作品タイトル不明
外伝 第十一話 身体の成長と心の成長の停滞
季節は二度ほど巡り、あたしとフィーンは一二歳になっていた。
この二年で身体はグングンと成長し、いつの間にかずっと見上げていはずのフィーンの顔が自分の視線と同じ位置にまできている。
小枝のように細かった腕も剣の修行によって、筋肉をまとったしなやかさを持つ剣を振るうために理想の太さにまで成長した。
そして、今日も日課であるフィーンとの剣術練習を行っている最中だ。
フィーン、そこでそんな動きしたら、斬られちゃうって! そんな動きじゃ、自分を守れないよ!
打ち合いをしていく中、フィーンの動きに隙を見つけた。
相手の動きを予測する精度は年々高まり、村で唯一相手になるフィーンの動きもほとんどが見切れるくらいまでになっている。
卒業して冒険者になった人たちも、あたしたちの剣技には一目置いており、村に里帰りするたびに剣の相手をさせられるが、フィーン以下の腕でまともな相手にならない。
「アルフィーネ、これなら――」
飛び込んで間合いを詰めたフィーンが、その勢いのまま大上段から振り下ろしてくる。
でも、それはもう見切っていた。
半身でかわして、すれ違いざまにがら空きの脇腹へ剣を叩き込む。
ただ、それを流れでやるだけ。
フィーンの斬撃を見切った想像通りに身体を動かし、すれ違う彼の身体に木剣を叩き込んでいた。
「ぐぅっ! なんで!」
脇腹に木剣を叩き込まれたフィーンは地面に膝を突いてうずくまる。
「フィーン、そんなんじゃ! 見え見えだよっ! もっと、素早く動かないと剣からは逃れられないからっ!」
あたし以上に強い魔物とか冒険者の人に出会ったら、さっきの一撃で死んじゃうんだからね。
そんなことになったら耐えられないよ。
だから、もっとしっかりとして欲しい。フィーンがいない世界なんて、生きてる意味ないもん。
一向にフィーンの剣の腕が上がらないことに、苛立ちと焦りを感じるようになっていた。
苛立ちと焦りの理由は、例の頭の中で囁かれる言葉のせいで、『フィーンがいない世界』を意識させられることが強くなっていたからだ。
『フィーンがいない世界』をほんの少し考えるだけで、周囲の景色が真っ暗に閉ざされ、自分という存在の意味が見出せなくなり、寂しさと怖さで震えが止まらなくなる。
そんな不安を払拭しようと、自分も強くなって、フィーンにも強くなって欲しかった。
でも、フィーンが中々応えてくれない。
溜まった苛立ちを解消しようと、この二年で癖になってしまった爪を噛む行為をしていた。
「いてて、最近はアルフィーネから一本もとれないや。あ、また爪噛んでる。それはやめなよって言ってるだろ」
脇腹に手をあてて立ち上がったフィーンが、爪を噛んでいたあたしに注意をしてくる。
「ご、ごめん。癖で」
「知ってる。アルフィーネが爪を噛むときは、なにか不安や不満がある時だしね。やっぱ僕の剣の腕が上がらないのが不満?」
フィーンも付き合いが長いから、あたしが不満に思っていることをうっすらと理解してくれていたらしい。
「俺がアルフィーネを守るって約束だったのに、身長ばかりか、剣の腕も差がついちゃってきてるし、情けないよな。これじゃあ、俺がいる意味ってあるのかな」
「なんで、そんなこと言うの! あたしはフィーンがいないとダメなんだっていつも言ってるじゃん!」
自分が思っていることと、全く違う意味で悩んでいるフィーンに思わず語気が強くなった。
「そ、そうだよな。ごめん、ちょっと最近、色々と考えることがあってさ」
フィーンが隣にいない人生なんて、あたしの中では考えられない選択肢だ。
そのフィーンが、剣の腕や身長なんかを気にして顔を曇らせているのを見て、心の中のモヤモヤが広がっていく。
そうじゃないよ。そんなこと、全然気にしてないのに! ただ、フィーンにはずっとそばにいて欲しいって思ってるだけなの。
そのためにはきっと剣の腕もいるから、自分と一緒にフィーンも鍛えてるだけなんだから。
そんなに自分を卑下しなくても……。
自分の心のうちに渦巻くさまざまな感情を上手く言葉にすることができず、苛立ちから再び爪を噛んだ。
「アルフィーネ、爪、また噛んでる」
「わ、分かってるって! 今日はもう練習終わりね! 片付けしよう」
「あ、うん」
爪を噛んでも心のモヤモヤは解消できず、注意されたことも気まずいので、それを誤魔化すため、いつもより早く練習を切り上げることにした。
「フィーン君、剣の練習終わった? 終わったら、家畜の世話を一緒にしない?」
「手伝って欲しいなぁ」
「ダメ?」
練習に使った道具を片付けていたら、別の道具を片付けていたフィーンに、孤児院の他の女子が話しかけている姿が目に飛び込んでくる。
「えっと、ちょっと待ってね。アルフィーネに聞かないと」
「アルフィーネちゃんは片付けで忙しそうだし、フィーン君だけでいいよ」
「そうそう、アルフィーネちゃんは家畜の世話嫌いみたいだし」
「ねぇ、一緒にやろうよ」
女子たちに手を引っ張られて困った顔をしたフィーンが、あたしの方へチラチラと視線を送ってくる。
フィーンの剣の腕が上がってこないことも、モヤモヤの一つの要因だったけど、それ以上に心をモヤモヤさせてくるのは、孤児院の女子たちが、フィーンの近くに集まってくることだった。
ロレアルの一件であまり人付き合いが得意じゃないあたしは、孤児院の中で恐れられて孤立している。
けど、フィーンは持ち前の気遣いと優しさと面倒見の良さで年下の男子に人気があり、容貌の良さで女子にも人気があった。
みんなはあたしを恐れる様子を見せながらも、いつも近くにいるフィーンのもとに集まってくる。
男子はまだ我慢できるけど、自分と同じ女子がフィーンの近くに集まるのを見てるとモヤモヤが強くなる。
また、あの子たちがフィーンに近寄ってきてる。
困るならフィーンもちゃんと断ればいいのに! もう!
フィーンの近くにいる三人の女子は、特にフィーンに近づこうとしてる子たちで、あたしのことを煙たがってる様子を常に見せている子たちだった。
「フィーン! やっぱもう少し訓練する! さっきのままの腕じゃ、冒険者で食べていけないもん! ほら、早く準備して!」
モヤモヤが強くなりすぎて、爪を噛みたい衝動に駆られたが、さっきフィーンに注意されたばかりだったので、グッと我慢した。
おかげで、語気が荒くなってしまった。
「え? あ、うん。分かったよアルフィーネ。ごめん、無理だ。また今度、誘ってよ」
三人の女子から、あたしに不満そうな視線を向けられた。
その視線を受けてもあたしは意に介せず、フィーンを再び呼ぶ。
「フィーン、早くして!」
「ああ! すぐ行く!」
もう、フィーンもしっかりと断って欲しい! ずっとそばで、あたしのことを守ってくれるって言ってるのに! なんで他の女の子と喋ったりするんだろう!
あーもう、モヤモヤする!
自分の中で言葉にできないモヤモヤが広がり続ける。
頭に囁かれる声からの不安と、心に広がるモヤモヤが年々酷くなっている気がしている。
このまま、大人になったら、あたしどうなっちゃうんだろうか……。
フィーンはずっとそばに居てくれるんだよね。どこにも行ったりしないよね。
木剣を構えたフィーンの姿を見ながら、将来の自分のことへ考えたが、答えが出ることがなかった。