも。他にも何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくださいね」

「ありがとうございます。その時はよろしくお願いいたします」

さて、とイクシオスが立ち上がる。

「私も夕食を食べに屋上へ行ってまいります。マクレガー、一緒にどうだ?」

「そうだな。ひとつ、御馳走になりに行くとするか」

イクシオスとマクレガーが部屋を出ていく。

バレッタがハンカチの上のものを壺に戻し、布を被せて紐で縛る。

「これでよしっと……カズラさん、どうかしましたか?」

なぜか遠い目をしている一良に、バレッタが小首を傾げる。

「いえ、バレッタさんもリーゼも頼もしくて、俺とは全然違うなぁと改めて感じちゃって」

「えっ!? そ、そんなことないですよ! カズラさんがいないと、私なんてダメダメですし!」

「そうだよ。カズラがいてくれるから、私もバレッタも、今まで頑張ってこれたんだよ?」

フォローを入れるバレッタとリーゼ。

一良は黄昏た表情で乾いた笑みを浮かべる。

「2人とも優しいなぁ。俺より10歳も年下なのに、俺なんかと違ってよっぽど大人だよ」

「そんなことないですって! カズラさんがいてくれるからこそです!」

「急にどうしちゃったの? 何か心配事でもあるの?」

リーゼが心配そうな顔で一良を見る。

「いや……俺、2人に比べて何もできないよなって思ってさ。もっとしっかりしなきゃって、しみじみ思ったんだ」

「……カズラはそう言うけど、私たちからしてみれば、カズラの存在ってすごく大きいの」

リーゼが少し考えて、静かに言う。

「一緒にいるとすごく安心するし、何でも相談できて誰よりも頼りになる人だよ。カズラがいない生活なんて、私、もう考えられないもん」

「私も同じです。私なんて、いつもカズラさんに寄り掛かってばかりですし」

バレッタがそう言って、優しい笑みを一良に向ける。

「だから、自信を持ってください。カズラさんが思っている以上に、皆、カズラさんのことを頼りにしているんですから」

「あ、別に思い詰めてるってわけじゃなかったんですけど……ありがとうございます。嬉しいです」

微笑む一良に、バレッタとリーゼがほっとした顔になる。

「さてと、俺はもう一度屋上に行ってマシュマロを食べてこようかな」

「私も行きます。お夕飯の途中で呼び出されちゃったから、まだ食べたりなくて」

「私も行く。カズラ、ホットチョコレートが飲みたいんだけど、持ってきてある?」

「あるぞ。ついでに、お菓子も持って行くか」

「カズラさん、私、ポテチが食べたいです!」

3人はわいわい騒ぎながら、部屋を出るのだった。

翌日の朝。

一良、バレッタ、リーゼ、ジルコニア、ナルソン、アイザック、シルベストリアは、十数人の護衛兵とともに砦の北門の外に出ていた。

全員、鎧姿だ。

防壁には大勢の兵士たちが上っており、交渉に赴く一良たちを見守っている。

「たった5人しかいませんね。しかも、そのうち2人は女性ですし」

一良が双眼鏡を覗きながら言う。

一良たちから400メートルほど離れた場所に、5人の人影とラタの姿があった。

鎧姿の男が3人、軍服姿の金髪の女が1人、白髪のワンピース姿の女が1人だ。

「ジルコニアさん、あの白髪の女の子が、大型投石機を作ったっていう人ですか?」

一良がジルコニアに双眼鏡を渡す。

ジルコニアはそれを目に当て、頷いた。

「はい、そうです。名前は確か、フィレクシアと言っていましたね。兵士たちには、フィーちゃんと呼ばれていました」

「ふむ。本当に1人で投石機を考え出したのだとしたら、かなりの頭脳の持ち主ですね。毒ガス兵器も、彼女が作ったのかも」

「かもしれません。あの娘は砦攻めの時にも砦にいたはずですし、毒ガス弾の効果は直接目にしているでしょうから」

「その隣にいる金髪の女性は?」

「あれは第10軍団のティティス秘書官です。彼女と取引をして、私が捕虜になる代わりに市民と兵士を砦から退去するようにしました。彼女たちの間にいるのが、軍団長のカイレンですね」

「なるほど。てことは、他の2人の男は護衛ですかね」

「かもしれません。私も一度も見た事のない男ですね」

カイレンたちの傍には、大柄な短髪の男と、細身の長髪の男がいる。

2人とも、かなり立派な鎧を着ていた。

「アイザック、あなたは大柄な男を見張りなさい。シルベストリアは長髪の男よ。カイレンは、私が見張るわ」

「はっ!」

「承知しました」

アイザックとシルベストリアが頷く。

「シルベストリア、体の調子はどう? 力はついてる?」

「はい。剣や鎧が綿のように軽く感じます」

「そう。もし彼らが妙な動きをしたら、腕でも足でもいいから一刺ししなさい。行動を未然に防げれば、それでいいから」

「お任せください」

シルベストリアが彼方の5人を見つめながら頷く。

いつもの朗らかな雰囲気は欠片もなく、完全に戦闘モードだ。

「皆、ラタに乗れ」

ナルソンの呼びかけに、全員がラタに飛び乗る。

一良は鐙に片足をかけて、よっこらしょといった具合で跨った。

「いいか、奴らは休戦協定を破って騙し討ちをするような連中だ。交渉の場とはいえ、絶対に油断するな」

ナルソンが皆を見回し、念を押す。

「行くぞ」

ラタの腹を蹴って駆けだしていくナルソンに続き、皆も一斉にラタを走らせた。