作品タイトル不明
外伝 第三十二話 広がる妄想と溝
「アルフィーネ、なんで僕に一言も言わずにそんな話を勝手に受けてきたのさ!」
「別にラドクリフ家からあたしに直接来た話だし、フィーンの許可はいらないと思うけど。それに貴族になって近衛騎士団の剣術指南役になれば、危険な依頼をしなくても遊んで暮らせるようになる。こんな話を受けない人はいないでしょ?」
「そうだけどさ……。ラドクリフ家がなんでこんな話を持ってきたのかくらいは調べないと、院長先生たちも美味い話には裏があるってずっと言ってきただろ」
「ないわよ。ジャイルがあたしの腕を買ってくれただけだし、フレデリック王も腕を認めてくれてるだけの話。裏なんてない」
「きちんと調べたの?」
「ジャイルがそう言ってたし、実際、フレデリック王は魔竜ゲイブリグスの討伐をしたあたしたちを直接褒めてくれた。裏の話なんてないわよ」
何事にも慎重なフィーンの冷静な反論が、あたしの中で苛立ちとなっていき、自然と爪を噛む癖が出た。
「アルフィーネ、癖が出てる」
「うるさいわね! 分かってる!」
癖を指摘され、苛立ちがさらに増した。
高まった苛立ちが、怒りに変化し、モヤモヤした気持ちを燃料にして口から吐き出される。
「フィーンは、あたしだけが『剣聖』の称号を手に入れて、貴族になるのが羨ましんでしょ! 剣の腕が一向にあがらない自分の不甲斐なさを自覚することもなく、あたしだけズルいって思ってるでしょ!」
吐き出した言葉がフィーンの顔色を変えた。
彼の顔色は蒼白となり、口を一文字に噛みしめると、視線を下に向ける。
フィーンのその姿に胸が押しつぶされそうになるが、あたしの口からはさらなる悪意が吐き出される。
「今まではフィーンの言うことを聞いてきたけど、今日からはあたしが全てを決めるからっ! フィーンは黙ってあたしの指示に従ってよっ! お願いだから、邪魔しないで!」
フィーンは両手で自分の服を握ると、下を向いて俯いたままだった。
剣の腕が上達しないことでずっと悩んでいるフィーンに対し、傷を抉るような言葉を浴びせた自覚はある。
だけど、そこまでしてでも、フィーンを危険な依頼させないで済む、貴族になりたかった。
しばらく無言だったフィーンは、ふぅと息を吐くと、顔を上げる。
作った笑顔は引きつっていて、ずっと一緒に生活してきたあたしには、彼が心に深い傷を負ったのだと察した。
「分かった……。今後はアルフィーネの指示に従う。それで、いいかい」
痛む胸の奥で必死にフィーンに謝り続けながらも、表情には出さずに彼へ宣告する。
「それでいい。フィーンはあたしの世話係をしてくれればいいの。分かった!」
無言でフィーンが頷くと、彼はそのまま、部屋を出ていった。
これでいい、これでよかったんだ……よかったはず。
フィーンが去った部屋で、あたしはいつの間にか目から涙を流し泣いていた。
フィーンとあたしの関係が変化し、一か月が経つ。
相変わらず白金等級の冒険者として、依頼を受けてはいるが、どれも安全を重視した依頼しか受けていない。
周囲からは『大きな依頼』を選りすぐるために、今は様子を見てるんだろうって言われてるけど、正直、冒険者としての活動もあと少しで終わりを告げると思う。
「白金等級の冒険者アルフィーネ殿、ご無沙汰ですなぁー、稼いでおられますか?」
「ソフィー、久しぶりね。最近は遊びに行けなくてごめん」
報酬をもらい宿に帰ろうとしたあたしたちに声をかけてきたのは、ソフィーだった。
「アルフィーネ、僕は先に宿に帰っておくよ。荷物貸して」
フィーンは言葉少なげにあたしの荷物を受け取ると、そのまま冒険者ギルドを出ていった。
その様子を見ていたソフィーが、耳打ちしてくる。
『フィーン君と喧嘩したって噂本当なの? 最近、みんなが噂してるよ。いつもベタベタしてた二人が最近よそよそしいって』
耳打ちの内容を聞いたあたしは、ソフィーの口を手で塞ぐと、顔見知りの窓口係のギルド職員に話しかける。
「ごめん、上を使わせてもらうわね」
「はーい、承知しました。五番の部屋が空いてますから使ってください」
白金等級冒険者になったことで、冒険者ギルドの二階にある個室は空いていればいつでも使えるようになっている。
あたしはソフィーを抱えて、二階へ急いで上がった。
「別にフィーンとは喧嘩したわけじゃないからっ!」
「あら、そうなの? それにしては、フィーン君がけっこうよそよそしい態度をしてた気がするけど」
「違うの! ちょっとした行き違いで、少しだけ、本当に少しだけフィーンが怒ってるだけだから! でも、あたしから謝るわけにいかない理由があるのっ!」
ソフィーに全部ぶちまけようかなと思ったけど、最後の自制心が全てを話すことをためらわさせた。
「またー、アルフィーネのくだらない見栄のせいかー。フィーン君も大変だね」
「違うもん! あたしはちゃんと考えたもん!」
頬を膨らませて、ソフィーへ抗議をする。
ソフィーは知り合ってからずっと、あたしのことを子ども扱いしてくる。
そのため、相談するとフィーンの肩を持つことが多い。
けど、今回の件に関してはあたしの判断が間違ってないと思っていた。
「ちゃんと話し合わないとダメだって。フィーン君だって、アルフィーネのことをしっかりと考えているんだし。二人で一緒にやってきてたんだからさ」
「ダメ、今はあたしがちゃんと決めないといけないの!」
「いったん決めたら、曲げないのはアルフィーネの悪い癖だと思うわよ。あと、本当は大好きなのにそれをフィーン君にちゃんと伝えないことも悪い癖」
「フィーンは絶対分かってくれてるもん! だから、大丈夫!」
ソフィーはふぅと大きなため息を吐くと、肩を竦めた。
「二人ともいい年になんだし、大人になりなさいよねー。とりあえず、ちゃっちゃと結婚しときなさいって、結婚しても子供できるまでは冒険者稼業は続けられるだろうし」
「け、け、結婚はまだ早いからっ!? いずれするつもりだけど、まだ早いからっ!」
フィーンと一緒にリスバーン村で穏やかに暮らす妄想をしたら、頬が一気に熱を帯びた。
た、たぶんまだ結婚とかは早いと思う。
「もしかして、まだしてない?」
「してないって、なにが?」
「ほら、男女の――」
ソフィーの言葉で、顔の熱量が三倍に上がった。
してるわけがない。
まだ、そういうことをするのは早すぎるし、一緒に寝ててもソフィーが以前言ったような反応をフィーンは示さないし。
「あらー、まだなのー。もしかして、男にしか興味が――」
「ち、ち、ち、違うもん! フィーンがそんなわけないじゃん! なに言ってるのよ!」
とんでもないことを言い始めたソフィーの首に腕を回して締め上げる。
「ぎぇーー、アルフィーネ、ちょっと、首が締まってるからっ!」
「言っていいことと、悪いことがあるんだからねっ! フィーンはちゃんとしてるからっ! それにもう少ししたら生活も落ち着くし、その後ちゃんと話すつもり! 分かった!」
「うんうん、分かった。分かったから、腕で締めあげないでぇー! ぐえぇー」
ソフィーの首から腕を外すと、その後は日が暮れるまで久し振りに二人でお酒を飲むことになった。
そして、翌日、宿で目覚めたあたしは大襲来で当主一族が死に絶え廃絶していた男爵家であるウォルフォート家の養女となり、当主の座を引き継ぐことがフレデリック王より許され、晴れてハートフォード王国の女男爵アルフィーネ・ウォルフォートとなることが決定した。