作品タイトル不明
26.
まどろみの中、ふわりとした温かさに包まれていた聖華は、ゆっくりと重い瞼を持ち上げた。
ぼやける視界の先に見えたのは、見慣れた自室の天井と、ぼんやりと光を放つテレビの画面だ。
「はれ??」
寝ぼけた頭で間の抜けた声を漏らし、体を起こす。
肩からずり落ちたブランケットの感触で、自分がソファで熟睡してしまっていたことに気がついた。
「起きた?」
「阿智くん!?」
不意に横から声をかけられ、聖華はビクンと肩を跳ねさせた。
視線を向けると、ソファのすぐ傍の床に座り込み、壁に背を預けた奉太郎がこちらを見上げている。
壁掛け時計の針を確認すると、すでに日付が変わる直前の、かなり遅い時間になっていた。
それはつまり、聖華が眠りに落ちてから今まで、彼がずっとこの部屋に残ってくれていたということを意味している。
年頃の男の子が、無防備に寝ている女の子の側で、何もせずにただ起きるのを待っていてくれたのだ。
「か、帰ってよかったのにっ」
恥ずかしさと申し訳なさで顔を真っ赤にしながら、聖華は慌てて口を開いた。
奉太郎は立ち上がり、軽く肩を回しながら淡々と答える。
「鍵。閉めずに帰られるわけないでしょ」
その言葉に、聖華の心臓はドクンと大きく跳ね上がった。
確かに、家主が寝てしまったからといって、無施錠のまま放置して帰るわけにはいかない。
しかし、だからといって何時間も傍で待っていてくれるなんて、あまりにも優しすぎる。
(もうやばいっ。きゅんきゅんが止まらなすぎるっ!)
彼の不器用で誠実な優しさに触れ、聖華の胸の奥で重すぎる愛情がさらに大きく膨れ上がっていく。
見えない尻尾が、ちぎれんばかりに左右にパタパタと振られていた。
「じゃ」
奉太郎が短く告げ、玄関へと向かおうと背を向ける。
その背中を見て、聖華は反射的に手を伸ばし、彼のブレザーの袖をそっと掴んでいた。
奉太郎が不思議そうに振り返る。
「……もう、夜も遅いから。と、とまってく?」
上目遣いで、顔を真っ赤にしながらの精一杯のお誘いだった。
少しでも長く彼と一緒にいたい。その一心で口から飛び出した、純情ギャルらしからぬ大胆な提案である。
しかし、奉太郎はきょとんとした顔で、数秒の沈黙の後に口を開いた。
「いや、昼神さん。うち、隣だから」
「あああああああああっ!」
一瞬にして、聖華の顔面が致死量の熱を帯びた。
そうだった。彼の部屋は、玄関を出て一歩歩けば到着する、すぐ隣の部屋なのだ。
夜が遅いから泊まっていくという口実は、隣人に対してはあまりにも的外れで、何の意味もなさない。
(なんてことをっ! また大赤っ恥じゃんっ! ぎゃーーーーっ!)
自分のあまりのアホさに、聖華は両手で顔を覆い、ソファの上で悶え苦しんだ。
穴があったら入りたい。いや、いっそこのままソファの隙間に吸い込まれて消えてしまいたい。
「くすっ」
不意に、頭上から小さな笑い声が降ってきた。
恐る恐る指の隙間から覗き込むと、いつもは無表情な奉太郎が、口元に手を当てて楽しそうに笑っていた。
彼が声を出して笑う姿なんて、今まで一度も見たことがない。
「ありがとう、気使ってくれて」
奉太郎が優しく目を細め、穏やかな声で告げる。
(気なんて一ミリも使ってなくてっ! 単純にもっと傍にいたかっただけなんだけどっ!)
心の中で全力でツッコミを入れるが、この恥ずかしい状況を誤魔化すためには、そういうことにしておくしかなかった。
「う、うんっ! そういうこと! 気にしないで!」
聖華が必死に頷くと、奉太郎はもう一度小さく笑い、今度こそ玄関へと向かっていった。
ドアノブに手をかけ、振り返る。
「じゃあね。また明日」
「うん! また明日!」
聖華はとびきりの笑顔を作り、大きく手を振り返した。
パタン、と静かな音を立ててドアが閉まる。
彼が残していった温かな余韻に浸りながら、聖華は胸の前でギュッと両手を握りしめる。
今日という一日が、彼との『また明日』に繋がっている。
その事実が、たまらなく嬉しくて幸せだった。