軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138話 精霊界での修行

ぼくはルルイエさんとともに、精霊の住む世界へとやってきていた。

そこは美しい花々で包まれた世界。

地面には一面の、色とりどりの花々の絨毯が広がる。

そして、1年中【サクラ】という、不思議な花が咲き乱れる世界だ。

ぼくは湖の畔で、【師範】と相対している。

「ぜぇ……! はぁ……! ぜぇ……!」

荒い呼吸を繰り返すぼくとは対照的に、師範は穏やかに微笑んでいる。

師範は翡翠の髪をした、20代くらいの青年だ。

糸目が狐さんみたいで、優しい顔立ちをしている。

「エレン君。休憩にしましょうか?」

「い、いえ! まだ……できます!」

ぼくが木刀を手に師範に打ち込む。

彼はぼくの剣をすべて、流れる風のように流麗な動きでさばききる。

「よっと」

師範の木刀に足を取られて、ぼくは転びそうになる。

「よいしょっと」

ふわ……とつむじ風が巻き起こり、ぼくの体が浮かび上がる。

「ご、ごめんなさい……師範……」

師範は優しく微笑んで、ぼくを抱っこする。

「素晴らしい成長速度です。ですが焦りはいけません。剣を雑にしますよ」

「は、はい……」

ここにきて2ヶ月くらい。

ぼくは師範相手に、こうして剣の稽古をつけてもらっている。

というのも……。

「えーれぇええええええええええん!」

ルルイエさんが走ってぼくらの元へやってくる。

「ごらぁ……!【アドラ】ぁ! エレンに抱きついて良いのは僕だけなんだぞぉう!」

「これはこれは女王陛下。申し訳ございません」

よいしょ、とアドラ師範がぼくを下ろす。

「……懐かしくてつい、ね」

「師範?」

「なんでもありませんよ」

ニコニコと微笑むアドラ師範。

「あーん! えれーん! アドラにいじめられてないかい!? 正直に言うんだ! そしたらこいつを首にしてやるから!」

「そ、そんな! いじめられてないよ。凄く優しく色々と教えてもらってるよ!」

「なぁんにいいいいい! エレンに、て、手取り足取りあんなことやそんなことを! け、けしからん! 僕にかわれー!」

そんな風に騒いでいると……。

「陛下! こんなところで油を売っていたのですね!」

同じく緑髪の女の子が、ぷりぷりと怒りながら僕らのもとへやってくる。

「うげ、【メルティ】……」

メルティさんはルルイエさんの補佐、つまり秘書みたいなものなんだって。

「陛下! あなたが不在の間仕事が貯まりに貯まっているのです! はやくもどってください! どうせまた人間界へふらっと遊びに行くんだから!」

「で、でもぉ……僕は片時もエレンから離れたくないしぃ~」

「子供のようなこと言わない! あなたは精霊の女王って自覚をいい加減もちなさい!」

「ちぇー……ごめんエレン、またねー」

ぶんぶんと手を振りながら、ルルイエさんがメルティさんに連れて行かれる。

「ルルイエさん、本当に凄い人だったんだなぁ……」

精霊界に来て2ヶ月。

さっそく完全な 霊王形態(キング・フォーム) を身につける修行を……と思ったんだけど。

ルルイエさんがここに到着するなり、補佐のメルティさんに見つかってしまう。

なんでも、精霊王としての仕事というものがあって、それをルルイエさんは長らく放置していたんだって。

その仕事をこなす一方で、ぼくはこのアドラ師範に、剣の稽古をつけてもらっていた。

ややあって。

ぼくらは湖の畔でレジャーシートを広げ、お茶を飲んでいた。

「おいしいです! このリョクチャってやつ!」

「それは良かったです」

師範が入れてくれたお茶は、少し苦いけどすっきりとした口当たりでとても美味しかった!

「エレン君。私は驚いています。あなたの剣が2ヶ月でここまで上達したことと……この世界の空気になじんでいることです」

「空気、ですか?」

「ええ。精霊界の空気は魔素の純度が高すぎて、本来人間にとっては毒なのです」

魔素は魔力を生み出す素材みたいなものなんだって。

「たしかに、最初のうちは息苦しかったです。けどアドラ師匠と訓練するウチに、へっちゃらになりました!」

「……なるほど。さすがはルルイエ様が見込んだだけのことはある」

しばしぼくらはお茶を飲みながら、精霊界に咲くサクラを見やる。

風が吹くたびに、サクラの花びらが空に舞い上がる。

「きれいです……まるで、さくらの雨みたいです」

「……桜の雨、ですか。カルラも同じことを言っていましたね」

「カルラ……って、たしかぼくのお母さんの名前……」

師範がばつの悪そうな顔になる。

「口が滑りました。忘れてください」

「え、えっと……アドラ師範は、カルラお母さんのことを知ってるんですか?」

じーっとぼくが師範を見ていると、はぁ……と諦めたようにため息をつく。

「ええ。彼女とは友達でした」

「そうなんですか?」

「エレン君。君の精霊使いとしての資質は、母親譲りなのです。つまりはあなたのお母さま……カルラもまた精霊使いなのですよ」

な、なるほど……。

言われてみればそうだよね。

「母さんとはどこで知り合ったんですか?」

「カルラと私は【パートナー】でした。あなたにとってカレン様がそうであるように」

不死鳥のカレンもぼくの体から生まれたんだったっけ。

「じゃあ、母さんの息子……?」

「うーん、まあちょっと違うのですが……そうですね。パートナーでした。よいコンビだったと自負しております」

しばしぼくは、アドラ師範から、母さんの話を聞いた。

「カルラはとてもおてんばで、危ないところへいっては幼い頃から大人達を困らせていました。聡明で、優しく……その赤い眼はいつもキラキラとしていました」

師範は微笑むと、ぼくの頬を愛おしそうになでる。

「エレン君、君はカルラとそっくりだ。強いところも、賢いところも優しいところも……だからこそ、不安になる」

「不安、ですか?」

「そうです。カルラは強かった……大勢を救えるほどの、強い力を持った精霊使いだった。でも……彼女は頑張りすぎて死んでしまいました」

アドラ師範がひとりここにいるということは、母さんとは死別したってことだもんね。

「そう、なんですね。ごめんなさい、辛い思い出を語らせてしまって」

「いえいえ。ところでエレン君は、あまり、悲しんでいない様子ですが?」

「うーん……物心ついた頃には、両親はいませんでしたし。あんまり実感がないのかも知れません。お母さんの名前を知ったのもつい最近ですし」

「なるほど……。エレン君、ちなみになんですが、お父様のお名前は知っていますか?」

「あ、そう言えばおじいさんから聞いてなかったです」

「……なるほど。道理で」

ふふっ、とアドラ師範が微笑む。

「まもなくルルイエ様の公務が終わるでしょう。となると君は【試練】に挑むことになります」

「試練……ですか?」

「ええ。かつてここを訪れたいにしえの勇者達が挑んだのと同じ試練です。それを乗り越えれば完全な霊王形態を身につけられるでしょう。私との修行は、その試練に打ち勝てるだけの基礎を身につけさせる意味合いもあったのです」

確かにここに来た直後と今とでは、剣の使い方や、体の運び方がまるで変わってきている。

前の状態で試練に挑んでいたらと思うと……。

「アドラ師範、試練とはどういうものなのですか?」

「そうですね。あまり多くは言ってはいけない決まりなのですが……【自分と向き合うこと】ですかね」

「自分と向き合う、ですか?」

「そうです。自分が何者か。どこから生まれ、どこへ行こうとするのか。今まで自分が無意識に避けていたものと直面することになるでしょう」

……自分が何者か。

たしかに、ぼくはよくわからない。

気づいたらおじいさんとランと暮らしていた。

本当の両親のことも、自分の精霊使いとしての力の根源も、知らない。

「怖いですか? 大丈夫、あなたならきっと乗り越えられますよ」

にっこり笑って、アドラ師範がぼくの頭をなでる。

「本当に辛いのは、試練を乗り越えた先にある現実です」

「……よく、わかりません」

「今はそれでいいと思います。今を一生懸命生きるのです。目の前の現実をないがしろにした者に未来はないのですから」

ね、とアドラ師範は微笑む。

「なんだか師範は、ぼくのお父さんみたいだなぁ……」

「っ!」

「あ、ごめんなさい。みたいだなぁって思っただけです」

「そうですか……。ええ、それがいい。気づくのも、乗り越えるのも、誰かに言われてでは意味がない」

師範は休憩は終わりだと言って、また剣の修行をつけてくれた。

ぼくは見る見る剣の実力を身につけていったのだった。