軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ステラ6

私とルカは時間を遡った。あの状況のようにならないためにすぐに逃げようとしたがセリーナの動きが早く、すぐに見つかってしまった。

逃げたとしても公爵家の騎士が本気で追ってくれば逃げ切れない。それならば素直について行って保護してもらった方がいいと判断した。

セリーナは時間が戻る前にステラを城から助けられなかったことを悔いていた。だから悪いようにはしないと思った。私たちはセリーナの提案に乗り、公爵家の住み込みの使用人になった。敷地内の使用人用の宿舎にある、夫婦用の部屋を与えられた。家具も一通り揃っていて、提示された給金は使用人として働いた実績がない二人には破格だった。休みもしっかりくれて食事も付いている。使用人のみんなは優しく不満はない。

ここでの生活に慣れた頃、私はルカと結婚式を挙げた。

セリーナが素敵なドレスをプレゼントしてくれて、ささやかながらもお祝いをしてくれた。これほど恵まれていいのかと思うほど幸せだ。

王都でウイリアムが廃嫡になると、騎士団長のアーサーが王太子になり王に即位することが決まった。セリーナはアーサーと婚約することになった。

「二人とも王都のキャンベル公爵邸で働かない? 二人ともよく働いてくれて感謝しているのよ。王都ならもっとお給料を上げることができるし、あのことの罪滅ぼしをしたいの」

「セリーナ様。もう、十分助けていただきました。これ以上は申し訳ないです」

「遠慮しないで。私は結婚したら城で暮らすわ。二人が王都での生活になれたら、城での仕事を紹介してもいいと思っているの」

私はルカと相談させてほしいと頼んだ。セリーナは来週には王都に戻る。準備があるからそれまでに返事がほしいと言われた。

夜、部屋でルカと話し合った。

「どう思う?」

「これ以上にない待遇だ。断るべきじゃないよ。城勤めとなれば生活がずっと良くなる。子供が生まれたらしっかりと勉強に金をかけてやれるし」

「ふふ。子供かあ。でもそうね。先のことを考えたらいいことばかりだわ。キャンベル領もいいところだけど、せっかくのセリーナ様の好意だもの。お受けしましょう」

「ああ」

私は五日後、セリーナにお受けすることを伝えた。セリーナはホッとした顔になると両手を合わせて頷いた。

「嬉しいわ。できれば早く王都に来てほしいの。宿の手配もしなくてはね」

「セリーナ様。それでお願いがあるのですが」

「何かしら?」

「小さな箱馬車を用意していただけませんか? 質素なものでいいのです。ルカは馬車を操れます。できれば王都までの旅を新婚旅行にして、楽しみながら二人で過ごしたいのです」

「まあ、素敵ね! わかったわ。二人専用の馬車を用意させましょう」

一介の使用人が雇用主に馬車を要求するのはさすがに大胆かと躊躇ったが、セリーナは私たちが要望を口にすると嬉しそうにするので甘えることにした。私の力がなければ、今のセリーナが存在しないのは事実なのだから。

「わあ、嬉しいです。王都の生活も楽しみです。王都に戻ったら、ルカが働いていた商会にもご挨拶に行きたいと思っています。明日二人ともお休みなのでお土産を買いに行くつもりです」

「そう。二人が王都での生活を楽しみにしてくれたのなら安心だわ。ちょっと強引に提案してしまったかしらと思ったけれど、結果的によかったわね。アーサーも二人は恩人だから、ぜひ引き立てたいと言っているのよ」

「アーサー様、いえ王太子殿下自ら、ですか。恐れ多いです」

「遠慮しないで。買い物の代金は私が持つわ。執事に行っておくわね」

「いいのですか? ありがとうございます!」

私はぺこりと頭を下げた。図々しいのはわかっているが、遠慮するのは得策ではない。甘えるほどセリーナは安心するのだ。

「そうだわ。どうせなら私が王都に戻るときに、一緒に戻らない? 宿も一緒のところにできるし」

「セリーナ様が戻られるのは明後日ですよね? 明日買い物に行っても、旅の準備が間に合わないと思います」

「荷物ならあとから送らせればいいわ」

セリーナは強引に急がせようとする。でもここで折れるわけにはいかない。新婚旅行を堪能したい。

「でも、あの……新婚旅行のつもりなので……その、あの、できれば二週間くらいかけてのんびりした旅にしたいのです……」

キャンベル領から王都までは近い。二日もあれば王都に着く。だけどこんな機会はもうないと思うからと懇願した。セリーナと同行すれば至れり尽くせりだけど、新婚夫婦なので二人きりの旅を堪能したい。

「二週間も? ああ、ごめんなさい、そうよね。二人は新婚なのだもの。わかったわ。二週間分の予定を立てましょう。念のため護衛の騎士も付けるわね」

私たちに護衛騎士など恐れ多い。

「平民に護衛など大げさです」

「道中危険があるかもしれないわ。心配なの。ね?」

セリーナは譲る気がなさそうだ。呆れながらも、受け入れることにした。

「はい。ではお願いします」

「出発は……四日後はどう?」

「四日あれば大丈夫だと思います」

「すぐに馬車と宿の手配をさせるわ。一足先に行って王都で待っている。私、ステラさんのこと親友だと思っているのよ」

「王妃様になるセリーナ様の親友ですか? 光栄です!」

冗談だとわかっているがただの平民の私が、次期王妃様の親友など怖すぎる。セリーナは朗らかに笑う。私たちは王都での再会を約束した。

二日後、王都に立つセリーナを見送った。

「王都で待っているわね!」

「はい。セリーナ様もお気を付けて」

「ええ、ありがとう」

私は笑顔で手を振った。

(さようなら、セリーナ様)

私とルカも旅の支度を終え、出発の日が来た。公爵邸の執事や使用人たちが玄関で見送りをしてくれた。

「ステラ、ルカ。よかったですね。王都でセリーナ様によく仕えてください」

「はい、頑張ります」

気のいい執事はお金の入った袋を旅費だと手渡してくれた。ありがたく頂戴する。

「お世話になりました」

「二人とも元気で!」

「みなさんもお元気で」

私とルカは手を繋いだまま、みんなに向かって一礼した。玄関の外まで出てくれようとしたので、名残惜しくなるからと断り玄関を閉めた。

そのとき私は力を使った。公爵邸にいる全員の記憶の一部を変えた。どうやって? それは私とルカの存在を記憶から消した。二人の記憶のところだけ時間を戻した。だからみんなは「私たちと会ったことはない」ことになる。記憶の改竄をしたのだ。

本当は私は力を失っていない。むしろ力を思い切り開放したことで、使える幅が広がり繊細にコントロールできるようにまでなった。触れなくても自分の一定の距離にいる人の時間を戻せる。体の時間だけでなく、脳だけの時間を戻し記憶を操作できる。

もしも世界全体の時間を戻せと言われれば、たぶんできる。でもよほどのことがなければ基本的にするつもりはない。一番の理由は時間を戻してもメリットがないことだ。

私たちはセリーナのおかげで馬車とお金を手に入れた。働いていて得たお給料もしっかりと貯めたし、必要な買い物も揃えて万端。ルカと新婚旅行を兼ねた気ままな旅をするには十分だ。

ルカと頷き合うと馬車に乗り、王都ではなく国境に向かった。最初から私たちは王都に行くつもりはなかった。セリーナを油断させるために、演技をしていた。

セリーナが私を恩人だと言ってくれた言葉は信じている。だけどセリーナは公爵令嬢だった。そして今は王太子殿下の婚約者で、アーサーが即位すれば王妃になる。

最高権力者の立場に立ったセリーナは、国益を一番に優先しなければならない。彼女はそれができる。私情を挟まない冷徹さを持っていると思う。私が力をまだ持っていることを知れば、保護という名目で手元に置き利用することを考える。

セリーナは身の安全のためだと、私たちがキャンベル公爵領内から出ることを止めていた。そして過剰にもてなした。私に贅沢を覚えさせ手懐けたつもりでいる。

セリーナへの警戒心が強くなったのは、セリーナが王都に戻るときに同行を求めたからだ。しかも城で雇用することも確約してきた。平民が大出世だ。だけど普通に考えれば恩人に対する感謝にしては過剰すぎる。

そもそも私の力を知るのはルカとセリーナとアーサー、あとウイリアムだけで、ウイリアムは幽閉されるので気にしなくていい。この力を利用して私たちを危険な目に遭わせるとしたら、セリーナとアーサーしかいない。

セリーナは私が力をはまだ使えるのかを確認した。穏やかな顔で質問してきたが、その目は鋭く抜け目ない。「なくなった」と伝えれば、「そうなのね」とあっさりしていたが、落胆していることに気付いた。そのあとも、両親は同じ力を持っていたのか、他にも力を持つ人間がいるのか聞かれた。

「いいえ。両親からは何も聞かされていません。私も自分に力があることに驚いたのです。他に力を持つ人がいるかどうかはさっぱりです」

「遺伝……たとえばご先祖様の誰かが同じ力を持っていたのかもしれないわ」

「申し訳ありませんが、わかりません」

私は困惑した表情で首を傾げた。だが内心、嫌な気持ちになった。セリーナの考えがわかる。私は力を失ってしまったが、私が将来産む子供にも同じ力が現れるかもしれない。その可能性を踏まえて私とルカを囲い込もうとしたのだ。結局セリーナのしていることは、私にとって待遇が良くなっただけで宰相がしたことと同じに思えた。

セリーナは個人的にいい人だと思う。でも王族貴族を信じることはもうできない。彼らは大義名分を掲げて私たちを都合よく使おうとするから。

私の力は娘だけに伝わる。そして私の一族の産む第一子は必ず女の子が生まれる。これは母から教えてもらっていた。このことは秘密を守るために口伝で伝えるものだと聞いている。母は一族が住む村を出て父と結婚したので、私は母以外の一族の人に会ったことはない。

本当はセリーナとアーサーの記憶も消してしまいたかったが、二人には傷の手当てをしてしまったので完全に消せるかわからない。それなら油断させて逃げるほうがいいと、ルカと相談した。

私たちは屋敷で監視されていた。部屋では普通の話をしながら、読唇術で本心を伝え合っていた。逃げ切るための準備資金はセリーナがくれたので心配ない。もっともこのお金は、この件に巻き込んだ慰謝料だと思っている。

セリーナは王都に向かうにあたり護衛の騎士を付けると提案してきた。護衛という建前の監視だ。セリーナは思慮深く、そして用心深い。また、ウイリアムに裏切られたことで、甘さがなくなった気がする。断れば疑われるので、お礼を言ってお願いした。

その監視の騎士は私たちが屋敷で別れの挨拶をする前に接触して、先に私たちの記憶を消しておいた。

二週間後に私たちが王都に到着しないと領地に問い合わせをしても、執事も使用人も記憶がないので話は通じなくなっている。この時点で王都から騎士を派遣して私たちを探しても間に合わない。ルカと私は、もう国内にはいないのだから。

出国のための書類や隣国に入国するための書類も、セリーナに知られないように役人の記憶の操作をして揃えた。私たちは罪人ではないので、堂々と出国して旅をする。

国を出てしまえば、私たちを捜索するのは難しい。アーサーやセリーナが私たちを犯罪者に仕立て上げて、各国に捕縛依頼を出すことまでしないと信じたいが……。念のために国交のない国まで旅をすることに決めてある。

まあ、トラブルがあれば、力を使って対処するつもりでいる。どうにかなるだろう。

「ステラ。今度こそ俺が守るから安心して」

ルカは力強く言った。以前より頼もしくなったと感じる。色々あってお互いに強くなった。

「ええ。ルカのこと、とても頼りにしてるのよ。旅の書類の手配は全部ルカがしてくれて、本当に助かったわ。ねえ、ルカ。私たち、ずっと一緒よ」

「ああ。ずっと一緒だ」

国境を目指す途中で、私たちの生まれ住んだ村を通る。もう村はなくなったけれど、両親への別れの献花を捧げようとルカと決めた。

ふと思う。同じ力を持っていた母は、災害のときに力を使わなかったのかと。それとも突然のことで使えなかったのか。私の力で村が濁流に流される時まで遡るのは、さすがに不可能だと思う。何年も前の長い時間を遡るだけの力はない。私は首を緩く左右に振ると、その考えを頭から追い出した。

空は青く、絶好の旅日和。御者台にルカが、隣に私が乗っている。

「さあ、新婚旅行に出発よ!」

「出発だ!」

そよ風に背を押され、私たちの旅は始まった。