作品タイトル不明
161話 精霊王の兄
ぼくが試練の祠で出会ったのは、クトゥルーさんという男の人だった。
「ルルイエさんの……お兄さん?」
「そう、ルルとは正真正銘、血の繋がった兄妹だよ」
にわかには信じられない。
けれど……たしかにそうかもと思う。
根拠は2つ。
1つは、試練の祠の中に、入って来れたこと。
ここは試練に挑む勇者しか立ち入れない領域。
それを無視して入って来れるほど強力な力を、クトゥルーさんは持っているということ。
2つめは単純に……ルルイエさんに似ていること。
白い髪の毛や赤い眼もそうなんだけど、それ以前に。
クトゥルーさんから放たれる、圧倒的な、底知れぬ力。
精霊王(ルルイエさん) に近いものを感じるんだ。
「そう警戒しないでくれ。僕は別に君と戦いたいわけじゃない。話し合いがしたいんだ」
「話し合い……ですか?」
「ああ。ま、こんなところじゃなんだし、場所を変えよう」
パチンッ……! とクトゥルーさんが指を鳴らす。
その瞬間、目の前に広がっていた光景が、がらりと一変した。
先ほどまで、ぼくの記憶を元に形成されていた森の中だった。
けれど今ぼくは、草原にいた。
白いテーブルを挟んで、クトゥルーさんの正面の、椅子の上に座っている。
「すごい……祠の中を書き換えるなんて……やっぱり、ルルイエさんのお兄さんなんですね」
「理解が早くて助かるよ。さすがエレン、強く優しいだけじゃなく、理解力もある。ルルが惚れるだけはあるね」
クトゥルーさんはティーポットを出現させて、カップの中に中身をそそぐ。
温かな紅茶が、ぼくの前で湯気を出していた。
「本物ですか、これ?」
「お、気づいたようだね。そうだよ、これは幻術。魔法で作った偽物さ」
ぼくはカップを手に取って、一口啜る。
液体がのどを通る感覚とか、匂いとか、味とか、本物そっくりだ。
けれどぼくは、これが偽物だとハッキリとわかる。
「味がする、ってことは本当に幻術なんですね」
「その通り。精霊は味覚を必要としない。味は幻術で再現してるんだ。さすがエレン、慧眼だね」
領域を塗り替え、そして本物そっくりの幻術を作り出す。
まさに、精霊王の兄にふさわしい力を持っているみたいだ。
「改めて、ぼくはエレンです。ルルイエさんには大変お世話になっています。いつもいつも、本当に」
ぺこりとぼくが頭を下げると、クトゥルーさんは目を丸くしていた。
「…………」
「どうしたんですか?」
「あ、いや……ううん、調子狂うな」
ガシガシ、とクトゥルーさんが自分の頭をかく。
「こっちこそ、不肖の妹が君にいつも迷惑ばかりかけてごめんね」
「そんな! 迷惑なんて全然思っていません! いつも力を貸してもらってます、本当に感謝しています」
「ふーん……そうかい。君はそういう子かい。なるほど……」
訳知り顔でクトゥルーさんがうなずく。
「ま、挨拶もすんだことだし、本題に入っていこうかな」
「本題……ですか?」
「ああ、とても重要なことだ。心して聞いておくれ」
ぼくは居住まいを正して、お兄さんを見やる。
「エレン、ボクと手を組まないかい? ルルの代わりにさ」
「……え?」
一瞬、理解が遅れてしまった。
クトゥルーさんは、今、ルルイエさんじゃなくて、自分と手を組まないかと言っていたのだ。
「ハッキリ言おう、このままルルと一緒に居ると、君は不幸になる」
「そんなことないです。ぼくは自分が不幸なんて思ったことは一度もないですし、ルルイエさんにはいつも感謝しています」
「でもルルのせいで精霊になってしまったじゃないか」
「 霊王形態(キング・フォーム) の使いすぎによる弊害です。霊王になると決めたのは自分の意思です、ルルイエさんは関係ないです!」
「本当に……?」
ジッ……とクトゥルーさんはぼくの眼を真っ直ぐに見てくる。
血のように赤く澄んだ瞳で、全てを見透かされているような錯覚に陥る。
「エレン、君ほど賢い子だ。ルルが意図的に君に霊王形態を使わせていた、と気づいているんじゃないかい?」
「…………」
「ルルはかなりわがままな子だ。自分が欲しいものはなんとしてでも手に入れる。あの子は自分の 番(つが) いが欲しかったんだよ。精霊として、ともに道を歩み、そして子供を産ませてくれる男をずっと探していた」
クトゥルーさんは紅茶を優雅に啜る。
「君はルルに特に気に入られていた。だが相手は人間と言うことで、深入りはしてこなかった。……だが状況が変わった。霊王形態になることで精霊に近づくと。そこで彼女は敵を君に仕向けた。精霊へと進化させるように」
「そんなこと……わからないじゃないですか」
「いいやわかるさ。だってボクはルルの兄貴だからね。わかるんだよ……あの子が底知れぬ邪悪な魂の持ち主だってことを」
邪悪だなんて……。
この人は、どうして自分の家族に、そんな酷いことを言えるんだろうか。
「ルルイエさんを悪く言うのはやめてください。あの人は、ぼくが悪に立ち向かう力を与えてくれた。彼女がいなければ世界を救えなかった」
「確かにね。だがそれは善意だけでやっていることではないことくらい、きみだって気づいているだろう?」
「そんなことない! ルルイエさんはいい人です!」
「いいやエレン、それは間違いだ。精霊王ルルイエの本質は邪悪だよ。自分とエレン以外の命は虫けらだと思っている。それどころか、大切な人に刃向かうやつらには、地獄の苦しみを与えてから、二度と帰らぬようペナルティを与えていた」
「…………」
「君も不思議に思わなかったかい? 君が倒してきた悪人達のその後、どうなっているのだろうかと」
たくさんの悪を倒し、騎士に渡してきた。
……その後のことは、あまり知らない。
「いいや、知らないんじゃない。知ろうとしなかった。君は無意識に避けていたんじゃないかい? 知ることを」
クトゥルーさんは微笑をたたえたまま、ぼくを真っ直ぐに見ている。
「精霊使いの君を溺愛するルルイエが、君に敵対した悪人たちに対して、何もしないなんておかしい。それくらいは気づいていたんじゃないかい……?」
「…………」
「ま、そういうわけだから、ルルと一緒に居ると不幸になる。あの子は邪悪だ。今は君を愛しているからいいけど、その愛が憎悪に変わったとき、君にもたらされるのは……果たしてなんだろうね」
さて、とクトゥルーさんがぼくに言う。
「改めて言おう。あの邪悪なる女神ルルイエと手を切り、ボクと契約して、一緒に戦わないかい? 神と、そして 悪(ルル) と」
クトゥルーさんから差し伸べられた手。
ぼくはその手を……握らなかった。
「お断りします」
「おや、どうして?」
「ぼくはルルイエさんを信じます。あの人はぼくに力を貸して、悪に立ち向かってくれました」
「それは君に気に入られようとしてやっていることにしか過ぎないと思うけどね」
「形はどうあれ、彼女がいなかったら強敵に負けてしまっていました。それに、ルルイエさんはカレンの……ぼくの大事な相棒のお母さんです」
ぼくはハッキリと、クトゥルーさんに言う。
「ぼくはルルイエさんと戦います。あなたと手は組みません。……ぼくは、あなたを信用できない」
「ふーん、その根拠は?」
「自分の家族のことを、邪悪な女神とか、悪とか、そんな酷いことを言う人を……いったい誰が信じられるんですか?」
ぼくは立ち上がって、頭を下げる。
「せっかくの申し出ですが、ごめんなさい。家族を酷く言う人を信用できません。ルルイエさんだって、お兄さんのことを悪く言ったところは見たことはありませんでした」
頭を上げて、明言する。
「ぼくは、今日まで一緒に戦ってきてくれた、ルルイエさんの善意を信じます。本当は優しい人だって」
「……なるほど。そっか。わかったよ。悲しいけど、仕方ないね」
ずず……っとクトゥルーさんがお茶を啜る。
「ああ、そうそう。早く君の奥さんのもとへ行った方がいい」
「え?」
「何やら危機が迫っているようだよ」
カレンやランからの連絡がなかった。
けど……もしやみんなに何かがあったから、連絡が途絶えていたとしたら!?
「失礼します」
ぼくは急いでその場を後にするのだった。