作品タイトル不明
第164話「司という男と本田の葛藤」
#第164話「司という男と本田の葛藤」
――レンがレベル5に上がる少し前のこと。
クラン『エクリプス』の臨時メンバーとして活動していた本田は、一通のメッセージを送っていた。
相手は、元リーダーの 御影司(みかげ・つかさ) 。
御影グループ社長の息子で、かつてはクランの象徴的存在だった人間だ。
「会ってみたい」と送ると、あっさり「ああ、早いうちに会おう」と返事が来た。
病気だという話だったはずでは?確かコロナだったとか。それにしては返事が早いし意外にも軽い。どんな人物なのだろうか――本田は少し身構えていた。
怠惰でかつ能力不足のせいでリーダーを下ろされたと聞いていたが、にわかに信じがたい。
御影グループといえば今や国内有数の急成長企業。その御曹司が“無能”というのは、どこか作られた話のようにも思えたからだ。
また、会うよう命じてきたのは鷹見だ。
今のクランをひっぱっているのは本田だったが、実質的に裏から支配しているのは鷹見。本田はクランの状況を伝える報告役でもあった。
「うまくクランを立て直したそうだな。よくやった。当面は現状維持でいい。そのまましっかりと信頼を繋いでくれ。何かあれば指示する」――鷹見の言葉が頭をよぎる。
手のひらの上で転がされているような気もするが、月15万円という報酬は大きい。わずかな拘束時間で安全にそれだけ稼げる仕事をそう簡単に手放す気にはなれない。多少は理不尽だと思う気持ちもあるが反抗するつもりはない。
そして、当日。
本田は指定された喫茶店で司と対面した。
第一印象――拍子抜けだった。
「コロナで休んでる」と聞いていたのに、目の前の司は至って元気。普通に座っており、紅茶を優雅に口にしている。
「まだ本調子でなくてさ、しばらくは療養だよ」と軽く笑って言うが、これはどう見ても仮病だと思われる。いったいどういうつもりなのか?
これで“休養中”とは、冗談にもほどがある。そもそも喫茶店で会うという時点で気が付くべきだったかもしれない。コロナという設定はどうした?と突っ込むべきだろうかとさえ思えた。
「本当にリーダーだったのか?」と疑いたくなるほどの緩い空気。レベル5のハンターでありながら、現場にも出ず指示も出さず。本当に意味が分からない。
「司さん、体調はどうですか? そろそろクランに戻らないと」
「まだ休む。本調子でない。もうしばらくは本田を中心に頑張って欲しい」
まだ休むとはっきり言い切る司の姿に本田は唖然とした。これではまるで学校に行きたくない子供だ。いや子供の方が悪気や罪悪感があるのでまだましだろう。
何か裏の事情があるのか、それともただの怠け者なのか。ぱっと見る限りは単なる怠け者に見えるが何か裏でもあるのだろうか?
やがて本題に入り、クランの最近の近況を報告した。
「みんな順調にやっています。佐藤もまもなくレベル4に上がる見込みです」
司はうなずき、穏やかな笑みを浮かべた。
「ほう、よくやってるじゃないか。本田が中心で動かしているのだろう? 立派だよ。実質リーダーのようなものだな」
その言葉に一瞬だけ嬉しさを覚えたが、続く一言で全てが冷めた。
「俺のこともさりげなく伝えておいてくれ。リーダーとしてふさわしいのは俺だ、ってな。佐藤なんかに任せておけるはずがない。当面は本田が実質的なリーダーになり俺が引き継ぐ形でリーダーになるからな」
……は?
本田は思わず言葉を失った。
何もしないくせに、リーダーの地位だけは守りたいらしい。
だったら自分がすぐにでも戻ってくればいいだろう。何を俺に言わせようとしているんだ。苛立ちがこみ上げる。しかしここで怒っても仕方がない。冷静になれと自分に言い聞かせた。
司はさらに紅茶を飲みながら続ける。
「まあ、佐藤がレベルアップしてもそれほど意味はない。そこは焦らずにゆっくりやってくれ。そうやって、ゆっくりそこそこ本田が頑張ってくれれば、俺も安心して療養できる」
「分かりました……でも佐藤のレベルアップはもうすぐです。良かったら声掛けだけでもしていただければ」
「そうだな。俺がよくやったと言っていたと佐藤とみんなに伝えておいてくれ」
その言葉の裏に、他人を使って自分は楽をするという薄っぺらな本音が見えた。この人はどこまで本気でそんなことを言っているのだろうか?どうにも理解しがたい思考だ。
――ほぼ金の力だけでレベル5になり、努力もせずに威張る男、司。
こっちは必死に努力して討伐してもレベル4止まりだというのに。レベル5に届かない焦りと、理不尽な苛立ちが胸を満たす。
だが、本田は怒りを押し殺した。
ここで怒っても何もならない。下手をすれば短時間で安全に稼げる仕事を失ってしまう。更には鷹見からの指示もある。そして目の前の男は社長の息子でもある。この2人は将来的に他にも良い仕事を回してくれるかもしれない。良い関係は維持したい。
この男にどれほど失望しても、今は慎重に動く必要がある。
「どうしてこういう二代目ができあがるのか……」
口には出さず、心の中で呟く。
親が甘やかしたのだろうか。そうなると周囲からも甘やかされ、努力を知らず、金と地位だけを受け継ぐ。
――まさに、典型的な“潰す側”の二代目だと頭を振った。
クランをどうこう言う前にこの男自身が問題だろうな。司をどうにかしないとクランが本当の意味で立ち直るとは思えない。
そして本田には鷹見への報告義務がある。
「どう報告したものか……やはり隠さず正直に話した方がいいのだよな? 鷹見さんはこの状況を知っていて俺を使っているのだろうし」
喫茶店を出る頃には、本田の胸の奥が重く沈んでいた。予想以上に状況はひどかった。