軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵令嬢3

ステラとルカの家には誰もいなかった。家財はそのままになっている。近所の人に確認したところ、故郷のご両親が病で倒れたという知らせが来たので、急遽向かったそうだ。

故郷の場所はわからないと言う。きっと偶然じゃない。このことから二人には記憶があると判断した。城に連れて行かれないように国を出ようとするかもしれない。

私はすぐに決断した。国境沿いに馬車を走らせ二人を探した。

運がいい。それは偶然だった。馬車の窓から二人の姿がないか、注視していたら歩いているところを見つけることができた。

「ステラさん! ルカさん!」

二人は私の呼びかけに驚いていたが、すぐに向きを変え逃げようとした。私は慌てて馬車を止め降りた。

「待って! あなたたちを捕まえに来たわけじゃない。守るために来たの!」

二人は怪訝な表情で、それでも私の傍に騎士がいることから逃げるのは得策ではないと判断したようだ。

「とにかく馬車に乗ってください」

二人は目を見合わせると、決心したように頷き合い馬車に乗ってくれた。

「ステラさんもルカさんも記憶があるのね」

「はい。ところでどこに向かうのですか?」

ステラは不安げに問いかける。私は安心させるように微笑んだ。

「キャンベル公爵家の領地よ。そこで二人を使用人として雇うことにしてもいいかしら? すべてが片付いて安全を確認出来た後は、自由にしていいわ。そのまま働いてくれてもいいし、王都に戻ってもいい。そのための費用も用意します」

ステラとルカは少し考えていたが頷いてくれた。

「セリーナ様のおっしゃるとおりにします。使用人として働かせてください。今後のことは改めて」

「ええ。問題は記憶のある人間が誰かわからないことね。ここにいる三人以外にも覚えている人間が誰なのか、わかれば動きやすいのだけど……」

ステラはあっさりと言った。

「三人以外なら王太子殿下と騎士団長様です」

「なぜ、わかるの?」

「私の力で治癒したことのある人間だけが記憶を持っているのです」

「それは助かるわ。宰相に記憶がないのなら都合がいい。アーサーはきっと考えて動いてくれるでしょう。ウイリアムは奇病の症状が出ているときは、私以外と接触したがらなかったから放置していてもよさそうね。ところで時間が戻ったのはステラさんのおかげなのよね?」

「……はい。そうです」

ステラは目を逸らした。詳しいことを言いたくないのだ。知りたいが今はまだいい。するべきことを終わってから聞こう。

「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」

「いいえ。自分のためですから。それよりもセリーナ様は今後どうされるのですか?」

「私は隣国に行っていることにしてあるわ。代わりに従者が向かっているけど、帰国したら入れ替わるつもり。それまでは息を潜めて領地で生活する予定よ」

ステラとルカは領地の屋敷に私が残ると聞いて安心したようだ。しばらくすると二人は船をこぎ出した。ずっと気を張り詰めていたのだろう。また単調な馬車の揺れが眠りを誘うからかもしれない。

体をくっつけて眠っている。まるで離れまいとしているようだ。私もウイリアムと二人のように寄り添って生きていけると思っていたのに、そうはならなかった。

「ふっ……」

思わず笑ってしまった。もう、私はウイリアムのことを考えても、悲しくないし辛くない。一度死んだことで、ウイリアムは過去の存在になってしまったのだ。

宰相にとっては聖女が存在しない世界。それならまず私と公爵家に罪を着せるだろう。呪術師をどう引っ張り出すのかが気になるが、解呪薬を出さなければウイリアムを取り込めないのは間違いないのだ。

宰相がステラの存在を知らないのなら二人は安全だと考えていい。領地の屋敷の人間には適当な理由を告げておこう。あとは……お父様が冤罪の偽造の証拠を出す侍女を押さえくれれば、逆に宰相を追い詰められる。できれば宰相と呪術師の繋がりを見つたいが……。

(ああ、もうひとつ、大切なことがあった。私は、ウイリアムと婚約を解消したい)

その理由と手段を考える必要があった。

今の世界ではウイリアムは呪いによる病に侵された被害者なだけ。呪われた婚約者を見捨てる立場になるわけにはいかない。

領地に着いて落ち着くと、アーサーが私を訪ねてきた。

そして私を見るなり抱きしめてきた。アーサーの太い腕は苦しいくらいの力で、私を掻き抱く。まるで生きていることを確かめようとしているようだった。そうだ。アーサーは私が死んだことを覚えている。

私もアーサーの想いに応えるように背に手を伸ばした。大きな体が微かに震えている。切ないほどの声が耳を打った。

「セリーナが無事でよかった」

「アーサーも無事でよかったわ」

「その様子だとセリーナも記憶があるのだな。私は無力でセリーナもステラさんもルカさんも救えなかった。すまなかった」

「いいえ、あなたのせいではないわ」

「だが今度は必ず宰相を失脚させ、セリーナも公爵家も、そしてステラさんとルカさんも守って見せる。それとセリーナ。ウイリアムとの婚約を壊してもいいか?」

アーサーは不安そうに問いかけた。私がまだウイリアムを愛していると思っているのだ。私はアーサーの言葉を大きく首肯した。もう心は決まっている。

「ええ。実はどうやったらウイリアム様と婚約解消できるか考えていたの。手を貸してくれると助かるわ」

「私に考えがある。今ウイリアムは血眼になって解呪薬を探させている。そこでセリーナに行方不明になってもらう。もちろん偽装だ」

前回隣国から帰国するときに怪しいごろつきに襲われた。思えば宰相の手の者だろう。その手の者に襲われる前に私を馬車の事故で行方不明にさせる。疑われないように実際に馬車を崖から落とすらしい。

「信頼できる人間の手を借りるから心配ない」

「それならいいのだけど」

「だけどキャンベル公爵の協力も不可欠になる。大丈夫だろうか?」

「大丈夫よ。領地に来る前に濁しながらだけど、宰相の行動が怪しいことを伝えてあるから」

「それはよかった」

お父様には私が無事であることを隠したまま、大捜索をしてもらう。アーサーの考えだとウイリアムは捜索に力を貸さないだろうと。だから私はこのまま公爵領の屋敷で隠れていればいいらしい。

「記憶があるから動きやすい。宰相が匿っている呪術師の確保の指示を出してある。すべてが終わったらセリーナは王都に戻ってきてほしい」

「アーサーに頼ってばかりだわ。私にできることはある?」

「セリーナは適切な判断をしてステラさんとルカさんを保護して公爵領に来た。それで十分だ。あとは私の仕事だ」

「ありがとう。アーサー」

アーサーは王都に戻っていった。今回のことで私の中のアーサーの印象が変化した。

冷静沈着で優しい姿しか知らなかったけど、先ほどのアーサーは騎士団長らしい威厳があった。それだけじゃなく私の無事を知り震える様子にも驚いた。

私は気付いた。そういえば、ウイリアムに何かを頼ったことはなかった。いつも支えることばかりを考えて、頼ることはしなかった。

家族以外の誰かに手を借りることはいけないことだと思い込んでいた。周囲の人たちも私が甘えることが想像できていないようだった。だけどアーサーだけはいつでも頼ることを許してくれる。

私はアーサーに甘えさせてもらうことにした。王都を離れ公爵領の屋敷で過ごす日々は穏やかで、まるであの忌まわしい出来事は夢だったように思えた。