作品タイトル不明
225話:正解のない問い
夕食後。
一良とルグロは2人並んで、調理場の流しで皿洗いをしていた。
ルグロは自分で料理をしたら片付けまでやらないと気が済まない 質(たち) だとのことで、一良を誘って2人でやっているというわけだ。
ルティーナと子供たちは先に風呂に入っており、バレッタとリーゼも一良たちの勧めで入浴中である。
エイラとマリーは、皆の着替えの用意とルティーナの手伝いに行っている。
「はあ、それにしてもさっきの料理はどれを食っても美味かったな。唐揚げ、俺も王都に戻ってから作れたらいいんだけどな……」
じゃばじゃばと皿を灰汁で洗いながら、ルグロがしみじみと言う。
ルグロが洗った皿を一良に渡し、一良はそれを水ですすいで水切りカゴへ入れる、というのをひたすら繰り返していた。
ちなみに、余った料理はすべて冷蔵庫に入れてある。
明日の朝食は、皆でそれを食べることになっていた。
「子供らもさ、あんなに大喜びで料理を食べたのは久しぶりだよ。ハンバーグなんて、なんていうか、こう……子供のために作られた料理って感じがしてさ。食べやすいし、味付けも優しいし、あれはいい料理だな」
「ハンバーグなら、帰ってからでも作れるじゃないですか。肉とパン粉と卵と塩があれば作れるんですから」
「それはそうなんだけど、ソースがなぁ……まあ、何とか近い味のものを作ってみるか」
ハンバーグにかけていたのはケチャップと中濃ソースを混ぜ合わせたものだ。
両方ともこちらの世界には存在しないものなので、似た味のものを作るのには少々時間がかかるだろう。
「それなら、ケチャップとソース、お土産で持って帰りますか? 同じ味のものを作るにしても、見本が必要でしょうし」
一良が言うと、ルグロが瞳を輝かせた。
「えっ、いいのか!?」
「はい。1回使いきりの小パックのやつがあるんで、たくさん持って行ってください。料理のレシピも、紙に書いて渡しますんで」
「マジか。悪いな、世話になりっぱなしでさ。俺も何か、もっと持ってくればよかったな……」
「いいんですって。友達じゃないですか。このくらい、気にすることないですよ」
「……そうだな!」
ルグロがとても嬉しそうに微笑む。
「あ、でもよ。その、カズラの仕事……って言っていいのかは分からないが、それ関係で俺や家族のことを贔屓したりするのはやめてくれな?」
横目で周囲を気にしながら、ルグロが小声で言う。
調理場には侍女や料理人がたくさんおり、皿洗いや夜勤者用の食事を作ったりしている。
皆、ルグロがいることを意識してか、雑談もせずに黙々と作業をこなしていた。
「仕事? ……ああ、天国と地獄の話ですか?」
「ああ。友達だってことと、そういうことはまた別だからな。言っておくが、俺はカズラがグレ……アレだから友達になりたいとか、そういう考えはこれっぽっちもないからさ。そこは分かってて欲しいんだ」
真剣な表情で言うルグロ。
そんな彼に、一良はにこやかに頷いた。
もともと、彼とは街の飲食店で知り合って仲良くなったのだ。
彼の言っていることは本心だと、すぐに納得できた。
「分かりました。まあ、それ関係については管轄外なんで、俺の力じゃどうにもなりませんけどね」
「ん、そうか。まあ、そういうことだから、これからもよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「はあ、こんなに気を許して話せる友達ができたのは久しぶりだよ。どいつもこいつも、俺に取り入ってやろうって連中ばっかりでさ。ずっとうんざりしてたんだ」
やれやれといったふうにため息をつきながら、ルグロが言う。
「ルグロさんの立場だとそうなっちゃいますよね……王都には、気の許せる友達はいるんですか?」
「おう、いるぞ。下町の仲間がそうだな。この前の戦争で何人も死んじまって、残ってるのは5人だけだけどよ」
「えっ、死んだって……お友達も、前線に出たってことですか?」
「ああ。戦死しちまった奴らは、運悪く軍団の前衛部隊に配属された奴ばかりだったな。死体も見つからなかった奴もいてさ……」
ルグロが悔しそうな表情で言う。
「徴兵が始まった時に、初めて俺が王族だってことをそいつらに明かしたんだけどさ。その時、言われたんだよ。『そんなことはどうでもいい。だけど、徴兵後の配属先をどうこうするような真似をしたら絶交だからな』ってさ」
「ふむ……損得勘定でルグロさんと付き合ってるわけじゃない、ってことを、そのお友達は言ってくれたわけですか」
「だと思う。でもさ、普通は友達が実は王族だったなんて知ったら、何とかしてくれって頼みそうなものじゃないか? 平時ならまだしも、その時は生きるか死ぬかだぜ? それなのにあいつら、自分から突っぱねたんだ」
ルグロは洗い物の手を止めず、淡々と話す。
「俺さ、そいつらに言われたとおりにしたことが本当に正しかったのか、いまだに分からないんだ。俺が手を回してさえいれば、あいつらは死なずに済んだんだからな。たとえ、絶交されてもさ」
一良はどう答えていいのか分からず、ただ黙って洗い物を続ける。
ルグロが一良に目を向け、少しバツが悪そうに笑った。
「ま、今さらうだうだ考えても仕方のないことだけどな。ごめんな、湿っぽい話をしちまって」
「いえ……」
ルグロがそう言った時、入口からぱたぱたとエイラが駆けてきた。
「カズラ様、ルグロ様、遅くなってしまい申し訳ございません。後は私がやりますので」
「ん、別にこっちは大丈夫だぞ。全部やっておくからさ」
当然のように答えるルグロに、エイラが慌てた顔になる。
「い、いえ。私が代わりますので、お部屋でお休みになってください。ルティーナ様たちも、そろそろお風呂から上がる頃だと思いますので」
「いいんだって。好きでやってるんだからさ、気にすんな。なあ、カズラ?」
「ですね。そうだ、エイラさんも一緒にやるっていうのはどうです? ほら、ここに入って」
一良がルグロの側に少し寄り、スペースを開ける。
それを見て、エイラがぎょっとした顔になった。
「え、ええっ!?」
「お、いいなそれ。野郎だけより、綺麗な姉ちゃんも一緒のほうが楽しいしな!」
「そのとおり。エイラさん、俺が流したお皿を拭いてもらえます?」
「か、かしこまりました」
エイラも加わり、3人で洗い物を続ける。
初めは恐縮していたエイラだったが、気さくに話すルグロのおかげで、普段一良と話す時のような朗らかなノリで話すようになった。
「はー、なるほど。上の子より下の子のほうが要領がよくなるのか。確かに、ロンはともかく、リーネは甘えるタイミングが分かってるっていうか、大人を相手にした甘え方が上手い気がするな」
エイラの家族の話を聞き、ルグロが感心した様子で頷く。
話の流れでエイラが5人姉弟の長女だと知ったルグロが、子育てについてあれこれ相談しているのだ。
「はい。上の子がお手本になっていますからね。私の末妹なんて、本当に要領がいいですよ。どうすれば可愛がってもらえるかが、分かっている感じで」
「ううむ。俺、一人っ子だからさ。そういうのがさっぱり分からないんだよな。ルティも一人っ子だし、2人して初めてだらけで……カズラ、どうした? 手が止まってるぞ」
いつの間にか洗い物の手を止めている一良に、ルグロが小首を傾げる。
「え? い、いえ、その……エイラさんが一緒だと楽しいなって思って」
突然の一良の台詞に、エイラがきょとんとした顔になる。
一拍置いて、わずかにその頬が朱に染まった。
ルグロは一良とエイラを交互に見て、小声で「おお」と漏らした。
一良はエイラの様子には気付かず、ルグロを見て小首を傾げる。
「……さて! そろそろ、俺は風呂に入りに行くかな! 2人とも、後は頼んだ!」
「え? どうしたんです急に」
「いやいや、ははは!」
ぱぱっと手を拭き、調理場を出て行くルグロ。
エイラは顔を赤らめたまま、それを見送っている。
「……エイラさん」
ルグロが去って行った出入口に目を向けたまま、一良が呼びかける。
「は、はい!」
エイラがびくっと肩を跳ね上げる。
「これから先、俺に何とかして欲しいことがあったら、遠慮なく言ってくださいね。エイラさんのためなら、俺、何でもするんで」
一良は先ほどのルグロの話を聞いて、エイラが家族と親族を軍団に編入しないようにしてくれと頼んできた時のことを思い出していた。
あの時、一良はエイラの願いを聞き、彼女の家族と親族をすべてがイステリアの防衛部隊に配属されるように手を回した。
だが、他の誰かがその穴を埋めることになったということも、度々考えては陰鬱な気持ちになっていた。
しかし、エイラとルグロが話しているのを聞いていて、正しいかどうかなどと考えること自体、無意味だと考えることに決めたのだ。
「え、え……な、何でもって……」
目を白黒させて、あわあわしているエイラ。
一良はそんな彼女に、明るい笑顔を向けた。
「そのままの意味ですよ。さて、残りの洗い物も終わらせちゃいましょうか。今夜のお茶会、お茶を淹れるのはエイラさんの番でしたよね。期待してますよ」
「は、はい!」
そうして、2人は再び洗い物に取り掛かった。
その後も一良はいつもと同じ調子でエイラに話しかけていたのだが、エイラはなにやら考え事をしているようで、終始上の空だった。