作品タイトル不明
外伝 第三十三話 剣聖を目指す理由
ハートフォード王国の貴族の一員となり、一か月。
アルフィーネ・ウォルフォートとなったあたしは、貴族街にあった空き屋敷を購入し、そこでフィーンとともに暮らし始めた。
そして、あたしはこの一か月間、貴族としての最低限の作法を、新たに雇い入れた執事によって叩き込まれている。
執事の名のはヴィーゴ、王都にあるラドクリフ家の屋敷で務めていた者だ。
貴族になって右も左も分からないあたしへ、ジャイルは不便だろうからと、雇うことを勧めてくれた者であった。
「アルフィーネ様、本日、フィーン殿はギルドマスターに呼ばれ、冒険者ギルドに顔を出すとのことです」
「フィーンには、依頼は受けないようにと言ってあるわね?」
「はい、アルフィーネ様は貴族となられましたしたので、冒険者稼業はしない旨をフィーン殿には伝えてあります。本日の呼び出しは、フィーン殿の今後について、ギルドマスター殿が聞きたいとのことでした」
「フィーンももちろん、あたしと一緒に引退よ。ヴィーゴからもギルドマスターにはそう伝えておいて」
「よろしいのですか? フィーン殿は納得されておられぬご様子でしたが?」
昨夜もあたしとフィーンは喧嘩をしてしまった。
原因は冒険者稼業についてだ。
あたしが貴族になった以上、フィーンが冒険者として危険な依頼をこなす必要はなく、早々に引退して屋敷であたしの稽古相手として悠々自適に暮らせばいいと提案した。
でも、フィーンはあたしの意見を退け、引退を嫌がった。
お金の心配はないって伝えても、納得した様子を見せず、朝から一言も口を聞かずに冒険者ギルドへ出かけてしまったのだ。
フィーンがなんで引退を納得してないのかが、分からない。
もともと、孤児院に仕送りがいっぱいできて、二人で暮らせる金が稼げるよう冒険者になっただけなのに。
その夢があたしが貴族になったことで、叶う目前まで来ている。
やっぱり、以前、フィーンに対し、剣の腕のことをとやかく言ったのが尾を引いているんだろうか。
あたしに比べれば剣の腕は落ちるけど、王都でフィーンに匹敵する剣の腕を持つ者はいない。
間違いなく一流の剣士だ。
けど、見る目の無い者たちは、フィーンはあたしのおかげで今の地位を手に入れたと言いふらしている。
あたしがウォルフォート家の当主になってから、そういった声はさらに強くなった気がした。
そして、噂が大きくなるたびにフィーンの表情は冴えなくなり、動きに精彩を欠き、腕が上がらないでいる。
あたしはそんなフィーンの姿がもどかしくて、稽古中に厳しい言葉をかけたり、苛立ちをぶつけたりしてしまっていた。
本当にあたしは不器用だなって思う。
「アルフィーネ様、聞いておられますか?」
ヴィーゴの声で物思いから我に返る。
「え、ええ。聞いてるわよ。とにかく、フィーンの引退の件はギルドマスターに通告しておいて。あたしはフレデリック王にお目通りする作法を覚えるので精いっぱいだし」
冒険者として、フレデリック王に謁見した時は、そう厳しく作法を求められなかったが、今度は女男爵家当主として正式にフレデリック王に挨拶する場が迫っているため、フィーンとの稽古時間以外はずっと作法の練習を続けていた。
忙しさからフィーンと話をする時間も限られ、ずっと続けていた一緒に寝ることも、ヴィーゴからの忠告で各々が個室を持ち寝ることとなり、以前より距離が遠くなった気もしている。
昨夜の喧嘩も貴族になる以前なら、朝起きたらフィーンが折れてくれて、しょうがないなぁって言ってあたしに従ってくれてたはずなんだけど……。
以前とは少し狂い始めたフィーンとの関係が、あたしの心に暗い影を落としていく。
フィーンのために考えて、あたしは必死にやってるのに……。
なんで、分かってくれないの……。
「フィーン殿の件、承知しました。それと、ジャイル様より、『剣聖』推挙の件が難航しているとのご連絡を受けております。どうも、年齢が引っ掛かっているらしく、実力を疑問視する貴族も多いとのこと」
「それは困る。あたしは、近衛騎士団の剣術指南役になるため、『剣聖』になることを了承したのだから!」
「そこで、ジャイル殿はアルフィーネ様のお目通りの日に合わせて、フレデリック王が臨席なされる『御前試合』をするように方々へ働きかけております」
「フレデリック王が臨席する御前試合?」
「ええ、王国軍兵士、近衛騎士、各都市の冒険者ギルドの抱える剣士たちを王都に集め、アルフィーネ殿と対決させるという形式を予定しているそうです。場所は王都の内にある王国軍の訓練場で、庶民にも観覧を許される形にすると申しておられました」
「ずいぶんと派手にやるのね」
「アルフィーネ様の実力を貴族たちだけでなく、庶民にも分からせ、『剣聖』就任が妥当だと理解させるつもりかと思います」
正直、男爵家の俸給だけでは、白金等級の冒険者をしていた方が儲かる。
フィーンとの安定した暮らしを確実なものにするには、『剣聖』の称号に付随する『近衛騎士団剣術指南役』という肩書きと俸給が欲しい。
「分かった。御前試合はあたしの持てる実力全てを注ぎ込んで、『剣聖』が妥当であることの証を立てさせてもらいます。そう、ジャイル殿に使者を出しておくように」
「承知しました」
ヴィーゴは静かに一礼をすると、部屋から出ていく。
一人部屋に残ったあたしは、ニコライに最初に打ってもらった剣を手に取ると、鞘から引き抜いた。
剣の腕なら、誰にも負けない……あたしはフィーンとの生活のため絶対に『剣聖』になってみせる!
日の光を浴びたなまくらな剣は、刀身から鈍い光を跳ね返してくるだけだった。