作品タイトル不明
公爵令嬢4
王都にいるお父様からの手紙によると、宰相が呪術師を殺そうとしたところを、間一髪でアーサーの部下が救い、宰相とのつながりを自白させた。その証拠も押さえることができたそうだ。
宰相は最速で裁判を行い極刑が決まった。自白によるとウイリアムの呪いの病とその罪をキャンベル公爵家に着せる計画は、宰相の独断による計画だったらしい。だが王族を呪うことは国家反逆罪と取れてもおかしくない。宰相の処分だけでは終わらず侯爵家の爵位は剥奪、一族は平民に落とされた。それでも甘いという声があったという。
呪術師は宰相の手の者によって切られた傷が悪化し死んだ。ただ今際の際に呪いを宰相にかけたらしく、宰相はウイリアムと同じ奇病を発症した。本人は狂乱しているそうだが、それも刑が執行されるまでのこと。
ウイリアムは呪術師が持っていた解呪薬を飲んだが、完全に治らなかったそうだ。爛れは消えたが顔の右半分はその名残があり真っ黒な痣となった。
ウイリアムは痣が消えないことに絶望し、酒を飲んで暴れるようになる。公務も一切しなくなった。結局ウイリアムは廃嫡となり、失意の国王は譲位を決断した。次の王太子はアーサーがなる。そして準備が整い次第、王に即位することが決まった。
国という大きなものを背負うことになってしまったが、アーサー以上に王に相応しい人間はいないと思う。臣下として、また友人として力になりたい。
私がキャンベル公爵領にいる間に、色々なことが片付いた。そろそろ私は「行方不明だったが無事に発見された」ということで王都に戻ることになっている。その前にステラとルカと話をしようと思った。
ある日の午後、二人をお茶に誘った。二人は使用人だからと恐縮するので強引にお願いした。王都でのことを二人にも伝えておきたかった。
「まさに因果応報ですね。王は満足に息子を育てられなかったし、王太子はとんでもなくクズ野郎だし」
ルカが吐き捨てるように言った。ルカは好青年だと思っていたが意外と毒舌のようだ。そのルカをステラはキラキラしい眼差しで見ている。二人は公爵領で先日ささやかながらも結婚式を挙げた。
二人は公爵邸の使用人たちとすっかり仲良くなり、みんなから祝われていた。私も二人の幸せな姿を見ることができて嬉しい。一度目の助けられなかった罪をようやく贖えた気がする。
「ふふふ。でもアーサー様が王様でセリーナ様が王妃様ならこの国は安泰ですね!」
「そうなるように努力するわ。ところでステラさんの治癒の力にバラつきがあるのはどうしてなのかしら?」
「ああ、そのことなのですが、セリーナ様にお伝えしていませんでしたね。私の力は治癒の力ではありません」
「えっ? でもウイリアム様の奇病を治したわ。しかも普通の病ではなく呪いによるものを」
「あれは治したのではなく、顔の右半分の時間を奇病が発生する前の時間に戻したのです。私の力は時間を戻すものなので、生まれたときからの病、先天的なものは治せません。いくら時間を戻してもどうにもなりませんから」
「そうだったのね。治療していたのではなかったのね。それで殺されそうになって時間を巻き戻したのね」
「はい。でもはじめてのことで、イチかバチかでした。どうせ殺されるなら試してみようと思って。でも大きな力を使ってしまったので、もう力は残っていません。残念です」
ステラの話だと大規模な時間の逆行は一度しかできないらしい。それとケガや病気も生きていないと治せない。亡くなった人は生き返らせることができないからだ。
私の疑問が解けてすっきりしていると、二人はお菓子をバクバク食べてお茶をゴクゴク飲んでいた。お茶に誘ったときには遠慮していたのに、いざ席に着いたら遠慮がなくなった。もちろんそうしてもらうために誘ったのだから嬉しい限りだ。
「そうなのね」
「はい」
「使えるかどうか試してみたのかしら?」
「はい。何度か試みたのですが……大きく時間を戻したせいだと思います」
「そう……。それなら奇跡はもう起こせない。ウイリアム様の顔も戻せないのね」
「はい。もしも力が使えてもお断りです。頑張って解呪薬を作れる呪術師を探せばいいのです」
ステラはきっぱりと断言する。別にウイリアムの顔を治してほしくて聞いたわけではない。もしかしたらもう治らないことを確認して溜飲を下げたかったのかもしれない。
(私、性格悪いわね)
しばらくするとお父様から王都に戻るようにという手紙が届いた。私は乗っていた馬車が崖から落ちて行方不明になっていたが、偶然農夫に発見され助かった。しかし発見時からの高熱が続き回復に時間がかかり、そのせいで無事を知らせるのが遅くなったことにしてある。行方不明になったことでウイリアムとの婚約も解消されていた。
生きていたことを公にした以上、公爵家の娘として新たな縁談を探さなくてはならない。それは高位貴族の娘の宿命だ。今度は私を信じてくれる人がいい。私は王都に戻った。
「お父様。お母様。戻りました」
「おお、セリーナ。元気そうでよかった。手紙はもらっていたが会えないのは寂しかったぞ」
「セリーナ。可愛い私の娘。顔を見せてちょうだい。少し大人びたかしら?」
「色々ありましたから……」
「そうね」
「セリーナ。これからアーサー殿下がお見えになる。お前に話があるそうだ」
アーサーが来ると聞いて、胸が騒めいた。妙に緊張する。もうアーサーは王太子になった。私は一公爵令嬢になった。幼馴染ではあるが気安くしてはいけないだろう。それは寂しいことだった。でもとにかく感謝を伝えたい。アーサーのおかげで私は生きているし、我が家は断罪されることもなく、またウイリアムとの婚約を解消できたのだから。
「セリーナ。久しぶりだ。息災にしていたか?」
「はい。おかげさまで。王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう――」
アーサーは悲しそうに眉を下げると、緩く首を振った。
「セリーナ。かしこまらないでくれ。確かに王太子になったが、私は私のままだ」
「ふふ、そうね」
お茶を飲んで近況を報告し合った。それが終わるとアーサーは立ち上がり、私の前に膝を突いた。大きな手が流れるような動きで、私の指先に触れた。その手が私の指をまるで尊いもののように柔らかく包むと、私の目をまっすぐに見つめてゆっくりと口を開いた。
「セリーナ嬢。愛している。どうか、私と結婚してほしい」
「アーサー様!!」
まさかプロポーズをされるとは思っていなかった。冗談かと思ったがアーサーの目を見ればそうでないことは理解できた。瞳の奥には熱い熱情があり、切ないほど私を求めている。
ウイリアムに向けられたものとは違うその熱に狼狽えた。私はまるで乙女のように顔を赤く染め返事に窮した。胸の中に生まれたのは喜びだったのかもしれない。私は浮かれたものの、すぐ冷静さを取り戻して分析をした。
アーサーはすぐに王に即位する。ならば私は妻にちょうどいい。公爵令嬢としての身分は問題ないし、すでに王太子妃教育を終え、公務もこなしていた。そう、実績があるし貴族のことも理解している。前王太子の婚約者だったということさえ目を瞑れば、即戦力になる。私はアーサーが自分に求婚した理由に納得し「はい」と返事をしようとしたが、アーサーが顔を顰めてそれを遮った。
「セリーナ。私は君を愛しているから妻に望んだ。それだけだ。もちろん君が王妃になれば国のためになるがそれはついでだ。ずっと昔からセリーナを好きだった。でも君はウイリアムの婚約者だったから諦めるしかなかった。でもウイリアムは愚かにも君を手放した。それなら遠慮はしない。全力で君の心を奪いに行く。もう誰にも渡しはしない」
「ア、アーサー……本当に? 本当に私でいいの?」
「セリーナでなければだめだ。ウイリアムのことが忘れられなくてもいい。だから私の傍にいてほしい」
私に愛を乞う姿に感動し、涙が頬を滑っていく。
「ウイリアム様のことはもう終わったことです。信じてもらえないかもしれませんが、私も、私も……アーサー様をお慕いしています。あなたを好きになってもいいのでしょうか?」
私の中にもう、ウイリアムはいない。本当は領地にいるときからアーサーのことばかり考えていた。
「ああ、好きになってほしい」
「ありがとう。私、アーサー様のプロポーズをお受けします」
アーサーは優しい笑みを浮べると、私の指先に恭しく口づけを落とした。指先が熱を持ちジンジンする。これは騎士の正式な求婚の作法だ。アーサーは長く騎士団にいたのでこの方法を選んだのだろう。
「ありがとう、セリーナ」
全身から幸せを溢れさせるアーサーに愛おしさが込み上げてきた。私はアーサーの婚約者になり、じきに王妃になる。この一瞬で覚悟ができた。
「セリーナ。ところでステラさんの力は本当に治癒の力だったのか?」
「それが治癒の力ではなく時間を戻す力だったそうなの」
アーサーも時間が戻ったのはステラの力だと考えていた。だが彼女の力は治癒なのに、どうして時間を戻せたのか疑問だったはずだ。私はアーサーにステラとの話の内容を伝えた。
「もう使えないのか……。その方が悪用される恐れもないからいいのだろうな。ただ再び使えるようになるかもしれない。ステラさんたちはキャンベル領でこのまま暮らすのか?」
アーサーの懸念は理解できる。もしもステラの力が再び使えるようになったら、使う使わないは関係なく王家で保護するべきだ。あれほど稀な力は個人の問題ではすまない。今も二人の動向を監視している。幸い公爵領での生活に満足しているようでよかった。
「一度公爵領に戻って二人に話をするつもりだけど、王都で暮らしてもらおうと思うの。それで城での仕事を紹介するつもりよ」
「ああ、それはいい。二人を守れるからね」
「ええ」
これは高位貴族として、また未来の王妃としての当然の判断だと思っている。あくまでも善意の気持ち、保護を目的としたものだ。
「アーサー様。ウイリアム様は?」
ウイリアムの行く末が気になった。これは情ではない。彼は国王のたった一人の王子だった。廃嫡されたとしてもその事実は変わらない。アーサーの治世を邪魔する存在になることを懸念したのだ。
「セリーナが嫌でなければ最後に会うか?」
「ええ。会うわ」
アーサーの提案に頷いた。ウイリアムは部屋で酒を浴びるように飲んでは、毎夜私の名前を呼んで泣いているらしい。アーサーは私が無事だったことを教えずにいた。まあ、一種の仕返しなのだろう。
この様子なら再びウイリアムを担ごうとする貴族はいない。心配は杞憂に終わりそうだ。
私がウイリアムに会うのは会いたいわけではなく、私への未練を断ち切らせるのと、私自身がウイリアムと本当に決別するのをアーサーに見てもらいたいからだ。
数日後、アーサーと一緒にウイリアムに面会した。
久しぶりに見たウイリアムは酷い状態だった。荒れているのは聞いていたが、想像の上をいった。目の前のウイリアムからは以前の面影を見出せない。
猫背で髭は伸ばし放題、お酒臭いしお腹はポッコリしていて顔色は悪く不健康なのがよくわかる。声は酒焼けしているし、短い期間でよくここまで落ちたなと、逆に感心してしまう。
顔の痣については、もっと酷い状態を見ていたので気にならなかった。
ウイリアムは私の無事を知ると、みっともないほど号泣した。私はその姿を見ても感動しないし、むしろ「スン」と無になった。
今さらだと思う。ただ驚いたのはウイリアムが私が無事だったことで、再びやり直せると思っていたことだ。ウイリアムの中で私という存在は随分都合のいいものだったようだ。彼を知るほど心が冷えていく。
「さようなら、ウイリアム様。どうかお元気で」
私はウイリアムに別れを告げた。背を向けたときにウイリアムが小さく私の名前を呼んだが、後ろを振り返ることはなかった。私の胸の中にあったのは憐憫だけ。私の愛を不変だと信じた、愚かで可哀想な人。
ウイリアムが王都を去った。そのあとすぐに行われた私とアーサーの結婚式は盛大なものになった。
ウイリアムとの結婚式で着るはずだったドレスを着ないでほしいとアーサーに懇願され、急いで新しいドレスを作った。間に合わせるために気に入ったデザインの既製品を大幅にアレンジして間に合わせた。アーサーは申し訳なさそうにしていたが、私もウイリアムのためのドレスを着たくなかったのでよかった。それに新しく用意したドレスの方が気に入っている。
結婚式からほどなくして、アーサーは王に即位した。前両陛下は王領地に静養に向かった。
陛下や宰相がいなくなった分、仕事は膨大になった。それでもアーサーとならやっていける。幸い優秀な人材も多くいる。
アーサーはこの世に女性が私しか存在しないと思っているかのように溺愛してくれる。普段甘やかされ放題な分、ときどきアーサーが甘えてくれるととんでもなく幸せになれる。
「はあ~」
「どうした? 溜め息など吐いて」
アーサーが心配そうに問いかける。
「幸せすぎて心配になってしまうわ。いいのかしら?」
「いいに決まっている」
アーサーが当然のように肯定する。誰に憚ることなく、私たちは幸せになれるだろう。