軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

238話:仲良し

数日後。

一良たちは速成訓練を終えた数千にも及ぶ市民兵たちを従えて、砦へと向けて行軍していた。

バルベールとの決戦ということもあり、通常動員数を大幅に超えた市民兵を動員している。

数だけでいうならば、イステール領軍だけで3個軍団近い兵力を集めていた。

「暑い……」

鎧姿でラタに揺られながら、一良が額の汗を拭う。

太陽はちょうど真上で、雲一つない空で光り輝いている。

今は6月初頭なのだが、早くも季節は夏に差し掛かっていた。

ヘロヘロな一良とは違い、隣のリーゼや前を行くジルコニアとナルソンは平気な顔をしている。

「ああ、いいなぁ。最近土いじりしてないな……」

周囲には青々とした麦畑が広がり、遠目には砦が見える。

あちこちで作業をしている農夫たちが、行軍する部隊へと大きく手を振っていた。

「カズラさん」

こっちにビニールハウスを持ってきて地球産野菜の栽培をチャレンジしようかな、と思いながら一良が農夫たちを眺めていると、バレッタがラタにぶら下げていた水筒を手に取ってカズラに差し出した。

「はい、冷たい麦茶です。大丈夫ですか?」

「お、ありがとうございます。まあ、なんとかって感じですね」

一良がバレッタから水筒を受け取り、喉を鳴らして麦茶を飲む。

氷入りの麦茶はキンキンに冷えていて、火照った体が一気に冷やされていくようでとても美味い。

「ふう。しかし、この鎧っていうのはやたらと熱いですね。 茹(ゆだ) っちゃいますよ」

「カズラさんの鎧だと、中が蒸れちゃいますよね。私みたいに、軽鎧に着替えたらどうですか?」

バレッタは革の軽鎧姿で、金属部分は胸当てだけだ。

手足には一良が持ってきた金属板入りの手甲と脛あてもつけている。

一良に比べて、かなり身軽な装備だ。

「うーん。でも、今さら着替えるっていうのも格好が悪いような」

一良が言うと、隣を進むリーゼがくすっと笑った。

「カズラ、今からそんなんじゃ、真夏になったら倒れちゃうよ? 少しずつ慣らしていかないと」

「だよなぁ。リーゼは普段から訓練で慣れてるんだもんな」

「うん。でも、こまめに休憩はしてるよ。さすがにずっとは持たないし」

「だよな、休憩は大事だ。てなわけで、そろそろ休憩にしないか?」

「うん、そうだね。お父様、小休憩をしてもよろしいでしょうか?」

リーゼが前を行くナルソンに声をかける。

「うむ、そうするか」

ナルソンが近場の護衛兵に指示を出す。

護衛兵は隊列から出ると、「小休憩!」と叫びながら後方へと走っていった。

一良はラタを止め、地面に飛び降りた。

「いてて。尻がヒリヒリする」

「カズラさん、瞬間冷却剤です。これでお尻を冷やしてください」

バレッタがバッグから瞬間冷却剤を取り出し、一良に差し出す。

袋を叩くと内包されている水と薬剤が反応し、化学反応で冷たくなる携帯冷却グッズだ。

「あ、すみません。助かります」

一良はそれを受け取り、袋を叩いて尻に当てた。

「もう少しで砦に着きます。頑張りましょう」

「はい。貧弱ですみません……はあ、冷たくて気持ちいい」

ふにゃっとした顔になっている一良に、バレッタが小さく笑う。

「ふふ、馬車で体を拭きましょっか。いったん、鎧を脱いでください。私が拭きますから」

「え、いや、それくらい自分でやりますよ」

「いえ、私がやります。ほら、こっちに」

「私も手伝うよ。カズラ、こっちきて」

「だ、だから大丈夫だって! ちょ、分かったから引っ張らないでったら!」

バレッタとリーゼにぐいぐいと手を引かれ、一良が荷馬車へと引っ張られていく。

そんな彼らの光景を、シルベストリアは少し離れた場所からウッドベルと眺めていた。

「あはは。相変わらず、あの3人は仲がいいねぇ」

「両手に花って感じっすよね。あんな綺麗どころを2人もモノにしてるなんて、カズラ様やるなぁ」

ウッドベルが頭から水をかぶりながら、シルベストリアと一緒に笑う。

先日、シルベストリアはウッドベルとコルツとともに料理屋へ行き、夕食を御馳走した。

コルツはその場では軍への同行を諦めると渋々頷いたのだが、シルベストリアとしてはコルツのことが心配で、ちょくちょくウッドベルに彼のことを聞きに行っていた。

そうして毎日話しているうちに、こうして仲良くなったというわけだ。

「ウッドは、彼女とかいないの?」

「いやぁ、女にはまったく縁がなくて。シアさん、誰かいい人紹介してくださいよ」

「紹介っていっても、私、男友達しかいないからなぁ。ウッドは人当りいいし、彼女作ろうと思えば簡単にできるんじゃない?」

「またまた、そんなこと言うなら、シアさんが付き合ってくださいよ」

「えー、それはダメだよ。私、好きな人いるもん」

「かーっ、これだよ! 簡単に彼女できるとか言っておいて、結局お世辞じゃないっすか!」

シルベストリアとウッドベルの話に、周囲の兵士から笑い声があがる。

「だ、だから、私以外で探せばいいじゃん! ていうか、私みたいな筋肉バカなんて彼女にしてもつまんないって!」

「いやいや、シアさん美人じゃないですか。優しいし、お話ししてて楽しいし、シアさんに惚れられてる男が羨ましいですよ」

「もう、そんなにおだてても何も出ないよ!」

「いや、おだててなんか――」

ウッドベルがそう言った時、使用人の若い女が、小さな鍋を持って駆けてきた。

肩にかかる程の長さの栗毛色の髪をした、可愛らしい女性だ。

「ウッド、瓜の塩漬けだよ。皆と食べてね」

「お、メルフィちゃん、ありがと! 今日も可愛いね!」

「えへへ。ウッドも、今日も格好いいよ!」

メルフィはにこりと微笑むと、ちらりとシルベストリアを見て走り去っていった。

「……え、なに? 私、あの娘に睨まれたんだけど?」

「シルベストリア様。あの娘、ウッドの彼女ですよ!」

近場にいた兵士からの声に、シルベストリアが「はあ!?」とウッドベルを見る。

途端に、ウッドベルが慌てた顔になった。

「なんだ、彼女いるんじゃん! それなのに、私に付き合ってくれとか言ってたわけ!?」

「い、いや、それは話の流れで……あとお前! でかい声でそんなこと言うんじゃねえよ!」

声をあげた兵士に、ウッドベルが困り顔で言う。

「別にいいじゃんか。シルベストリア様、こいつ、近衛兵の娘さんをモノにしたんですよ」

「とんだ逆玉だよなぁ。ほんと羨ましい」

シルベストリアがドン引きした顔で少し身を引く。

「うわー、引くわー……なにが、『女に縁がない』だよ。あんなに可愛い彼女がいるのに」

「で、ですから、そう言ったほうが話が盛り上がると思っただけですって! そんな顔しないでください!」

「あー、分かった分かった。ほら、鍋寄こしな。さっさと食べないと休憩時間が終わっちゃうよ」

シルベストリアが汚い物でも見るような目をウッドベルに向ける。

「いや、その顔、絶対分かってないですよね!? 俺は話を盛り上げようと――」

「はいはい。色男のウッドさんは、話の盛り上げかたも上手なんだよね」

「だから、ほんとに――」

そうして、シルベストリアはウッドベルをいじり倒しながら休憩時間を過ごした。

皆で瓜を食べ終えて談笑していると、再び出立の号令がかかった。

「そういえば、荷物の点検はしっかりした? コルツ君が紛れ込んだりしてないよね?」

シルベストリアがラタに飛び乗り、ウッドベルを見下ろす。

騎兵のシルベストリアと違い、重装歩兵のウッドベルは徒歩だ。

「大丈夫ですよ。街を出てくる前にコルツの家に行ったんですけど、布団に包まってふて寝してましたし」

「そっか……いや、その布団の中身、ちゃんと確認した? 人形でも詰めて、身代わりにしたりしてないよね?」

「してませんって。声かけたらちゃんと返事もしましたし、中身入りでしたよ」

「うん、それならいいんだ。子供ってさ、ああ見えてけっこう頭が回るから、油断しないほうがいいと思って」

「はは。下手な大人より悪知恵が働きますからね」

「そうなんだよ。私なんてさ、前に地方の村に駐在した時、天幕に忍び込まれて勝手に長剣振り回されてさ、もう少しで大事故になるところだったよ」

「世の中、想像のはるか上を行く出来事が往々にして起こるものですからね。油断大敵っすよ」

「だねぇ。お互い気をつけようね」

「そうっすね」

そうして、2人は皆とだらだらしゃべりながら、砦へと向けて歩を進めるのだった。

数時間後。

砦に到着した一良は、ジルコニアと一緒に北側の城壁へと歩いていた。

空は夕焼け色に染まっており、砦内の建物をオレンジ色に照らしている。

バレッタはマリーやエイラと食事の支度をしており、この場にはいない。

リーゼは砦内に詰めている兵士たちを慰問するために、あちこち回っている。

ナルソンはイクシオスたちと会議中だ。

「建物、すっかり建て直されてますね。南の防御塔と城門も綺麗に作り直されてたし、皆頑張ったんだな……」

周囲の建物を眺めて歩きながら、一良が感心した声を漏らす。

前回の戦いでアルカディア軍が焼いてしまった防御塔は作り直され、城門も新しくなっていた。

砦内の建物もバルベール軍が撤退する際にかなり焼かれてしまったが、それもすっかり建て直されていた。

「この短期間でよく直せましたね。かなりの数の建物が焼かれちゃってたのに」

「資材が近場で手に入ったおかげです。敵の陣地様々ですね」

前回の戦いで彼らを完全に打ち負かした後、防壁外にあったバルベール軍の軍団駐屯地から石材や木材などを根こそぎはぎ取って、砦の修繕に充てていた。

砦内の資材は大半が焼かれてしまっていたが、完全に手付かずの敵軍団駐屯地から建材が大量に手に入ったため大助かりだったのだ。

そうして歩いて行くうちに、北の防壁が見えてきた。

「なるほど。おお、防壁も防御塔も綺麗に直ってる」

「バルベール軍が修復作業をしていたのを引き継いだようなものですからね。昇降機などの道具もそのまま残っていましたし」

ジルコニアは捕虜になっている間に砦内の様子を見ることが何度かあったが、バルベール軍兵士たちの働きぶりは見事なものだった。

土木工事にも慣れている様子で、実に手際よく砦の修復作業を行っていたことを覚えている。

「あと、全兵士に持たせた土木工具がとても役に立ったようです。軽くて使いやすいとのことで」

「ああ、リゴ(鍬に似た携帯工具)とドラブラ(つるはしと斧がセットになった携帯工具)でしたっけ」

「ええ。鉄製の武具より優先してそれらを作るべきだとバレッタに言われてそのとおりにしたのですが、ここにきてその意味が分かりました。全員が道具を持っていれば、そうでないのと比べて作業効率が雲泥の差ですからね」

「数千人の土木作業員がいるようなものですもんね。そりゃ早いわ」

そんな話をしながら、2人は防壁までやってきた。

防御塔の階段を上り、塔の頂上からバルベール側の景色を2人並んで眺める。

「まだ敵軍はやってきていないんですね」

「そうみたいですね。でも、あと数日すれば集まってくるかと」

「ふむ。防御陣地もずいぶんと立派なものが出来上がってますし、これなら大丈夫そうですね。前回とはえらい違いだなぁ」

防壁の周囲には何段も防塁が築かれ、いくつもの防御設備が備えられていた。

今も数百人の兵士たちが斜面で作業を続けており、 櫓(やぐら) や敵騎兵を防ぐ馬防柵などを建造している。

防壁の前に大部隊を展開し、敵を迎え撃つ算段だ。

「本来は、こういった状態でバルベール軍を迎え撃つ予定だったんです。この間砦を攻められた時は、防壁がある以外は丸裸同然でしたから」

「ですね。でも、これなら今度の戦いはこっちに分がありそうだ。こてんぱんにしてやりましょう」

一良が言うと、ジルコニアがくすっと笑った。

「ん? なんです?」

「いえ、カズラさんから「こてんぱん」なんて言葉が聞けるなんて思ってなくて」

「まあ、降りかかる火の粉は払わないとですし。甘いこと言ってられないですからね」

「ふふ、頼もしいです。敵を叩きのめしてやりましょう」

ジルコニアが一良に明るい笑顔を向ける。

一良は、前々から彼女に聞こうと思っていたことを聞いてみることにした。

「あの、ジルコニアさん。前に『バルベールのやつらを皆殺しにする』って言っていたじゃないですか」

「……グリセア村で、カズラさんに『食べ物を分けてくれ』って言った時の話ですね」

「ええ」

一良がバルベール側の景色に目を戻す。

「もしもですよ? 次の戦いで我々が圧勝して、そのままバルベールに攻め込んで彼らの国を屈服させたとして。ジルコニアさんは、彼らの首脳陣をどうしますか?」

「どう、というのは?」

「11年前の事件の復讐をするために、彼らを全員抹殺するつもりなのかなと思って。いわゆる、大規模な粛清をするつもりなのかなって」

「やれるものなら、やってしまいたいですね。彼らは、私の家族の仇ですから」

さらりと答えるジルコニア。

一良としても、ジルコニアの気持ちは分かる。

だが、それをしてしまったら、取り返しのつかない程の憎しみを生み出すと考えていた。

たとえこの戦争を終結させたとしても、それが新たな火種となって、再びいつかどこかで争いが生まれるだろう。

「大丈夫ですよ。そんなことはしませんから」

どうやって考え直してもらおうかと一良が考えていると、ジルコニアが先に口を開いた。

「それをしてしまったら、どういう結果になるかは分かっています。取り返しのつかないことになるでしょうから」

それに、とジルコニアが続ける。

「カズラさんが悲しむようなことは、私は絶対にしませんよ。私の大切な人ですからね」

そう言って、にこりと可愛らしく微笑むジルコニア。

「そ、それはどうも」

「いえいえ、どういたしまして」

ジルコニアが、バルベール側の景色を眺める。

「この戦争で、私の復讐はおしまいにします。その後は……どうしようかな」

「あれ? 前に、『帰っておいで』と言ってくれた人のところに戻るって言ってませんでしたっけ?」

「そうですね。ついこの間までは、そのつもりでした」

「そのつもりだった……もしかして、ナルソンさんのところに留まるんですか?」

そう問いかける一良に、ジルコニアがくすっと笑う。

その意味が分からず、一良は小首を傾げた。

「いえ、イステール家からは出ていきますよ。ただ、もっと別の生き方もあるのかなって。今はまだ、考え中です」

「ふむ……あれですか。街でカキ氷屋さんを経営したり、食堂を開いたりとかですかね?」

「あ、それもいいですね。やりがいもありそうですし、すごく楽しそう。でも、1人で始めるのはちょっと不安ですね」

ジルコニアが一良に流し目を送る。

「カズラさんに旦那様になってもらって、そのお店を一緒にやるというのもいいですね」

「はは。旦那になるかどうかはともかく、やるならいくらでもお手伝いしますよ」

朗らかに言う一良に、ジルコニアが少し不満そうな顔になる。

「むう。もっと慌てるかと思ったのに」

「いやいや、毎回からかわれてたら、いくらなんでも慣れますって」

一良がジルコニアに少し顔を向けて微笑む。

「俺、ジルコニアさんのことは大好きです。かけがえのない大切な人だと想ってます。いつでも、俺に頼ってくれていいんですからね」

「え? あ……はい」

ジルコニアは驚いた顔をして、すぐに顔を景色へと戻した。

その様子に、一良がにやりと笑みを浮かべる。

「んん? おやおやぁ? 少し顔が赤くなってるんじゃないですかねぇ?」

「き、気のせいです! 夕日の色でそう見えるだけですよ!」

一良の言葉に、ジルコニアが焦り顔で反論する。

そのせいで、余計に彼女の顔に赤みが増した。

「いや、赤い! 赤いぞ! ついにジルコニアさんから一本取ってやった! 俺はやった! やったんだ!!」

「な、なにを拳を振り上げて叫んでるんですか!? 赤くなんてなってませんったら!! あ、こら! 待ちなさい!!」

「やなこった! バレッタさんとリーゼに報告しなければ!」

「なっ!? ま、待ちなさいったら!! 待てって言ってるでしょおおお!?」

「待てと言われて待つバカがいるかっての!」

大騒ぎしながらドタドタと階段を駆け降りる一良とジルコニア。

防御塔を出たところで当然のように一良は捕まり、関節をキメられて他言しないことを力づくで約束させられた。

そんな2人の様子を、行き交う兵士たちは「なにやってんだあいつら」という目で眺めるのだった。