軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.

カツカツという無機質なチョークの音が、静まり返った教室に響き渡っている。

初老の数学教師が黒板に難解な数式を書き連ねている中、昼神聖華の視線は完全に別の場所へ釘付けになっていた。

隣の席でノートを取る、阿智奉太郎の横顔だ。

真剣な眼差しで黒板を見つめ、シャープペンシルを走らせるその姿を見ているだけで、胸の奥がキュンと甘く締め付けられる。

微かに漂ってくる彼の爽やかなシャンプーの香りが、さらに聖華の理性を狂わせていく。

話したい。今すぐ彼に話しかけたい。

しかし、授業中に堂々と私語を交わすわけにもいかず、聖華のフラストレーションは限界に達しつつあった。

聖華は周りの目を盗み、机の下でこっそりとスマートフォンを取り出した。

メッセージアプリ『NYAIN』を開き、奉太郎のトーク画面に素早く文字を打ち込む。

『あちくん、ひまー。おなかすいたー』

ついでに、犬のキャラクターが床に寝転がっているスタンプも送信した。

机の陰でスマートフォンを握りしめ、聖華は見えない尻尾を期待にパタパタと揺らしながら返信を待つ。

しかし、五分経っても十分経っても、画面に『既読』の文字はつかなかった。

チラリと隣を盗み見ると、奉太郎は微動だにせず、淡々と授業を受け続けている。

当然だ。真面目な彼が、授業中にスマートフォンをいじるはずがないのだ。

(うぎゃーっ。返事こないよぉっ)

聖華の頭の中で、一気に不安の渦が巻き起こり始めた。

彼にとって、授業中の個人的なメッセージはただの迷惑だったのではないか。

構ってちゃん全開のうざい態度を、重いと思われたのではないか。

(やばいっ。授業中にNYAIN送るとか、絶対キモかったかなーっ!)

勝手に一人で限界を突破し、聖華は机の上に突っ伏してガックリと項垂れた。

見えない犬の耳が完全にペタンと伏せられ、世界の終わりを迎えたような絶望感に包まれる。

そのまま何も手につかないまま、無情にも授業終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

「号令」

教師の言葉に合わせて立ち上がり、再び席に座る。

聖華はしゅんとしたまま、机の上に置いたスマートフォンの黒い画面を恨めしそうに見つめていた。

すると、隣の席からガサゴソと鞄を漁る音が聞こえ、奉太郎が自分のスマートフォンを取り出すのが視界の端に映った。

キュッ、と聖華の心臓が縮み上がる。

彼が画面を確認し、短く息を吐いた。

そして、素早い指さばきで何かを入力し始めた。

直後、聖華のスマートフォンがブブッと短く振動した。

ビクンと肩を跳ねさせ、恐る恐る画面を裏返す。

『ちゃんと授業受けないとダメでしょ』

たった一言、絵文字もスタンプもないそっけない文字の羅列。

しかし、そこには迷惑がっているような突き放す冷たさはなく、むしろ少しだけ呆れたような、不器用な優しさが滲み出ているように感じられた。

(ふへーっ。怒られちゃったけど、やさしーっ)

一瞬にして、聖華の顔面にだらしない笑みが広がる。

ペタンと伏せていた耳がピンと立ち、見えない尻尾がちぎれんばかりに左右にパタパタと激しく振り回された。

「阿智くんっ、ごめんなさーい。次からちゃんと受けるにょ」

「変な語尾はやめろ。ノート、見せてやろうか」

「ふぇっ!? いいのっ!? 阿智くん、だぁーいすきっ!」

「大声出すな。というか、少しは自分で考えろ」

呆れ顔で小言を言いながらも、奉太郎は自分のノートを聖華の机へとスライドさせてくれる。

そのツンデレな優しさに、聖華の愛情メーターはあっさりと天元突破を果たした。

休み時間の騒がしい教室の片隅で、純情ギャルは今日も一人で甘く身悶えし続けるのだった。