作品タイトル不明
224話:お食事会
数十分後。
バレッタとリーゼが見守るなか、ルティーナは見事な手さばきで、くりくりとパン生地をこねていた。
調理台に押し付けるようにして生地を転がし、ある程度それが済むと、生地を手に取って調理台に叩きつけ、再び手早く丸めてから叩きつける。
ぱたんぱたんとリズミカルにこなす姿は、まるで本職のパン職人のように手慣れたものだ。
「はい、バレッタさん。これもお願いね」
「はい!」
バレッタが生地を受け取り、深めの銀のボウルに生地を入れた。
フタをし、お湯を張った木のボウルにそれを載せる。
「でも、本当にこれですぐに膨らむの? 普通はすごく時間がかかるんだけど……」
「大丈夫ですよ。半刻(約1時間)もかからないで、ちゃんと発酵しますから」
「ふーん……ドライイースト、だっけ? そんな便利なものがあったのね」
当初、ルティーナは調理場にある発酵済みの生地を分けてもらうつもりでいたのだが、バレッタの提案で1から生地を作ることにしたのだ。
材料は、日本産の小麦粉、砂糖、水、そしてドライイーストだ。
屋敷の料理人たちは、パン作りには果実酒の樽から取り出した天然酵母を使っているのだが、それでは発酵に少々時間がかる。
なので、バレッタは普段食事を作る際、あまり時間に余裕がない時はドライイーストを使っていた。
「全部、カズラさんが持ってきてくれたものです。他にも、いろいろな調味料があるんですよ」
「へえ、そうなんだ。後で使わせてもらっても大丈夫かしら?」
「はい、もちろんです」
ルティーナたちは屋敷に滞在するのは数日の予定なので、毎日日本産の食品を食べさせても肉体が強化されることはない。
すこぶる体調が良くなった、と感じる程度で済むはずだ。
肉体強化についてバレる心配はないので、地球産の食材は好きに使わせても構わないだろう。
「ルティーナ様は、普段からパン作りをなさっているのですか?」
続けて生地をこねているルティーナに、リーゼが聞く。
リーゼも料理はそこそこやるのだが、まさかルティーナがここまでの腕を持っているとは思ってもみなかった。
「ううん。時々しかやらないよ。……結婚する前は、実家のお店の手伝いで毎日やっていたけれど」
後半は小声で、ルティーナが言う。
「えっ? 実家のお店、ですか?」
リーゼが驚いた声を上げる。
そんな彼女に、ルティーナはにっこりと微笑んだ。
「うん。私の実家、パン屋なの。小さい頃から、毎日両親を手伝ってたんだ」
「そ、そうなのですか……」
「ふふ、驚いたでしょ? あ、このことは秘密にしておいてね。誰にも言うなって、目付の文官に言われてるから」
「は、はい」
ならどうして自分に言った、と内心突っ込みながらも、リーゼが頷く。
そもそも、パン屋の娘がなぜ一国の王子に嫁ぐことができたのか。
「あと、できればリーゼさんも、周りに人がいない時はもう少し砕けた感じで話してもらえない? せっかくこうして会えたんだし、お友達になりたいの」
「えっ?」
「お願い! 私、友達が少なくて。助けると思って、ね?」
ぱちんと手を合わせ、可愛らしく言うルティーナ。
リーゼは断るわけにもいかず、おずおずと頷いた。
「わ、分かりました」
「よかった! バレッタさんも、よろしくね?」
「え、えっと……」
バレッタが答えに窮していると、一良たちのいるかまどのほうからパンパンと小さな破裂音が響き始めた。
「うわ! びっくりした! なんだこれ!?」
ルグロの驚いた声が調理場に響く。
「おー」と興味深そうに見ているジルコニアや子供たちに比べ、ルグロが一番リアクションが大きい。
「ポップコーンっていう食べ物です。こうやって火にかけると、破裂する木の実があるんですよ」
一良がフライパンを火から上げ、フタを取って中身を見せる。
茶色い乾燥トウモロコシの上に、数個のポップコーンが出来上がっていた。
「おお、こんなもんがあるのか。破裂する木の実なんて、見たことも聞いたこともないんだけどな」
「俺が持ってきたものですから。この国にはないはずですよ」
「そうなのか。道具だけじゃなくて、食べ物までいろいろと珍しいものがあるんだなぁ」
ルグロが手に持つピーラーに目を落とす。
「これなんて、ほんとすごいよな。こんなに簡単に野菜の皮が剥ける道具があったなんて知らなかったよ」
「気に入ったなら、持って帰ってもらってもいいですよ?」
「いや、それはダメだろ。料理人たちの道具を貰うなんて」
ルグロが少し顔をしかめて言う。
「料理人にとっての道具ってのは、素人のそれとは別で特別だからな。一見同じに見えても、それじゃなきゃダメだってのがあるんだよ」
「そ、そうでしたか。失礼しました。なら、後で街の商店から取り寄せますね。イステリアでは、普通に売られているものなんで」
「あ、そうだったのか。カズラが持ってきた道具ってわけじゃないんだな」
「あの、カズラさん。これ、少しつまんでもいいですか?」
ジルコニアがそう言いながら、横からポップコーンを1つつまんで口に入れる。
もぐもぐと口を動かし、「美味しい」と頬を緩めた。
「あっ、答える前に勝手に食べてるじゃないですか。ほら、ルルーナさんたちもどうぞ。味見だから、1人1つずつにしておきましょうかね」
「ありがとうございます。熱々ですね」
「はふはふ、美味しいです」
ルルーナとロローナがポップコーンを頬張り、嬉しそうに微笑む。
ロンとリーネも彼女たちから1つ食べさせてもらい、美味しい! と喜んでいる。
「俺にも食わせ……って、ジルコニア殿!? 何個食うつもりだよ!?」
「何個でもいけますよ!」
「そういう意味じゃねえから!」
楽しそうにしているルグロたちの姿に、ルティーナが微笑む。
「ふふ、あんなに楽しそうにしてるルグロを見るの、ひさしぶりだわ。……さてと、私たちも、もっとたくさん作りましょ。なんだか楽しくなってきちゃった!」
再びパン生地をこね始めるルティーナ。
バレッタとリーゼは顔を見合わせ、少々困惑気味ながらも一緒になって生地に手を伸ばすのだった。
それから数時間後。
一良の部屋のテーブルには、皆で作った数々の料理が並んでいた。
メニューは一良とルグロが取り仕切ったもので、屋敷の料理人が普段作るような小洒落たものではなく、居酒屋や大衆食堂で出るようなメニューばかりだ。
鳥肉とナッツのピリ辛炒め、卵と葉物野菜の炒め物、ナツイモの煮っころがし、クロコ虫の素揚げ、ミャギ肉の串焼きといった、こちらの世界の食材を使ったものが半分。
若鶏の唐揚げ、カニカマのフライ、エビフライ、手ごねハンバーグといった日本産の食材を使ったものが半分だ。
一良も調理は手伝ったが、大部分はルグロとマリー、そして調理も終盤になってからやってきたエイラが行った。
さらに、ルティーナが焼いた数種類のパンと、一良たちが大騒ぎしながら作ったポップコーンも食卓を飾っている。
飲み物には100%オレンジジュースとカルピス、デザートにはプリンとフルーツゼリーが用意されている。
テーブルの上はすし詰め状態で、どう見ても作りすぎである。
「……やりすぎましたね」
「だ、だな。いくらなんでも張り切りすぎたな……」
対面に座っている一良とルグロが、やってしまった、といった顔で言う。
子供たち4人は、珍しい料理の数々にとても楽し気だ。
彼女らの両脇にはエイラとマリーが座っており、給仕がてら一緒に食卓を囲んでいる。
せっかくだから一緒に食おうぜ、とルグロが声をかけてくれたのだ。
「まあ、足りないよりはいいよな。さあ、気合入れて食うか!」
「ですね」
いただきます、と皆で料理に手を付ける。
「……ん!? この唐揚げっての、めちゃくちゃ美味いな!?」
若鳥の唐揚げを口にしたルグロが目を見開く。
揚げたての唐揚げはカリカリで、噛むたびに香ばしい風味と肉汁が口に広がり、実に美味い。
アルカディアにも揚げ物料理は多々あるが、このような味のものを食べるのはルグロは初めてだ。
「カズラ、この肉にまぶしてた粉のレシピを教えてくれよ。これなら毎日でも食いたいぞ」
「いや、あの粉も俺が持ってきたものでして。こっちでは材料が手に入らないですね」
「なに、そうなのか? じゃあ、そっちの他の料理も、この国じゃ手に入らない食材なのか?」
「ハンバーグは作れると思いますよ。ええと、あとは……エビって、こっちの世界にもいますか?」
「ああ、エビは王都なら手に入るぞ。ちょいと値は張るけど、でっかくて食いである。そこの皿に乗ってるやつの、倍くらいの大きさはあるな」
「それは美味しそうですね。王都に行ったら、ぜひ食べさせてください」
「ああ、もちろんだ……って、カズラ。周りに気にする人がいない時は、タメ口って言っただろ」
「あ、そうでしたね。……ええと、ごめん。これでいいかな?」
何ともやりにくそうにしながらも、一良が口調を改める。
「そうそう、それでいいんだよ。そっちのほうが気楽でいいだろ?」
「いや、まあ……むう」
「すっごくやりにくいでしょ。カズラも、一年前の私の気持ちが分かったんじゃない?」
一良の隣に座るリーゼが、少し意地悪な顔で言う。
彼女もルティーナに砕けて接すると約束してしまったので、もう諦めてはっちゃけてしまうことにしたのだ。
ルグロたちに気を使ってお淑やかにしていても、何の意味もないと判断したというのもある。
「いや、あの時は俺だって口調を変えるのは大変だったよ。苦労してたのはリーゼだけじゃないって」
「そうなの? それにしては、ずいぶんと自然に話してたように感じたけど」
「どうしてもリーゼと仲良くなりたかったから、ものすごく頑張ってたんだよ。あのままぎこちなくなるなんて、絶対に嫌だったからさ」
「そ、そっか……えへへ」
照れ笑いをするリーゼに、ルグロが興味深そうな顔を向ける。
「ん? なんだなんだ。なにか面白そうな馴れ初めがありそうだな。話して聞かせてくれよ」
「え? い、いえ。それはちょっと……あはは。ねえ?」
リーゼが困ったように笑いながら、一良を見る。
「いや、ねえって言われても。俺は別に話してもいいけど」
「私は絶対にヤダ」
2人のやり取りに、バレッタが目を細める。
「私も聞きたいです。リーゼ様、お願いします」
「バレッタのお願いでも、さすがにこれは話せないよ。ほんと勘弁して」
「聞きたいです」
「そ、そんな目しないでって。これはほんとに無理だから」
「『メロメロばんばん』発言はさすがになー。それまでのリーゼのイメージが、カノン砲の直撃喰らったみたいに粉々に吹き飛ん痛っ!? なんで叩くんだよ!?」
ばちんと背中を引っ叩かれ、一良が涙目になる。
「人の古傷をえぐるような真似をするからでしょ!?」
「だからって強く叩きすぎだろ! 絶対に痣になってるぞ、これ」
「え? そ、そんなに強くは――」
「メロメロばんばんって何ですか? カズラさん、教えてください」
リーゼの言葉を遮り、バレッタが一良に言う。
声のトーンがマジである。
「え? え、ええと……あ、ジルコニアさん! 冷蔵庫にマヨネーズが入ってるんで、出してもらえます!? 唐揚げに合うんですよ!」
「は、はい! ついでにアイスクリームも出しちゃいましょうか! バレッタは何がいい?」
「バニラでお願いします」
一良の顔を見たまま、バレッタがジルコニアに答える。
「むう、気になるな。カズラ、後でこっそり教えてくれな!」
「カズラさん、教えてください」
「カズラ、絶対にしゃべったらダメだからね!」
「い、いや……はは」
わいわいと騒ぎながら、楽しく食事は進んでいく。
子供たちは唐揚げやハンバーグといった料理がとても気に入ったようで、美味しい、美味しいと言いながら一心不乱に頬張っていた。
ゼリーやプリンも大好評で、ルルーナとロローナは特に気に入ったらしく、2人そろって2個目(プリンとゼリー両方)を食べているところだ。
「そういえば、エイラ」
ルグロがフルーツゼリーをスプーンで掬いながら、エイラに顔を向ける。
「あれから、父上の様子はどうだった? 何か言ってたか?」
「はい。ずっと頭を抱えたまま、『いったいどうすれば』とか、『私の代で片付けねば』と独り言を言っておられました」
ルグロたちが客室を出てから、エイラはずっとエルミア国王の傍に付いていた。
夕食の時間になったため、エイラは彼をナルソンたちの待つ別室へと案内し、調理場で皆と合流したというわけである。
「なんだそりゃ。他には?」
「他には何もおっしゃられておりませんでした」
「ふーん……ま、後で聞いてみるか。ありがとな」
「お父様。私、おじい様にプリンを持って行ってあげたいです」
「私はゼリーを持って行ってあげたいです」
ルルーナとロローナが、それぞれプリンとゼリーを食べながらルグロに顔を向ける。
「ん、そうだな。でも、それはまた後でにしておこう。じいちゃんたち、今大事な話をしてるところだからさ」
「そうですか……」
「おじい様が心配です……」
しゅんとした様子で言うルルーナとロローナ。
2人とも、エルミア国王をとても慕っていることがその様子から一良には分かった。
ちなみに、子供たちは天国と地獄の動画についてや、死後にどうこうといった話は何も知らない。
「大丈夫だって。後で父ちゃんがちゃんと話して、元気出させるからさ。そんなに心配すんな」
ルグロが娘たちを安心させるように微笑む。
彼女たちはそれで納得したようで、再びデザートに手を付け始めた。
その後もしばらく雑談を続けながら、夕食は続いたのだった。