作品タイトル不明
158話 精霊王、焦る
勇者神エレンは、精霊界で修行をしている。
ある日のこと。
父アドラの庵にて。
エレンが休憩時間を利用し、木刀で素振りをしている。
「やぁエレン。精が出るね」
「ルルイエさん! こんにちは!」
いつ何時でも、誰に対しても、エレンは礼儀正しかった。
ニコッと笑うエレンの姿に、ルルイエは口元を緩ませる。
「今は休憩時間なのだろう? しっかり休んだ方が良いと僕は思うな」
「はい。でも、少しでも強くなりたいので」
ぶんぶん! と木刀を振るエレンを見て、ルルイエは首をかしげる。
なぜ彼は、こんな【無駄なこと】をするのだろうかと。
修行などせずとも、この最強の精霊王がいるのだ。
何もせずとも、誰よりも強くなれるのにと。
だがそれを口にはしない。
エレンがやっていることを、彼女は全て肯定している。
たとえ、どれだけ無駄に見える行為だとしても……だ。
「まあそうはいってもエレン、少し休みなさい。ほ、ほら……お、お茶持ってきたよ」
手の上には【黄色い液体】の入った湯飲みが2つ。
そしてお皿の上には羊羹。
「わぁ……! ありがとうございます! いただきますね!」
彼はせっかく用意したお茶を無駄にしたら申し訳ないと思い、自主練をやめて、ルルイエの好意に甘えることにした。
ふたりは軒下に座る。
「さぁエレン、お茶を飲むんだ。早く飲むんだ。さぁ早く早く」
「う、うん……」
はやる気持ちを抑えつけながら、すすっと湯飲みをエレンに渡す。
「良い匂い……って、え? あれ?」
「ん? どうしたんだい?」
「いや……精霊って、匂いもしないはずなのに、このお茶とっても良い匂いがするなーって」
「へ、へぇ……そう? ま、まあ……特別なお茶なんじゃあないかなっ?」
声が上ずってしまう。
このお茶に異物が混入しているとは口が裂けても言えない。
「そんなのどうでもいいからほらっ、早く早く!」
「う、うん……いただきます」
ずず……とエレンが一口お茶を啜る。
「わっ、おいし…………………………」
バタンッ! とエレンが気を失う。
「わ、わーエレンどうしたんだいーねぶそくかなーそれはたいへんだなー」
エレンは深い眠りに落ちている。
ルルイエは介抱するどころか、いそいそと服を脱ぎだした。
美の権化ともいえる裸身をおしみなくさらす。
エレンを軒下に寝かしつけ、躊躇なくズボンを下ろす。
「よいしょっと」
ルルイエはエレンのお腹の上にまたがる。
「よしっ!」
「……何がよしですか、ルルイエ様」
ビキッ……! とルルイエの額に血管が浮かぶ。
その瞬間、庭先が……消滅した。
風の魔法で削りとったのではない。
本当に、前触れもなく、空間がまるごと消えたのだ。
圧倒的なまでの消滅の力。
精霊王の本気の一撃を受けて……しかし、ふくろうは空中に浮いていた。
「……1秒やる。失せろ。次はこの精霊界ごとおまえを消す」
「……そんなこと、できないでしょう?」
「は? できますけど?」
「それをやってエレン様がどう思うでしょうね」
「うるさい……!!!!!!!」
ぶわっ……! とルルイエの髪の毛が逆立つ。
無数の真空波がふくろうの体をズタズタに引き裂いた。
一瞬でミンチになったはずの彼女。
だがしかし、次の瞬間、五体満足で彼女は立っていた。
「ルルイエ様、それは少々品がなさ過ぎます。合意のない愛の営みは犯罪です」
「合意ならとっくにしてる! 僕とエレンはいつだって同じ気持ちだよ! 彼もまた僕と子作りをしてくれるって言ったじゃないか!」
「それは1年後、神々の戦いが終えてからという約束では?」
「う、うるさいうるさい! 僕は今! 今欲しいんだよ!」
子供のように駄々をこねるルルイエ。
ふくろうは不思議そうに首をかしげる。
「ルルイエ様……なにを、焦っているのですか? 薬で眠らせて襲うなんて、あなたらしくない」
ルルイエは確かにおかしな言動が多い。
だが一貫していることがある。
それは、エレンを決して傷つけないということだ。
悪に対して徹底した罰を与え続ける、邪悪の化身であったとしても、その一線はずっと保ってきた。
……しかし、薬で眠らせて犯す。
これは確かにエレンを傷つけてはいないものの、明確な犯罪行為。
そもそもエレンを騙すようなことをして眠らせている時点で、普段の彼女のポリシーには反していた。
そこを、ふくろうは疑問に思ったのだ。
「黙れッ……! 邪魔するな!」
「できません。わたくしはルルイエ様とエレン様にお仕えする身。今の行為は、たとえルルイエ様であろうと見過ごせません」
「うるさいうるさい! なんで僕の邪魔をするんだ! 好きな人の子供を欲しいって思うことの何がいけないんだ!」
「悪いとは言っていません。少し待ったほうがよいと言っているのです」
「いやだよ! 我慢できないんだ! だってもうすぐあの女に赤ん坊が生まれる……! 僕にはできないのにっ! エレンの子を先に産む! 我慢できないよ!」
かつてルルイエは、アスナが孕むことを肯定していた。
なぜなら精霊の【女】は、人間の子供を孕むことができない。
肉体を持たないからだ。
精霊王(ルルイエ) は自分の代わりに、アスナに、エレンの子を孕ませようと思った。
誰から生まれようが、エレンの子はエレンの子だ。
しかし、今は状況が変化している。
エレンの精霊化。
精霊同士ならば、子供を作ることは可能。
つまり、ルルイエにも母となり、エレンの子をなすチャンスが巡ってきたのだ。
そうなればルルイエは、自分で孕み、エレンの子を誰よりも先に産みたいと考えるのは自然なこと。
……だから、今になって、エレンの子をもうすぐ手に入れようとしているアスナが……羨ましくなったのだ。
「精霊の妊娠期間は人間とは異なる! 今種をもらえばあの女より先にエレンの子供を産めるんだ! どけよ! 邪魔するな!」
「できません。だとしても……エレン様を薬で眠らせて、無理やり子供を作るのはおかしいです」
「おかしくない! 同意してる!」
「エレン様がそうおっしゃったのですか?」
「言わずとも! わかるんだよ僕には! だって心の通じ合った夫婦なんだから!」
と、そのときだった。
「う、うう……なぁに……?」
ぼんやりと、エレンが目を覚ましたのだ。
「しまっ……」
ルルイエは今、全裸でエレンにまたがっている状態だ。
しかも、エレンはズボンをずりさげられ、下半身を露出している状態。
「え? え……? え…………?」
「ち、ちがう……ちがうんだ! これは……ちが、違うんだ!」
ルルイエはすぐに彼から退いて、服を着て言う。
だがエレンは今の状況が掴みきれず、困惑するばかりだ。
ここは、退散して、夢だと思わせるのがベストだったろう。
だがその判断ができないほどに、ルルイエは動揺していた。
「ルル、イエさん。なに……してたの?」
「……エレン!」
焦った末に、ルルイエはエレンの肩を掴む。
「僕と今すぐ子供を作ってくれないか!?」
血走った目でルルイエは彼の肩を揺する。
「ねえ神々との戦いまでずっと修行しっぱなしなんておかしいよ! たまには休憩が必要だろ? ほら! 僕は自慢じゃないが極上の体だよ! 好きなだけ抱いていい! その欲望を僕に好きなだけぶちまけて良いんだよ!? だからね! ね! ね!」
……明らかに、ルルイエは正気を失っていた。
だから……エレンの表情に気づけなかった。
「ルルイエ様」
「邪魔するな! ふくろう!」
「エレン様が……泣いておられます」
「え…………?」
指摘されて、やっと気づいた。
エレンは体を震わせて、涙を流していた。
「怖い、よぉ……」
仕方ないことだ。
エレンはまだ15歳。
成人したとは言えまだまだ子供。
子作りをした経験はある。
だがそれはアスナと愛し合った末の行為だ。
……こんな、レイプまがいなことをされて、驚かないほうが、怖がらないほうが……おかしかった。
「ち、違うんだ……エレン……。僕は……僕はただ……ちが……違うんだ!」
エレンの悲しむ表情を見ていられず、その場から思わず走って逃げるルルイエ。
魔神だろうと、神であろうと、どんな敵でも恐れず不敵に笑う邪神が……。
文字通り、裸足で逃げ出していく。
「うぐ……ぐす、うぇえええええええええええええええええええええん!」
ルルイエは走りながら、エレン以上に、滂沱の涙を流すのだった。
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エレンを泣かせてしまった。そんなつもりはまったくなかったのに。ごめんよエレン本当にごめん。でもエレンも悪いんだよ。だって僕はずっと我慢していたんだ。君との子供を。欲しいと思うのはおかしなことかい。ねえ欲しいよ。エレンの、好きな人の子供を欲しいって思うのはそんなにおかしなことなの。僕が間違っているの。ああでも僕はエレンを泣かせてしまった。僕が悪いんだ。僕が……僕が……? 僕が悪いのか。ううん、僕は悪くないよ。だって僕らは愛し合ってるんだもん。きっとさっきのはエレンがびっくりしちゃっただけだよね。でもじゃあなんでエレンは泣いたのかな。まあ確かに襲ったのは僕だけど、そうさせた原因は僕じゃないよね。僕は悪くない。誰が悪いのかな。ああ、そうだ。
……エレンに近づく、あの 女(むし) が悪いんだ。
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