作品タイトル不明
第161話「ありきたりな報告?」
#第161話「ありきたりな報告?」
その日は定期報告の日だった。俺とひより、そしてレベル5になったばかりのルナは、いつものように一緒にハンター協会ビルに向かった。そしてエントランスで軽く雑談。
「今日は現状共有と今後の方針確認くらいか?」とルナが聞いてきた。
「ああ。特に新しい話はないはず。後はルナがレベル5になったこと。そして俺も、もうすぐレベル5になることぐらいかな?」
そんな他愛ない会話を交わしながら、俺は内心の緊張を確かめていた。
先日、ルナから“大人の世界に用心しろ”と釘を刺された。朝倉さんに利用されている感覚はない——それでも、少しは警戒心を持っておくべきだろうとは思っている。
ほどなくして、エリナさんがエントランスに現れた。最近はここで顔を合わせることが多い。
「すでに3人とも揃っているのね。なら上に行きましょう」
4人でエレベーターに乗り高層階にある朝倉さんのオフィスに向かう。密室の中、鏡に映る俺の視線がエリナさんで止まっていた。
忙しいエリナさんは毎回、定期報告に来ている。最初は不思議だったけど今は俺たちを見守るために来てくれているだと分かる。朝倉さんから理不尽な要求を受けないように確認してくれているのだろう。本当にありがたいことだ。
「どうしたの、レン。そんなに私のほうばかり見て。私のこと好きになったなら早めに言ってよね?」
「……っ!」
隣のひよりがぷくっと頬を膨らませる。やばい。
「そ、そんなことありません。たまたまです」
慌てて否定すると、エリナさんは肩をすくめて笑い、ひよりは小声で「たまたま、ね」とつぶやいた。
ルナは口元だけで笑っている。いつも通りの空気——それが少し救いだった。
朝倉さんのオフィスに入ると、研究課主任の透子さんがすでに待ち構えていた。ペンを握る指先が落ち着きなく動いている。
「今日も報告させていただきます。まずは、ルナがレベル5になりました」
俺が切り出すと、朝倉さんが目を細めた。
「やはり早いな。さすがルナ君だ。別格だな」
「あと私もレベル5に近々なります。あと1か月ぐらいで到達するかと」
「君も早いな。まだ3年経っていないよな。レン君は各階層で1万体を討伐しているにも関わらずそのスピード。驚異的だ。モンスターを討伐した数だけで考えたら既にトップクラスかもな。そして君たち全体のペースが想定より速い……今後の育成方針はどうなっているかな?」
「経験値の高いメンバーを先にレベル5へ押し上げます。先行したメンバーが引率側に回って、レベル4の面々を順に引き上げる形で」
「いいと思う。合理的だ」
うなずいた朝倉さんが、ちらりと俺を見る。
「ならば全員がレベル5になるのもそう遠くないかもしれないな。すでに君たちはレベル4の段階でもトップクラスと言えたがこれで名実共にトップクラスの仲間入りだ」
「そうね。レベル5ともなれば全体から見ても上位0.3%ぐらいよ。その意識をもって戦ってね」とエリナさんが付け加えた。
言われてみれば、そうなのかもしれない。0.3%という数字はピンと来ないけど少なくともお金の心配は必要なさそうだ。
その隣では、やっと言えるという顔で透子さんがぐっと身を乗り出す。
「レン君のレベルアップはどうでもいい。で、で、使役モンスターのみなさんの次のレベルアップの見込みは!? FSの遷移が——」
「透子さん、どうでもいいとかひどいな。でも、使役モンスターは俺のレベルアップからおよそ二か月間隔ぐらいでレベル5になる見込みですよ。楽しみにしていてください。」
「ふおおお……!」
抑えきれない声が漏れ、メモ用紙に走るペンがさらに加速する。エリナさんも「私もできれば立ち会いたいわ」と穏やかに微笑んだ。
そうだよな。透子さんから見れば使役モンスターの方が重要だろう。レベルアップだけでなくFSの変化がある。——前回は人化だった。それ以外にも知能の伸び、会話、念話もあった。
これまで何度も“ダンジョン世界の仕様”が常識を超えている。次に何が起きるのか想像もできない。そして楽しみだ。次のFS遷移のことを考えると胸が高鳴るのを隠しきれないのは分かる。
報告は滞りなく進む。低階層の定期的な討伐——ダンジョンのエネルギー値を安定させる“草刈り”のような作業——は、四階層に上がる前の準備運動として俺たちが引き受ける方針を続けることで合意した。
「引き続き、各階層、1日20〜30体程度をお願いしたい。あと4階層で目立つようならば相談して欲しい」
「はい。それは全く問題ありません。また今のところは人目はほとんどありませんが、状況を見ながら動きます」
その他にも先日、久しぶりに違うダンジョンに行ったことも報告した。
「あと、つい先日の話ですが、技術系と言われる陣馬高原ダンジョンにも行きました。4階層で討伐した時に勝手が違ってかなり戸惑ったのですが良い経験になりました。これから1週間に1回程度は行こうと思います」
「そうか。やはり陣馬高原ダンジョンの討伐は難しいかい?」
「いえ、1日ずっとやったらかなり慣れました。今は普通に討伐できると思います。とは言え少し討伐のスピードは落ちますけどね」
「いや、それでも凄い。スピード系、技術系は避ける人間が多い。レベル4の段階でそれらのダンジョンの4階層を問題なくこなせるとか凄いことだよ。ルナ君はともかくとしてレン君も確実に上位と言える」
「ありがとうございます」
これもルナのおかげだな。俺だけだったら陣馬高原ダンジョンに行こうなんて考えていなかった。今はとにかく様々な経験が必要だ。
雑談に移ると、朝倉さんが指を二本立てた。
「もうすぐ全員がレベル5に届くのか。全員で使役モンスター含めて8人。そこまでレベル5以上が揃っているクランも数は少ない。個人としてもクランとしても君たちは名実ともに“プロ”だ。周囲の見方も、責任も変わる。その心構えは今から持っておいてほしい」
「というかルナ君とレン君はクランは結成していないよな? 何か理由でもあるのかい」
「いえ、特にクランを作る必要性も感じてなかったので。現時点では特に考えてないですね」
「私としてもレンと一緒に討伐ができればいいと思っているのでクランは別に必要はないです」
「そうか。でもそうだな。ルナ君がクランを組むとなると大きな話題になりそうだからな。そう考えると今のままが良さそうだ。なるべく目立たない方がいい」
そうだな。将来的にはルナとクランを組むことも考えた方がいいのか。でもクランを結成する必要性が今一つ分からない。現状はこのままでいいのだろうか。あとでルナにも相談しておこう。
会談が終わる頃、俺は胸の中でひとつ息を吐いた。今日も朝倉さんから“おかしな依頼”はなかった。
警戒を解くわけにはいかないけれど、少なくとも今は同じ方向を向いて歩けていると思う。
大人の思惑が渦巻く世界のことは、まだ全部は分からない。けれど、隣にはひよりとルナがいる。後ろには、ラム、リン、ロア、ルフ、クーが続いてくる。
とにかく強くなるために進む。今はそれだけで十分だと思えた。