軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

237話:譲れない想い

数日後。

一良はナルソン邸の広場で、国境沿いの砦に向けて出立していく大勢の兵士や荷馬車を見送っていた。

荷馬車にはカノン砲やスコーピオンをはじめとした大型兵器が多数積み込まれており、それらを用いて砦の守備をより強固なものにする予定だ。

「バルベール軍の到着までは、まだ20日くらいはかかるんだよな?」

兵士たちを見送っていた一良が、隣に立つリーゼに声をかける。

「うん。首都の軍勢もこっちに向かって来てるみたい。それに、プロティアとエルタイルの方にいるバルベール軍も集まって来てるってクレイラッツから報告があったよ」

アルカディアはクレイラッツと緊密に連携することなっており、クレイラッツ方面のバルベール軍の動向は逐一連絡が入るようになっている。

近日中にクレイラッツからも砦に援軍が送られてくる予定だ。

「まさに総力戦って感じだな……」

「そうだね。なにがなんでも、次の戦いは勝たないと」

この決戦でバルベール軍を打ち破ることができれば、プロティア王国とエルタイル王国も同盟側に残る決心をしてくれるだろう。

それまでの間、彼らが裏切らなければという前提はあるのだが。

「そういえば、負傷兵たちの具合はどうなったか、リーゼは聞いてるか?」

「うん。皆、順調に回復していってるよ。栄養ドリンクが効いてるみたい」

負傷兵たちのなかで重傷の者には、日本から持ってきた傷薬とリポDを与えていた。

やはりリポDの効果は絶大で、かなりの深手を負った者たちもほぼ全員が順調に回復している。

傷薬は基本的には呪術師組合から買った物を使っているが、傷の具合によっては漢方薬も使っていた。

なかには軽傷の者より重傷の者のほうが早く回復してしまうこともあって、傷病兵たちの間では不思議がられているようだ。

「そうか、よかった。後で一緒に慰問に行こうか。リーゼを見れば、きっと皆喜ぶぞ」

「あ、私はもう何回か行ってきたよ」

「えっ、そうなのか?」

「うん。皆、すごく喜んでくれた」

「そっか、さすがリーゼだな。偉いぞ」

「えへへ」

リーゼは微笑むと、一良を横目で見上げた。

「ねえ、カズラ。去年の秋くらいの話だけど、一緒にフライス領に遊びに行こうって言ったの、覚えてる?」

「ん? ああ、川から船で行こうって言ってたやつか」

「うん。戦争が終わったらさ、それ、どうかな?」

「そうだな。行ってみようか。俺もこっちの世界を、もっとあちこち見て回りたいし」

「うん!」

一良の返事に、リーゼが嬉しそうに頷く。

ちょうどその時、2人の下へエイラが駆け寄ってきた。

「カズラ様、各地に送ったグリセア村の方々から無線連絡が入りました」

「お、きましたか。なんて言ってました?」

「王都とフライス領から、それぞれ2個軍団の計4個軍団が砦に向けて出立したとのことです。イステリアは素通りして、そのまま砦に向かうとのことで。また、王都からは急遽追加招集した1個軍団がグレゴルン領へ向けて出立しました」

「了解です。これで、砦には6個軍団か。クレイラッツからも援軍が来るし、これならなんとかなるかな」

「それと、砦に向かう王都の軍勢はルグロ殿下が率いているとのことです。陛下は、そのまま王都に残るようですね」

「あれ、そうなんですか。てっきり国王も来るものだと思ってたんですが」

「陛下はもうお年だし、遠征は体が持たないって判断したんじゃないかな。あんまり無理して病気にでもなったら、それこそ大変だし」

リーゼの補足に、一良が「なるほど」と納得する。

確かに、バルベールと事を構えている間に病死でもされては大変だ。

彼の健康のために、日本産の食べ物を後で送ってあげたほうがいいかもしれない。

「ということは、ルグロさんが総司令官ってことになるのかな?」

「建前上はそうなんじゃない? でも、前の戦いの時はイステール家に全権を委譲したみたいだから、今回もそうするんじゃないかな」

「まあ、ルグロさんならそうしてくれるだろ。ナルソンさんに全部任せたほうがいいってのは、分かってるみたいだし」

ルグロは自分でできることとできないことの分別はついているようなので、指揮権についてもとやかくは言わないだろう。

他の重鎮たちも地獄の動画の一件があるので、文句は言わないはずだ。

次の戦いは絶対に下手を打てないので、全軍の指揮はナルソンが執るべきだと一良は考えていた。

「エイラさん、グレゴルン領はどんな感じです? 何か聞いていませんか?」

「はい。国境沿いの海岸線にある砦に、少数の軍を送り出したようです。海軍も臨戦態勢になっているとのことで、兵の招集が行われています」

「海軍か……大丈夫かな」

「相手はグレゴルン領が裏切るって思い込んでるんでしょ? 懐に誘い込んでから襲い掛かるんだし、何とかなるんじゃないかな」

「あ、そうか。上手くいけば、王都からの軍とグレゴルン領の軍で、陸でも海でも袋叩きにできるのか」

「うん。いくらバルベール軍が強いっていっても、仲間だと思ってた相手がいきなり裏切ったらどうにもならないよ。大混乱になると思う」

今のところ、グレゴルン領はバルベール元老院からの離反工作に乗ったふりをしているはずだ。

敵を内地に誘い込み、いざ戦闘となったところで手のひらを返して襲い掛かる手はずになっている。

陸上、海上で同時にそれは行われる手はずなので、上手くいけば敵軍を一網打尽にできるだろう。

ただし、海上戦については敵はこちらの持っていない二段櫂船という大型船を保持しているので、油断はできない。

現在王都で急ピッチで建造中の二段櫂船と対艦特化型の艦船が間に合えば、多少なりと安心できるのだが。

対艦特化型の艦船は、船首に「ラム」という突起を付けた船のことだ。

高速で敵艦に体当たりをし、船体を破壊するのである。

今までこちらの世界には 竜骨(キール) が存在しなかったが、鉄製の工作道具の導入によりその製作が可能になったため、ラムを備えた船や大型艦の建造が可能になっていた。

「カズラ様!」

一良たちが話していると、出ていく兵士たちと入れ違いにシルベストリアがラタに乗って駆けてきた。

一良たちの前で急停止し、ラタから飛び降りる。

「シルベストリアさん! 今着いたんですか?」

「はい! 引継ぎを終えて、急いでやってまいりました!」

シルベストリアはニコニコ顔で、かなり機嫌が良さそうだ。

騎兵隊に復帰できたことが、よほど嬉しいと見える。

「私の我がままを聞いてくださり、本当にありがとうございます! このご恩はいつか必ず!」

「い、いや、そんなに気負わなくていいですから。それに、今まで散々無理を言ったのはこっちのほうですし」

「いえ、そんな……私こそ、失礼な態度ばかり取ってしまって……」

シルベストリアが恥ずかしそうに頭を掻く。

「部隊が出立しているようですが、騎兵隊はもう出てしまいましたか?」

「いえ、今出ていっているのは輸送隊ですね。我々が出発するのは、まだ何日も後です」

「そうでしたか。では、私は軍部の方に……っと、その前に、バレッタはどこにいますでしょうか」

「バレッタさんは軍事施設の訓練場にいますよ。カノン砲の新型砲弾の試射をしています」

「分かりました! では、先にそちらに寄っていきますね!」

シルベストリアは一礼すると、ラタに飛び乗って駆けだしていった。

「シルベストリアさん、騎兵隊に戻れたことがそんなに嬉しいのかな……グリセア村に残っていれば安全だったのに」

困惑顔で言う一良に、リーゼが苦笑する。

「だって、あの人はスラン家の人間だもん。あの家の人は全員、いざという時は国のために死ぬ覚悟で戦えって子供の頃から叩き込まれてるんだから」

「ああ、スラン家って、男女関係なく全員軍人なんだっけ」

「うん。だから、仕方ないよ」

そうして、城門を抜けて去っていくシルベストリアの背が見えなくなるまで、一良たちはその場で見送り続けたのだった。

ナルソン邸の広場を出たシルベストリアは、街なかを駆け抜けて軍事施設へとやってきた。

門の前でラタを降り、警備兵にラタを預けて中へと入る。

「ああ、懐かしいなぁ……まさか、この場所がこんなに恋しくなるなんて、思ってもみなかったな」

今まで血反吐を吐く思いで訓練に身を投じた日々を思い起こし、周囲を眺めながら奥へと進む。

見知った顔の者も時折いて、シルベストリアを見つけると声をかけてきてくれた。

彼らと立ち話を繰り返しながら、バレッタがいるという訓練場へと向かう。

「……ん?」

懐かしさにあちこちに目を滑らせながら歩いていると、一瞬、建物の陰に見覚えのある姿が見えた気がした。

思わず足を止め、その場所に目を向ける。

「コルツ君?」

建物の陰にある木箱の前で、コルツが何やらこそこそと誰かと話しているのが遠目に見えた。

「おーい、コルツ君!」

シルベストリアは大きく手を振って呼びかけながら、コルツの下へと向かう。

コルツははっとした顔で振り向き、相手がシルベストリアだと分かるとあからさまに「ヤバイ!」といった表情になった。

「シ、シア姉ちゃん! ひさしぶりだね!」

「うん、ひさしぶり! 元気にしてた?」

「う、うん。えっと、シア姉ちゃん、どうしてここにいるの?」

「配置換えがあってさ、またこっちの部隊に所属することになったんだ」

「そうなんだ……」

「うん。で、えっと……」

シルベストリアが、コルツの隣で困り顔をしている男に目を向ける。

「初めまして、だよね? 私はシルベストリア・スラン。あなたは?」

シルベストリアが名乗ると、男――ウッドベル――は、少し驚いた顔になった。

「あ、先に名乗らせちゃってすみません! 俺、ウッドベルっていいます」

「ウッドベルさんね。コルツ君の知り合い?」

「はい! こいつとはマブダチってやつですよ。はは」

ウッドベルがコルツの頭をぽんぽんと叩く。

その様子を、シルベストリアは意外そうな顔で見る。

コルツは村にいた時は、シルベストリア以外の兵士とはあまり関わろうとしていなかったからだ。

アイザックとの一件以来、コルツは大人の兵士に対して不信感を持っているからなのだが、そんなことはシルベストリアは知らない。

コルツが唯一心を許しているのは、ウッドベルとシルベストリアだけだ。

「あの、シルベストリア様からも言ってやってくださいよ。こいつ、こっそり軍にくっついて砦に行くって言ってきかなくて」

「ちょ、ちょっと! ウッドさん!」

バレたらまずいと思っていた相手にいきなりバラされ、コルツがウッドベルに非難の声を向ける。

「だって、仕方ねえだろ。俺がいくら言っても聞かないんじゃさ」

「だからって――」

「え? ちょっとコルツ君、どういうこと?」

なおも抗議するコルツの言葉を遮り、シルベストリアがコルツに目を向ける。

「こっそりくっついて行くって、まさか、荷物か何かに紛れてついて行こうっていうの?」

「……」

コルツが黙り込んでうつむく。

シルベストリアが困り顔でウッドベルを見ると、彼はやれやれとため息をついた。

「そうなんですよ。俺の荷物に紛れさせてくれって言って聞かなくて」

「コルツ君、それはダメだよ。そんなことしてバレたら、ウッドベルさんが上官から顔の原形が分からなくなるくらいボコボコに殴られるよ。お給金だって減額されちゃうだろうし」

シルベストリアが言うと、ウッドベルは「ですよね」と苦笑した。

コルツは涙目で、シルベストリアを見上げる。

「だって、俺、カズラ様の傍にいないといけないんだ。お姉ちゃんと約束したんだもん」

「お姉ちゃん? あ、それって――」

オルマシオール様のことか、とシルベストリアは口にしかけて、ウッドベルがいることを思い出して言葉を止めた。

シルベストリアはコルツの前にしゃがむと、彼と目線を合わせた。

「でもね、コルツ君。ダメなものはダメなんだよ。ましてや、他の人に迷惑をかけてまでやろうとするなんて、絶対にダメ」

「でも……」

「でも、じゃないの。そんなことしたら、カズラ様だって困っちゃうよ。諦めなさい」

「……」

コルツが再び黙ってうつむく。

そんなコルツにシルベストリアも困ってしまって、どうしたものかとウッドベルを見上げた。

ウッドベルは苦笑すると、コルツの頭をわしわしと撫でた。

「コルツ、大丈夫だって。カズラ様の傍には、バレッタ様だっているんだろ? あの人が守ってくれるって」

ウッドベルが話しかけるが、コルツは黙ったままだ。

「ん? ウッドベルさん、バレッタのこと知ってるの?」

シルベストリアが聞くと、ウッドベルは「ええ」と頷いた。

「前に一度だけお会いしたことがあるんですよ」

「へえ、そうなんだ」

「ええ、ちょっと挨拶しただけですけどね。その時に、カズラ様の護衛をしていると言っていたので」

「そっか。あの娘、ちゃんと護衛もやってるんだね」

うんうん、とシルベストリアが頷く。

「コルツ君、今ウッドベルさんが言ったみたいに、バレッタも護衛に付いてるからさ。なにがあっても大丈夫だよ。あの娘、もう私よりも強いしさ」

シルベストリアの言葉に、ウッドベルが少し驚いた顔になる。

コルツはシルベストリアを見上げた。

「……俺だって、カズラ様を守れるもん」

「あっ、コルツ君!」

コルツは言うやいなや、駆けて行ってしまった。

シルベストリアは困ったようにため息をつき、立ち上がる。

「はあ、どうしよ。嫌われちゃったかなぁ」

「はは、そんなことないですって。コルツには、後で俺からよく話しておきますから」

「うう、ごめんね。会ったばかりなのに、迷惑かけちゃって……お詫びも兼ねて、後で食事でも奢るよ。コルツ君も一緒にどうかな?」

「えっ、いいんですか!? ぜひぜひ! コルツも引っ張っていきますから!」

「うん。お願いするね。また後でここに寄るから、今夜は予定空けておいて」

「了解です。必ず空けておきます!」

びしっと敬礼するウッドベルにシルベストリアは答礼し、訓練場へと向かうのだった。