作品タイトル不明
29.
放課後を告げるチャイムが鳴り終わると同時に、窓の外からパラパラと不規則な音が聞こえ始めた。
阿智奉太郎が窓の外に視線を向けると、空は厚い鉛色の雲に覆われ、突然の雨がアスファルトを黒く染め上げている。
「雨か」
奉太郎は短く呟き、自分のスクールバッグを開けた。
中には常備している黒い折り畳み傘がしっかりと収まっている。
天気予報のチェックを怠らない彼にとって、この程度の急な天候の変化は想定内だった。
しかし、そこでふと、騒がしい隣の住人の顔が思い浮かぶ。
朝の脳天気なメッセージや、普段のポンコツな行動パターンから推測するに、十中八九、傘など用意していないだろう。
このままでは、彼女が下駄箱で途方に暮れることになる。
奉太郎は小さく息を吐くと、バッグを手に取り、足早に教室を後にした。
聖華がまだ校内にいるうちに捕まえようと廊下を歩いていると、不意に正面から声をかけられた。
「あれ、奉太郎。どこにいくのー?」
気怠げな声の主は、 塩尻(しおじり) みさおだった。
奉太郎とは気心の知れた仲である女子生徒だ。
「少し、な」
奉太郎は足を止め、適当な返事で言葉を濁した。
すると、みさおはジト目で奉太郎の顔を見つめ、大げさに肩をすくめてみせる。
「ふぅん。なんだ。いや、あたしに隠し事するようになったんだなって。ちょっとさみしいかなって……」
「別に大したことじゃない。隣人が困ってそうなんでな」
わざとらしく拗ねてみせるみさおに、奉太郎はあっさりと白状した。
「隣人って、昼神さん?」
「ああ」
奉太郎が短く肯定すると、みさおは少しだけ目を丸くした。
そして、意味深な視線を奉太郎に向けた後、小さく息を吐いて背を向ける。
「ふぅん……。そ」
スタスタと歩き出そうとするみさおの背中に、奉太郎は意外そうな声をかけた。
「あんま突っ込まないんだな」
「うんまあ、奉太郎が決めたことならね。尊重するよ。一応」
みさおはヒラヒラと片手を振り、そのまま廊下の角を曲がって姿を消した。
彼女なりの気遣いなのだろう。
奉太郎は再び前を向き、傘を持たずに困っているであろう隣人のもとへと歩みを早めるのだった。