作品タイトル不明
外伝 第九話 兆し
季節は三度巡り、あたしとフィーンは一〇歳になった。
相変わらず孤児院での暮らしは、生きるために必要な勉強と、ご飯を食べるための農作業、そして唯一の楽しみである剣の練習を繰り返して過ごしている。
小食で細かったあたしの身体は、フィーリア先生の美味しい料理のおかげで、いつの間にかフィーンの身長を追い越し、筋肉もつき始めた。
でも、相変わらずフィーン以外の他人と一緒に何かやるのは苦手だった。
「はぁああっ!」
「くっ! 見えない!」
あたしが放った斬撃が、フィーンの木剣を跳ね上げる。
毎朝の日課である打ち合いは、今日もあたしの勝利で終わった。
最近では、一〇本やって一本くらいしかフィーンに負けなくなってきている。
「なんか、また剣の振りが早くなった気がするんだけど……」
「そう……かな? フィーリア先生が『成長期』に入ったとか言ってたし、身体も大きくなってきたからかも。木剣もちょっと重くしたし、遅くなったかなと思ったけど」
「いや、明らかに数ヵ月前よりも早いよ」
使っている木剣は身体の成長に合わせて、自分で心地よく思える重さを調整してる。
フィーンはその感覚がよく分からないって言うから、彼の身体つきを見て、あたしが木剣の重さを調整してあげていた。
すでに卒業生の冒険者の人からは、教えることがないって言われており、フィーンと二人でずっと鍛錬を続けている。
「アルフィーネの剣の腕はすごいや。俺がどれだけ練習しても追いつけない。もっと、頑張らないといけないな」
「ううん、フィーンがいるから腕が上がるんだよ。他の子じゃ、相手にならないよ」
卒業生の冒険者の人たちが戻ってきた時、剣術の練習が実施されるけど、フィーン以外にあたしの相手になる子はいない。
みんなの腕が低すぎて、ギリギリの勝負ができないからだ。
それに、年上の子たちは、女であるあたしとやるのは避けている。
負けたら恥ずかしいからって理由らしいけど。
だから、ずっとフィーンが、あたしの練習相手になってくれていた。
「フィーン、今日も女に剣で負けてだっせーな。それでも男かよ」
練習をしていたあたしたちに声をかけてきたのは、前々から嫌がらせをしてくる五歳年上の男子だ。
今年、孤児院の卒業を控え、王都に出て冒険者をすることが決まっている子だった。
体格が非常によく、力も強いため、孤児院男子たちを引き連れて威張り散らしている。
前にフィーンを殴って怪我をさせたこともある、あたしが一番嫌いなロレアルという名の男子だ。
普段はなるべく関わらないようにしてるが、たまにちょっかいをかけてくる。
ダントン院長先生やフィーリア先生が、彼を叱ってもどこ吹く風で聞き流し、一向に態度を改めようとしない。
「強い人が勝つ。それが剣術だよ。ロレアルさん」
「へぇ、剣術は強い人が勝つか。女に負けるフィーンが言うと説得力があるな。ハハッ!」
年上の男子たちを引き連れたロレアルは、小さい時からずっと自分に従わないフィーンを毛嫌いしてて、何かにつけてフィーンに突っかかってくる。
いつも一緒にいるあたしも同じように嫌われているようで、常ににらむ視線を向けられるため、苦手意識が強い人だ。
「オレも来月には卒業だ。いい加減、お前の澄ました顔を見ないで済むと思うとせいせいする」
「そうですか。ご卒業おめでとうございます」
フィーンは冷静なまま相手の挑発に乗らず、静かな声音で卒業を祝う言葉を返した。
「そういう態度が気に入らねぇって言うんだよっ! 弱いくせにこっちを見下しやがって! 実力差を見せてやる! おら、お前も構えろ!」
フィーンの態度に激昂したロレアルが、腰に差していた木剣を抜く。
「いや、ロレアルさんとはやりませんよ。ダントン院長先生とフィーリア先生に、俺はアルフィーネとだけ練習するって約束してますし」
あたしたちと実力差があるすぎるため、ダントン院長先生とフィーリア先生が、けが防止のためと称し、他の子と剣術の練習することを禁じているのは、孤児院内でも周知の事実だったはず。
それを破ってロレアルはフィーンに練習を挑んできたのだ。
「うるせぇ、あのクソジジイとババアの言うことなんか聞くか! 構えろよ! 女に負ける腰抜けの癖にえらそうにすんな!」
「断ります。約束を守らないと剣術の練習をさせてもらえなくなりますから!」
「ちっ! うぜえ! 構えねえならこっちから打ち込むぞ!」
木剣を構えたロレアルは、フィーンに向け力任せに振り下ろした。
「避けるんじゃねぇ! お前ら、フィーンを抑え込め!」
どこからか隠れていた男子たち飛び出してきて、ロレアルの指示に従い、フィーンを両腕を捕まえて身動きできないように抑え込む。
「悪いなフィーン。やらないとオレらがロレアルのやつに殴られる」
「やめてくださいよ! こんなの卑怯でしょ」
「卑怯だろうが、勝てばいいんだよ。強いのが勝つんだろ? 剣術って。ああ、そうだ! そっちの女も抑えとけ。クソジジイとババアにチクられてもうるせえからな」
ニヤニヤと笑ったロレアルがそう言うと、背後から男子が現れ、あたしの腕を抑え込んだ。
「アルフィーネ! やめろ、ロレアル! アルフィーネは関係ないだろ!」
「ああん、『ロレアルさん』だろうが! 口の利き方に気を付けろよっ! クソガキが!」
ロレアルが力任せに振り下ろした木剣が、フィーンの肩口に当たり、鈍くくぐもった音を発した。
「ぐぅう!」
「フィーン! 大丈夫! フィーン!」
「うるせえなぁ! アルフィーネ、お前も気に入らねぇんだよ。女の癖に剣が上手いって褒められたくらいでイキガりやがってよぉ! 女は女らしくおままごとでもしてろってんだ! それとも自分は違う、特別だってて言いたいのかよ!」
ロレアルから向けられた視線が、いつの間にか気にならなくなっていたはずのあの夢に出てくる蔑んだ目に変化していく。
『あたしたちとは違うんだね』と聞こえないはずの声も頭の中に響くように聞こえた。
あたしは恐ろしくなって全身が震えだし、涙がとめどなく溢れ出していく。
忘れていたはずの言葉で、フィーンの背中に隠れて怯えていた時代に逆戻りしていた。
その間も、フィーンはロレアルの木剣で顔から身体まで滅多打ちにされ、腫れあがった顔からは皮膚が裂けて血が流れ出した。
「やめて! もう、やめて! フィーンを苛めないで!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
あたしの声が癪に障ったようで、ロレアルの暴力はさらに激しさを増した。
このままじゃ、フィーンが死んじゃう。絶対に死んじゃうよ!
ずっとあたしを守ってくれるって言ってくれたフィーンが、この世界からいなくなっちゃうなんて、考えたくもない!
そ、そんなの嫌、絶対に嫌。嫌、嫌、嫌だ!
「嫌だっ!! そんなのいやあああああ!!」
フィーンがいない世界を考えた瞬間、自分を縛っていた何かがブツリと切れたように、本能的に身体が動き出す。
「な、なんだよ! この馬鹿力! いてて、嘘だろ!」
あたしの腕を抑えていた男子を無理やりに払いのけると、腰に差していた木剣を引き抜く。
声も発せず、フィーンを抑え込んでいる男子たちのもとに一気に駆け寄ると、木剣で膝裏を叩き付け、地面に倒れ込ませた。
「ひぎぃ、いてぇ!」
「やめろ! 人に向かって木剣を振るったらダメだって院長先生たちが――」
地面に膝を突き、言い訳めいたことを言った男子たちのこめかみを無言で打ち抜くと気絶させ、気を失いかけているフィーンを抱き止め、地面に寝かす。
「おい! アルフィーネ、お前自分が何してるのか分かってるのかよ! 人に剣を――」
「うるさいっ! 黙れ!」
ロレアルが自分のしたことを棚に上げ、あたしの行為を糾弾する。
沸々とした内なる怒りが剣に乗り移り、振り向きざまにロレアルの隙だらけの身体にありったけの斬撃を撃ち込んだ。
「あ、が、が、が、がっ!」
あまりに手数が多く出過ぎたため、斬撃を受けたロレアルの大柄な身体が宙に浮かぶ。
「し、し、しぬ。や、やめ、やめ」
怒りがさらに剣速を早めた。
あたしの止まらない斬撃を止めたのは、気を失いかけていたフィーンの手だった。
「アルフィーネ、もういい。もう、いいから。それ以上はダメだ。絶対にダメ。もう、いいから……」
あたしに背後から抱き付くようにしてフィーンは気を失った。
フィーンの言葉で我を取り戻すと、木剣を投げ捨て、気絶したフィーンを抱き抱える。
「フィーン! フィーン死んだらダメだって! あたしを一人にしないで! お願いだから!」
「お、おい、マズいぞ、これ。絶対にロレアルが死んだろ」
「院長先生たち呼んで来ようぜ」
あたしを拘束していた男子たちが惨状を目にして蒼い顔をして、院長室の方へ駆けていくのが見えた。