作品タイトル不明
第六十四話 断罪の起源(中編)
「その話は、国王と継承権のある王太子にしか伝えられていないはずだ」
王太子レオンハルトの疑問に、エリシアは表情も変えずに答える。
「聖女ともなれば、あらゆる文献に触れることができるのよ。聖教会はその文献を封印して残していたの。本物の聖女だけが封印を解けるようになっているから、王家にもその文献に触れることはできないわ。いざというときに王政府を脅すためなのか、差し違えるためなのか……。いずれにせよ、聖教会も記録をずっと保存していたの」
レオンハルトはエリシアの言葉に少なからず驚いたようだった。
「聖教会もふざけたことを……。だが、聖教会も断罪は王国の維持のために必要不可欠だと認識しているということであろう?」
「それは違うわ。その時代の聖女によって受け止め方は違うかもしれないけれど、少なくとも私は、聖教会は戒めのためにその歴史を残したのだと考えているわ。女神の意思を偽って人々を騙した歴史を忘れないために……そしていつか王家の欺瞞を暴き、王国を正しい道に戻すために」
「戯言を……。聖教会も共犯なのだぞ」
「もちろん、聖教会だけ無事でいようなどとは思っておりません。大司教の大罪もあって、聖教会はすでに崩壊寸前です。聖教会はすべてを清算し、創造的再構築を行う好機だと思っています」
「……どうするつもりなのだ」
「何も暴力的な革命を起こすつもりはありません。ただ、王国民にすべてを明かし、王国を断罪した上で、王国の制度の再構築を促すだけです」
「ふん、ただ真実を明かしたところで、一度固まった制度が変わるものか。王国民が混乱するだけだ。
その混乱を収めるのは、いつでも王家と王政府なのだぞ。俺たちはいつの時代も王国の秩序のためにその努力を強いられているのだということを忘れるな。
貴様らに王政府の代わりが務まるわけがなかろう」
それはそうかもしれない。だが、それでも一度、王国と王国民を欺瞞に満ちた「断罪」の夢から目を覚まさせる必要があるだろう。
そうでなければ、王国の不幸が再生産されるのを止めることなどできない。
俺は南方辺境伯のような悲劇を二度と見たくない。
「俺たちは王政府の代わりになろうなんて大それたことは考えておりません。ただ、王政府に反省をして、道を正してほしいだけです」
俺が言うと、レオンハルトは露骨に不快そうな表情を見せる。
「貴様は何なのだ? 平民風情が高貴な俺に説教を垂れるつもりか?」
「そうです。あなた方王族は、俺たち平民が汗水働いて稼いで納めた税のおかげで生きて、贅沢をしているのだということを忘れないでいただきたい」
「何だと!? 貴様ら平民は王家が生かしていてやっているのだ! なんたる無礼!」
「そう仰るなら、あなたを辺境の先の荒野にでも放り出しましょうか? 王家の高貴な方ならば、民などいなくても生きていけると仰るのでしょう? あなたの命は、今この瞬間、俺たちが握っているということをお忘れなきよう。
王太子というだけで、でかい顔をするな! 女たらしで婚約破棄趣味のクズ野郎が!」
言ってから「言い過ぎた」と思った。
俺たちの目的が果たされたとして、王太子の恨みを買ってしまったら俺は無事ではいられないのではないか?
ところが、レオンハルトは今、魔物でも見るような怯えた目で俺を見ていた。王太子は自分の置かれている立場をようやく認識したのだろう。
レオンハルトを解放したら仕返しを受ける可能性は高いが、解放せずに永遠に監禁し、場合によっては殺すことも簡単なのだ。
……もちろん人を殺すなどということが俺にできるはずもないが。
「このクズ野郎、何の反省もないので許せないです。もうぶっ殺していいですか?」
さも凶悪犯のように俺は言う。
「私は構わないですわ。私はこうして解放されましたし、もう王太子に大した利用価値もないでしょう」
エリシアが穏やかに言う。
「私も正直なところ、殺意しか感じません。いえ、今まで苦しめられた人々や女性たちのことを思うと、あらゆる痛みと苦しみを与えた上で殺してやりたいくらいですわ」
クローデリアも悪ノリしてくる。
するとレオンハルトの顔が見る間に青くなっていった。
「す、すまない。おまえたちの言い分はよくわかった。ちゃんといろいろ考えるから、命は助けてくれ。い、痛いのも苦手なのだ……」
「王家の人間など信用できるか!」
「ひぃぃぃ。ごめんなさい。何でもするから許して……」
楽しすぎる……。
いや、こんなことしている場合ではない。俺には、一つどうしても気になっていることがあるのだ。
「そこまで言うのであれば、一つ教えてもらおうか」
俺がそう言うなり、レオンハルトは何度も頷く。
「俺は一連の辺境伯の事件を受けて、王国の非道を知り、王国を断罪する決意をしたのだが……。しかし、北方辺境連続猟奇殺人事件の真相だけ未だわからないのだが、王太子であれば何か知っているのではないか?」