軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53話『逃げた先に自由はない』

放たれた一発の弾丸は、俺の目の前でオズの身体を貫いた。

ドサリと音を立てて、小さな体躯が地面に横たわる。

「……死んでは、いないか」

弾丸はオズの脇腹を貫いていた。即死する傷ではないが、出血が激しい。オズはもう動けないだろう。

遠くで隠れていたミゼに視線を注ぐ。

ミゼは無言で頷き、BF28を抱えながらこちらへ近づいた。

「……わかんないよ」

足元でオズが呻く。

「どうして28は、こんな風になっちゃったの……?」

「……さぁな」

これでも機関のエースと呼ばれていた人間だ。

その俺が、度重なる命令違反に、同僚との殺し合いまでしてみせた。オズが疑問に思うのも無理はない。

ただ、悪い気分ではなかった。

それだけは堂々と告げることができる。

その時、ブブブとオズの傍で何かの震動する音が聞こえた。

オズの外套から一枚の『通信紙』を取り出す。

着信が入っている。

『いつまで続けるつもり?』

耳元にあてた『通信紙』から、クリスの声が聞こえた。

『分かってはいるでしょうけれど、追い詰められたのは貴方たちの方よ。移動手段を失った貴方たちは、これから今まで以上に過酷な逃避行を強いられる。……貴方一人ならなんとかなるかもしれない。でも、殿下はどうでしょうね』

反論の余地がない警告だった。

『仮に共和国まで逃げたとして……まさかそれで平和な日々を得られるとでも思っているの? 《叡智の道》は強力な魔法よ。殿下をただの人間として扱う国は、この世界の何処にも存在しない。逃げたところで、きっとまた同じことが――』

「――分かっている」

クリスの言葉を遮って言う。

「そんなこと、とっくに分かっている」

クリスとの通信を切断し、『通信紙』を足元に捨てた。

オズは既に気を失っている。このまま放置すれば出血多量で死に至るが、先程の通信のタイミングから察するに、恐らく近くでクリスが待機しているのだろう。応急処置は彼女に任せればいい。

「トゥエイトさん……」

ミゼが、不安気な顔で俺を見つめた。

馬車を破壊され、荷台に載せていた食糧と薬も全て失った。

ミゼだけでなく俺も体力の限界が近い。オズとの戦闘で心身ともに疲弊している。

それでも、足を止めるわけにはいかない。

「……行こう」

何処へ? とは、訊かれなかった。

王国を出た辺りから、薄々気づいていた。

この逃避行が、無茶であることくらい。

オズとの戦いが終わってから数日が経過した。

地平線の彼方まで見える広い荒野を、もうずっと歩き続けている。水もなければ食糧もない。頭上から降り注ぐ陽光は暑苦しく、無慈悲に体力を奪っていった。

「……ミゼ、大丈夫か」

「……はい」

殆ど飲まず食わずで歩き続けていると、次第に口数も減った。

覚束無い足取りで、時折何もないところで躓きながら、俺たちは何処かへ向かう。

「……これを食え」

地面を這っていた小さな蜥蜴を仕留め、串刺しにしたものをミゼに渡す。

「……いただきます」

焚き火で蜥蜴を焼いた後、最低限の言葉だけを発してミゼが食事を始める。

無言で肉を咀嚼するミゼの様子を暫く眺めた後、俺は手に持っている木の枝に、焚き火の炎を移してからその場から離れた。

そして、岩陰に隠していた動物の死骸へ手を伸ばす。

死骸に肉は残っていない。既に腐食も進んでおり、食べることは不可能だ。

しかし、その死骸には大量の蛆虫が沸いていた。

これを炙って、口に入れる。

まだ体力は、俺の方が残っている。

食糧はミゼに優先して回すべきだ――そう思った時。

いつの間にか背後にいたミゼが、俺の掌から炙った蛆虫を奪い、口に入れた。

「ミゼ……」

「私だけ、楽をするわけにはいきません」

そう言ってミゼは、半分ほど残った蜥蜴の肉を俺に差し出す。

俺は皮ごと蜥蜴を噛み千切り、咀嚼しながら未来のことを考えた。

――こんな生活を、いつまで続ければいいんだろうか。

言葉には出さず頭の中だけで呟く。

分かっていたことだ。

何処かへ逃げたところで、王国は永遠に俺たちのことを追い続ける。

それでも、あの時。

ミゼを連れて国を出たのは、このままじゃ駄目だと思ったからだ。

あの時の選択はきっと間違っていないだろう。

俺がミゼを連れ出さなければ、今頃ミゼは暗殺されていた。だから、あの選択に後悔はない。

――逃げるしか、なかった。

あの時も、そして今も。

たとえ希望が見えなかったとしても、俺たちには逃げ続けることしかできなかった。

だがそれも――。

「……限界だ」

俺も、ミゼも、体力の限界だ。

石ころの模様が子供の顔に見える。風の音が赤ん坊の泣き声に聞こえる。

幻覚と幻聴に意識を持っていかれたら終わりだ。失った正気を取り戻す体力はない。

その時。隣を歩いていたミゼが、唐突に倒れた。

「ミゼ……?」

ゆっくりと屈み体調を確認しようとすると、ミゼが両手で俺の顔を挟む。

「トゥエイトさん……もっと、もっと遠くへ、逃げましょう」

「……ああ」

「誰も知らないような、自由で、穏やかな場所へ……二人で、どこまでも、一緒に……」

頼りなく笑うミゼに俺は唇を引き結んだ。

今、確信した。

――逃げた先に自由はない。

たとえ敵から逃げることはできても、襲われるという不安からは逃げられないのだ。

それを……漸く理解した。

「逃げるのは……もう止めだ」

ミゼを背負いながら呟く。

エリシアを救った時、日常とは帰るべき場所なんだと気づいた筈だ。

ならば、これが……この状況が、本当にその帰るべき場所なのか?

――違う。

友と別れた。仲間を撃った。

そんな日々が、俺たちの帰るべき場所なのか?

――断じて違う。

そんな日々を帰るべき場所だとは思いたくない。

俺もミゼも、そんな毎日を求めているわけではないのだ。

「どこかで、立ち向かわなくてはならない」

倒れたミゼを岩陰に運び、そっと寝かせながら言う。

「自由は……堂々と、勝ち取らなければならない」

水の入った小さな革袋と、蜥蜴の死体を幾つかミゼの傍に置いておく。

立ち上がる俺を、ミゼは泣き出しそうな目で見ていた。

「何処へ、行くんですか……?」

「……ここで暫く待っていてくれ」

もし俺が帰ってこなければ――という言葉は、飲み込んだ。

俺が帰ってこなければミゼは死ぬだろう。その責任を放棄する気はない。

頭の中で付近の地図を思い浮かべる。

ここから共和国まで歩くには、あと十日ほどかかる。しかしアルケディア王国の都市は目と鼻の先だ。

何もない荒野を早足で一時間ほど歩く。

暑苦しい中、甲冑を纏った二人組の男を発見した。

「アルケディア王国の軍人だな?」

「なんだ、貴様は?」

今にも倒れそうな俺を、男の一人が怪訝な目で見た。

「ん? 待て。その見た目、何処かで……」

「お、おい。そいつ、まさか指名手配中の……」

男たちが次第に困惑する。

そんな二人の目の前で、俺は両手を挙げた。

「降伏だ。俺を……王のもとへ連れて行け」