作品タイトル不明
140話 試練を終えて掴んだもの
……ぼくは夢を見ていた。
そこにはカルラ母さんがいた。
燃えさかる炎の中で、血だらけになった母さんが、ふらふら歩いている。
『カルラ!』
『……や、ジョエルさん』
現れたのは、少しだけシワの数が少ない、育ての親であるおじいさんだ。
『これはどういうことだ……【里】のみんなは!?』
『…………』
母さんは黙って首を振る。
『そんな……生き残りはおまえだけか』
『そう、それと……アタシの愛しい息子だけ』
ぼくはカルラ母さんに抱かれている。
ぽたぽた……と額から垂れる血と、青白い顔。
けれど母さんは笑顔を保っていた。
『ジョエルさん、お願いがあるんだ。この子を育ててあげて欲しいの』
『カルラ様!』
たたっ、と走って現れたのは、 神狼(フェンリル) のランだ。
『食い止めているアドラ様がもう限界です!』
『ん。おっけー……。ラン、あんたにもお願いがあるんだ。ジョエルさんと……それと、アタシの息子エレンを守って欲しい』
くしゃくしゃ、母さんがランの頭をなでる。
『わ、わたしはカルラ様をお守りするのが使命!』
『だからだよ。アタシの大事なエレンを守って。ね?』
『カルラ様……』
母さんはニッと笑うと、ジョエルおじいさんに言う。
『おねがい、ジョエルさん』
『……ああ。わかった。おまえの息子は、わしが責任を持って育てる』
『あんがと♪ ……じゃあねわが息子よ』
よしよし、と母さんがぼくの頭をなでる。
手は震えていた。
血を流しすぎて、もう、立っているのだってやっとだろうに、笑っていた。
『精霊使いの一族のこととか、宿命とか、そーゆーの抜きにして、あんたは普通の男の子として生きて! それが……アタシの望みよ』
ふっ……と母さんが寂しそうに笑うと、きびすを返す。
たんっ……と地面を蹴ると、母さんは空を飛んでいった。
……待って、母さん……待って!
……。
…………。
……………………。
「母さん!」
目を覚ますと、ぼくは自分がベッドで寝ていたことに気づく。
「おや、エレン君。目が覚めましたか」
「アドラ……師範」
緑髪の青年が、ぼくの元へとやってくる。
狐のように細い目と、微笑をたたえている口元。
ここは師範のお家だ。
精霊界に来てから、お世話になっている。
「酷くうなされているようでしたが、大丈夫ですか?」
「……あ、はい。その……大丈夫です」
心配そうにアドラ師範が近づいてきて、額に手を触れる。
「ふむ、熱は引いたみたいですね」
先日、ぼくは勇者の試練に挑んだ。
なんとかクリアできたんだけど……帰ってきたから高熱を出して、数日寝込んだ。
「試練、お疲れ様でした。見事突破して見せましたね。さすがルルイエ様のお気に入りです」
「あ、ありがとう……ございます。その……あの……」
ぼくは試練を通して、【自分の過去】と向き合うことになった。
その過程を通して、アドラ師範の正体も知った。
「師範……その、師範は、ぼくの……」
「ええ、試練で見てきたとおりですよ。大きくなりましたね、エレン」
よしよしと頭をなでてくれる。
けれど……やっぱり実感がなかった。
この人が、ぼくの……。
「戸惑うのも無理はありません。私と一緒に居た記憶がほとんどないのですから」
「はい……」
アドラ師範の言うとおりだ。
ぼくにはこの人と過ごした時間がないから、正直師範としか見えない。
「その……少し、整理する時間をください」
「そうですね。それは必要なことだ。エレン、私はずっとここに居ます。何か相談事があれば、いつでも来てください」
ぼくはうなずいて、着替えをする。
そのときだった。
「っ!」
頭の中に、悲鳴が聞こえた。
「エレン君? 大丈夫ですかっ?」
「は、はい……師範。聞こえたんです、困っている人の声が」
「おそらくは精霊の耳を通して、下界の声が聞こえたのでしょう。……試練を通して、あなたは精霊の勇者となりました」
「精霊の勇者……」
「今まで以上に精霊を手足のように扱えるようになったのです。それこそ……ルルイエ様と同格と」
ぼくは目を閉じて見る。
精霊の目をとおして、声のした場所を見やる。
そこはマデューカス帝国、一度だけ行ったことのある場所。
炎の海に帝都が沈んでいる。
魔族や悪い人たちが、無辜の民を傷つけていた。
「エレン」
目を開けると、ルルイエさんが立っていた。
「どうするんだい?」
「…………行く!」
「君ならそう言うと思っていた!」
むぎゅっ、とルルイエさんがぼくを抱きしめる。
……やっぱり、氷のように冷たい。
「精霊界から下界まで飛んでいけば半月はかかる距離です。どうしますか、お二人とも?」
アドラ師範に言われて、ぼくはルルイエさんを見やる。
「んー♪ どうしたんだいっ♪」
「……ルルイエさん、力を貸して」
「もちろん! さぁ……1つになろう! 完全なる、精霊王の力を身に纏って!」
ぼくはうなずいて、ルルイエさんを正面から抱きしめる。
「別に抱きしめる必要はないのでは?」
「うっさいアドラ。こうしないと僕のやる気が出ないの! さぁ♡ エレン。やろうか♡」
意識を集中させ、自分の魂と、ルルイエさんの魂を知覚する。
そのふたつの魂が、完全に融合して、ぼくの体に流れ込んでいくイメージ。
「霊装……展開!」
その瞬間、ルルイエさんとぼくは1つになる。
体に力が満ちるのに比例して、すぅ……とぼくの体から体温が抜けていく。
やがて……目を開ける。
「素晴らしいですよ、エレン君。それこそ、完全なる【 霊王形態(キング・フォーム) 】。今の君は精霊王と完全に一体化しているのです」
アドラ師範は感心したようにうなずく。
「ではエレン君。気をつけて」
「はい……行ってきます。その……と、【父さん】」
師範は微笑んで言う。
「ええ、いってらっしゃい、エレン」
こうしてぼくは完全な霊王形態を手に入れ、燃えさかる帝都へと向かうのだった。