作品タイトル不明
外伝 第二十八話 魔竜ゲイブリグス
ジャイルから討伐の準備が整ったとの連絡が来たのは、屋敷を訪れてから一か月後だった。
すでに魔竜ゲイブリグスの棲み処であるクレクト山の頂上付近の岩場まで訪れ、こちらが示した条件が満たされたことを確認している。
ジャイルの説明によると、飛び上がれば、魔術によって張り巡らされた見えない網に触れて強い電撃が流れるらしい。
実際、こちらの気配に気付いた魔竜ゲイブリグスが飛び上がろうとしたら、激しい光とともに翼から火花飛び散って、そのまま地面にうずくまった。
あと、炎の息も吐きだそうと口を開いたけれど、口内から可燃性の分泌液が出ないようで、火種が少し吐き出されるだけだった。
ジャイルが本当にこちらの提示をした条件を達成したのを見て、あたしもフィーンも驚いた。
あたしは最悪達成してなくても、押し切って討伐をしようと思っていたので、ボンボン貴族の息子だと思っていたジャイルのことを少しだけ見直した。
そして今、クレクト山のふもとに設営されたキャンプに戻ってきたあたしたちは、討伐の準備を進めている。
「アルフィーネ、もう一度討伐の手順をおさらいしとくよ」
「分かってるって、何度も確認した」
「だから、確認するの。いつも、僕の話した手順飛ばすだろ。今回は、油断が絶対にできない相手だから、何度でも言うよ」
「はいはい、分かりました。どうぞー」
耳のたこができるほど、フィーンからは魔竜ゲイブリグスの討伐の手順は聞かされている。
今は暗唱ができるレベルにも達しているはずだ。
でも慎重派のフィーンは、確認をしたがるので、しょうがなく付き合うことにした。
「僕が前に出て、魔竜ゲイブリグスの興味を引いて囮をする。アルフィーネは、隙を突いて、魔竜ゲイブリグスの鱗を割り、トドメを刺す。簡単だけど、絶対に忘れちゃダメだからね!」
「はいはい、分かってます。この討伐は、フィーンが前衛で踏ん張ってくれるのが大前提だからね。頼むわよ」
「ああ、そのために盾を何個も棲み処の近くへ運び込んだし、鎧もいいものを揃えたからね」
「フィーンもニコライの剣をあげたんだから、鱗に頑張って傷くらいはつけてね」
一瞬、フィーンの顔が曇る。
「僕は無理だよ。アルフィーネの技量には遠く及ばない。だから、前衛を務めてるんだし、アルフィーネを魔竜ゲイブリグスの攻撃から守るのが僕の仕事さ」
また自嘲してる。
たしかに技量の差は開いてるけど、フィーンが一流の剣士であるのは事実なのに……。
もっと、上手くなれるし、そんな顔しないで欲しい。
喉から出かかった言葉を飲み込む。
あたしの口から出せば、自信を喪失してるフィーンをさらに傷付けると、ソフィーから言われてるからだ。
「だったら、ちゃんと守ってね! この前の別の魔物討伐の時は、ひやひやしたんだからねっ!」
「ご、ごめん。あれは僕が油断した。今回はそんなことしない」
「期待はしてる」
「ああ、大丈夫さ。大丈夫」
話がややこしい方へ向かいそうだったので、あたしはニコライに打ってもらった新品の剣を腰に差すと、背中に予備の剣を背負い討伐の準備を終えた。
「アルフィーネ殿、フィーン殿、無事に討伐を終えて戻って来られることを期待しておりますぞ」
天幕を訪れたジャイルが、馴れ馴れしく肩に手を置こうとしたので、スッと身をかわす。
仕事の件は認めたが、それとは別に生理的には受け付けない類の男なので、できればこれ以上親しくはなりたくない。
「ジャイル殿、あたしは討伐前の精神集中をしているのです。むやみに近づかれると反射的に斬ってしまうので、お気をつけください」
気合のこもった視線をジャイルに送ると、こちらの話を本気にしたのか二歩ほどあとずさる。
「そ、それは済まなかった。わたしはアルフィーネ殿たちを激励したかっただけなのだ。では、頑張ってくれたまえ」
顔色を蒼白にしたジャイルは、それだけ言うと、逃げるように天幕を出ていく。
「よし、フィーン行こう!」
「ああ、そうだね。行くとしよう」
天幕から出ると、あたしたちと入れ違うかのように外套を羽織った集団とすれ違う。
ずいぶんとボロボロの格好をした人たちね。
ジャイルが雇った魔術師の連中かしら?
それにしては、ずいぶんといい体格をしてるし、魔術師の象徴たる杖も持ってないみたい。
外套を着た連中は、こちらに目をくれることもなく、ジャイルの待つ天幕の中に消えていった。
「変わった連中ね」
「冒険者だったとしても、王都じゃ見かけない人たちだね。ラドクリフ家の本拠がある北のアルグレンの連中かな? それにしては徽章も着けてなかったし」
フィーンもすれ違った外套の集団が気になったらしく、視線はジャイルの天幕に向けられている。
「アルグレンか。ありえるわね」
「でも、アルグレンで魔術が盛んだとは聞いたことないけども……」
「まぁ、どうでもいいわ。フィーン、あたしたちはあたしたちの仕事を完遂しないとね」
「そうだった。長丁場になるだろうし、急いで頂上まで昇って、休憩取ったあと、勝負を挑もう」
あたしとフィーンは、クレクト山頂へ向かって駆け出していく。
山頂に到着し、事前に運び込んだ物資を確認し、休憩を終えた頃には日は高く昇り始めた。
「まずは僕から行くから、アルフィーネはやつの動きをよく見てて」
重武装の鎧を着込み、盾を構えたフィーンが、空を飛べなくされ棲み処の岩場で不機嫌そうに唸り声をあげている魔竜ゲイブリグスに近づいていく。
「ウボォオオオオオオっ!」
金属の匂いに気付いたゲイブリグスは、すぐに立ち上がると、周囲に視線を巡らせる。
さすがに匂いには敏感ね。
フィーンがあれだけ金属の匂いをさせてたら、すぐに気づいた。
金属製の鎧と盾は防御のためでもあるけど、魔竜ゲイブリグスへの囮の役目をするため、資料にあった金属に強い敵意を抱く習性を利用している。
苛立ちを見せるゲイブリグスは、大きく口を開くと、フィーンに対し火種を吐く。
しかし、可燃性の分泌液は放出されることなく、炎がフィーンを襲うことはなかった。
「こっちだ! こっち! 僕はここだぞ!」
さらに注目を集めるためフィーンが盾と剣を打ち合わせて、大きな音を立てる。
フィーンを見つけた魔竜ゲイブリグスは、飛べないことを知っているため、地を這うような恰好で突進を仕掛けてきた。
うっそ、速いっ あの巨体であの速さで動けるなんて!
「フィーンっ!」
思わず声をかけたが、フィーンはゲイブリグスの突進を上手く交わしていた。
「アルフィーネ、僕のことは大丈夫だから、ちゃんと自分の仕事して!」
「わ、分かってるって! フィーンのくせに、あたしの心配なんてしてる暇ないでしょ!」
緊張感漂う戦闘のため、思わず言葉が厳しくなる。
フィーンもこちらの言葉に反応している暇はなかったようで、ゲイブリグスの鉤爪を盾で受け止める。
硬いものが金属を引っ掻く嫌な音がする。
フィーンの盾には、するどい爪の痕が刻まれた。
隙のない攻撃。
本能だけで襲ってきてるみたいで、人への攻撃にためらいを見せることはないみたい。
餌を仕留めるための全力の攻撃をしてきてる。
むやみに飛び込めば、こっちが確実にやられるわね。
フィーンを攻撃する、魔竜ゲイブリグスの動きに隙を見出すことができず、あたしは様子を窺うことしかできないでいた。