作品タイトル不明
30.
薄暗い昇降口には、アスファルトを叩きつける冷たい雨の音が響いていた。
湿った土の匂いが鼻をくすぐり、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
昼神聖華は下駄箱の前に立ち尽くし、ガックリと項垂れていた。
(やばっ。天気予報ぜんぜん見てなかったし。傘、持ってないよぉ)
見えない犬の耳をペタンと伏せ、恨めしそうに灰色の空を睨みつける。
誰かに傘を借りようにも、親友の深雪は図書委員の仕事で残っているため、一緒には帰れない。
途方に暮れて大きくのけぞっていると、背後から静かな足音が近づいてきた。
「昼神さん」
不意に名前を呼ばれ、聖華はビクンと肩を跳ねさせて振り返る。
「阿智くん! どうしたの?」
「一緒に帰ろう。傘、あるし」
奉太郎が手にした黒い折り畳み傘を軽く振って見せる。
まるで救世主のように現れた大好きな彼からの提案に、聖華の顔がパッと明るく輝いた。
ペタンと伏せていた耳がピンと立ち、見えない尻尾がちぎれんばかりにパタパタと振られる。
「えーーーー!? いいのー! ありがとーっ!」
聖華は弾かれたように両手を合わせ、満面の笑みでその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
バサリ。
奉太郎が傘を開き、二人は並んで雨の通学路へと歩き出す。
傘の布地に打ちつける雨だれの音が、やけに大きく耳に響いた。
スタスタと歩調を合わせながら、聖華はふふん、と上機嫌で鼻歌を漏らす。
一つの傘の下、肩と肩が触れ合いそうなほど近い距離。
微かに漂う彼のシャンプーの爽やかな香りと、隣から伝わってくる温かい体温に、聖華の頭の中はお花畑状態だ。
(んふふふ。阿智くんと一緒に帰れるなんて、雨の日も悪くないにょ。って)
そこまで考えた瞬間、五十三万IQの頭脳が現在の状況を正確に弾き出し、聖華は雷に打たれたようにピタリと足を止めた。
一つの傘に、男女が二人で入って並んで歩いている。
それはつまり。
(これ、相合い傘じゃーーーーんっ!?)
一瞬にして顔面から火が出るほどの熱を帯び、聖華の心臓がドクンと激しく跳ね上がった。
憧れの相合い傘。物理的距離ゼロ。もはや実質的なデートである。
急激にキャパシティをオーバーした純情ギャルは、傘の下でクネクネと身悶えし始めた。
「ど、どうしよう阿智くん! 距離がっ、近いよぉっ! 心臓もたないっ!」
真っ赤な顔をしてテンションを爆発させる聖華を横目に、奉太郎は呆れたように小さく息を吐く。
「面白いね、昼神さんは」
「むぅっ! 人がこんなにドキドキしてるのに、なんでそんなに冷静なのーっ!」
聖華はぷくっと頬を膨らませて抗議するが、奉太郎は微かに口元を緩めただけで、何も答えない。
雨の音に紛れた二人の騒がしい声は、灰色の空の下でどこまでも甘く響き渡っていくのだった。