作品タイトル不明
149話 覚悟と決意と、協力者
ぼくが天使ザドキエルを倒してから、2週間ばかりがたったある日のこと。
精霊界にて。
アドラ師範のお家にぼくはいた。
ぼくが寝室に入ると、布団の上には、小柄な女の子がいる。
背中からは翼を生やして、丸いメガネをかけている。
「サンダルフォンさん、お加減はどうですか?」
「エレン様ぁ~……ありがとうございます。おかげでだいぶ楽になりました」
ぺこり、と彼女が頭を下げる。
「森のなかで倒れていたわたしを拾ってくれただけでなく、治療までしてくださって……本当になんと感謝し申し上げて良いものか~……」
ペコペコとこちらが不憫に感じるくらい、サンダルフォンさんは頭を下げる。
「気にしないでください。困っている人はほっとけませんので。あの……それで、聞きたかったんですけど、何があったんですか?」
先日のことだ。
助けを求める声を聞いて、ぼくは現場へと駆けつけた。
そこにいたのは、正気を失って叫ぶ彼女の姿だった。
体は正常で、どうやら心を壊してしまっていたらしい。
ぼくが治そうとしても、怯えてしまって近づけなかった。
アドラ師範に念話で聞いたところ、精霊界の清浄な空気のなかでゆっくりと治療するのはどうだろうかと提案された。
彼女を連れて精霊界へとやってくると、徐々にサンダルフォンさんは正気を取り戻していったのである。
「すみません、正気を失っておりました~……」
「誰かに、酷いことされたんですか? 他の天使とか?」
ふるふる、と彼女が首を振る。
「違います。もっと……おぞましいものを、見てしまったのです」
サンダルフォンさんは眼鏡に触れる。
「わたし……特別な眼を持っているんです」
「特別な、眼、ですか?」
「ええ。【神眼】といって、見たもののあらゆる情報を見抜くことができるんです」
「す、すごですね……それで?」
ガタガタガタ、と彼女が体を震わせる。
「わたしは……天使に捨てられました。でも……か、彼女に救われたんです。そのとき……見てしまいました」
「何を?」
はぁ、はぁ……と呼吸が荒くなる。
顔が真っ白だ。
「ごめんなさい! 無理に言わなくて良いです!」
「す、すみませんエレン様ぁ~……」
持ってきたお茶を、サンダルフォンさんに飲ませる。
「そんな眼だと生活も大変ですね」
「ええ、ですからこの眼鏡をかけてます。神眼で見える情報量をカットする、特別なものなんです」
なるほど……。
「とにかく、【世にもおぞましい者】を見てしまったわたしは、正気を失い倒れていたところを、エレン様に助けてもらったのです、ほんと、ありがとうとございましたぁ~……」
「ううん、気にしないでください。勇者として、当然のことをしたまでです」
「ああ、なんと出来たお人でしょう~……なぜ天使は、この人を殺そうとするのか、理解に苦しみますゥ~……」
はぁ~……とサンダルフォンさんが深々とため息をつく。
「良いのですか、わたしは守護天使、あなたの敵の1人ですよ?」
「何か悪いことしていない人を、無差別に殺そうなんて思いません」
「…………ほんとうに、素晴らしい人じゃないですか。なんで……」
ぽた……ぽた……と彼女が涙を流す。
「ど、どうしたんですか! 体が痛いのですか?」
「違います……ぐすん、あなたがぁ~……不憫で……」
「ぼくが?」
サンダルフォンさんは眼鏡を取ると、ぼくの胸の中心を見やる。
「エレン様。聞いてください。あなたは……精霊になりかけています。それも、かなり進んでいます」
すっ……と彼女がぼくの体に触れる。
「この進行スピードでは……冬を越える前に、あなたは人間じゃなくなります」
改めて、ぼくは現実を突きつけられた。
冬を越える前に……つまり、アスナさんとの子供が生まれる前に。
「エレン様。悪いことは言いません。もう戦いは控えましょう」
「…………それは、できないよ」
「どうしてですか?」
ぼくは笑って、サンダルフォンさんに言う。
「だって、ぼく……みんなを守りたいから」
「エレン様……気付いていらっしゃったのですね」
「うん。薄々ね」
「……あなはた、人間じゃなくなるリスクをわかった上で、戦っていたのですか」
「うん。……わかってる、霊王の力は、人間の体じゃ耐えられないって。でも、この力がないと、みんなを守れないから」
天上の敵は凄まじい強さを持っている。
人間の力じゃ、勝てない。
「ですが……このままだと人間じゃなくなります、確実に」
「構わないよ。それでみんなが守れるんだ。納得してるよ」
「エレン様……」
ぽたぽた……とサンダルフォンさんが涙を流しながら、うつむく。
「……これは、極秘事項です。天界でもごく一部しかしらないこと。心して、聞いてください」
「うん……」
「神々は現人類を見放すつもりです。いずれ大きな災いが起きるでしょう」
「うん……知ってる」
彼女が目を大きく見開く。
「なぜ……?」
「勇者の試練で、見たんだ。そう遠くない未来で、神々が人間を滅ぼす姿を。ぼくを抹殺する天使の登場は、あくまで計画を早める口実に過ぎないって」
もし神々が本当に、ぼくだけが目障りなら、あんなに周りの人間を巻き込んで攻撃はしてこない。
神は、ぼくの登場に寄らずとも、近いうちに世界を壊すつもりだったんだ。
ぼくというイレギュラーの登場で、計画が少し狂ったけど、やろうとしていることは変わらない。
「ぼくが死んで全部解決するなら、自死する覚悟はあったんだ。ぼくのせいで大勢の人が迷惑をかけているだけならね。でも……」
神々が人類抹消を狙っていると知った以上、ぼくは……死ねない。
「全てを知った上で……精霊となることを、選んだのですね」
「うん……だってさ、ぼくが人間じゃなくなるだけで、みんなを守れるんだ。安いものだよ」
サンダルフォンさんは、ぐすぐすと涙を流す。
「ど、どうしたんですか?」
「あなた様の……気高き覚悟に……痛く、胸を打たれました。ぜひ……協力させてください」
涙を拭いて、サンダルフォンさんが目元を拭う。
「エレン様、わたしに血を少しわけてくださいませんか?」
「血? 別にいいけど……どうするの?」
「全てを終えて、あなた様が人間の姿に元に戻れる薬を、研究したく存じます」
「人間に戻る……薬、だって?」
こくり、とサンダルフォンさんがうなずく。
「わたしは医師にして薬師でございます。あなた様の血を分析し、人間に戻れる薬を作ろうと思います」
「そ、そんなこと……可能、なの?」
「わかりません。ただ……あなた様に救ってもらった恩を返したい。世界を背負い、自らを犠牲にして戦うあなた様の手助けがしたい。そう思ったのです」
と、そのときだった。
「わたくしも、それに協力させてくださいまし」
がらり、とドアを開けると……そこにいたのは、アウルさんだった。
「あ、アウルさん? どうして、ここに?」
「わたくしも、少々……あなた様と同じで、特殊な体なのです」
アウルさんがぼくに近づいて、手を握る。
「エレン様。わたくしは【ふくろう】。カルラ様のご意志を、あなた様のもとへ運ぶために使わされた鳥なのです」
「母さんの……」
アウル……ふくろうさんが真剣な表情で言う。
「カルラ様は息子であるエレン様の幸せを何よりも望んでおりました。わたくしは……その手助けがしたい」
微笑むと、ふくろうさんがぼくを抱きしめる。
そのとき、試練のなかでみた、母さんのぬくもりを思い出した。
「ありがとう、ございます……ごめんなさい。嬉しいのに、涙が出ないんだ」
「わかっております。わたくしが必ずや、あなた様が笑って泣いていられるよう、この身に代えても、お守り申し上げます」
すっ……とふくろうさんが頭を下げる。
「ただ、わたくしは今微妙な立場におります。出来ることは限られる、たとえばサンダルフォン様の存在を隠蔽するなど、サポートに徹することになるでしょう」
サンダルフォンさんはうなずく。
「十分です。必ずたどり着いて見せます」
ふくろうさんがぼくを見て言う。
「エレン様。存分に剣を振るってください。わたくしたちは守ります。【あらゆる敵】から、あなたの幸せを」
ニコッ、とふくろうさんが笑う。
「エレン様、敵が出たようです。ルルイエ様は執務室でお仕事に集中しております。そちらに立ち寄ってから向かってください」
「うん、わかった!」
ぼくは2人に頭を下げて、走り出したのだった。
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「ふくろう様、よろしいのですか? あなた様は……あの 邪悪の権化(ルルイエ) の味方だったのでは?」
「いいえ、わたくしは最初から、エレン様の味方です。ふくろうとして、生まれる前から、生まれた後も」
「……あなた様も、色々と抱えているのですね。協力の意思はわかりました。でも、これは完全にスパイ行為。もし、あのルルイエに見つかったら……」
「あっさり殺されるでしょう。でもよいのです。エレン様の笑顔を守る。この命はそのためにあるのです」
「……わかりました。頑張りましょう」
「ええ。とりあえずルルイエの眼からあなたを外すよう最大限努力します。薬の件はおまかせしますよ」
「御意に」
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