軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

239話:焼きマシュマロ

数日後の午後。

一良たちは砦の南門で、各地から集まってきた友軍の隊列を眺めていた。

王都とフライス領から馳せ参じた計4個軍団とそれに付き従う使用人や奴隷たちの長い列が、遥か彼方まで延々と続いている。

先頭が砦に到達するまで、あと3、4キロメートルといったところだろうか。

「すごい人数だな……全部で何人くらいいるんですかね、これ」

一良が隣に立つバレッタに声をかける。

「ええと、1個軍団が約5000人ですから、たぶん兵士だけでも2万人くらいはいるかと。その他の人員も合わせたら、軽く3万人はいきそうですね」

「さ、3万ですか。となると、砦にいる人たちとクレイラッツからの援軍を合わせたら、6万人くらいはいきそうですね」

「はい。まるで、大きな街が丸ごと動いているみたいです……」

バレッタもその光景に圧倒されているようで、唖然とした顔をしている。

その様子に、傍にいたナルソンがうんうんと頷く。

「バルベールとの決戦ですからな。これでも少々心もとないですが、新兵器も数をそろえることができましたし、なんとかなるでしょう」

「火薬や毒ガス弾も、ありったけ用意しましたからね。敵がまとまって攻めてきてくれるなら、それこそこっちのものですよ」

「ええ。特に毒ガス弾は広範囲に長時間にわたって煙を撒き散らしますからな。まあ、風がなければの話ですが」

「そうですね。でも、カタパルトもスコーピオンも前回の倍以上ありますから、きっと大丈夫ですよ」

自信ありげに言う一良に、リーゼが微笑む。

「カズラもバレッタも、すごく頑張ってたもんね。職人に交じって一緒に作業してたしさ」

「だなぁ。今までの人生で一番真面目に仕事した気がするよ。バレッタさん、本当にご苦労様でした。バレッタさんなしじゃ、こうはいきませんでしたよ」

「いえ、職人さんたちが頑張ってくれたおかげです。予想よりもたくさん作れて、ほっとしました」

そんな話をしていると、隊列の方から数騎の騎兵が砂埃を巻き上げながら駆けてくるのが見えた。

見知った顔に、一良の表情が綻ぶ。

「おーい、カズラ!」

「ルグロさん! おひさしぶりです!」

「おう! 元気にしてたか?」

先頭を走っていたルグロがラタを飛び降り、にこやかな笑顔で一良の肩を叩く。

豪奢な鎧を身に纏い、なかなかに威厳のあるいで立ちだ。

「おかげさまで。ルグロさんは?」

「すこぶる快調だぞ。なんか、イステリアから帰ってからずっと体の調子がすごく良くてさ。ルティとか子供らも同じこと言ってるし、カズラ、俺たちに何かしたのか?」

「元気になるおまじないみたいなものを、ちょっとだけ。効いていたならよかったです」

「マジか。やっぱ、そこらの呪術師とカズラじゃ格が違うんだなぁ。あいつらのまじないも、まあそこそこ効くけどさ」

「そうなんですか。どんな方法なんです?」

「ええと、俺が風邪を引いて寝込んだ時は、小さな釜によく分からん液体を――」

「あ、あの、殿下」

一良とルグロが話し込みかけると、一緒についてきていた老年の男がルグロに声をかけた。

彼は、王都の軍部の重鎮だ。

他にも、そわそわした様子の老年の男が数人、ルグロに縋るような目を向けていた。

皆、鎧姿だ。

「ああ? まあ、少し待てって。後でちゃんと話してやるから」

「ん? なにか急ぎの用事ですか?」

一良の問いに、ルグロが少し困った顔になる。

「いや、こいつもそうなんだけどさ、カズラに贈り物をしたいって連中が大勢いるんだよ」

ルグロが言うと、男が焦り顔になった。

「い、いえ、別に他意はないのです! ただ、滅多にお目にかかれない逸品がちょうど手に入ったもので!」

「カズラ様! もしよろしければ、この後少しお時間をいただけませんでしょうか!?」

「カズラ様、私、先日王都にて新たに養老院を設けまして! 今後の方針について、ぜひ一度お知恵を拝借したく!」

我も我もと、男たちが一良に詰め寄る。

皆、死後の自分の処遇を少しでも良くしてもらおうと必死なのだ。

その時一良は初めて気づいたのだが、ルグロの腰に下げている短剣の家紋と、彼らの家紋は同じものだった。

どうやら、彼らも王族のようだ。

「あ、はい。分かりました。そしたら、この後――」

一良がそう言いかけた時、砦の中から、兵士が1人駆けてきた。

「ナルソン様。北方からバルベール軍の一団が接近中との報告です。ムディアの街を出立した軍団です」

ナルソンが兵士に振り返る。

「距離と数は?」

「日の入り頃に視認できる位置に到達します。1個軍団弱の規模です」

「そうか。他の敵軍は?」

「先頭の軍団が到着するまで、あと3日の位置です」

「うむ。防壁と防御塔の各隊は、夕食を終えたら持ち場につくように知らせろ。外の作業部隊は、そのまま陣営構築を続けてよろしい」

「はっ!」

ナルソンの指示を受け、兵士が砦内へ駆け戻っていく。

陣営構築作業は夜通し行われており、昼夜関係なしだ。

昼間は兵士が行い、夜は砦に詰めている市民が交代して作業を続けている。

「ムディアの街からっていうと、第6軍団と第10軍団ですか?」

「はい。彼らもこの戦いに参加するようですな」

一良の問いに、ナルソンが答える。

第6軍団と第10軍団は、前回の砦攻めの際に交戦したバルベール軍だ。

野戦でほぼ壊滅したのが、マルケス将軍率いる第6軍団。

砦に籠って交戦したのが、カイレン将軍率いる第10軍団だ。

2軍団とも、この砦から数日の距離にあるムディアという街に駐屯していたと報告が入っている。

ムディアは、前回の戦争ではバルベール軍の補給地として使われていた大きな街だ。

大規模な穀倉地帯を有した、バルベールでは珍しい豊かな街である。

「ふむ。彼らは負傷兵だらけのはずですけど、よく仲間を待たずに進軍してきましたね。攻撃してくるつもりでしょうか?」

「いえ、先に陣営構築をするつもりなのでしょう。それほど近くには寄ってこないはずです」

ナルソンがルグロに目を向ける。

「殿下。積もる話もあるかとは存じますが、まずは宿舎へいらっしゃいませんか?」

「だな。何日も行軍して疲れちまったし、そうさせてもらおうか。風呂はあるんだっけ?」

「はい。すぐに入られますか?」

「そしたら、夕食の前に入るかな。ルティたちも連れてくるから、用意しておいてくれ」

「……妃殿下もお連れになっているのですか?」

顔をしかめるナルソンに、ルグロが苦笑する。

「ああ。王都に置いてきて、また前みたいに無理やり追いかけてきても危ないだろ? だから、今回は俺から一緒に来るように誘ったんだ」

「なるほど、確かにそうですな……ということは」

「子供らも一緒だ。迷惑かけないように、宿舎の外には出ないように言っておくからさ。勘弁してやってくれ」

「かしこまりました。ご子息から目を離さないよう、妃殿下にお伝えください」

「おう、分かった。そんじゃ、行ってくるわ。お前ら、先にナルソンさんから指示受けやっといてくれな」

ルグロは付き従えていた男たちに申し付けると、ラタに飛び乗って護衛兵とともに部隊へと駆け戻って行った。

残された男たちは、そわそわした様子で一良をチラ見している。

そんな彼らに、ナルソンは顔を向けた。

「では、まずは軍議も兼ねて砦の状況を説明させていただきます。皆様、こちらへ」

ナルソンが男たちをうながし、砦内へと戻っていく。

「あの、ジルコニアさん」

彼らについて行こうとしたジルコニアに、一良が小声で話しかけた。

「さっき、ルグロさんが『前みたいに無理やり追いかけてきても』とか言ってましたけど、何のことだか知ってます?」

「はい、知ってますよ。カズラさんは、殿下と妃殿下の馴れ初めは聞きました?」

「いえ、聞いてないです。ルティーナさんの実家がパン屋さんだっていうのは、リーゼとバレッタさんから聞きましたけど」

「そうでしたか。まあ、私も詳しくは知らないんですけど――」

ジルコニアが当時のことを思い出しながら、一良に話して聞かせる。

曰く、今から11年前、ルグロが軍団長として兵たちを従え、この地にやってきた時の出来事だ。

ルグロが砦に来てから数日して、若い娘が1人、補給部隊の使用人に交じって砦にやってきた。

娘は砦に入るなり、ルグロに会わせろと騒ぎ立てた。

当然のように娘は捕縛されたのだが、慌ててやってきたルグロによって解放され、なにやら話し込んだ後で王都に送り返された。

それから数カ月して、また同じようにして娘は砦にやってきて、再びルグロに会わせろと大騒ぎした。

その後また王都に送り返され、その数カ月後に再び戻ってくるということが何度か続き、ルグロが根負けして彼女を手元に置くようになった。

しばらくして娘の妊娠が発覚し、急遽砦で婚儀が行われ、その数カ月後に娘は双子を出産した。

そして今に至る、ということである。

「私はあまり興味がなかったので詳しくは知らないのですが、こんなところのようです」

「な、なるほど。そんなことがあったんですか。大恋愛ってやつですかね?」

「ですね。今度、カズラさんから殿下に、何があったのか聞いてみてくださいよ。私も興味があるので」

2人がこそこそ話していると、先を行くナルソンが振り返った。

「おい、ジル。お前も軍議には出るんだぞ。さっさと来い」

「はいはい。では、カズラさん、また後で」

ジルコニアが一良ににこりと微笑み、小走りでナルソンの下へと向かう。

「……とても次期国王とは思えない行動だわ。勝手に平民と子供を作って結婚だなんて、あの人頭おかしいんじゃないの」

リーゼが心底呆れたといった顔でぼやく。

「まあ、褒められたものじゃないけどさ。結果として上手くいってるみたいだし、これはこれでいいんじゃないか?」

フォローを入れる一良に、リーゼが不満げな顔を向ける。

「それは、ただの結果論じゃない。血筋を無視して平民とくっつくなんて、どう考えてもありえないでしょ。次期国王の嫁選びは、国の未来を左右することなんだよ?」

「それはそうだけど……」

「カズラがいてくれればこれからも反抗勢力なんて出てこないと思うけど、そうじゃなかったらルグロ殿下の代になった時点で、王家の求心力はガタガタになるはずだよ。勝手なことばかりやってる王を、家臣が信頼するはずがないじゃない」

「ご、ごもっともです」

「あー、ほんと腹立つ。なんであんな人が次の国王陛下なんだろ」

ぷんすか怒っているリーゼに、話を聞いていたバレッタが苦笑する。

「生まれる場所は自分じゃ選べないんですし、仕方がないですよ。きっと、ご本人が一番困ってると思いますし」

「それはそうだけど、だったらせめて、少しでもその立場に合う人間になれるように努力するべきでしょ」

「そ、そうですね。努力はするべきですね」

「でしょ? ああ、イライラする」

バレッタの気遣いも空しく、リーゼは不機嫌なままだ。

どうしよう、といった目線をバレッタが一良に向ける。

それを受け、一良はリーゼの頭に、ぽんと手を置いた。

「まあ、そう怒りなさんな。気分転換に、何か甘い物でも食うか?」

「うん、食べる。なんでもいいから貪り食いたい気分だから」

「リーゼ様、焼きマシュマロとかどうです?」

「えっ、マシュマロって、焼いて食べたりもするの?」

驚いた顔をするリーゼに、バレッタがにっこりと微笑む。

「はい、そうみたいです。キャンプ雑誌に載っていたのを見ただけで私も食べたことはないので、食べてみたいなって思ってたんです」

「焼きマシュマロか。懐かしいな」

「あ、カズラさんはやったことがあるんですね」

「ええ。父の畑で落ち葉を燃やしながらやったことが、一度だけあって。あの時以来食べてないんですけどね」

「そうなんですね。どんな味でした?」

「美味いの一言ですよ。棒に刺して焚火で少しずつ焼くんですけど、焼けてくると表面がじゅくじゅくいい始めて、甘くて香ばしい匂いが漂ってきて、口に入れるとふわふわとろとろの舌触りで、とろけるように甘いんです」

一良の説明に、バレッタとリーゼがごくりと喉を鳴らす。

「カズラ、焼きマシュマロ食べたい! 作って!」

「おう。でも、今はまだ暑いし、日が落ちてから屋上でっていうのはどうだ? 雰囲気も出るだろうしさ」

「うん、いいよ。じゃあ、夕食は屋上で食べよっか!」

「よし、決まりだ。ソーセージも焼いて、ホットドッグを作ろう。ちょっとしたアウトドア気分だ」

「ザワークラウトとピクルスも出さないとですね。パンも焼かないと」

そうして3人はわいわい騒ぎながら、宿舎へと戻って行くのだった。