軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

160話 勇者の試練、ありし日の母

その日、ぼくは二度目となる、【勇者の試練】に挑んでいた。

精霊界にあるとある祠のなか。

かつてぼくが、完全な霊装を手に入れた場所。

試練とはすなわち……ぼくが向き合わなくちゃいけない【過去】のことだ。

ぼくの体は半透明になっている。

そして眼前では、祠の中とは思えない、リアルな映像が流れていた。

……勇者の試練とはすなわち、 勇者(ぼく) の身にかつて起こった辛い出来事を、追体験するというもの。

『みんな! 女子供を逃がすんだ!』

目の前にいるのは、赤い眼をした美しい女性。

ぼくの母さん、カルラさんだ。

母さんは炎の中、剣を片手に戦っている。

彼女の住んでいるのは精霊使いたちの集う里。

だが人家は燃え、人々は悲鳴を上げている。

『カルラ! おまえも逃げろ!』

精霊使いのひとりが、頭から血を流しながら言う。

『ハッ! バカ言うんじゃあないよ。この里長の娘カルラ様が、逃げる訳にゃいかんのよ! ねえダーリン!』

母さんの隣に父さん……アドラ師範が現れる。

『君も逃げなさい』

『ばっか。あんたまでなに言ってるんだ。アタシは戦うよ、だってその力があるもの。ね?』

『……やれやれ、君は本当に頑固ですね』

『馬鹿にしてる?』

『いいえ、そんなところがチャーミングですって言ってるんですよ』

『へへっ、さっすがアタシのダーリン♡ んじゃいこっかい!』

『ええ』

ふたりがキスをすると、父さんの体が粒子へと変わる。

母さんは精霊である父さんを纏う。

【霊装】。

人間の体で、精霊と合体し、神に近い存在となる技だ。

父さんを纏った母さんは、大剣を片手に突っ込んでいく。

里を燃やしているのは……黒い【影】だ。

他にいいあらわせない。

顔のない巨大な影が、手当たり次第、その場にいる精霊使い達に襲いかかっている。

『やめろ馬鹿やろぉ!』

母さんは疾風のごとく駆け抜け、大剣で【影】を切り裂く。

悲鳴のようなものをあげながら、ざふ……と影は消滅。

だがまた影は湧き上がって、精霊使い達に襲いかかっていた。

『ちっくしょー! 次から次へとめんどくさいなぁ!』

母さんは悪態をつきながらも、凄まじい早さで影達を葬り去っていく。

だけどひとり、またひとりと……精霊使い達が倒れていく。

『……こんなときに、【ルル】のやつがいれば』

母さんが顔をしかめていう。

額からは血が垂れていた。

『カルラ、この場に居ない彼女をもとめても仕方ありません』

『わかっている! でりゃああぁ!』

母さんは沸き続ける影達を単身相手にしていた。

霊装をまとう母さん以外では、影にダメージを与えられないから。

しかし影は倒しても倒しても復活し、母さんに疲労とダメージを与える。

『はぁ……! はぁ……! はぁ……!』

母さんは剣を地面に突き立てて、咳き込む。

その口からは血が漏れた。

『カルラ、撤退なさい』

『バカ言うんじゃねえ。アタシが撤退したら、この場の影達は、逃げていった仲間達を襲うぞ? んなの……許せるか!』

『しかしそのせいであなたは……死にますよ』

『ハッ……! 仲間を守って死ねたら本望だろっ?』

この場にいる【影】の化け物達をひとりで引きつける。

相手の強さは神に匹敵する。

それを無数に、しかも倒しても湧き上がる。

……それらを足止めすることが、どれほどまでに困難か。

それでも母さんは諦めなかった。

『カルラ! 全員の避難が終わったぞ! おまえも撤退するんだ!』

里長が母さんを呼びに来る。

うなずいて逃げようとしたそのときだ。

『おぎゃぁあああああ! おぎゃぁあああああああああ!』

『! エレン!?』

先に逃げたはずの赤ん坊のぼくと、ぼくを連れて逃げたはずのジョエルおじいさん。

ふたりが、影の巨人の手に、捕まっていたのだ。

ジョエルおじいさんは気を失っているが、ぼくは泣いている。

『カルラ、アレは勝てません。撤退するんだ』

父さんは影の巨人には勝てないと、ハッキリと言った。

『……ダーリン、声が震えてるぜ?』

『…………』

『わかってる。この場で赤ん坊のエレンを見捨てるのが最善だってな。アレを倒すには全身全霊の一撃が必要。つまり、巨人を倒せば、現状霊装が使える唯一のアタシが死んでしまう』

……そうなると、影の残党から、仲間達を守れなくなる。

『……ええ。ですから』

『でもさ、見捨てらんねーよ。自分の子供だぜ?』

母さんは大剣を放り投げる。

『たとえ自分を犠牲にしてまでも、息子を守るのが人の親ってもんだ』

『……すみませんカルラ。血も涙もない精霊で』

『謝るなよダーリン。あんたは間違ったことは言ってない。アタシのこと大事にしてくれてあんがと。……だから、アタシが死んでも、あの子のこと大事にしてやって』

ニッと笑って、母さんが手を前に出す。

『ダーリン。【 特攻形態(クライマックス・フォーム) 】使おう』

『防御を捨て、攻撃に特化した型を使うのですか……。死にますよ?』

父さんの声は、未来を予見しているようだった。

ぼくは、ここで母さんが死ぬんだと直感した。

『ハッ! アタシは死なねー! ダーリンと、愛する息子の心の中で、永遠に生き続けるんだからな!』

そう言い放つ母さんに、微塵も恐れはなかった。

……なんて、強い人なんだろう。

自分の身を切って、他者を助けるその姿は、勇者そのものだった。

アスナさんとも重なる強さを、母さんは持っていた。

だから、ぼくはアスナさんを好きになったのかも知れない。

『フォームチェンジ、【 特攻形態(クライマックス・フォーム) 】』

霊装が解かれて、母さんの手に輝く大剣が握られる。

精霊を衣装のように纏うのが霊装。

精霊を武器に変化させ、防御を捨てるのが【特攻形態】。

『あばよダーリン! そして息子よ! 強く生きるんだぜぇ!』

母さんは凄まじい勢いで、大剣を手に、影の巨人へと突っ込んでいく。

巨人はぼくとジョエルおじいさんを飲み込んで、母さんに立ち向かう。

ふたりの激しい打ち合いが始まる。

けれど母さんは防御を捨てて挑んでいた。

結果、母さんの肉体はドンドンと削れていく。

……ぼくのせいで。

ぼくが、赤ん坊で、弱くて、何もできないせいで……。

ややあって、母さんは血だらけになった状態で、影の巨人を倒す。

食われていたぼくとおじいさんを救出し着地する。

だが、倒したはずの影の巨人の体が、バラバラになって、無数の影の人形へと変化した。

『……ダーリン、エレン達を連れて逃げて』

『……それが君の選択なら、私は従おう』

父さんは精霊の姿へと戻って、気を失うジョエルおじいさんとぼくに、風の結界を張る。

『カルラ、愛してる』

『さんきゅー、愛してるぜダーリン』

ふたりは別れのキスをする。

父さんはぼくらを連れて逃げる。

母さんは……ぼくらを逃がすために、ボロボロの体で、影の人形に立ち向かう。

……まって! 母さん!

ぼくは叫ぶ。

けれどこれは過去の映像、ぼくの声は母さんに届かない。

父さんの居ない状態では、母さんに勝ち目はない。

影の人形達は母さんを取り囲むと、むごたらしく殴っていく。

痛いだろうに、母さんは悲鳴1つあげない。

ぼくを逃がすために、自分の命を削る。

ぼくは何度も母さんを助けようとした。

けれど、ぼくは干渉できない。

だって、すでに起きたことだから。

やがて……母さんは事切れる。

影の人形達は、母さんに興味を失ったようだ。

逃げたはずの精霊使いの里の生き残りの方へと向かう。

『うぎゃ!』『いたいよぉお!』『カルラ! 助けて! カルラぁ……!』

母さんが自分を斬って助けたはずの里のひとたちも、みんな……影の人形に殺されてしまった。

……結局、母さんの頑張りは無駄に終わってしまった。

ぼくは何もできず、その場に膝をついた。

……試練は、こう言いたいのかな。

自分を犠牲にして戦っても無意味だと。

より強大な敵に、あっさりと蹂躙されてしまうと。

犠牲に意味があるのかと。

と、そのときだった。

「うひゃああ! た、助けてくれぇ!」

近くで誰かの声がした。

白髪の青年が、影の人形に襲われていた。

もう、この場に助けてくれる人は居ない。

相手は神に匹敵する力を持つ。

精霊の居ないぼくに、何もできない。

そもそもこれは過去の映像、ぼくには……何もできない。

……けれど、気づけばぼくは走っていた。

「たぁああああああああ!」

父さんとの修行で身につけた精霊体術を使い、高速の貫き手を放つ。

ボッ……! と影の人形が打ち砕かれた。

……って、あれ?

これって過去の映像で、ぼくが干渉できないはずじゃ……。

「いやぁ、助かった助かった。君、強いねぇ~いや感心したよ」

倒れているのは、白髪のお兄さんだ。

赤い眼に微笑をたたえているその姿は……ルルイエさんっぽさがあった。

「ルルが君を選ぶはずだ。さすがエレンくん」

「ルル? ……それに、ぼくの名前をどうして? それに、これは過去の映像で、予定外の登場人物は出てこないはず……」

この試練はかつて受けたことがある。

けれど、前回の試練の時に、こんなお兄さんは居なかった。

お兄さんはぺこりと頭を下げていう。

「僕は【クトゥルー】。精霊王ルルイエの兄さ。助けてくれてどーもありがとう」