軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

54話『降伏』

「殿下の居場所を――さっさと吐け!」

背中を鞭で、強く叩かれる。

バチリ、と激しい音と共に全身に痛みが走った。一瞬、視界が眩い光に包まれる。

冷たい牢の中、両手を鎖で吊るされた俺は、長い時間をかけて尋問を受けていた。

痛みには慣れている。だから尋問されたところで意味はない。

しかし、ミゼのことが心配だ。あの状態だと数日は寝たきりで過ごす羽目となるだろう。その間、辛うじて持ちこたえられる分の食糧と飲み水は置いてきたが……彼女のことだ。姿を消した俺を探すために、無茶をしでかす可能性もある。

そんなことを思い浮かべていると、また背中を鞭で叩かれた。

「はぁ、はぁ……この、吐けって言ってんだろ!」

「おい、その辺にしておけ。これ以上続けたら死んじまうぞ」

檻の外から、他の男が声をかけた。

「……くそっ、舐めやがって」

鞭を持った男が息切れしながら牢から出る。

ガチャリと牢の鍵が締められた。

「しかし、本当に俺たちは、今までこんな男一人に苦戦していたのか?」

「へっ。大戦の英雄だかなんだかは知らねぇが、今となってはボロ雑巾だ。放っておいてもそのうち死ぬぜ」

二人の男は、あからさまに俺のことを見下した。

以前ミゼも言っていたが、アルケディア王国にも諜報部隊は存在する。男たちはその隊員らしく、俺のことを知っているようだった。

テラリア王国では大戦の英雄と謳われていても、他国では事情が違う。

アルケディア王国にとって、俺はただの危険な人間でしかなかった。

「王、を……」

口を開き、掠れた声で告げる。

「王を、呼べ……」

そう告げた後、男は激昂した。

「呼ぶわけねぇだろ! てめぇは死ぬまで俺たちにいたぶられ――」

「――私に用があるのか?」

入り口から、一人の男が現れる。

上質な赤いマントを纏ったその人物の登場に、先程俺を尋問していた男は、思わず鞭を落とした。

「へ、陛下! 何故こちらに!」

「なに、散々手こずらせてきた相手を一目見たいと思うのは自然だろう」

ロードリーテン=アルケディア。

神聖アルケディア王国の現国王は、そう言って牢の外側から俺を睨んだ。

背は高く、体格もいい。真っ直ぐ伸びた背筋や顔に刻まれた皺からは貫禄が滲み出ており、少なくともお飾りの王ではないことが窺える。

だが、その瞳は何処か濁っていた。

人の上に立つ者としての自信に満ちた目というより――弱者を見つけて嘲笑うような、醜悪な目に見える。

「お前が……ミゼの、父親か」

「ああ。確かに、私は アレ(・・) の父親だ」

その言い方に、俺は思わず苦笑した。

「娘をアレ呼ばわりか」

「生憎だが、私はアレを娘扱いしたことがない。かつては国を繁栄させる道具として、成長に期待していたが……今や、戦を生む火薬となってしまった」

下卑た笑みを浮かべながら、ロードリーテンは言った。

「国の平和を守るためにも、私にはアレの死体が必要なのだ。だから……さっさとその居場所を吐け!」

ロードリーテンが怒りを露わにする。

ミゼの死体を見せるまで、《叡智の道》の奪い合いは終わらない。国のためにミゼを犠牲にすることは、ロードリーテンの中では既に決定事項のようだった。

「交渉、したい」

「なんだと?」

「ミゼを殺さずに済む方法について、話し合いたい」

そう言うと、ロードリーテンは大笑いした。

「ふふっ、ふははは! どうやら貴様は状況が読めていないようだな!」

ロードリーテンは、ぎらついた眼で俺を睨む。

「我々はテラリア王国の部隊とも連携して動いている。……ここに辿り着くまでの間、何度も激しい戦闘があったようだな? どうせ貴様が口を割らずとも、アレは既に瀕死だろう。貴様にアレの居場所を訊いているのは、単に死体を探す手間を省きたいだけだ。交渉の余地はない……どのみちアレは死ぬ」

ロードリーテンは愉快に笑いながら言った。

「……そうか」

ロードリーテンとは初対面だが、概ね予想通りの人柄だった。

貴族は情よりも利で動くと、クリスに言われたことがある。ロードリーテンはその典型かもしれない。この男に情による訴えは通用しそうにない。

今更、穏便に事を済ませたいとは思わない。

顔を上に向け、口に含んでいた石ころを、両腕を拘束している鎖目掛けて吐き出した。

トゥエイトとロードリーテンが顔を合わせる少し前。

クリスはアルケディア王国の軍人に案内され、トゥエイトのもとへと向かっていた。

「28が降伏したって、本当?」

「はい。今は牢に捕えています。ただ、ミーシェリアーゼ王女殿下は何処にも見当たらないらしく……」

護衛対象のミーシェリアーゼと共にいない時点で、降伏は真っ赤な嘘だ。

軍服を揺らしながら、クリスは考える。

恐らく、ミーシェリアーゼは今も何処かへ逃げようとしているのだろう。或いは事情があって動けないかのどちらかだ。トゥエイトとしては、尋問に対して沈黙を貫くことで、少しでも捜索の目を引き付けたいのかもしれない。

「こちらです」

三十か四十歳辺りの軍人が、丁寧な態度でクリスの案内を引き続く。

案内されたのは、大きな館の中だった。

「随分と、豪奢ね」

アルケディア王国の東端に位置するこの都市は、どちらかと言えば田舎であり、設備はあまり充実していないと聞いていた。しかしクリスが案内された館の内装は非常に豪奢であり、明らかに庶民向けではない。

「数日前から、この館には陛下が滞在していますから」

「陛下が?」

「第二王子派にミーシェリアーゼ王女殿下の身柄を渡すわけにはいきません。彼らに対する牽制のためにも、陛下が直々に足を運んだのです。……クリス様の部隊が健闘していただいたおかげで、28をこの地に追い込むことができました。感謝いたします」

アルケディア王国も馬鹿ではない。クリスやオズが着々とトゥエイトを追い詰める一方で、彼らはトゥエイトをこの街に追い込むための作戦を展開していたらしい。

トゥエイトが共和国を目指していたのは、その足取りから明らかだった。なら、テラリア王国と共和国の中間地点にあたるこの地でトゥエイトを待ち構えるという作戦は悪くない。恐らくトゥエイトが降伏していなくても、何処かで彼らに捕まっていただろう。

「それで、肝心の陛下はどちらに……」

「陛下は今、地下牢で28と会っています」

「……は?」

暢気に告げる軍人に、クリスは目を見開いた。

「……まさか、直接会っているわけじゃないでしょうね?」

「ははは、ご安心を。28は牢へ入れ、両手両足を縛った上で痛め付けています。地下牢には我々のような軍人も待機していますし、鉄格子を挟んで話すくらいなら問題ないでしょう」

「駄目! それだけじゃ足りないわ!」

自分たちの手であの男を拘束したならともかく、今回はあの男が自ら首を差し出してきたのだ。

何か裏があるに決まっている。口も目も、耳も鼻も、可能な限り全てを思い通りにさせるべきではない。

瞬間――足元が激しく揺れた。

唐突な地響きに、クリスは片膝をつく。

「なんだ、今の揺れは!?」

「これは……まさか、地下牢か!?」

狼狽する軍人たちの間を抜け、クリスは走って地下牢へと向かった。

階段を降り、辿り着いたその先では――。

「ひっ!?」

アルケディア王国の王、ロードリーテンが怯えた声を漏らす。

その背後に、ゾッとするほどの冷たい目をした男がいた。

「クリスか。……少し遅かったな」

トゥエイトが、王の首筋に刃を添えながら言う。

「改めて言う。――ロードリーテン=アルケディア、俺はお前と交渉がしたい」