作品タイトル不明
156話 ふくろう、クトゥルーと接触する
勇者神エレンが修行するようになって、幾日か経過したある日。
ふくろうは守護天使サンダルフォンのもとを訪れていた。
ここはアドラの所有する庵。
異界化しており、中はかなりの広さがある。
外見は木造の建物なのだが、中には近代的な(ややオーバーテクノロジー的な)実験器具が並んでいる。
「進み具合はどうですか、サンダルフォン?」
「ふくろうさん……ごめんなさい」
白衣を着た守護天使が、申し訳なさそうに頭を下げる。
その表情を見れば、進捗が芳しくないことは一発でわかる。
「少しずつは前進してるのですが……」
「仕方ありません。人間が精霊になる事例がまず希少なのです。人に戻す薬の製造が、一筋縄ではいかないのは最初からわかっていることでしょう?」
仮説を立てる以前に、そもそもなぜ人が精霊になれるのかすらそのメカニズムが判然としない。
ようするに、遅々として研究が進まないのは、人と精霊に関する知識が足りてないのがいけない。
「今必死に全国から書物を取り寄せてあさっているのですが……やはり人間の世界でそれの記載はほとんど見ませんね」
ふくろうが落胆した調子で言う。
「となると……やはり天界の図書館を訪れるしかないかと」
「そうですね。神々が持つ本の中には記載があるかも……しかし、天界の図書館は敵地です。入るのは容易くない」
「しかも鍵が掛かっていて、それはユピテルが管理している……これでは入るのは到底無理ですよ……」
二人が気を落としていたそのときだ。
「んー、どうやらお困りのようだね」
ふくろうとサンダルフォンの、ちょうど間に、見慣れぬ男が立っていた。
白い髪に赤い眼。
どことなく、ルルイエを彷彿とさせる彼が、ニコニコしながら言う。
「困っている美女は見過ごせないね」
「誰だ貴様は!?」
ふくろうは素早く手刀で首を跳ねようとする。
「危ないなぁ」
だが気づけば背後に回られていた。
この感じを、ふくろうはいやというほど知っている。
「ルルイエの手の者か……!」
「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。ボクは【クトゥルー】。不肖の妹ルルイエの【双子の兄】だ」
「る、ルルイエに兄なんていたんですね……」
目を剥いているサンダルフォンに、クトゥルーが微笑んで言う。
「いつも妹が君たちにとても迷惑をかけているね。そこでお詫びの印に、こんなものを持ってきたよ」
ひょいっ、とクトゥルーがサンダルフォンにそれを投げて寄越す。
手のひらに収まる鍵だった。
「こ、これは……! 天界の図書館の鍵ではないですか……!」
サンダルフォンが驚愕の表情で言う。
「何が目的です」
近づいてきたクトゥルーの手を、ふくろうは払う。
「別に。君たち……というかエレン君のお手伝いがしたくてね。これがあれば彼は精霊から人間に戻れる手がかりが見つかる、かもしれないんだろ?」
「ええ……ですが、あなたのメリットは? あなたが我々に加勢する理由がわかりません」
殺意と敵意をむき出しにしながら、ふくろうはクトゥルーと相対する。
だが当の本人はのんきに「まぁそうか」と言う。
「ま、簡単に言えばボクもまたエレン君が好きってことかな。ボクも精霊だし、彼は精霊使いだろ? 引かれ合うものじゃないか。ルルイエやカレンと一緒で」
どうにも胡散臭く、この男を信用できないで居るふくろう。
「それを使う使わないの判断は君たちに任せる。あとルゥには……妹には君たちの動向はもちろん言わない。安心して欲しい」
「……そんな言葉が信用してもらえるとでも?」
「別に良いよ信じなくても。でももし内通しているなら今頃とっくに君らは殺されてるんじゃないかな?」
クトゥルーの言うとおりだ。
ルルイエが最も欲しているのは、精霊となったエレンとの間に、精霊の子供をもうけること。
もしサンダルフォンの作ろうとしている【人間に戻す薬】が完成した場合、ルルイエの悲願がついえてしまう。
なによりもエレンの子供を欲している彼女が、それを承服するわけもない。
「これは手土産さ。ボクも協力するよ君たちに」
「……いちおう、信じましょう。ですが見張りはつけさせてもらいます」
「どーぞご自由に。じゃ、君たちも忙しくなりそうだし、エレン君の修行の邪魔もしちゃいけないから、これにて失礼」
前触れもなくクトゥルーが消え去る。
真意の見えないところや言動が、妹そっくりであった。
「ふくろうさま、やはり、罠でしょうか?」
「わかりません。ですが……その鍵が本物ならば、有効活用はするべきでしょう」
一歩前進したと思ったら、新たな爆弾を抱えることになった、ふくろうだった。