軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55話『交渉』

「ぐ、き、貴様……ッ!」

刃を突きつけられたロードリーテンが、うめき声を漏らす。

「やめなさい、トゥエイト!」

「それはこちらの台詞だ、クリス」

クリスが怒鳴り声を上げると同時に、局の兵士たちが俺を取り囲もうとした。

その動きを視線のみで牽制しつつ、クリスへ語りかける。

「兵士を遠ざけろ。俺は交渉がしたいだけだ」

こちらが本気であることを理解したのか、クリスは冷や汗を垂らした。

「……言われた通りにしてちょうだい」

展開していた兵士たちが、クリスの命令に従って後退する。

助けを期待できなくなったロードリーテンは、焦った様子で叫んだ。

「こ、交渉の余地などない! 貴様はアレを生かしたいと考えているようだが、このまま時間が経てば、勝手にアレは死ぬ筈だ! 不利なのは貴様の方だぞ!」

「ミゼが死ぬ前に、お前を殺す」

シンプルに告げると、ロードリーテンの顔が青褪めた。

ついでに、もう一方の敵であるクリスに対しても、釘を刺しておく。

「クリス。元飼い犬とは言え、他国の王を殺されるのは局にとっても不都合だろう。今ならまだ揉み消せるが、死体が上がれば誤魔化せないぞ」

「……飼い犬に手を噛まれるとは、このことね」

「 元(・) 飼い犬だ。それに、ここまで追い詰めたのはそっちだろう。……この男の首を刎ねられたくなければ大人しくしていろ」

交渉はあくまでロードリーテンと行う。

残念ながらクリスと交渉する材料はない。よって彼女は 脅迫(・・) で動きを封じる。

「こちらが要求するのはミゼの安全だ。その対価として――」

一拍おいて、俺はこの場にいる全員に聞こえるよう強い語気で伝えた。

「――霊草エクサの群生地を教える」

「なっ!?」

ロードリーテンが驚愕の声を漏らす。

「エクサは知っているな? 霊薬エリクサーの原料となる薬草だ。売れば莫大な金になるだろう。それこそ、先の大戦での消耗くらい簡単に回復できる筈だ」

「ば、馬鹿な! そんな話、信じられるとでも――」

「――状況が読めていないようだな」

ロードリーテンの首筋に添えた刃を、軽く滑らせる。

「これは文字通り、命懸けの交渉だ。交渉決裂は互いの死を意味するぞ」

「ぐぁ……や、やめてくれ……!」

ロードリーテンは涙こそ流さなかったが、全身を恐怖に震わせており、王としての貫禄は既にどこかへ消えていた。皺の刻まれたその顔からは、かつては雄々しい印象を受けたが、今は情けなく歪んでいる。

「陛下、恐れながら申し上げます。これは貴方の命と、一国の命を天秤に乗せた交渉です」

その時。クリスが冷静に告げた。

「ど、どういうことだ……?」

「霊草エクサの群生地……そんな交渉材料を最初から持っていれば、そもそも28は逃げていなかった筈です。つまり、28は逃亡中にこの群生地を発見したことになります。……わざわざこの場で教えてもらわなくても、これまでの28の動向を調べれば、群生地の在処はすぐに見当がつくでしょう」

「だ、だから何が言いたい?」

「仮にこの交渉が決裂しても、霊草エクサは入手できます。殿下の死体も同様です」

要するに、ここで俺が死んでも、群生地や死体の在処は割り出せるということだ。

しかし、この交渉が決裂し、俺が死ぬということは――。

「ふ、ふざけるな! そんなことしたら私が死んでしまうだろうが!」

「ええ、ですから私に決定権はございません。しかし、もし陛下が自らの命よりも国の安寧を優先するのであれば……この交渉に乗る必要はありません」

この場にはロードリーテンとクリス以外にも、証人となる兵士が数多く存在する。

俺が一方的にロードリーテンを殺害すると局の責任問題となるかもしれないが、ロードリーテン自らが首を差し出せばその限りではない。実際そうなった場合、局は兵士たちの証言によって責任を免れることができるだろう。

だが――その程度の対応、予測している。

「無駄だ。群生地には爆弾を仕掛けている。交渉が決裂した場合は、この男を殺した後、それを起爆する」

「ちっ……用意周到ね」

「そういう風に教育されたからな」

お陰様で我ながら逞しく育った。

クリスは顔を顰める。子供にとって最大の親孝行は、親を超えることであるとどこかで聞いたことがあるが……局はそこまでは求めていなかったらしい。

さて――これでロードリーテンには、大義名分ができた。

霊草エクサの群生地は、アルケディア王国に大きな恩恵を齎すだろう。

だから、 やむを得ず交渉に乗(・・・・・・・・・) った(・・) 。今ならそうやって言い訳することで、ロードリーテンは自国よりも自分の命を優先することができる。

「い、一度、他の者と相談する時間をくれないか……?」

媚びるようなロードリーテンの瞳を見て嘆息する。

暢気とでも言うべきか。この期に及んで、まだ都合の良い横道を探しているようだ。

「言っていなかったが、お前との交渉は五分で打ち切ると決めている。残り一分だ」

「ひっ!?」

残り一分。それは俺の寿命となるかもしれない。

首筋に刃を立てて言うと、ロードリーテンは怯えた声を漏らした。

ミゼのことは道具と割り切り、いざという時は容赦なく切り捨てるくせに――自分の命となるとそうはいかないらしい。その臆病な性格を利用して交渉を持ちかけているとは言え、些か腹立たしい気分になる。

随分と、自分には甘い人間だ。

静かな時が過ぎる。

誰かの唾を飲む音が聞こえた。

「……わ、分かった」

頭の中で時間を数えていると、ロードリーテンが絞り出したような声を発した。

「大きな声で、この場にいる全員に聞こえる声で言え」

「分かった! 交渉成立だ!」

自棄になったように、ロードリーテンは叫んだ。

「もし契約を反故にするようなら、群生地の場所をあらゆる国にリークする。……共和国辺りは、嬉々として攻め込んでくるだろうな」

「契約は反故にしない! だ、だから離せ!」

口調は強いが、その表情は既に敗北の色に染まっている。

少なくともクリスは理解しているだろう。別に俺は刃を首筋に突きつけていなくても、次の瞬間にはロードリーテンの首を落とせる。状況を分かりやすくするためにも、敢えてそうしているだけだ。

ロードリーテンの首から刃を離し、クリスを見る。

「クリス、立会人として契約書を作成しろ。それと、この建物を出るまで俺を護衛してくれ」

「……ええ」

本当はこの場で契約書の完成を待ちたいところだが、ミゼのことが心配だ。

彼女を安全な場所に運んでから、契約書の作成に取りかかればいい。

「世話になったな」

地べたに座り込むロードリーテンにそう告げて、俺はクリスと共に地下牢を出た。

二人の兵士が先導し、その後方で俺とクリスが続いて歩く。

既に事の顛末は知れ渡っているのか、兵士たちの慌ただしい声などは聞こえず、耳が痛いほどの沈黙がいつまでも続いていた。

「ドン引きしたわ」

隣でクリスが呟く。

「他国の王様を脅迫するなんて……戦争が起きてもおかしくないわよ?」

「元々、あの王様は戦争を避けるためにミゼの暗殺を決意したんだ。戦争は起きない」

霊草を使えばアルケディア王国は大戦で消耗した国力を回復できる。但し、それにはミゼに対する不干渉を守る必要がある。ロードリーテンはこれから、第一王子派と第二王子派、両陣営をうまく説得しなければならないだろう。

「クリス」

「なに? ――ひゃあっ!?」

体勢が崩れ、クリスの肩に頭を乗せた。

「流石にきつい……肩を貸してくれ」

「さ、先に言いなさいよ」

どうせ先に言ったところで似たような反応をしたはずだ。

「あのねぇ……本当はこの場で、貴方を始末してもいいのよ? そうすれば私たちは、アルケディア王国に恩を売れるんだし」

「そんなことはしないだろう」

言い切る俺に、クリスは目を丸くした。

「先程の交渉、局にとっては理想的な内容となった筈だ。……ミゼは今後もテラリア王国で過ごすことになる。つまり今回の交渉で、アルケディア王国は霊草エクサの群生地を入手したが、テラリア王国は《叡智の道》を入手したと言っても過言ではない」

しかも、その群生地の在処を知っている俺も、テラリア王国側の人間だ。

局にとってはこれ以上の条件はない。

クリスはそんな俺の話を聞いて……頬を引き攣らせた。

「なんだ、その顔は」

「恐怖と驚愕が綯い交ぜになった表情よ。……あの状況で、私たちの利益も計算していたのね」

「局を敵に回す気はない。厄介な組織だからな」

「どの口が言うのよ。今まで散々、暴れ回ってきたくせに。……貴方のせいで02がずっと泣いてるんだけど」

それはどうでもいい。

死ななかっただけでも有り難く思え。

「契約書の作成は急務ね。向こうも馬鹿じゃないし、《叡智の道》が他国に渡る危険性はすぐに看過できなくなるでしょう。ケチつけられる前に書面を作っちゃうわ」

「早めに頼む。下手に時間をかけるとまた妙な連中に襲われそうだ」

「そうね。……ちなみに、殿下の政治利用を認めてくれるなら、うちから正式に護衛を出すこともできるんだけれど」

「不要だ。ミゼは俺が守る。少なくとも、学園にいる間はな」

そう言うと、クリスは小さく溜息を吐いた。

建物の外に出ると、柔らかな日差しが顔を照らす。風呂に入りたいとか、泥のように眠りたいとか、様々な欲望が滲み出るところを辛うじて抑えた。

「護衛はここまででいい」

クリスと別れ、俺は建物の裏手に回った。

「ちょっと、何処に行くのよ?」

「ダメ押しだ。……ああいう自分に甘い人間は、一度痛い目を見ないと学ばないからな」

交渉が終わった後、ロードリーテンは平静を取り戻すと同時に、すぐに地下牢から地上に戻った。

「陛下……その、ご無事で?」

「これが無事に見えるか?」

首筋を軽く撫でてロードリーテンは言う。

そこにはトゥエイトにつけられた傷があった。皮一枚を切った程度の、薄らとした傷跡だが、国の王が負う傷にしてはあまりにも大きい。

「し、しかし霊草エクサの群生地など……到底、信じられません」

「いや……有り得ない話ではない」

大きな部屋の中心にある、高級な椅子に腰を下ろしたロードリーテンは、冷静に部下へ説明した。

「《叡智の道》だ。あの力は我々の理解を超える。霊草の群生地も《叡智の道》によって発見したとなれば納得できる」

先程の失態を悔いるように、ロードリーテンは右の掌で顔を覆った。

「なればこそ――あの力は放っておけん。やはり、《叡智の道》は戦乱を呼びかねない」

決意を露わに、ロードリーテンは告げる。

「群生地に仕掛けられた爆弾を取り除いた後……あの男、28を暗殺しろ」

「……あ、暗殺、ですか?」

「我が国にとって28は災厄そのものだ。こちらの事情に深入りしている上、テラリア王国の首輪もイマイチ効いていないように見える。……これ以上、余計な手出しをされる前に殺してしまえ」

ロードリーテンにとって28はそれだけの脅威に思えた。

幸い事はまだ公になっていないが、28はロードリーテンの首筋に刃を突きつけた人物だ。このまま逃がしてしまえば国や軍の面子にも関わる。

「霊草で国力を回復できるとすれば、アレを殺す必要もないかもしれん。…… 然(しか) る後、《叡智の道》も再び手中に収めるか」

あの28という男も馬鹿な取引を持ちかけてきたものだ、とロードリーテンは嘲笑う。

霊草も《叡智の道》も、どちらもアルケディア王国が手に入れればいい。

恐らく今回の契約内容は、群生地の在処を知るテラリア王国が、その詳細をアルケディア王国に伝える代わりに、現在テラリア王国の学園に通っているミゼの安全を保証しろといったものになる。

群生地の在処を知るテラリア王国は、アルケディア王国が契約を反故にするとすぐに群生地の在処を周辺国へリークするだろう。しかしアルケディア王国は、霊草によって潤った経済を軍事力に回せば、テラリア王国との戦争にも臨むことができる。そのリスクを考慮すれば、テラリア王国は尻込みする筈だ。

「へ、陛下。恐れながら申し上げます。あの男……28の暗殺を試みた結果、既に多くの部下が犠牲になっています。第二王子派が雇った傭兵団『赤龍の牙』も壊滅してしまうほどで……」

「臆するな! そもそもあの男は降伏と偽り、意表を突く形で私の前に立ったのだ! こちらが油断さえしなければ、あの男にしてやられることもない!」

ロードリーテンが顔を真っ赤にして怒声を発する。

次の瞬間――その真っ赤な顔の隣で、バツンと音がした。

「へ、ぁ………………?」

窓ガラスの割れた音と共に、部屋にいた兵士たちが慌てる。

ロードリーテンの顔のすぐ隣。椅子の背もたれに、弾丸一つ分の穴が空いていた。

奇妙な声を漏らした後、ロードリーテンは途端に大きな恐怖に襲われ、ぺたりと地べたに尻餅をつく。

――いつでも殺してやるよ。

割れた窓ガラスの向こうから、風に乗ってそんな声が聞こえたような気がした。

学友の父親を軽く脅した後、俺はBF28を腕輪に戻し、すぐにミゼのもとへ向かった。

ロードリーテンのあの様子からして、契約はすぐ反故にするつもりだったのだろう。

今後、定期的にアルケディア王国の動向を探り、ミゼに手を出すようならその度に狙撃してやろうと思う。

自分に甘いあの男は、利益を得ても更なる利益を求めたがるような性分だ。

抑止力となるのは利益よりも恐怖。なら、俺がその恐怖になるしかない。

ミゼと最後に別れた岩間へ向かっていると、その途中で倒れている彼女を見つけた。

目を覚ました後、慌てて俺を探したのだろう。とは言え殆ど動くことはできなかったようで、最後に別れた岩間から五十メートルも離れていない位置で倒れていた。下手に動けていたらアルケディア王国の兵士たちに見つかっていた可能性もある。かえって助かった。

首筋に指を添えて脈を測る。問題ない。生きている。

様子を見る限り、ぐっすりと眠っているようだ。

元は王女様だったというのに、今では荒野のど真ん中で熟睡できるほど図太くなってしまった。周りの者はその変化を求めていないのかもしれない。けれどミゼは、そんな自分を誇らしく思うのだろう。

籠の中から飛び出た鳥は、きっと泥だらけに汚れたとしても再び籠には戻らない。

餌を与えられて綺麗に育てられることよりも、醜く生き延びることに本当の美しさを見出したからだ。

「ミゼ」

「ん……トゥエイト、さん……?」

眠たそうに、まだ夢を見ているような様子で、ミゼが俺の名を呼ぶ。

教室でうたた寝していた時のような、周囲の状況とまるで噛み合っていない彼女の平和な声音に、俺はつい笑みを浮かべてしまう。

危なくて、恐ろしくて、悲しくて、どうしようもないくらい辛かった旅だが、締め括りはそれほど悪くないような気がした。

「そろそろ帰ろう」