作品タイトル不明
159話 アスナ、夫の帰りを仲間と待つ
勇者エレンが精霊界で修行している、一方その頃。
拠点のあるトーカの街にて。
アスナは家の外で椅子に座り、ひなたぼっこをしていた。
「アスナー、どこいるのー」
彼女を探しに来たのは、小柄なエルフの少女ティナ。
「ここよー」
アスナは木でできた揺り椅子に座っている。
ティナが近づいて来て、はぁとため息をつく。
「あんまり外に居ちゃだめじゃない。母体に響くでしょう?」
「大丈夫よ。この子もお外の空気を吸いたいなーって思ってるわ」
「はいはい。ほんとーはエレンの帰りを誰よりも早く出迎えてあげられるためにいるくせに」
「えへへっ♡ ほら、お疲れの旦那様には、おかえりーっていち早く伝えたいじゃない?」
「はいはいノロケどうもありがとうね」
ティアナは腰につけた魔法の袋からストールを取り出して、アスナの肩にかける。
「もうすぐ初夏とはいえ、外にずっと居たら体温が下がるわ」
「ありがとう、ティナ。大好きよ♡」
「にゃッ……♡ へ、変なこと言わないでよっ、もうっ!」
ティナは椅子をもう一つ用意して、アスナと外でお茶をする。
「びっくりするくらい平和ね。……怖いくらいだわ」
見上げた空には分厚い雲で覆われている。
ティナはアスナ以上に何も聞かされていない。
だが彼女もまた、エレンが何か大きな物に立ち向かおうとしていることは、なんとなくではあるものの、感じ取っている。
「大丈夫よ。わたしたちには勇者神さまがついているもの」
「そうね。エレンがいれば……ね」
だがこの場にはエレンがいない。
だからこそ、ティナは自分がアスナを守るのだと決意する。
『わたくしめもお守りしますよ、アスナ様!』
神狼(フェンリル) のランが、にゅっ、と顔を持ち上げる。
「うぉっ、あんたいたの」
『若様よりアスナ様の身辺警護を頼まれておりますからね。24時間、ずっとおそばに居ますよ』
ふふん、とランは得意げに鼻を鳴らす。
「ランちゃんごめんね。エレンのそば本当はいたいよね」
『よいのですアスナ様。わたくしは若様の大事な人であるあなた様を守れればそれで満足なのです』
「で? 本音は?」
『うわぁああああああん! 若様ぁああああああああ! さみしいよぉおぅうううう!』
ゴロゴロ……! とランが地面でのたうち回る。
「ちょっとホコリが立つじゃない。アスナが吸ったらどうするのよ」
『はぅ……申し訳ございません……』
しょんぼり、とランが頭を垂れる。
アスナはニコニコしながら、ランの頭をなでる。
「さみしいのはしょうがないわ。だって15年間ずっと一緒だったエレンと離ればなれになっているのですもの」
『アスナ様……』
「すぐにエレンは帰ってくるわ。そしたらもうずぅっと一緒にいられるよ。それまで大人しく我慢してたら、きっとエレンは褒めてくれるわ」
『そう、ですね……。わかりました! わたくしは待ちます、若様の忠臣ですから!』
元気を取り戻したランを見て、アスナとティナが微笑む。
「あんたって忠臣っていうより忠犬って感じするわね」
『むむむっ! 酷いですよティナ様! わたくしは犬ではございません!』
「お手」
『わんっ! ……ハッ! つい!』
ティナが苦笑しながら、わしゃわしゃとランの頭をなでる。
「いいなー、ティナ。わたしもやりたいわっ」
『あ、アスナ様……ですからわたくしは犬ではないのです』
「おかわり!」
『わんっ! ……ハッ! しまった条件反射で!』
コロコロとまたランがその場を転がっていく。
『まったく何を馬鹿なことをしておるのじゃおぬしら』
バサリ……! と空から炎の鳥、不死鳥が降り立つ。
「カレン、エレンの調子はどう?」
『うむ! 今日も絶好調であった』
「そっか。ごめんね、カレン。人間界との行き来は大変でしょう?」
アスナが申し訳なさそうに言うと、カレンは笑って首を振る。
『気にするでないアスナよ。不死鳥の翼があればひとっとびよ』
カレンは何をしているかというと、アスナ達にエレンの手紙を運ぶメッセンジャーだ。
精霊界は人間が立ち入れる場所ではない。
かといって、エレンは頻繁に人間界へ降り立つほど暇ではない。
そこでカレンがこうして、手紙を彼女たちに運んでいる次第だ。
『それよりほれ、エレンからの手紙じゃ』
不死鳥(カレン) の足に結びついているのは、一枚の手紙だった。
アスナはそれをほどいて中身を読む。
エレンからの手紙であった。
元気でやっていること、修行が大変なこと。
でも、絶対めげずに頑張るよと決意が表明されていた。
そして妻への愛がしたためてあった。
「なーにニヤニヤしてるのよー。アスナ」
「え、そうかしら?」
「へーんだ、どーせエレンはアスナのことばっかり心配してるんでしょう?」
「そんなことないわよ。ティナへの愛もたーぷり書いてるんだから」
「にゃッ……! は、早く見せなさいよ!」
アスナはティナに手紙を渡す。
彼女は手紙を見て、ぴこぴこと長い耳を動かしていた。
「も、もうっ、エレンったらぁ~♡ 君に会えなくてさみしいよ、ですってぇ~♡ もぉ~♡」
くねくねと身をよじるティナを、カレンとアスナは微笑んで見やる。
『ティナ様! わたくしのことは!? わたくしへは何か書かれておりますか!』
「さぁ、どうかしら~」
『早く見せてくださいまし!』
「だぁめ、アタシがまだ読むの」
『きー! 早く早くぅ!』
わぁわぁ、と手紙の取り合いをするティナとラン。
『まったく精霊が聞いて呆れる駄犬っぷりじゃのう』
「ランは駄目じゃないわ。実際すっごく頑張ってくれてるもの。ここは、弱点ですからね、エレンにとっての」
『そうじゃな。敵が狙うならば、エレンの女であるおぬしらだろうからの』
勇者神エレンは強大な力を持つが、弱点がないわけではない。
その際たる物に、妻の存在がある。
エレンは神に匹敵するレベルの精霊だ。
しかし妻であるアスナ達は、ただの脆弱な人間。
敵はエレンを倒すために、彼女たちの命を狙うやもしれない(人質とか)。
それを守っているのは、神狼のランだった。
『ランは本当によくやっとるよ。風で分身を作りだし常に警戒。ティナと協力し、風の結界を何重にも張って、敵の外部からの侵入を防いでおる。それも24時間、365日』
神狼が警護しているからこそ、彼女たちの身の安全は保たれているといって過言ではない。
「カレンも、ありがとう。メッセンジャーだけでなく、ランと協力して見張り役までしてくれて」
『構わぬよアスナ。なにせおぬしは大事なエレンの大切な妻だからな』
アスナは微笑んで、不死鳥の翼をなでる。
「ランにも、カレンにも、それにティナにも。たくさんの人に迷惑かけちゃってるよね。ごめんね」
ティナは魔法で身を守れる。
だがアスナは現在身重。
とても戦える体ではない。
しかも最大の弱点たり得る赤ん坊まで、その身に宿している。
アスナを守るのが、この場に居るエレンの女達の、共通の認識であった。
「謝るんじゃあないわよ」
『そうでございますよ!』
『わらわたちは共に同じ男を愛するものたち。困ったときはお互い様、手を取り合うのは当然じゃよ♡』
アスナは微笑んで、ぺこりと頭を下げる。
「みんなありがとう。ふつつかな女ですが、夫共々、よろしくお願いします」
「くっ! 1人だけ良妻みたいな振る舞いするんじゃないわよ! アタシだってしたい! ねえラン!?」
『わ、わたくしはぁ~べ、べつにぃ~。ほら、忠臣ですからぁ~?』
『とかいいつつ、おぬし【若様とワンチャンあるかも……ワンちゃんだけに】とか陰で言っておったではないか。ぷぷ、恥ずかしい』
『ぬわぁあああ! 言うなぁあああああ!』
と、そんなふうに……和やかに会話していた、そのときだった。
「やぁ、随分と楽しそうじゃないか」
何の前触れもなく、彼女は現れた。
ランの見張りも、ティナの施した多重結界も、そして娘であるカレンすら……彼女の登場には気づけなかった。
「ちょっと僕も混ぜておくれよ」
精霊王ルルイエは、エレンの女達に、にこりと微笑みかける。
……だが、その目元は、全く笑っていなかった。